敵は身内に潜んでる。




 まず子供というだけでも職の幅は狭いというのに、英語も満足にできない異人だと就職先なんてほぼ皆無である。それでも一生懸命できない英語を懸命に駆使して探して探して一体何日職探しに奮闘したことか。お金がない。切実にない。紅家にいた時よりお金がない。
 言葉も通じないところで一人でうろうろするのはそれはそれは怖かったしぶっちゃけ引きこもっていたいぐらいだったが、偶に家にも女の人を連れ込むあの人相手じゃ引きこもりなんぞできるはずもない。だってあの人働くわけでもないのに遊び呆けるし、夜遊びはまあ女の人の家でなんかやってるだけなら、別に金取られるわけでもないんだからいいんだけど、ギャンブルにまで手を出したりお酒とか買い込むからやってられない。お前そんな金がどこにあると思ってる!!とりあえず金策をしなければどうにもならないのだと悟ってからは、英語の勉強の片手間に職探しの日々。そしてやっとのことで皿洗いとじゃがいもの皮むきという雑用賃仕事を見つけられたのだ。慣れてるから別段苦ではないけれども、以前よりも遥かに切羽詰っているので本気でヤバイ。溜息を零しながらお昼の食堂は戦場という言葉通り、ガチャガチャと慌しい中をテキパキと皿洗いに没頭する。洗っても洗ってもキリがないし時間外労働なんていつものことなのに、給料は最低だ。この時代に労働者の権利なんてあんまり確立されてなかったりするんだから、当然なんだろうけれど。これじゃ足りない、と思ってからはまた別の賃仕事先を探す日々。そうして二つ三つはざらに掛け持ちを始めて何日も経った頃には食堂の英語にも耳が慣れてきた。とはいっても内容の理解まではまだまだ全然遠いのだが、ニュアンスはなんとなくわかる。あーなんか怒られてる人がいるなー。そう思いながら黙々と皿洗いを繰り返し冷たい水の中に手を突っ込む。がっしゃがっしゃと泡をたてながら汚れを落として(大きな汚れを重点的に落とすのだ。まずは質より量がこの場合求められる)次々と重ねていく。厨房の熱気にじんわりと浮かぶ汗を拭う暇もないほど、そうやって仕事を続けていれば徐々に流しに突っ込まれるお皿の数が減っていく。
 それに気付くと少し洗うスピードを下げて、しばらくすれば交代の人がぽん、と肩に手を置くのだ。振り向けば壮年の男性が笑みを浮かべて何事かをいう。ここ最近で聞きなれたフレーズなので、頷いて笑顔で返事をしてから台から降りる。そしてその台を抱えて、今度はバケツの中の大量のじゃがいもに手を伸ばすのだ。

「というわけで今月もひたすらにやばいので昨日の残りですよ」
「酒は」
「そこにワイン残ってますからそれで我慢してください」

 新しいものを買う余裕なんてありません!昨日の残りのカレー(スパイスから全て手作りだとも!厨房で学んだよ、作り方)をパスタに適当に絡めたものを出しながら、お玉をもってキッパリと言いきる。例え三日連続カレーであろうとも文句は聞けませんよ、先生がギャンブルで大損するから切り詰めなくちゃいけなくなったんですからね!

「口煩くなったな、お前も」
「誰のせいですか・・・私だってまさかこんなことになるなんて思ってませんでしたよ」

 溜息を零して棚から飲みかけのワインを取り出すマリアン先生に、こっちだって不本意だ、とぼやいて椅子に座る。だって誰がこんな事態に陥ると思うだろう。遠慮をしていたらどうにもならないという現実に気付いてからは、それなりに遠慮というものをなくしてきたつもりだ。だってそうでもないとこの人相手は中々にきつい。中身が大体同年齢ぐらいで助かった。でなければとうに挫けていた気がする。ティムがぱたぱたと飛びながらマリアン先生の頭の上に着地するのを眺めて、頂きますと手を合わせた。

「しょうがねぇな・・なら金でも借り、」
「返せるアテもないんですからやめてくださいお願いします」

 稼いだ端から湯水のように使われるのだからどうしようもない。借金取りに追われる経験をする羽目になろうとは微塵にも思ってなかったっつーの。ぱくりとカレー味のパスタを頬張りながら、もぐもぐと口を動かす。ワインをグラスに注いで沈黙した先生は、本当に可愛くなくなったな、とぼやいた。

「最初の頃はあれだけびくびくしていたくせに」
「二ヶ月以上も傍にいれば嫌でもなれますから・・・。もう、お酒ばかり飲んでないでご飯食べてくださいよ。急性アルコール中毒になってポックリいったらどうするんですか」

 睨めばわかったわかった、と言いながらようやくパスタに手をつけ始める。カレーに飽きてきているのは先生だけじゃないんですから、文句言わないでくださいよ。

「料理の腕はあがったな」
「強制ですからね」
、ワインがなくなったぞ」
「諦めてください。ワインを買ったらご飯が買えません」
「俺は酒だけでいい」
「私は飲めませんから・・・」

 酒だけで生活できるはずがなかろうが。溜息を零して、厨房から果実酒辺り貰えないかなぁ、と模索してみる。いや、でないと本気で今度はどこに借金してくるかわからないんだもの。本当はよくないし、非常に良心が咎める上に心身の安らぎもないが、どこぞでツケてくれる方がまだマシだ。女の人ならば尚のこといい。何故か、そう私では本当によくわからないのだが、マリアン先生は非常に女性に好かれているようだから。・・なんでこんな人がいいんだろう?あれか、ダメ男に惹かれるものなのか、イイ女って。まあ、この人がどういう女性と付き合っているのかは知らないし、とっかえひっかえな辺りに、最低だな、と思うところなんてたくさんあるんだが。それで食い扶持が繋がっていることを思えば、悪し様に罵れるはずもなし。あぁ、なんという微妙な立場なのだろう!はあ・・・甘い、のかなぁ。でも一応これでも保護者だし、見捨てられたらどうにもならないし(英語がまだまだ全然ダメなんだよぉ)溜息を零してもそもそと食べる。ティムが先生の上で羽を小さく折りたたんでじっとしているので、手招きをしてパスタを一口食べさせた。あーあ、全く。

「この街にはあとどれぐらいいられるんだろうなあ・・・」

 せめてもう少しお金が貯まるまでは滞在していたいのだが、それは借金取りがここを嗅ぎつけるまでの時間によるのである。がじ、とフォークを噛んで、溜息を零した。