晴天の霹靂



 とても似通っているのに、ここは私がいたところではないんだなぁ、ととぼとぼと歩きながら一人ごちた。ここは京の都なのに、でも私がいた京ではないのだと。
 様変わりしている町並みに吐息を零して、ぎゅっと拳を握った。どこに行っても、例え景時さんのお屋敷があったところに行ったとしても。彼等はそこにはいないのだ。
 というか実際記憶を頼りに、人に聞きつつ歩いていってみたのだが、見事に屋敷があったところには別の家が立っていた。しかも貴族とかの屋敷じゃなくて平民のね。
 長屋というべきかそんなものが並んでいるところになっていて、思いの外ショックだった。景時さんの屋敷は、200年前はこうだったのかーなんて感慨深く思う暇があれば、まず景時という存在すらないのだと、言われて。覚悟、というか・・・一応頭ではここは1の時代であって3の時代ではないのだとわかってはいたけど、実際こう、目の前に突きつけられるとね。彼等はここにはいないんだよーって見せられてしまうと、物凄く不安になるものだ。
 初っ端が初っ端だったしなぁ。うぅ・・頼久さんがあんなに怖い人だなんて思ってなかったよ・・・。冷たい視線を思い出して、泣きそうになりながら、深呼吸をして彼から意識を外す。
 えぇい、あんなもの思い出したところでなんだっていうだ!もう私には関係ないもんね!ここには彼等はいないんだし!・・・あれ。ということは、私いきなりテレポート?とかしたことになってるんだろうか。はた、と思い当たり、瞬きを繰り返す。うんでも、そういうことになるよね。私自身、目の前の風景が全然見知らぬ橋の上になってたわけだし。ということは、土御門の方では私が突然消えたように見えるわけで。武士の人も驚いてたしなぁ・・・あれ、てことは、私ってば。

「・・・怨霊に間違われてたりするの、かな?」

 突然目の前で消えた不審人物。間違いなく怨霊扱いされそうだよね。
 まあ、それはそれで相手にどうしようもないな、ということで諦めて貰えるのなら問題はないかもしれないが。消えたわけだし。目の前で。追いかけられて引っ立てられたら本当に嫌だしなぁ。陰陽師差し向けられても嫌だけど。何時の間にそんなミラクルスキルが身についていたのか・・・私いつからそんな吃驚人間になったんだろう。まさか、そんな力のせいで何か変なことに巻き込まれたりとかしないよね、ね?!ぞぞぉ、と一抹の不安を覚えてピタリと足を止めた。・・わ、私は現実世界の人間だし!3の世界でも別に役目なんてなかったし!
 そうだよ3の世界で何か特殊な立場にあったのならともかく、普通トリップしてなんの役目も負わず、普通に屋敷でほのぼの過ごしてる人間なんていないしね。役目がなくても皆と一緒に旅をしようとする夢主人公とは違って、私はそういう力も度胸も何もないその辺の雑草と同じなんだから。

「・・ま、ここにいる時点で特殊だけどねー」

 現実からゲーム世界だ。それはそれで十分特殊だが、ただそれだけでもある。
 この世界で何かを為せ、というわけではないのだから、考え込むだけ無駄というものだろう。・・いや、しかしそういう特殊な立場にないからこそ、最初であの待遇はもうすでに色々と私の生存率が下がったということではないか。なにせ何も持ってないのだから、一人で、ここで生きていかねばならない。正直に言おう。

「無理じゃね?」

 自分で言うのもなんだが、異世界の見知らぬ土地で、なんの後ろ盾もなく一人で生きていくのは・・・私にはかなり無理がある気が。そんなサバイバルな体験なんてしたことないし。
 それに、鬼の脅威に晒されているのだとしたら、仕事に就くのもかなり難しい気が。
 住み込みなんて好条件がそうそう転がってるはずもないだろうし。言っとくが、将臣や天真みたいにサバイバルに適応できる人種じゃないよ私は。親切な人にそうそう遭遇できるはずもないだろうし・・・ぶっちゃけ、この世界の子供より脆い生き物だよねぇ。現代ッ子ですからねぇ。ていうか現代でも後ろ盾もなく一人で生きていくのは難しいのに、異世界の平安時代で生きていけるか?
 私は、そんなに強くなんてないよ。考えれば考えるだけ絶望的なものしか浮かばず、愕然と立ち止まったまま視線を虚ろにさ迷わせる。前向きにならなくては、と思うのだが、真剣に考えれば考えるだけ、色々と、こう・・・私には無理なんじゃないかという考えしか思い浮かばずに。本当に私は、誰かに頼って生きていたんだな、とまざまざと突き付けられて、溜息を零した。

