彼が彼女を語るとき
忙しなく車内弁当を口に運ぶアレンを正面に捕らえながら、窓枠に肘をかけてラビはぼんやりと休む暇なく動く箸先を見つめる。一体いつ止まるのだろうか、この箸は。というか箸なんか使えたんさ、アレンって。不機嫌な友人の姿を思い浮かべながら、思ったよりも綺麗な箸使いでパクパクと食を進めるアレンに感心を覚えると同時に、そういえば、と無意識のように言葉が唇から零れ出た。その声に反応したように、談笑していたクロウリーとリナリーが首を傾げてラビを振り返り、お弁当を食べていたアレンも口一杯に、まるでリスのように頬袋に物を詰め込んだままラビを見る。明らかに口内の広さと食物の量が合ってないさー、という呟きはごくりと飲み込んだ。寄生型の胃袋は未知だが、口の中も未知なるものなのかもしれない。まあそんなことより。集まった視線に、ラビは窓枠についていた肘を退けて、首を傾げてアレンに問いかけた。
「俺達今からクロス元帥探索に向かうわけだけど、そもそもクロス元帥って一体どんな人なんさ?」
「ふぇ?」
投げかけられた問いかけに、アレンの答えはなんとも頼りない。というか口に物を大量に詰め込んだまま喋らないで欲しい。ラビは溜息を吐きそうになりながら、とりあえず口の中のものをなくしてくれ、と項垂れた。・・・アレンって本当に食欲魔人さー・・・。その間に、アレンはもぐもぐとしっかりと食べ物を咀嚼し、あっという間に頬袋を小さくする。だからそのスピードも可笑しい、という突っ込みは最早してはいけないものなのだろうか。寄生型って、という呟きはともかく置いておき、ごくりと喉が上下したのにあわせてアレンはこてり、と首を傾げた。
「いきなりどうしたんです?師匠のことなんて」
「いやークロス元帥って4年前から教団に寄り付いてないもんだから、どういう人か噂ぐらいでしか俺知らないんさ。実物見たこともないし。これから探し出す人物のこと何も知らないってのも問題だろ?」
「そうね・・・私もクロス元帥のことはあまり知らないもの。昔から教団に寄り付かない人だったし・・・見かけたことぐらいはあるけど、詳しくは知らないわ」
「我輩もついこの間会ったばかりで何も知らないである」
肩を竦めるラビに賛同するように、口々に言われてはアレンも困惑の表情を浮かべるしかない。むしゃむしゃとレタスを食べるティムキャンピーを頭の上に置きながら、アレンはそうですねぇ、と言葉を探すように一瞬視線を泳がせた。先ほどラビに注がれた注目の視線は、今度はアレンへと注がれる。
謎の人物クロス・マリアン。囁かれる噂は教団の問題児、そして元帥であるということ、ティムキャンピーの製作者、アレンの師匠。ちなみにこの話題を振るとアレンの様子が激変するという、本当にどんな人物なんだと謎が謎を呼ぶような人材だ。その実力でさえ定かではない、と興味をそそられるのには十分な代物で、好奇心を包み隠さずに視線に乗せて、ラビはアレンの返答を待った。
今回、珍しくも多少の余裕があるのか、はたまた最早何かを諦めてしまっているのか、いつものように落ち込むこともなく、考えるように箸でお弁当のおかずを突付きまわすアレンの様子に期待感も高まる。さて、アレンが語る元帥とはどんな人物なのか。黙って固唾を飲んで待っていると、やがてアレンは一言で言うなら、と口を開いた。
「言うなら?」
「悪魔よりよっぽど悪魔らしい最低最悪な人ですね」
え、あれアレンさん。爽やかな笑顔で言う台詞ですかそれ。ニッコリと浮かべられた笑みはキラキラと輝いて、今は車窓の向こう側は夜のはずなのにまるで朝日が差し込んでいるかのように明るい。明るいけど黒い。なにこの矛盾、とラビの顔が俄かに引き攣った。笑顔で告げられた台詞は第一声にして相槌を打つにも困難なもので、周りのなんともいえない沈黙を意に介した様子もなく、アレンはぐさっと箸をエビフライに突き立てた。
