Good night baby.



 カタリ、と物音がしてふっと意識が上へと上がる。薄く開けた視界は暗く、まだ朝日も昇らない刻限なのだと容易に知れた。暗闇の中の天井の陰が濃く、頬を冷たい空気が刺すように刺激する。暖房も消えた真冬の、しかも真夜中の空気なんて痛いにもほどがある冷たさだ。
 毛布から僅かに出ていた肩と相俟って、ぶるりと体を震わせると首元まで覆い隠すように引き上げ、動くを止めた。仰向けになっていた顔を動かし、暗闇に慣れない目と、まだ覚醒しない頭で黒ずんだ部屋の入り口を見る。
 一呼吸置いて、ぼんやりとそこに誰かが立っているのを視認して枕の上で首を傾げた。ざりざり、と枕と頭で擦れて捻られた髪の音が耳につく。

「アレン・・?」

 空気が乾燥してるせいだろうか、口の中も掠れて声が細い。口でもあけて寝てたかな、とでも思いながら人影・・・暗闇の中では本当に影しかわからないのだが、それでも背格好からアレンとしか思えないそれの名前を呼んだ。すると案の定それはアレンだったのか(ていうかアレンでないとものすごく怖いのだが)、呼んだ拍子に体が反応したように揺れた。
 瞼が半分しか開いてないいつもの視界よりも狭まった中で、アレンの顔が見えない。
 暗いからか、遠いからか、単純に眠くて頭が働いていないからか。わからないけれど、この寒い中寝巻き一枚で呆然と佇んでいるアレンは寒々しいと思う。
 そもそもなんで真夜中にここにいるのか・・・寒くて眠れなかったのかな。今日は特別冷えるからなぁ。ていうか寒いなら入り口で立ってないでこっちにくればいいのに。
 名前を呼んだのに、一声も出さずただただ立ったままのアレンに疑問を感じながらも、やけに眠くてうとうとする頭ではまともな思考ができない。起きていたらきっともっとまともに考えて悟ることもできたように思うのだが、どうにも寒さと眠さのダブルパンチがいけないのだ。
 とりあえずいつまでもそこにいられたらおちおち寝てもいられない。ていうか無視して眠れるほど図太くもないので、よくわからないがもぞ、と毛布に突っ込んだ腕を引き抜いてぺロリ、と毛布を捲った。

「おいで、アレン」
「っ」

 スペースを空けて誘いかけると、アレンが息を詰める気配がした。あ、やっと目が慣れてきた。でも眠いな。暗闇にやっと目が慣れてきて、周りの様子がぼんやりと見えてくる。
 そうしてアレンの顔もなんとなく見えてくると、ひどく強張っている様子で、はて?と瞬いた。

「アレン?」
「・・・いいん、ですか?」
「ん?」

 何が?と思ったが、この状況だと多分一緒に寝ることが、ということなのだろう。
 細く小さな声で心細く聞こえるアレンの問いかけに、あれ、そのつもりできたんじゃないの?と思いながらべしべし、と横を叩いた。アレンが入れるようにと空けたスペースと持ち上げた毛布のせいで出来た隙間から入る空気が冷たくて寒い。本当に寒い。すーすーする・・・!

