久しぶりの逢瀬
「よ、」
軽快な声と共に無遠慮にあげられた御簾の向こう側から、にっかりと笑ったイケメンが顔を覗かせていた。すでに就寝時間。寝巻用の単姿で今まさに寝ようと布団を捲りあげていた瞬間だったので、変な中腰姿勢でポカンと御簾を持ち上げ遠慮なく室内に入ってきやがった男を見つめる。・・・え?
「ま、将臣?」
「なんだよもう寝るのか?」
「や、やることもないし、明日も早いし、って。いやいや!」
動揺して挙動不審気味になりつつ、どさ、と人の寝所に入り込んだ男は布団の横に腰を下ろして胡坐を組んだ。いや、待て。待てお前。
「なんでいるの?というかなんで人の部屋に入ってきたの?」
「偶々近くにきたから寄ってみたんだよ。望美は起きてたし、お前も起きてるかと思って」
そっか、近くにきていたのか。そしてメインは望美ちゃんだったんだね。なるほど納得。いやでも部屋に入ってきたことは解せない。昼間ならともかく今夜ぞ?寝る前ぞ?いくら私とはいえ赤の他人の部屋だぞ?遠慮しろよ!せめて御簾の外にいろよ!なんで当然のように入ってきてるの!?幼馴染じゃないんだぞ、と思ったがすでに入ってきて座り込んでいる分、追い出すのも気が引けて仕方なく私も布団の上に腰を下ろした。・・・よくよく考えれば寝間着姿なんだけど、ここで変に恥ずかしがることの方が恥ずかし気がしたので考えないことにした。
しかし、これだけは言わせてくれ。
「寝てたらどうするつもりだったの?」
「うん?まぁ、その時はその時だな」
「そう、・・・そう」
行き当たりばったりか。にっと笑って言われて、こういう奴だよなぁ、と呆れた溜息が零れ出た。でもやっぱり部屋に入ってくるのはどうかと思う。こういうところがデリカシーがないと言われるんだよ・・・譲に知られたら激怒されるよ・・・あの子なんか知らんが望美ちゃんだけじゃなく私にも過保護の気があるからな・・・。年上に弱いのかな?でも朔には優しいけどすごい対等感があるんだよね。というか空気感がある意味望美ちゃん以上に親密というかこう、不思議な感じがあるというか。まぁ、ゲームだけじゃ知れないことはたくさんあるから、実はそういう距離感だったのかもしれないだけかもしれないけど、なんかこう、腑に落ちないんだよねぇ・・・。
「元気か?」
「え?あ、うん。元気だけど?」
「なんか困った事とか、変なこととか、嫌なこととか、そうういったことはねぇか?まぁ譲も九郎達もいるし、大丈夫だとは思うけどよ」
「あぁうん。そうだね、・・・みんなよくしてくれてるよ」
ちょっと皆さん過保護ですね?ってぐらい。戦えない赤の他人にしては異様なぐらい構ってくる気はしているが・・・。ここで夢小説のヒロインなら旅に同行するだのなんか特殊能力があるだのするのだろうが、生憎とそういったものは持ち合わせていない一般人。戦に参戦も怨霊退治に同行もせず特殊能力もない私はただの異世界人である。いやこれただのじゃないわ。ただの一般人ではないかもしれないが、でも正直なんの利益もない相手に対していくら望美ちゃんたちという前例があるとはいえ、八葉の皆さん(白龍含)は優しすぎると思う。譲と将臣は、まぁ、一応立場的に同じ人間と言えなくもないので気にかけてくれるのはなんとなくわかるんだけど・・・いやでも将臣がこんなこと聞いてくるなんてな?望美ちゃんのついでとはいえ、こんなあからさまに様子を尋ねてくるとは一体どうした。
不思議に思い首を傾げると、将臣は薄らと微笑んで・・・いやだめだ顔がいい。わかってたけどこの男顔がいい。御簾越しの月光を横から浴びて浮かび上がる微笑みの優しさに、咄嗟に顔を俯かせて難を逃れる。わかってた、わかってたよここの人間の顔面偏差値の高さは・・・!でもなんかこう、こう、この夜の空気ダメですね!?昼間ならそんなに気にしないのに、やけに静かでひっそりとしていて、しかも寝室に2人っきりってなんだろう、状況的にやばくない?いや何があるはずもないんだけど、でもこう、やばくないか、と思うのだ、常識的にも考えて。
「・・・あ、そ、そうだ。外で話そうか!」
「うん?俺はここでいいぜ?」
「外で!話そう!!」
いやむしろ帰れ。とは言わないが、とりあえずこの密室ではない密室の空気は居た堪れない。傍から見たら怪しいし、望美ちゃんに発見されて変な疑いを持たれても困る。望美ちゃんがどのルートに行くかわからない分、下手に引っ掻き回すのは得策ではないだろう。痴情の縺れに発展でもしたら面倒だ。お互いそんな気は微塵にもないとはいえ、今後起こる可能性もないとはいえ、勝手に当て馬役にされるのはちょっと恋愛初心者にはきついものがある。
違うんです、違うんですよこれはただの同郷の語らいであって疾しいことはないんですよ!