「もう本当に人としてあんなに最低でいいのかと思うような非人間で人道に外れた人なんですよまさに外道?お金遣いは荒くて借金塗れな上に女遊びも激しくて家や宿に女性を連れ込んで!!その現場に鉢合わせたときの気まずさといったらないですよっ。その癖大酒のみで贅沢好きという本当にどうしようもない人ですよあの人は!!」
「えーっと・・・」
「稼いだ端から湯水のように使われて結局文無しに近いですし、拒否すれば金槌で殴られることは日常茶飯事、かと思えば借金やツケをいつの間にか背負わされて過酷な労働を強いられることゥン百回。しかも借金取りから逃げるときに身代わりにされたり思い出すだけで恐ろしい・・・・!!」
「ア、アレン君っ」
「ああそういえばあの時だってまだイノセンスを使えない僕をアクマの群れの中に放り込んで殺されそうになったこともあったなぁ。命からがら逃げてきたら首根っこ捕まれてまた放り込まれて。その間にあの人は酒場で高い酒を飲みまわして女の人連れまわして一人遊び呆けて・・・!!」
「アレンが怖いである・・・っ」
フッフッフッフッ、と浮かぶ笑みに最早いつものアレンの様子はなく、まさしく修羅のような有様だ。バキィ、と折られた箸が無残にお弁当の中に落ちていく。でろでろと背後で渦巻く暗黒物質に、3人は地雷を踏んだと悟った。おーいアレンさーん。戻ってきてー。
ラビのささやかな訴えも遠い彼方。最早過去にスリップしてぶつぶつと苦難の修行時代を思い返すアレンには、何かのスイッチが入ったとしか思えない。ぶっちゃけ超怖い。ひぃ、とという悲鳴を飲み込みながら、クロス元帥とはどんな人物か、からアレンってどんな悲惨な修行時代過ごしていたんだよ、という疑問になんだか摩り替えられそうだった。とりあえずアレンにとってクロス元帥は鬼門。それをまざまざと見せ付けられて、どうしたものかとラビはべったりと座席の背もたれに体をくっつけながら顔をひくつかせた。
「さ、災難だったさ、アレン・・・」
「災難?ハッ!災難なんて言葉で片付けられるようなもんですか!」
「ひぃっ」
なんとか意識を戻そうと相槌を打っては見るものの、別の地雷を踏んだようにアレンの顔が極悪に歪む。ちょっとこの子何時の間にこんな荒んだ顔するようになったのよ。座った目つきにラビの顔が益々引き攣り、リナリーも困惑を隠せない。クロウリーにいたっては脅えて縮こまるばかりだ。あぁちょっと元帥。この子に本当に何しでかしてくれたんですか。そんな姿形でさえ定かではない人物(所在不明)に対して内心で悪態を零すと、ラビは引き攣った笑みを浮かべた。
「よ、よくそれで元帥の側に3年もいられたもんさ、アレン」
「え?・・・あぁ、それは勿論僕1人だったら耐えられなかった可能性が高いですけど、がいましたから」
「へ?」
「?」
苦しげな相槌は、予想外の返事で持ってして事態を変えた。今までの暗黒具合を払拭するように、幾分か和らいだ調子でアレンはにこりと笑みを浮かべた。それはあの輝かしくも黒々しかった笑みではなく、いつものアレンだ、と思わずほっとするような笑みである。それに胸を撫で下ろしながらも、飛び出た別の人物の名前に周囲の疑問符は飛び交った。ここでまさか第三者の名前が出てくるとは露ほどにも思わない。きょとりと目を丸くしながら、アレンの黒い笑みが引っ込んだのを幸いに、ラビは逃げを打っていた体を戻して、再びアレンを正面に見据えた。
「、って誰さ?」
「クロス元帥に、アレン君以外に弟子がいたの?」
「違いますよ。は師匠の弟子じゃありませんし、エクソシストでもありません。普通の女の子ですよ。でも僕より先に師匠の側にいた子で、僕もたくさんお世話になりました」
