生類、相憐れむ



 事の発端は、すべからくマリアン先生であるといえよう。
 買い物から帰宅してみれば、何故か部屋のドアの蝶番が、キィキィと虚しく泣いている状態で私を出迎えるという状態にまず第一の驚愕が私を襲った。  おまけにドアは枠から外れて大破こそしてはいなかったが、ほぼドアとして機能を果たしてくれない状態なのだ。何事が起こったのだろうと思うのは当然ではないだろうか。泥棒が入るにしてもこんな乱暴な泥棒は聞いたことが無い。むしろ強盗か、こんな荒っぽいことをするのは。呆然としながら、誰か人を呼んでから中に入るべきか、それともとりあえず中を確認してみるのが先か、と戸惑いながら部屋の前で立ち止まっていると、ドドドドドド!と突然に部屋の中から足音が聞こえ、私はびくっと肩を揺らして息を飲んだ。え、まさか、まだ中にいたの泥棒・・・!?サァ、と顔から血の気を引かせて、急いで隠れようと思ったが、それも間に合わず部屋から飛び出してきた人影に、その勢いもあって避けることも叶わず盛大にぶつかられた。

「わっ!?」
「おぉっ!!」
「ぎゃっ!?」

 相手の勢いが有り余りすぎていたのか、衝撃が想像していた以上に凄くて跳ね飛ばされる。買い物籠の中に入っていたものを床にぶちまけながら、後ろにどさっと盛大に尻餅をついて思わず痛みに顔を顰めた。び、尾骨打った・・・!まじ痛い・・・!!若干痛みに目の端に涙を浮かべながら、腰よりも下の辺りを撫でながら地面に手をついて顔をあげる。
 そして目の前で同じように尻餅をついていてぇ、と唸っている2人の人物を視界にいれて、ちょっとポカンと口を開けた。
 ・・・・わ、若い泥棒だな・・・!予想していた泥棒像に反して、座り込んでいる人たちは大変若かった。肌は色黒、あぁでもなんだろう灰色がかったというか・・・灰褐色?そんな微妙な肌色だ。
 正直不健康な人に見える。顔は整ってはいるのだけれども格好がなんとなくお近づきになりたい部類ではないのがなんともいえない。黒い皮のパンク系の衣服に、派手な印象が拭えない。
 こんな目立つ泥棒が世の中に存在していていいのだろうか。・・・・明らかに不良な神父もいるから存在していても別にいいかもしれない。そんなことを考えながらも呆然としていると、私と同じように尾骨か腰でも打ったのだろうか、その付近を撫でながら男二人の内、短い黒髪の人の方が痛みに顔を顰めながらも低く悪態を零した。

「なんだ、一体・・・!」
「ヒッ。大丈夫、デビット?」

 衝撃は大半黒髪の人の方が請け負ったのかもしれない。もう1人、癖のある長い金髪に・・・頭にアンテナ?のようなものをつけた人が心配そうに黒髪の人を覗きこむ。
 2人とも年の頃は同じで、2人組みの泥棒なのか、と私は瞬きをした。・・・あの金髪の人の口周りにある糸のようなものはなんなのだろう・・・。ちょっとした疑問を覚えて呆然としていると、顔をあげた二人とぱちっと目があった。思わずギクリ、と体を強張らせたのは条件反射だ。
 というか私何普通に観察してんだろうね!?逃げようよ普通に考えてさぁ!あぁ最近こんなことが多い・・・!と頭を抱えながら、表情を強張らせるとぎろっと黒髪の人に睨まれる。
 ひっと小さな悲鳴をあげて身を竦ませると、突然視界一杯に人の顔が映りこみ、私は限界まで目を見開いて後ろに仰け反った。ななな、なに・・・っ?!

「君、大丈夫?」
「うわっ、はい。大丈夫、です」
「そっかぁ。デビット、この子大丈夫だってー」

 そういうと、視界から顔が消えて上の方で声がする。見上げた先には首を後ろに向けて、誰か・・・そう、黒髪の人に声をかけている金髪の人。
 黒髪の人は顔を顰めながらも、すくっと立ち上がって私の前まできた。元々背は小さいので立ち上がったところで見上げるしかないのだろうが、それでも座ったままだとより大きく感じる。二人並ばれると・・・なんだ、すごい派手というか二人は似合いなのだが、風景と噛みあってない。チグハグな印象を受けつつも、ぼけっと見上げていたら黒髪の人が頭をかき乱し、それからぐいっと私の腕を掴んで引っ張りあげた。え、え、えぇっ?

