グッモーニング!マイティーチャー




 朝はマリアン先生が起きる前に起きて朝食の準備。まずは暖炉に火をつけて、朝刊を取りに玄関へ。落ちている朝刊を拾って、次ぎに彼の目覚めの一杯である少し濃い目のブラックコーヒーの準備をする。コーヒーメイカーがあるのが嬉しいところだ。しかしブラックなど、私には飲めそうも無い飲み物だ。ベッド代わりのソファから起きだし(なにせベッドはシングル一つ。彼が寝てせいぜいだ。いや、この体の小ささなら平気そうだが、一緒に寝る趣味はない)何故か一緒に寝ているティムキャンピー(あの金色のボールである)も一緒に起きてキッチンに向かう。冷蔵庫の中身を眺めて少し考え、卵とハム、それに戸棚のロールパンを取り出した。台の上にそれらを乗せると、せめてあと一品、と首を傾げる。頭の上のティムキャンピーが落ちそうになって慌てていたが、別に気にしなかった。ていうか人の頭の上に陣取るなというにこのゴーレム。(機械というか生き物というか、人形というか。先生曰く神話のあれらしい。・・・この世界はどういった世界観なんだ)あー・・なんかあったっけ・・・あぁ、そうだそうだ。

「昨日のカボチャの牛乳煮を潰して、ポタージュにしようか」

 無駄なく節約、効率的に。秀麗姉さんの主婦根性は多いに役立っています。主婦の知恵って素晴らしいよね。ティムキャンピーをひょい、と頭の上から退かして首を傾げれば、ぱたぱたと尻尾が動く。賛成らしい。昨日美味しそうに食べてたもんね、牛乳煮。・・・普通に食べることを受け入れてしまった自分がなんだか物悲しい・・・。いや最初は食べるのか?!と驚愕したけれども、マリアン先生は普通にしているし、何かこう、突っ込んではならない雰囲気がしたんだよ。なのでそういうものなんだ、そういうところなんだ、と無理矢理納得させたのだ。心の平穏のために・・・!まあそんな昔話は置いといて、さっさと下ごしらえに取りかからねば、マリアン先生に怒られる。暖炉の上の鍋の中身をお皿に盛って、網目の細かい篩でカボチャをへらで押し潰す。ニ、三回それを繰り返してなめらかになったカボチャを、昨日煮た残りである出汁に加えて掻き混ぜる。多少生クリームや塩・胡椒を加えて味を整えてから、くつくつと弱火で煮詰めておいた。次に卵の調理だが・・・スクランブルエッグにするか、目玉焼きにするか。

「ティムはどっち食べたい?」

 問いかけても返答があるわけではないけれども、ティムはぐるぐると回転して何かを伝えようと奮闘している。だがすまん。さっぱりだ。ティムの努力はわかるが何が言いたいのやら。・・・えーと。

「目玉焼きが左で、スクランブルエッグは右ね。さぁ、どっち!」

 両手をあげて迫ってみると(最初からこうしろってか)ティムは右手に尻尾をぺちぺちと当てる。あー、スクランブルエッグ?オッケー、と頷いて卵を解きほぐして温めたフライパンに注ぐ。じゅわぁ、と油の引いたフライパンの音を聞きながら、手早く掻き混ぜて固まりきる前の半熟程度でお皿に盛った。ティムから注がれる視線が痛い。食べるなよ、これ先生のなんだから。最後にハムを焼きながら、ティムの取り出したロールパンを別のお皿に置いて、ティムを見上げた。

「ティム、マリアン先生起こしてきて」

 言うやいなや、心得たように一つ頷きぴゅー、と飛んでいく球体を見送ってこんがり焼けたハムをお皿の上に。えーと、あぁトマトがあったや。あれも切っておいておこー。
 真っ赤なトマトをさくさくと櫛型に切って、付け合わせとして飾る。くつくつと弱火で煮込んだポタージュの蓋をあけて、ほっかほかの湯気が立つのに目を細めた。一口味見してみれば、まあまあの味である。さらっとそれも盛ってテーブルに置くと、ギィ、と蝶番の軋む音がした。顔をあげれば、明らかに寝起きで不機嫌そうなマリアン先生が、ティムを鷲掴みにしてのそのそとやってくる。慣れた物だが、初めて見た時は多少びびった。柄悪いよ先生。
 これで神父業やってるらしいのだから、世の中なんでもまかり通るな、と思った。まあ私の存在が許されている時点でまかり通っているともいう。ぼさぼさの赤毛に半眼の目、着崩した白いシャツはほぼ全開で、ただ羽織っているだけのような代物だ。厚い胸板と割れた腹筋が素晴らしいです。若干目のやり場に困るといえば困るが、毎朝こんなもんだと最早慣れた物である。まあ、毎朝といっても偶に朝帰りの時があるんだけどね。(いやよく、か?)さてもとにかく、起きてきたのを見てコーヒーメイカーのコーヒーをカップに注ぎ、椅子に無言でどっかりと座ったマリアン先生の前に置く。

「おはようございます、マリアン先生」
「あぁ・・・」

 寝起きで掠れて低い声でそうとだけ反応を返すと、アツアツのブラックコーヒーをぐびりと一口。
 そうして、彼がぼやーっとしている間にナイフとフォークとスプーンを取りだし、さっさと朝食の準備を仕上げると鷲掴まれているティムを呼んで向かい側の椅子に座る。
 ティムは先生の大きな手から脱出すると、パタパタと飛びながら私のご飯の横に着地する。ほっと安堵したかのように見えるのは、マリアン先生の寝起きの所業故だろうか。ちなみに私は最初起こしにいって、布団に引きずり込まれそのまま無言でホールドされた。
 苦しい上に身動きとれず、起きようとすればひっくい声で脅される。・・・ぶっちゃけすげぇ怖かったので(可愛い意味のドキドキではないよ、恐ろしさでドキドキだったよ)その後はティムにその役を押しつけた。出来うる限りの被害は被りたくはないのです。とりあえず朝の先生は普段よりも怖い。低血圧なんだろうか。というか夜遊びが原因だと思うんだ、絶対。
 寝るの遅すぎるんだよ。寝てたら起こされてご飯作らされるし。問答無用だこの人。ともかくも、そんな先生は最早流すに限るということは私の中では周知の事実で、さっさと手を合わせていただきます、と挨拶をする。ティムも真似て羽を合わせてから、スクランブルエッグをフォークに掬った。マリアン先生はぬぼーっとしながら朝刊を広げ、コーヒーを飲みつづける。朝食に手をつけるのはしばらく後だとわかっているので、パンを千切りながらティムの口に放り込んだ。びっしり生えた歯が、大きいが可愛らしい外見には不似合いに思える。咀嚼するティムキャンピーは相変わらず謎の物体だ、と思いながらポタージュを啜る。やけにティムがもの欲しそうだったので、ティム用のカップに注いで置いてやった。
 器用に尻尾を使ってスプーンを巧みに扱うティムはすごいなぁ、と何かペットを見るような気持ちで眺めて、私ははふ、と吐息を零す。・・・・・英語の勉強、嫌だなぁ・・・・。朝食のあとあるであろう勉強にうんざりしながら、死活問題なわけでどうにもならない事柄にトマトをぱくり。


 彩雲国での生活が非常に生かされてる上に、なんだか料理のレパートリーが強制的に増えていって、めっきり主婦になったな、と悟る精神年齢20後半、外見年齢10歳の私なのでありました。