にこにこにこ、と浮かぶ満面の笑みに、へぇ、と感嘆とも感心ともつかない吐息が零れる。アレンは過去を思い出すように、ふっと窓の外に一瞬目を向けてから、懐かしげに目を細めた。
「なんで師匠なんかと一緒にいるのかわからないぐらい出来た人で、家事の一手を引き受けてくれていましたね。の作ってくれるご飯は本当に絶品でした!あの無駄に舌が肥えてた師匠が特に文句もなく食べてたぐらいですし、あの地獄の日々を乗り越えられたのはがいてくれたからに他なりませんよ」
そういって微笑む顔は、思わず周囲が目を見開くほどに幸福に満ちていた。ほんのりと頬を染めて、蕩けるように微笑むアレンを思わず凝視して息を呑む。
「ちょっと、いやかなり大人びた子だったんですけどね。すごくしっかりしてて、家計の遣り繰りだって完璧でしたよ。まあ、師匠のせいでカツカツだったんですけど・・・」
「・・・クロス元帥とはどういう関係なんさ?」
「それは、僕にもよくわからないんです。血の繋がりは微塵にもないことは確かですけど・・・確か、師匠に拾われて側にいるって聞きました。よくあの師匠と2人でいられたなと尊敬しますよ、僕」
「元帥が拾った?・・・孤児だったのかしら」
頬に指先を沿え、不思議そうに呟くリナリーにアレンはそうなのかもしれません、と頷く。まあ、家族がいるのに元帥について歩くはずがないから、孤児なのは確かだろうが。そう考えて、ラビは眉を動かした。話を聞く限り、中々の凄まじさを窺える元帥が、ただの子供を拾って育てるのか?アレンのようにイノセンスが関係しているのならばまだしも、ただの子供を、元帥が。疑問は膨らみ、気づかれぬように目を細める。微笑んで語るアレンに感じるのはただただ甘いばかりの好意であり、それ以外は見当たらないが、それにしても可笑しな話だと、ラビはマフラーを引き上げて口元を隠した。
「師匠、夜遊びも激しかったしギャンブルで散財ばっかりしてたんですけど、3日に一度は帰ってきてのご飯食べてましたし」
「あの元帥が?・・・よっぽど美味しいのね、ちゃんのご飯」
「それはもう!あぁ、思い出したらのご飯が食べたくなってきました・・・」
ぐぅ、と鳴ったお腹を押さえて切実に呟くアレンに、今お前弁当食ってたじゃないか!という突っ込みは空の彼方へと円盤投げの要領で放り投げる。じゅるり、と涎を啜る音までするのだから、どれだけ食い意地が張っているのか・・・いや、そこまでさせるほどのそのなる人物の作った料理は美味しいのかもしれない。心持ち興味を惹かれていると、不意にそれまで黙っていたクロウリーが、あぁ、とばかりに掌を拳でポクンと打ちつけた。その音に3人が振り向けば、彼は笑みを浮かべ見せる。
「確かに、の作ったご飯は美味しかったである」
「え、クロちゃん食べたことがあるんさっ?」
「どこで食べたの?クロウリー」
目を丸くして意外なところからの賛同に身を乗り出せば、クロウリーは少しおどおどとしながらも、思い出すように話し始めた。
「それは、元帥が我輩の城にきたときにである。元帥の横に小さな女の子がいて、驚いたものである。・・・似合わないというか」
「あ、そっか。クロちゃんは元帥と会ったことあったんだったさ?」
「そういえばそうでしたね。そっか、に会ったんですね、クロウリー。羨ましい・・・」
ぼそ、と呟いた声は羨望に満ちていて、じっと見つめる目にクロウリーの微苦笑が浮かぶ。長いこと会っていないのだ、会いたいと思うのは当然なのかもしれない。元帥に会いたいかはさておいて、ではあるが。
「本当にしっかりした子であったである。小さいのに、世話になるからと城の掃除や食事までしてくれて、おまけに元帥にお金を貸したときは本人以上に頭を下げていたである・・・」