「わ、っと」
「おいおい、お前運動神経悪いな」
「いやあの、突然やられたら誰でも・・・いえ、なんでもないです」

 外見で人を判断したいわけじゃないが、しかし外見の印象というものは偉大だ。目元の化粧や(ペイントか?)、格好、雰囲気諸々からまず一般人じゃないだろう、ということはよくよく理解できて、咄嗟にしかけた反論を飲み込んで小さくお礼を言いながら距離をとる。服についた汚れを落としながら、ちらちらと上目遣いに二人を見た。えっと、ど、どうすれば・・・?!はっきりいって外見が怖い。私パンク系のおにーちゃんに近づきたいとは思わないよー!ていうか本当、雰囲気が怪しいという他ないからね?!顔はいいんだけど、整ってるんだけど、格好とか色々どうなのよそれ!そもそも、人の家の中から出てきた時点で危ない人ではなかろうか。あぁちょ、大声で助けを呼ばなくては!と思った瞬間、ひょいっと再び目の前に今度はオレンジが差し出されて、ひぅっと呼吸が不自然な形に滞った。けほ、と思わず咽て咳きを零す。えぇ、なんなの?!

「はい、落し物」
「え、えぇ・・・?あ、ありがとう、ございます」
「あーあ。派手にぶちまけたな・・・ジャスデロ、お前そこの拾えよ」
「ヒッ。わかったよォデビット」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれぇ?差し出した手の上に、ころんとオレンジを転がされて唖然としていると、若者二人はしゃがみこんで、私が倒れた拍子にぶちまけた食材を拾い始める。
 ・・・ぞ、存外いい人?いやいや違う、そうじゃないだろ私。いやでも、あぁわけがわからな・・・!
 何か状況とこの人達の行動のギャップに頭の中が混乱しながらも、慌てて私もしゃがみこんで買い物籠を拾い上げると近くに零れていた野菜を放り込む。卵が入ってなくてよかった、本当。入ってたら目も当てられない状態になっていたに違いない。
 そう思いながら、ちら、と目を向ければ金髪の人がどことなく焦点のあってなさそうな目でずい、とキャベツを差し出してきて、私は再びありがとうございます、と言いながら受け取って籠の中に放り込んだ。

「ほら」
「あ、どうも」
「これもだよねー?」
「あ、そうです。いや、なんか本当すみません、手伝わせて・・・」

 黒髪の人が複数転がっていたオレンジを両手に持って籠の中に落とし、金髪の人は人参を一本もってひらひらと振っている。私はそれらを受け取り、籠の中にいれながらぺこぺこと頭を下げてうーん、と首を傾げた。・・・悪い人たちじゃないの、かなぁ?いやでも、人ん家にいたよねこの人たち?え、なんだ、なんなんだ。本当にサッパリわからないぞ・・?!ぐるぐるとこんがらがる頭で、床に落ちたものを全部拾い上げると、三人で立ち上がって私はじっと二人を見上げた。

「えっと・・・あの、ありがとうございました」
「いーよー別にー」
「ぶつかったのはこっちだしな」

 そういってニコ、と割と人懐っこい笑顔を浮かべる金髪の人と、愛想はそんなによくないけれども、悪い雰囲気ではないその人に、ほっと胸を撫で下ろして控えめに口角を持ち上げた。

「それでも、ありがとうございました。・・・あ、でも、その・・・あの、家から出てきたみたい、ですけど、その、・・・その家に何かご、御用、でも?」

 根っから悪い人ではなさそうだが、それにしたって不審者すぎる。壊れて開いたまま傾いているドアと、そのドアから飛び出してきた事実を思い出しながら引き攣った顔で問いかけると、二人はあ、と何か思い出したような顔をして、それからひどい勢いで顔を近づけてきた。

「ひぃっ!?」
「そーだお前!お前さぁ、クロスの奴どこに行ったかしんない?!」
「ヒッ!デロ達クロスに用があるんだぁ、ねぇ知らないー?」
「え、あ、く、クロス?」