少々慌てつつ床をずりずりと這って御簾を持ち上げ四つん這いで廊下に顔を出したところで、見えた光景のふわぁ、と思わず吐息が零れた。
「星、すご・・・」
きらきらきら、と星が満天に煌めき、ほんのりと冷たい夜風が頬を撫でる。そのまま這うように廊下に出て濡れ縁に座り込むと、後から出てきた将臣もよっこいせ、と横に腰を下ろした。かしゃん、と赤い陣羽織が音をたてるが気にならない。夜着の裾を整えながら膝を抱えるようにして体勢を整え、満天の星を見上げた。
「相変わらず、星空がすごいよなこの世界は」
「うん・・・余計な光がないからね・・・。その分月明かりも強いけど」
満月の日の外の明るさといったらない。逆に新月は本当に真っ暗なのだが、それこそがこの世界の夜の醍醐味というものだろう。
「なぁ」
「はい?」
「夜は寝れてるか?」
「は?」
しばらく星に魅入っていると、突然横から将臣がそう問いかけてきた。急になんだこいつ、と思いつつ横を向くと、将臣は夜空を見上げたままで質問の意図が掴めない。が、とりあえず額面通りに捉えればいいか?
「寝れてるっていえば寝れてるけど・・あ、もしかして望美ちゃん寝不足なの?」
「うん?いや、あいつは爆睡してるらしいぜ?」
「あ、そう・・・」
じゃあなんで聞いた。望美ちゃんが寝れていないというのなら、もしかして私も、という思考が働いたのはわかる。しかしそうでないなら何故聞くんだろう。そして爆睡なんだ、望美ちゃん・・・まぁ日々動き回って疲れてるからね、よく寝て疲れは取ってほしいものだ。
よくわからないな、と思いながら将臣から視線を外す。そうすると横でふっと笑ったように空気が動いた気がいて、ちら、と横を見る。後悔した。え、なん、な・・!?
「ま、よく食ってよく動いてよく寝れば、ちょっとは大きくなるだろ」
「・・・っよ、余計なお世話ですよ・・・!」
茶化すように持ちあがった口角と共にぽすっと頭に手が置かれる。その動作に硬直していた体を咄嗟に動かし、べしっと頭に乗った手を叩き落としてずりり、と距離を取った。
いや、いやいやいや、なんだこいつ。なんだこれ!
「ま、将臣こそもう寝たら?疲れてるんじゃないの?」
「そんな軟じゃねぇよ。でもま、そろそろいい時間か・・・悪かったな、急に来て」
「悪いと思うなら、次は昼間にね。しばらくいるの?」
「そのつもりだけどまぁ、どうなるかな」
そういってカラッと笑った将臣はよいしょ、と声を出して立ち上がる。ぐっと遠くなった顔を見上げて、夜闇の溶けそうな将臣の群青の髪を見つめる。じゃあな、と至極あっさりと手を振って濡れ縁から庭に出た彼にひらひらと手を振りかえして、その姿が見えなくなったところであああああああ、とぐったりと上体を倒した。土下座状態で、くっそ、と悪態を吐く。
「だから、顔が、いいんだよ・・・!」
星空をバックに、ひどく優しく、安堵したかのように微笑む顔の、なんと暴力的なことか。
これだから!乙女ゲームのイケメンは!!そういう顔はヒロインにしてくれください!安売りはほんとやめて欲しい、と土下座状態で、私はしばらく蹲っていた。