「あの人は、こんなところにきてまでに面倒かけて・・・!あぁもう、本当にすみませんクロウリー。僕からも謝ります」
「いや、そんないいである、アレン」
あぁ、と顔を覆って項垂れるアレンに思わず憐憫の視線を向けながら、慌てるクロウリーに暖かな視線が寄せられる。被害者ながらに心優しい青年だ。そして話を聞く限りなんてダメな大人なんだ元帥。連れ添っている少女の苦労が偲ばれた。アレンは頭を下げながら、はぁ、と溜息を零して本当に・・・とぽつりと口を開いた。
「師匠ってば僕が風邪引いたときや怪我をしても、素知らぬフリどころか風邪を引けば移るから近寄るな出て行けとか言って外に放り捨てようとしますし、怪我をしては手当てどころか傷口に塩をすり込むかのごとく罵詈雑言浴びせるし」
「ひでぇ」
「すごい師匠であるな・・・」
なんていうか、噂以上だ。語るごとに悲惨なアレンの過去も垣間見えつつ、元帥の人格に大きな疑問を覚えたラビたちの顔がなんともいえない表情を作り出す。あんまりだクロス元帥。
「まあ、代わりにが看病や手当てをしてくれましたし、師匠を叱って付きっきりで側にいてくれたからそれはいいんですけど」
「いいんだ、それで」
「だって師匠がいたら大抵を独占するんですよ?!本当に思い出すだけで腹立たしい・・っ。もあの人の我侭のせいで結構師匠に付きっきりだったりしましたから、もうあの時は優越感と幸福感で一生このままでいいかもしれないと思いましたね」
そいつはぁ重症だ。言葉にしない感想がアレンに届いたのかそうでないのか、その様子だと届いても無視されそうだというぐらいうっとりと語る様にいささか引く。アレンが可笑しいさー、というラビの呟きは自然と黙殺された。リナリーはどこか微笑ましく、小さな笑みを浮かべてとうとうと語るアレンに相槌を打つ。
「アレン君、ちゃんのことが本当に好きなのね。今、凄く幸せそうよ」
にっこりと浮かぶ笑みは花のように愛らしく、アレンはリナリーの顔を見返すと、それに負けないほどの笑顔を浮かべて見せた。いや、見せたというよりも、それはとても自然に、綻ぶように出てしまったのかもしれない。微笑むアレンには、ただただ優しく甘いばかりの、少女を思う心しか窺えない。それは暖かな幸福に満ちていた。
「勿論です」
はっきりと次げる言葉はある種の自信にも満ちている。ほぅ、と吐息を零して、ラビはにやにやと笑みを浮かべた。
「お熱さねーアレン。なぁなぁその子って可愛いんさ?」
「ラビ。別に、そういう感情なわけじゃないですよ。家族みたいなものですし・・・あ、勿論とっても可愛いですけどね」
「へー。一度会ってみたいさー」
「あはは。に手を出したら容赦しませんよ?」
「・・・・・・冗談?」
「いいえ、いたって本気です」
笑顔の奥の目がニコリともしていない。綺麗に口元と表情筋だけで笑みを作るアレンに気がついてラビはひくり、と喉を震わせるとそろーっと視線を外した。あれは本気だ。本気の目だ。もしも何かしようものなら確実にあの世を垣間見せられる。ぞくっと走った悪寒は果たして何を暗示していたのか。ラビは無理矢理笑みを浮かべてアレンのちょっと黒が入った微笑を精一杯受け流している間に、ふっとアレンの口元に微笑が刻まれた。
「まあ、僕もそうですけどに迂闊に手を出すと師匠も怖いですよ」
「へ?」
「師匠もなんだかんだでには甘かったですからね。物凄くわかりにくいですし、本人捻くれてますけど、に対してはチラホラ態度は柔らかかったように思います」
「例えば?」
「そうですね・・・。僕が風邪を引いたときはあの対応だったんですけど、が風邪を引いたときはわざわざ薬や桃缶を買ってきてましたね。まあ、寝てる本人に直接渡さず僕に放り投げてましたけど」