 ・・・・って、マリアン先生ですかーーーーーー!!!びくっと買い物籠の持ち手を強く握り締めながら、鬼気迫る形相で問いかけてくる二人に、私は言葉を詰まらせて柄にもなく高速で思考を回転させた。
 今確かにクロスといった、この人たち。クロスとはつまりマリアン先生であることは間違いなく、つまりこの人たちはマリアン先生に何か用件があるわけで、なんというかすごーくマリアン先生に対して憤慨しているような様子からも、決してそれがいい用件なわけでもなさそうである。あー・・・この人たちも先生の被害者なのか・・・。一瞬こんなに若いのに、なんて災難な、と哀れみの視線を向けてしまったが、マリアン先生に対して頭に血が上っているのか、クロスめーーー!!と頭を掻き毟りながら暴走している彼らにその視線は気づかれなかったらしい。
 ほっとしながらも、あの人今度はなにしでかしたんだろう、と頭を抱えた。いや、マリアン先生で女性以外の押しかけ人といえば、・・・借金取り、以外の何者でもないだろう。あうぅぅ・・・返しても返しても追いつかないよぉ・・・!がくぅ、と項垂れながら、この人たちもマリアン先生の被害者だというのならば、あのドアの惨状も部屋の中にいたのも頷ける、と溜息を零してどうしたものか、と視線を泳がせた。
 ・・・まさか素直に教えるわけにもいかないだろう。むしろそれで私に矛先が向けられても困る。たたでさえ他にも色々と借金抱えてるのに、これ以上取立て屋の人の矛先が向けられるのは勘弁してもらいたい・・・!・・・てーか、昼間の先生の行動範囲なんて私知らないしな。行き着けのお店に行ってるか、女の人の家か、ギャンブルにでも興じているか・・・存外真面目に何かしてるかもしれないが、はっきりいってあの人の行動は不明だ。夜なら大抵想像はつくんだけども。まあ、正直に言うべきか。

「すみません、私じゃちょっと・・・」
「えぇーーー!!」
「くっそあのバカクロスめ・・・!!どこに行きやがったああぁ!!!」

 盛大なブーイングを貰ってしまった。というか、非常にガックリと項垂れていて、見ているこっちが大変申し訳ない気持ちになってしまう。特に金髪の人。行動がなんとなく子供っぽいせいもあってか、思わず頭を撫でたくなってしまう愛嬌が。ごめんなさい、と呟きながらピクリと指が動いたが、寸前でいけないいけない、とぐっと拳を握った。見知らぬ人にそんなことしちゃいけないよ私。というかもう本当、先生がごめんなさい・・・!!迷惑かけてごめんなさい。内心で土下座する勢いでそう誤りつつ、困ったように眉を下げた。

「デビット~どうする?今日はもう諦める?」
「冗談じゃねぇ!こうなったら地の果てまで追いかけてあの野郎をボッコボコにしてやんねぇと気がすまねぇ!!」
「でもさぁ、これで心当たり全部終わっちゃったよ?」
「うッ・・・さ、探せばどっかにはいるに決まってるだろ!!」

 そりゃまあどこかにはいるだろう。どこか疲れ果てたように両肩を落として、しゅん、となっている金髪の人とは対照的に、怒りが疲れを吹っ飛ばしているのか、どんどんヒートアップしている黒髪の人が拳を高く突き上げて言い切った。片手に握られている金色のおもちゃみたいな銃が気になりはするけれども・・この人たち、そんなにマリアン先生探し回ってるんだ・・・あんな人に関わったばかりに貴重な時間を・・・!!くっと目頭を押さえそうになりながら、頬を掻いて、溜息を零しながらそろそろと脇をすり抜けてドアに近づいた。私が動いても気づかないぐらいマリアン先生の悪口雑言と復讐に燃えている彼らに、本当にあの人って人としてダメなところが多いよなぁ、とよいしょ、と買い物籠を床に下ろした。悪口に反論ができないってどうなんだか。反論するつもりもないが、一応今一番身近にいる人物として、ついでに仮にも保護者の悪口になんとも言えない気持ちになるのはしょうがない。
 あーしかし、このドアどうしよう・・・。私じゃ直せないもんなぁ、これ。完全に蝶番が壊れて、ギリギリで戸板と繋がっている状態のそれにガックリと項垂れる。戸板が無事でも、蝶番が大破してたら意味ないよね・・・。とりあえず立てかけるようにして入り口を戸板で塞ぎつつ、家に押しかけるのはまあまだいいとして、器物破損はやめて欲しいなぁ、と遠い目をした。業者に頼むのもお金かかるんだよ。安いところってどこがあったかなぁ、と思いつつ、ガタガタとドアを動かしていると、後ろから伸びた手がふと戸板を支えた。振り向けば、さっきまで先生の悪口に熱中していた黒髪の人が、どことなく罰が悪そうに、むっつりと顔を顰めていた。・・・ん?

