02. 愛を忘れてくれますか



 あ、と少女が目を輝かせる。黒色の瞳がきらきらと喜びに溢れる瞬間に思わず目を奪われるも、その声に反応して少女の視線を追うように首が動いた。

ちゃん!おはやっほー!」
「おはよ。小春ちゃん」

 ぶん、と勢い良く手をあげて横にふる姿は本当に同い年なのかと疑うぐらい子供っぽかったが、同室者やその友人も似たようなものだと気がついてなんとも言えない気持ちで顔を顰めた。・・・決して、おはやっほーと言った柊沢さんに対してでも、ましてやなんとも言えない生温い目でこちらを見たの視線に居た堪れなくなったからでもありません。えぇありまんせんとも。(だからその曖昧な笑みはやめてください!)
 ・・・・それはともかく、何時の間にと彼女が名前で呼び合うような仲になったんでしょうか。ついこの間まで接点すらなかったように思うのに、柊沢さんは不思議そうな顔をしている七海さんや音也たちに構いもせずにのんびりとこちらに歩いてくるに向かって駆け出していた。音也が思わず呼び止めようと手を伸ばしていたが、それよりも前に彼女はの前に立ってその手を取ってこちらに駆け戻ってくる。

「みんなにも紹介!新しくお友達になったちゃんですっ」
「とはいっても大半顔見知りだけどねー。皆さんご機嫌麗しゅう?」

 半笑いで片手をあげるに、確かに、と思わず頷いてしまった。・・・なにせ彼女は私のパートナーであり、Sクラスの生徒なのだから、必然的にレンや翔ともそれなりに顔見知りということになる。仲がいいのかと問われればちょっと違う気もするが、少なくとも全く交流のないクラスメイト、というわけではないので友人の括りにしても問題はないだろう。
 すんなりとを受け入れた音也たちがわいわいと賑やかしくなる横で、渦中でありながらどこか他人事のようにぼけっと立っているの横に立つと、彼女はちらり、とこちらを見て首をかしげた。

「なに?トキヤ」
「・・・何時の間に彼女と仲良くなったんですか?」
「ちょっとねー」
「なにをされたんですか」
「ちょっとトキヤさん!それどういう意味ですか!?まるで私が何かやらかしたこと前提みたいな!」

 と話していれば、聞き咎めたのか柊沢さんが眉を吊り上げて失礼な!とこちらを睨みあげてくる。睨まれても全然怖くありませんね・・・。むしろ微笑ましいばかりのその様子に思わず緩みそうになる口元を押し隠しながら、違うんですか?とわざとらしく問いかける。
 ・・・出会ってから今まで、何かやらかしたことがない方が少なかったように思うのですが。

「うぐっ。そりゃいつもトキヤさんには迷惑かけてますけど・・・でも別に今回は何もありませんよ!」
「今回はって言ってる辺り日頃が窺えるよな」
「あぁ、自覚はあったんだな。小春にも」
「まぁそんなところもレディの魅力だとは思うけどね」
「外野うるさいですよ!」

 私そんなにやらかしてる?!と叫ぶ彼女に周囲がこくりと頷く様子はいっそ笑えるぐらいだ。ひどすぎる!と唯一頷かなかった七海さんに泣きつく彼女は自覚があるのかないのか、さっぱりわかりませんね。おろおろと柊沢さんを受け止めた七海さんを尻目に、脱線した話を戻すようにやはりただ見ているだけのに話かける。

「で。結局のところはどうなんですか」
「あれ、この状況で蒸し返す?空気読んだ方がいいよトキヤ」
「生憎と気になったことは放置しない主義なので。あと必要なときには読んでますので問題はありません」
「トキヤってそういうとこあるよね・・・知ってたけど。そうだね、簡単にいえば趣味の話しで盛り上がっただけだよ。それにしても、そんなにトラブルメーカーなのか小春ちゃん・・・」

