3.勝手に大きくなるのを止められないらしい
パートナーとの練習の帰り道、中庭に置いてある白いベンチから何かはみ出しているものが見えて首を傾げた。丁度木の影に入った白いベンチはどこかひっそりとした雰囲気を出していて、首を捻りながらなんとはなしに廊下から中庭へと降りてベンチに近づく。
さくさくと芝生を踏みしめ、白いベンチに近づけば飛び出している何かが人の足だということに気づいた。誰よこんなところで寝てるのは。呆れを混ぜて背もたれ越しに覗き込む。
「・・・!?」
覗きこんだベンチには、最近勝手に人の頭の中を占領し始めた人物がなんとも気の抜けた顔ですやすやと寝息をたてていて。予想外の人物に思わず声を出してしまったが、慌てて口元を覆うと、ぴくりと彼の瞼が震えた。え、え、え、ちょっと待って心の準備が・・・!
口元を手で覆ったまま、ゆっくりと開いていく瞼に内心でひどく慌てながら、逃げることもできずに固まって彼の目が開ききるのを食い入るように見つめる。
視線の先で、ぼんやりと寝ぼけた様子で腑抜けた顔を晒すは、なんというか、・・・可愛い、と思う。寝起き独特のどこかとろんと蕩けた目で、きょろりと周囲を見渡してから、は焦点をゆっくりとこちらに合わせた。瞬きを、パチリと一つ。
「・・・しぶやさん?」
「・・・っ!」
寝起きの掠れた声。いつもより少しだけ低くて、そしてどこか舌足らず。あどけない口調に、どきんと心臓が跳ねた。
カッと頬に熱が集まるの必死に散らそうと硬く唇を引き結ぶアタシを、彼はぼんやりとした表情で見つめながらゆっくりと体を起こした。人の気も知らないで、暢気に欠伸なんか出している姿に少しだけ目元がきつくなる。本当、人の気も知らないで!無理な体勢で寝ていたのか、ごきり、と首を鳴らして体の筋肉を解す姿に、どんだけ寝てたのよ、といくらかの呆れを浮かべて、溜息を吐いた。
「こ、こんなところで寝てたら風邪引くわよ」
「んー、そだな。でも、陽射しが気持ちよくって」
ついつい、なんて。へらりと気の抜けた顔で少し寝癖のついた髪をくしゃくしゃを掻き混ぜる姿に、ほんとこいつはどこか抜けているというか、緊張感が薄いというか。
その様子にどこか強張っていた肩から力を抜いて、腰に手をあてて眉を潜めた。
・・・寝癖、全然直ってないけど、多分これは気がついてもないんだろうなぁ。後ろ頭の辺りでぴょこんと跳ねているそれにくすりと笑うと、きょとんとした顔でがこちらを振り返る。
それに慌てて咳払いをして取り繕うと、彼は不思議そうな顔をしながらも、あ、と何か閃いたように声をあげた。それに吃驚して目を丸くすれば、はベンチの下に手を伸ばして何かを探っていた。
「・・なにやってんの?」
「楽譜探してる。今いいメロディ浮かんだから」
言いながら取り出した五線譜は全くの白紙だ。ついでに一緒に取り出したシャーペンで、見る見る内に五線譜の上におたまじゃくしが踊り始める。・・・あ、アタシ、このメロディ結構好き。
「・・・いいわね、それ」
「ホント?そりゃよかった」
思わず声をかければ、ニパ、と屈託のない笑顔がの顔に浮かぶ。身を乗り出すようにして楽譜を覗き込んでいたから、思ったよりも近くでその笑顔を見ることになって、カッと頬に熱が集まった気がした。・・・だというのに!
「今、渋谷さん見て思いついたんだ。だから、渋谷さんにそういって貰えると嬉しい」
「っあんた、は!」
「へ?」
なんでそーいうことをさらっと言うわけ!?そう言いたいのに、きょとんとした顔を見るとそれ以上の言葉が出てこない。恐らく、いや絶対、真っ赤になった顔を晒している自覚はあるのに、こいつは眼を丸くするばかりで、その多分何もわかってない顔に、パクパクと口を開閉して、ぐったりと項垂れた。
「~~~あんた、本当、性質悪い!」
「え?!ご、ごめん?」
気持ちを隠すように、誤魔化すように。声を大きくして悪態をつけば、困ったようには眉を下げる。その顔すら直視できなくて、アタシはやっぱり、赤くなった顔を隠すようにふん、と鼻を鳴らして背中を向けた。渋谷?と、あいつの慌てたような、情けないような声に、こいつもアタシぐらい振り回されればいいのよ、と唇を尖らせた。
あぁ、全く、顔が熱いったらないわ!