「どうかしましたか?」
「あー・・・いや、ドア・・・・」
「あぁ・・・戸板は無事ですから、蝶番さえ直せば平気ですよ」
「ヒッ。デビットが蹴破ったからだよ~?ヒヒッ」
「うっせ!しょうがねぇだろ、鍵かかってたんだから!」
「いや、それ普通ですから・・・」

 鍵かけないで家を出る人なんて、よっぽど田舎じゃないといないと思うよ?というか普通ドアを蹴破る人はいない。と、思う。マリアン先生関連からいうと、あんまり断言ができないのが悲しいところだが。ぼそり、と突っ込むとぐっと黒髪の人は言葉につまり、金髪の人はヒヒッと妙に引き攣った笑い声を零しながらこてん、と小首を傾げた。

「ところで、君はどうしてここにいるのー?クロスに用?」
「あ?なんだよ、そうなのか?」
「え、違いますよ」

 単純にここが住んでるところなんです、と今はいえるはずもなく。だって、さ。こんな明らかにマリアン先生に鬱憤の溜まってる人の前で堂々と言えるわけないじゃないか。借金が増えるなんてそんなとんでもない。相手を若いけれど借金取りだと信じて疑わず、私は曖昧に笑ってちょっと世話をしている人間です、と適当に言葉を濁した。うん。嘘じゃない嘘じゃない。ただそれが一緒に住んでるって言わないだけで。そうすると、あー、と金髪の人はぽくんと手をたたき、黒髪の人は戸板を倒れないように立てかけながら、ふぅん、と頷いた。

「なるほど。クロスの世話係!」
「あいつそういうの雇ってそうだもんなぁ。なあ、ほんとにお前クロスの居所知らねぇの?」
「すみません。あの人の行動範囲って不明なんですよ。掴まりにくいといいますか、捉え所がないといいますか・・・」
「ヒヒッ。クロスの奴って変わり者だからぁ!」
「お前よくあんな最っ低野郎の世話できるな」
「慣れれば別にそうでもないですよ。世の中何事も慣れです、慣れ」

 ふ、と達観した面持ちで言えば、一瞬あぁこいつも苦労してるんだ、という同情の眼差しを受けた。・・・なんで赤の他人にこんな目を向けられなくてはならないのだろうか、と思ったが、お互いあの天上天下唯我独尊が座右の銘になっていそうな人に苦労させられている仲、通じるものがあるかのごとく無言で項垂れた。・・・物悲しー・・・。ていうかなんで私この人たちと普通に会話してるんだろう?と思ったが、相手が別に距離をとるわけでもなく愛想がいいからだな、と自己完結をして、苦笑しながら床に置いた買い物籠を手に取った。

「・・・えっと、ちょっと待っていてもらえます?」
「え?」
「あ?」
「すぐに戻ってきますから、ちょっと失礼しますね」

 どうしたものか、という空気が漂ってきた中、若い身空でマリアン先生によりどえらい迷惑を被っているのだろう、この人達に、いくらかの仲間意識、そして同情心が芽生えて私はそういうと、呆気に取られている彼らをその場に残していそいそと家の中に入っていく。本当は見知らぬ人、しかもおそらく借金取りで、家の中に不法侵入を果たした人物に対しての態度ではないと思う。思うが、・・・あの人に振り回されている現状を思うとどうにも恨めないというかむしろこっちが迷惑かけてごめんなさい、と謝るしかないというか。まあ、通常の取立ての人たちのように脅しをかけにくるでもなく、なんだか本当に子供みたいなのだ、あの人たちの反応や行動は。鬼気迫ってはいるけれども、ああいうヤのつくようなご職業の方々とは雰囲気が違うというか・・・。なんなんだろうな。そう思いながらも、買い物籠をテーブルの上に置き、戸棚に仕舞っておいた箱を取り出して急いで踵を返した。ぱたぱたと足音をたてて戻れば、律儀にも二人は待っていてくれた。素直な人たち・・・!とちょっと感動しながら、足音に振り向いて首を傾げた金髪の人に、ずいっと持ってきた箱を差し出した。