素直じゃないんですよ、あの人。と苦笑するアレンに目を丸くして、あの元帥が、と唇で呟いた。・・随分と態度が違うんじゃないだろうか。それは男女の差なのか、単純にその少女が元帥にとってそれなりの地位を占めているのか。判断はつけかねたが、なるほど。確かに、迂闊に手を出すとなんだか大変なことになりそうな予感はする。
「あとは・・・そうそう。師匠はを抱き枕にみたいに扱うんですよ。嫌がるを無理矢理ベッドに連れ込んで寝るんです」
「へー・・・て、え?」
今なんてった?ぱちっと瞬きをして、さらりと漏らされた知られざる元帥の私生活に、ぎょっと周囲が目を剥いた。たらー、と汗を額が滑り落ちるなんともいえない感覚を味わいつつ、ラビの顔が複雑さを帯びる。
「寝心地がいいからだとかどうとかで毎回毎回・・・僕だってと一緒に寝たいのにいっつも邪魔ばかりして。本当に我侭というか独占欲が強いというか。は師匠のものじゃないってんだ!」
「いや、アレン・・・そんなことより、その子、元帥と一緒に寝たことあるんさ?」
どこか強張った調子で、ラビが尋ねる。それに、興奮した面持ちで拳をギリギリと握り締めて歯噛みしていたアレンは、ふっと拳の力を抜きながらえぇ、しょっちゅうです。と頷いた。それに、益々ラビの顔が奇妙に歪み、思案に暮れるように顎に手を添えられる。リナリーもさすがに口を噤み、クロウリーに至っては頬が俄かに赤く染まっている節もある。そんな周囲の様子にも気づかず、それがどうかしました?とばかりに首を傾げるアレンに、ラビは恐る恐る問いかけた。
「アレン。元帥って、女遊びが激しい人だったよな?」
「えぇ。とっかえひっかえでしたよ。愛人だって両手の指合わせても足りないぐらいいますし・・・なんであんな性格破綻者が女性にモテるのかサッパリですけど。女性の趣味ってつくづく不思議ですよね」
「羨ましい限りさー・・・じゃなくて。えーっと。元帥の守備範囲は?」
「そうですねぇ・・・15を越えたら女だろう、とか言ってましたから、リナリーぐらいは入っていると思いますよ。上はさすがにわかりませんが」
記憶を辿りつつ答えるアレンは、なんでそんなこと聞くんですか、と首を傾げる。それにラビはまあ、ちょっと、と言葉を濁して考え込むように眉間に皺を寄せた。
「・・・その子、いくつなんさ?」
「ん?の年齢ですか?はっきりとは知りませんけど、大体僕と同じぐらいだって言ってましたよ。ですから15、6ぐらいですね」
「そうなのであるかっ?我輩はてっきり12、3歳ぐらいかと・・・」
意表を突かれたようにクロウリーが会話に入り、目を白黒とさせている。それにアレンは微苦笑を零して、ティムキャンピーに手を差し伸べながらくすりと笑った。
「、童顔な上に小さいですから、よくそれぐらいに見られるんですよ。師匠の背も高いですから、横に並ぶと本当に小さく見えるんですよね。本人も諦めてるみたいですけど」
「そうなのであるか・・・」
「そうなると、本当に親子みたいよね」
「と師匠の血が繋がってたら僕はこの世の何もかもが信じられなくなりそうですよ、リナリー」
そこまで言うか。遠い目をしていうアレンに、リナリーの口元も引き攣りながら、口を閉ざす。とりあえず、血の繋がりというものは断固として拒否したいらしい、アレンは。まあ実際、話を聞く限りでも血の繋がりがあるようには思えないので、父娘という関係ではなさそうだが。しかしそうなると、益々問題がある気がする、とラビはその重要性に恐らく、というよりも確実に気がついていないアレンに、言うべきか言わざるべきかを悩みながら頭を掻いた。
女好きの元帥で、守備範囲は上は不明だが下は15ぐらいまで。そして件の少女は童顔らしいが15前後、おまけに血の繋がりはないときた。・・あれ、これって結構やばくない?