「情けない・・・」

 一人では、この世界では生けていけないかもしれない。生きて、いけるように、頑張るけど。
 頑張るけど、でも、ただただ、不安で怖くて仕方ない。私にできるだろうか、それが。
 誰にも頼れない状況で、誰にも頼らず、庇護もなく。一人で生きていけるだけの地盤を築けるだろうか――私には何もないのだと思うと、ただ悲しくて怖くて不安で、どうしようもないなと、小さくぼやいた。あそこでは、何故かよくしてくれる皆がいたけど。ここには、誰もいないんだよなぁ。むしろ敵意向けられたんだよなぁ、と思うと鬱になるというものだ。ちくしょう、誰か、いてくれたらいいのに。溜息を零して止めていた足を動かすと、不意に目の前が翳る。はっと顔をあげると、何やら道で見かけた人達とは180度違う身なりのよさそうな格好をしたお兄さんらしき人が、ふんわりと笑って立っていた。
 随分と綺麗な顔立ちである。優男風の丹精な顔立ちは、ちょっと見惚れてしまうぐらい。もっとも、これでも美形には慣れているので見惚れるも何もないが、・・・遙かキャラでもない見知らぬ人に、瞬きをして首を傾げる。貴族か何かだろうか。牛車にも乗らず徒歩とは珍しい・・・んだろう、きっと。思わず立ち止まってしまったが、難癖つけられたら本気で落ち込むしかないので、私は目礼してその横を通りぬけようとした。が。

「随分と気落ちしているようだね?」
「・・・は?」

 軽やか、なのにやたら深みのある声で話しかけられ、目を丸くして立ち止まってしまった。
 パチパチと瞬きをして話しかけてきた貴族らしい人を見つめれば、やんわりと細められた眼差しが何故か優しい。言葉をなくして、この世界にきて初めて優しい視線を向けられた事に、どこかほっとしながら私はこてんと首を傾げた。

「あ、の?」
「大変なことがあったのだろうね・・・。君が落ち込んでいるから、ほら、彼等も落ち込んでしまっているよ」
「・・・彼等?」

 いきなりなんだこの人。優しい視線はあり難いが、ぶっちゃけ怪し過ぎる。
 わけのわからないことを言い出したお兄さんにきょとんとしながら、お兄さんが示した方向に思わず目を向けた。そうすると、・・・別に何もないというかただの草花があるだけである。
 あれ、なんだこの人。危ない人か。心持ち身を引くと、お兄さんは気にした風もなくにっこりと微笑んで首を傾けた。

「今は無理でも、いつか君も気づくといいけれど」
「なに、言ってるんですか・・・?」
「ふふ。今はね、まだいいんだよ。まだ君は始めたばかり・・・巡るのはもう少し後かな」

 この人電波系か?!くすくすと笑いながら穏やかな目で言われて、びくっと肩を震わせながら一歩後ろに下がる。優しげな雰囲気に騙されそうだが、結構な危険人物かもしれない。背中を向けて逃げてもいいものか、と逡巡していると、不意に彼は手を伸ばしてあらぬ方向を指差した。長い指先が、つい、と宙を滑る。
 狩衣のたわわな袖が擦れる音が聞こえ、扇が真っ直ぐに向けられた方向に、目の前の麗人が気になりつつも視線をちら、と向けると、深まった微笑でもってお兄さんが穏やかに口を開く。

「あちらに行っておあげ。そうすればきっと良いことがあるから」
「え?」
「いつかまた会える日を楽しみにしているよ――その時は、どうか笑顔を見せておくれ」
「は?え?あの、ちょっとお兄さ、・・・ぅわっ?!」

 にっこりと、優しげに微笑んだその人が、言い終わるか終わらないかの内に、突然の突風が砂埃をあげて巻きあがる。咄嗟に吹きつける風と砂埃に目を閉じて、ごしりと顔を擦り目を開けると―――すでにそこには、誰もおらず。
 パチリ、と一つ大きな瞬きをして、ポカンと私は先ほどまで人がいたであろう場所を見つめた。・・・・・・・・えぇっ!??

「消え・・・消えた?!え、えっ!?消えた?え?嘘。マジ?なんで、はいぃぃ!!??」

 慌ててついさっきまでお兄さんが立っていた場所に駆け寄ってみるが、そこには人がいたという形跡すらない。きょろきょろと辺りを見まわしても、生憎と私以外にろくな人影もおらず、ただただ静かな舗装も何もされていない自然放置な道があるだけで。乾いた土と、そよ風に靡く草花がちらちら揺れるばかりで、あの狩衣の深い濃紺はなく、私は呆然と瞬きを繰り返した。・・・・夢?え、白昼夢?それとも、もしかして。

「ゆうれい、ですか・・・?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ひぎゃあああああああ!!!!!!!

「え、マジ?マジモノ?え、本当に?幽霊?てかここでいうなら怨霊?え、てかちょ、ま、怖っ!!嫌だーーーちょっマジで?!」

 生まれてこの方あんな普通の人間っぽい幽霊なんて初めてみたよーーー!!ちなみに化け物染みた怨霊なら不運にも遭遇したことはありますが!怖っ!!ちょっと本気で怖いっていうかありえなーーーーい!!私霊感なんてある方じゃないですよちょっと!それともなに、ここでは霊感の類がなくとも見えるとか?・・・そりゃ怨霊が闊歩してるんなら当たり前か!いやでもでも、あんな幽霊がいるものなのか?