「よくなかったら誘わないよ。寒いから早くおいで、アレン」

 ちょっと投げやりな誘い方だったが、実際とても寒いので早く隙間をなくしたかったのだ。
 そもそもアレンがどうしてこんなに躊躇っているのか、動こうとしないのか、泣きそうに眉を下げているのか、暗闇を眠気によって判断できない私に心情は推し量れない。
 それが幸いだったのか、そうでもなかったのか、それは明日の朝になっても(むしろもう今日の朝か)わからないことだろう。ただ私は寒くて眠くて、さっさと来ればいいのに、ぐらいにしか考えてなかったから。まるで何かが物事を考えさせないように画策しているかのように、思考ができていないのだ。いつもはもっと寝起きはいいはずなのだが、可笑しいとも気づかないのだからやはり何かがその時起こっていたのではないかと勘繰ってしまう。
 さてもとにかく、誘いかけたアレンはたっぷりと迷ってから、ようやっとおずおずと足を動かした。スリッパが床を擦る音がして、入り口から動いたアレンがベッドの脇に来る。しかしそれだけで、上がろうとも中に入ろうともしないから、まだ隙間はできたままだ。
 いい加減寒いのもそうだが、毛布を持ち上げている腕がきつくなってきた。少し考えて、寒いが仕方なし、とべろっと布団を大きく捲って腕は引っ込めた。
 そして佇むアレンを下から見上げて、引き結んだ口元が見える。俯いているが、下から見上げている私にはその表情よく・・・とは言えないが見えて、なんだかとても寂しそうな、迷子になって不安になってしまったかのような泣きそうな子供の顔に見えた。
 その表情に寒いのではなくて怖い夢でも見たのかもしれないと考えを改める。

「・・・
「んー?」
「本当に一緒にいていいんですか?」
「いいよー」

 重々しいアレンの言い方とは裏腹に、非常に軽々しくて何も考えていないことが丸分かりの返答だ。
 実際アレンの台詞を少しも深く考察も吟味もしていなかったし、そもそもその質問を考えるに値するものなのかも考え付かなかったのだ。
 だって一緒にいていいかなんて今更何を問いかけることなのか。変なアレンだな、と思うぐらいで、いいよと答えた瞬間のアレンのあまりにもほっとして歪んだ顔なんて見てなかった。
 引き結ばれた口元が震えて、伸びた手がおずおずとベッドに触れる。体重がかかったのか、ぎしっと音を立てて少し沈み込んでマットが揺れた。ついでに私の髪も広がり、揺れてくねるように視界に入る。あ、邪魔だ。そう思って頭をあげて髪を反対側に流して、アレンが足までベッドに乗せるのを確認した。そろそろをやっとベッドに上がりこんだアレンが避けていた毛布を引き寄せ潜り込むとようやく隙間が消えて空気の行き来が一気に減った。
 でも温まっていたベッドの中は冷たくなってしまっていて、しかも二人並ぶとどうしてもその間に隙間というものができてしまうもので。あぁこの隙間が忌々しいと思うと、枕に頭をつけてこちらを見たアレンにずりずりと近寄って、腕を伸ばした。

「、・・・っ?」
「寒い・・・もっとくっついてアレン・・・」
「で、でも」
「アレンも寒いでしょー?くっついたほうが寒くない・・・」

 アレンの背中に手を回し、引き寄せてついでとばかりに毛布を引き上げて首まですっぽりと覆い隠す。アレンはおろおろとしていて、力の入った体で戸惑いを表していた。
 別に初めて一緒に寝るわけでもなし、なんでこんなに動揺しているのか・・・思春期?そう思いながら目を閉じてぽすぽすアレンの頭を撫でる。さらさらの髪の感触が気持ちいいなぁ。

「明日も早いでしょ・・・寝よう、アレン」
「は、い」

 すっかり私が寝る体勢に入るとアレンはしばらく体に力を込めて固まっていたが、そのうちそろそろと毛布が動く気配がした。目を閉じて三秒で寝れる特技は生憎ないので、なんとなくそれを察しながら好きなようにさせる。そして脇腹を通って背中に掌が回り、ぎゅっと控えめに寝巻きの布地が握られた。そして鎖骨部分にアレンの髪の感触がして、ぴったりとした密着感を覚えた。ようやく隙間がなくなってほっとする。

「・・あったかい・・・」

 ぽそっとアレンの呟きが聞こえたが、そろそろ意識が朦朧としてきた私はうまくそれを脳内通すことが出来ず、なんかいった気がする、程度にしか感じなかった。まぁいいか。

「おやすみ、アレン・・・」
「・・・はい。おやすみなさい、

 そのまま、しばらくはまだ起きていたようにも思うが曖昧で、気がついたら私は眠りに落ちていた。ただただ、自分以外の体温と吐息と感じて、あぁ子供体温っていいなぁ、なんて。
 ぼんやりと考えていたような気が、するだけだった。