「これ、持って行ってください。お詫びにもなりませんけど、手ぶらじゃなんでしょう?」
「なんか甘い匂いがするー」
「なんだ、これ?」

 言いながら箱を持ち上げて、くんくんと鼻を動かす二人に遠慮がちに口を開いた。

「えーっと、その、私が作ったもので申し訳ないんですけど、ケーキ、です。いや本当、お店のものじゃなくて申し訳ないんですけど、今家にあるものっていったらこれぐらいしかなくって・・・」
「ケーキ!」
「え、マジ?すげぇすげぇお前こんなの作れるのかよ!」

 おぉ、喜んで貰えた。もごもごと口を動かしながら言えば、パッと顔を明るくさせて二人はぱかっと蓋をあけて歓声をあげた。いや、簡単なキャロットケーキなんですけれども。上に粉砂糖をかけてあるオレンジがかった丸いケーキを、わぁわぁと喜んで覗き込んでいる二人にほっと胸を撫で下ろして、小さく口角を持ち上げた。

「サンキュー!お前っていい奴だなぁ」
「デロ嬉しいよ!ヒヒッありがとー!」
「お口に合えばいいんですけどね。色々とお疲れ様です、本当に・・・」

 ニコッ、と満面の笑顔を向けられて、つられて微笑み返しながらできることならドア直していって欲しいなぁ、と内で考える。無理だろうけど、雰囲気的に。二人はケーキに興奮したように顔を見合わせて、黒髪の人は金色のおもちゃの銃を、金髪の人はケーキを両手で持って、頭の上に掲げるとよっしゃー!と声をあげた。

「あいつらの前で食べてやろうぜ、これ!」
「ヒヒッそうだねー!わーいわーいケーキー!」
「じゃあな、あんた・・・あぁ、そういや名前ってなに?」
「あー・・・えっと。、です」
かー。デロはジャスデロっていうんだよー」
「俺はデビットな。このケーキ、ありがたく貰ってくぜ。クロスには気をつけろよ!あいつ節操ないからなっ」
「そうだよ、クロスは血も涙もない悪魔みたいな奴なんだから!」
「ご忠告痛み入ります」

 でも私はあの人の対象には入らないから心配無用さ!親切にもそんな心配までしてくれるえーと、ジャスデロさんとデビットさんに目を細めて、大手を振って去っていくあの人たちにひらひらと手を振り返し、ほっと胸を撫で下ろした。

「よかった・・・借金取り立てられなくて・・・・」

 単純でよかったというべきか、思ったよりも人がよかったというべきか。格好は派手だし正直近寄りたくないし不気味だしと、ちょっと第一印象はあれだったけど、人ってやっぱり見た目じゃないんだなぁ。マリアン先生も初見は怪しいことこの上なかったけど、まあ色々と人としてどうよ、と思うところがあるけれども、悪い人じゃないし。まあとにかく、ケーキ一つで何事もなかったのだから万々歳だろう。
 ほっとしながらも、そろそろここからも移動しないといけない時期なのかもなぁ、と壊れたドアを眺めて、ひっそりと溜息を零した。
 結局、ドアは自腹きらなきゃいけないのね・・・。予想外の出費に、頭が痛くなりながらも借金取りの取立てに比べれば、と自分を慰めて、できるならば今後は鉢合わせなんてしませんように、と南無南無と手を合わせておいた。
 悪い感じの人達ではなかったけれど、できるならば借金取りには会いたくないのだ、本当に。
あー全く、マリアン先生の借金癖はなんとかならんものか、と遠い目をして、ガックリと項垂れた。





「先生、なんか今日借金取りらしき若者が2人押しかけてたんですけど、そろそろここも移動の時期ですかねぇ?」
「・・・・・・・・・お前、そいつらどんな格好だった?」
「え?あー・・・なんか変わったというかあんまり近づきたくない格好でしたよ」
「だから、どんなだ」
「うーんと、灰褐色っていうんですか?そんな肌をしてて、パンク系の服を着てて・・・あ、そうそう。名前聞きました。ジャスデロさんとデビットさんっていうんですって」
「・・・ちっ。あいつらもうここを嗅ぎつけやがったか」
「え、知り合いなんですか?」
「しらねぇしらねぇ。、さっさと準備してとっととここからズラかるぞ」
「はあ・・・って、準備するの私じゃないですか!」

 先生は何もしないくせにー!と叫ぶが、それでもすっぱー、と余裕の表情でタバコの煙を吐き出す先生に、こちらを気遣う様子など一切見られなかった。うぅ・・・本当にひどいな、この人・・・!