 さすがだな、と妙なところで感心を覚えているに、感心するところではありませんよ、と小言のように言えばは軽く肩を竦めた。その間にもわいわいというよりはぎゃあぎゃあが正しいような騒々しさでじゃれあう彼女たちに、幾分かの呆れで溜息を零せばふと下から注がれる視線に気がついて胡乱気に見やった。
 ぱちりと視線があったに、視線で問いかければ彼女は一瞬考えるように柊沢さんを見やり、その様子を確認したあとで口を開いた。

「・・・賑やかな子だよね、彼女」
「そうですね。五月蝿いぐらいです」
「でも、嫌いじゃない?」
「騒がしいのは好きではありません。ですが、・・・悪くは、ないです」

 多少もう少し静かにできないのかと思わないでもないが、しかしその騒々しさは決して嫌なものではない。いや巻き込むのはやめて欲しいのですが、それでも悪くないと思っている自分がいるのも確かだ。考えるように、どこか気恥ずかしさを覚えてより一層自分の顔が渋面を作っていることを自覚しつつも、周囲が騒いでこちらに注視していないことを幸いに彼女にだけ本音を零せば、はそっか、とどこか荷が降りたような軽やかな調子で相槌を打った。

「トキヤが女の子をそこまで気に入るのは珍しいよね。七海さんぐらいじゃない?」
「何を馬鹿なことを」

 眉間に皺を寄せて吐き捨てれば、はふふ、と喉を震わせるようなかすかな笑みを零して瞳を細めた。思わずどきりとする。まるで何もかも見透かすような、一歩先にいて、こちらを振り返って待っているような、見守るような彼女の視線はまるで自分よりもはるか年上のような心地がして座りが悪い。思わず同い年でしょう、といいたくなるほどに、静かに凪いだ瞳は昔から苦手だった。

「トキヤ」
「・・・なんですか?」

 思わず彼女の瞳から逃げるように顔を逸らして前を見れば、横から声をかけられて渋々と彼女を振り返る。けれども、彼女はもう前を向いていて、自分から声をかけたくせに、とちょっと眉を潜めれば、は柊沢さんを見つめたまま口を開いた。

「彼女を、助けてあげてね」
「いきなり、なんですか」
「彼女、作曲とかなんにも知らないド素人なんだって。パートナーもまだ決まってないでしょ?これから大変だろうし、色々フォローしてあげてね」

 まるで親のようなことをいう。表情と相俟って思わずあなたは彼女の保護者ですか、と言いたくなったが、こちらを見たの目をみて言葉が詰まった。 
 思う以上に真摯な眼差しで、彼女は薄い微笑みを浮かべていた。軽い口調とは裏腹な瞳の強さに思わず気圧されるように鼻白む。

「トキヤたちが、彼女を助けてあげないといけないんだよ」
「・・・言われずとも、できる限りのことはしますよ」
「頼んだよ。ま、トキヤはなんだかんだでお人好しだからね。心配はしてないけど」

 強い調子で告げたに居心地の悪さを覚えながらも、それでも彼女の言い分に異論はなく、憎まれ口のようにつっけんどんな言い方で答えれば、は軽口を叩きながらほっとしたように胸を撫で下ろした。
 元より、彼女はここではない世界(今でも半信半疑ですが)からきたというのですから、関わってしまった以上放っておくのも目覚めが悪い。言われずともできる限り手を貸すつもりだったので今更という気もしたが、それでも何故がそこまで言うのかがわからない。
 まさか、も彼女がここではない世界からきたということを知っているのだろうか?

、」
「あ、もうすぐホームルーム始まるよ。私先戻ってるね」
「え、あぁ、はい」
「そうそうトキヤ。今日放課後レコーディングルームの予約取ったから、4時に集合ね」
「わかりました」

 問いただそうとして出鼻を挫かれ、引っ繰り返ったような声で返事を返すも、そんなことさも気づかないとばかりにはひらりとスカートを翻して踵を返した。
 ・・・まぁ、問いただす機会はいくらでもありますしね。颯爽と去っていく背中を見送ってから溜息を吐くと、今だ騒がしくしている面子に視線を向け、さてどう介入しましょうか、と思考を巡らせた。