「・・・なあ、アレン」
「なんですか、ラビ。さっきから妙な質問ばかりしてますけど」
神妙な顔で声をかけてきたラビに、アレンが怪訝な表情で視線を向ける。アレンだけでなく、横と斜め前から注がれる視線にも注目されつつ、ラビは頭痛のする思いでバンダナに手を振りながら、ひっそりと溜息を零した。
「いや・・・その、さ。元帥の守備範囲って15からなんだろ?」
「そうですね」
「んで、その子も15歳ぐらい・・・なんさ?」
「そうですね」
「・・・・・んで、血縁関係でもない、んだよな・・・?」
「そうです、けど」
「・・・・・・・・・・・・・・それで一緒のベッドで寝てるとか、やばくね?」
一つ一つ、確認を取る事に重くなる空気をひしひし感じながらも、ラビはこれは言っておかなくてはいけない気がする、常識として。と己を鼓舞した。結果的に、ぼそりと呟いた内容に、周囲に落ちた沈黙は痛いほどに重かった。うわぁ、沈黙ってこんなに重いんだ。
時計もないのにカチコチと秒針が刻まれる音が聞こえてくるようだ。固まったアレンをびくびくしながら見やり、うわ本当にこいつその危険性に気づいてなかったんさ、とその鈍さに舌を巻いた。あれほど元帥の女癖の悪さを罵っているくせに、どうして身近な部分の危険に気づいていないのか。まあ、それまで元帥が手を出していなかったということがあるからかもしれないが、女好きの元帥が守備範囲内に入った女と一緒のベッドにいて何もしないものなのか。話を聞く限りそれはないだろう、と思ってしまうので、ラビの懸念は的外れでもない。これで親子だったならばまあ・・・一般的に見て可笑しいと言わざるを得ないが、身の危険という部分ではないに等しい。道を踏み外さなければだが、そこまで考えていると可能性など掃いて捨てるほどある。だからこそ目を瞑り、目の前の現実におかしさを白昼に晒したわけではあるが、一向に反応しないアレンに、そろそろ不安も芽生えてきた。
「アレン・・・?おーい、アレーン?戻ってこいさー」
「アレン君、アレン君っ」
「アレン、大丈夫であるか?」
心配げにかけられる声に、肩を揺さぶられながらもアレンは一向に反応しない。終いにはティムキャンピーまで心配そうに目の前で羽を動かして覗き込んだというのに、アレンは目を見開いたまま固まり、やがて唇をわなわなと振るわせ始めた。
「・・・・が・・・」
「アレン?」
ぽつりと、震える唇でアレンが呟く。小さな呟きは巧く聞き取れず、眉を跳ねてラビはそろりとアレンの口元に顔を近づけた。血の気が引いて真っ青な顔で、アレンはぼそぼそと何事かを呟く。
「が・・・」
「ん?」
「が、危ない・・・・っ!!」
はっきりと内容が聞き取れた刹那、ガタンッとアレンが席を立つ。顔を近づけていたラビはぎょっとして大袈裟に身をのけぞり、心配そうにしていたリナリーたちも驚いて肩を跳ねた。
「ラ、ララララビ!!ど、どうしましょうが、が師匠に食われるーーー!!??」
「ア、アレン?!」
「そうですよ!!なんで今まで気づかなかったんだろう僕のバカ!!だってもう年頃なんですからあの見境のない野獣が手を出さない保証なんてないのに!が!僕のが!!傷モノにされるうぅぅぅぅ!!!!」
「お、落ち着いて、アレン君!」
「危ないである、アレンーーー!」
「ていうか僕のってさりげなく今言ったさ、アレンの奴・・・」
ぼそっとしたラビの呟きは衝撃の事実に(というか今まで気づかなかったのが可笑しい)動転しているアレンに届くはずもない。付け加えるのならば、今にも走っている汽車の車窓から飛び降りそうなアレンを必死に引き止めているリナリーとクロウリーにも届いてはいないだろう。開いた窓から、強い風が車内に入り込んでばさばさと衣服や髪を乱していく。ぎゃあぎゃあと途端騒がしくなった車内で、少し離れたところに座っていたブックマンの溜息が小さく聞こえたが、やはりそれもアレンの絶叫に掻き消された。
「ーーーー!!今すぐ師匠の魔の手から助けますからあぁぁぁ!!!!」
「アレン君、元帥もまだ見つかってないのに、それにきっと大丈夫よ。今までなにもしてこなかったんだから、元帥だって手なんか出さないわ、きっと!」
「そうであるアレンっ。とにかく席に戻って落ち着くであるっ」
「あーでも、今までアレンがいたからってこともあるし、いなくなった途端っていうのも有り得るさー」
「「ラビっ!!」」
「~~~~~~っ、無事でいてくださあぁぁぁぁい!!!!」
魂が千切れるような切実な懇願を秘めた叫びは、開いた窓の外へと凄まじい風に乗せられて遠く、遠く伸びていった。今この時、確実にアレンの中で「元帥捜索・護衛」という任務内容が、「救出・奪還」という大幅に違う方向へと道を変えたのを、ラビは遠い目をしながら感じていた。多分きっと、間違ってない。
「・・・こんなのに好かれて、って子も大変さー」
愛が重たい、とはこういうことを言うのかもしれない。