「うわぁうわぁ、・・・私はどうすれば!」

 まさか真昼間からその類のものに遭遇するなんて思わなかったよ!本気で幸先悪いわ!
 ていうかもうなんなのさ?!あまりの非常識な(すでに色々と非常識だが)事態に混乱し、誰もいないのを良いことに頭を抱えてうんうんと唸る。正直、今目の前で起こった事を全否定したいというかなかったことにしたい。だってあれだよ、目の前で何時の間にか消えたんだよ?!人じゃないっぽいんですよ!?怖いじゃん!というか信じたくないじゃん!
 あぁそれにしても土御門の方々も、もしかして今の私と同じ心境だったのかしらね私が消えたとき。別に悪いとは思わないけどこんなところで共感できるなんて思わなかった。にしてもなんだったんだ、今のは。幽霊だとして、でも悪い感じはしなかったし・・・ていうか私が鈍いだけなのかしら。いやでも、・・・幽霊とはいえ優しく声をかけてもらえて嬉しかったといえば嬉しかったし。でも相手幽霊だしなぁ。むしろ幽霊にまで同情されたのか、今のは。むしろ慰め?・・・それはそれでなんか虚しいな、おい。
 ぐるぐると最早何について論議をかましているのかわからないほどの混乱具合に、思わず大きな息を吐いて肩を落とした。
 混乱しまくった分、疲労感がどっと押し寄せてくる。一気に疲れたな、と思わず天を仰ぎ、ぐっと瞼を閉じた。

「・・・でも、ちょっと楽になったかも」

 色々発散できて。思えば怒鳴ることも喚き散らすこともここにきてしてなかったもんなぁ。本当はしたかった。最初に捕まった時、頼久さんとかに冷たい目で見られたとき。泣きたくて理不尽に怒りたくて、わけがわからなくてなんなのさ!って叫びたかった。だけど、それも怖くてできなくて、結局何も言えないままで。そうしたら今度はまた知らないところに飛んでて。どうなってるのって、叫んで、立ち止まってしまいたかった。
 今、それが少しだけできて、気持ちがほんの少し、楽になったように思える。自分には特に害はなくて、ただただ不思議で謎ばかりだったからだろう。
 一人また残されてしまったわけだが、正直土御門の時よりもずっと気分的には楽だから、助かった、というほうが正しいのかもしれない。ふ、と吐息を洩らし、首をかくんと元に戻すと、薄っすらと笑った。ぐ、と拳を握りながら、なんとなくあの幽霊に救われた気がしないでもない気がするので、感謝しておく。すっきりしたのは少なくともあのミステリーな存在のおかげだ。幽霊だと思うとやっぱりちょっと怖いけどね。

「えーと・・・しかし、この後どうすればいいのかな」

 混乱が収まりを見せると、やっと落ちついて次のことが考えられるようになるわけで。
 ポリポリとさっきの挙動不審っぷりが嘘のように落ちついて辺りを見まわし、ふと幽霊お兄さんが指し示した方向に視線を止めた。木陰というか、いくつかの木から雑木林的な場所が見える。じっとその場所を見つめて、私は無言で考え込んだ後、溜息を零してそちらに足を向けた。・・・ま、行く当てもないわけだし。もしかしてあの幽霊が実は私に何か害を為す為にあそこに誘いかけているのかもしれない、けど。でも、どの道私には、何もないのだ。
 死にたいわけでも危ない目にあいたいわけでもない。だけれど、この先無事でいられる保証なんて何一つなくて。どうすればいいのか、わからない。ならば、他力本願だがあの幽霊の言葉に従ってみても、いいかもしれないかなって。ふふ。投げやりといわないでくれ。

「何が出るかな、何が出るかな」

 某お昼の番組のリズムに乗せて口ずさみながら(本当に気が軽くなったなぁ・・・恐るべし幽霊)雑木林に足を踏み入れ、パキリと足元の小枝を踏みつける。不気味な、とまではいかないが整えられた感じもしない好き勝手にうねうね曲がって育っている木に片手をつく。
 足元の草もぼうぼうと生えていて、枯れているものもあるけれどそれなりに元気がよさそうだ。雑木林って感じ。きょろり、と周りを見まわして・・・瞬きを、数回。ひゅっと息を飲み込んで、思わず強く拳を握り締めた。

「あ・・・っ」

 見まわした視界に、人影。いくつも並ぶ木の陰に隠れるようにして、座り込むその影に目を見開く。うねうねと曲がる木は、座り込む影を隠すように生えているようにすら見えた。
 そんな中で、偶然にも重なり合った目線に、どちらということもなく小さな声が零れて。
 思わず胸元を握り締めながら、合わさった目を、私はマジマジと見返した。青くて丸い、綺麗な瞳。ふわふわと柔らかそうな金色の髪に、真っ白な肌はそばかすがないことが不思議なぐらい透き通るようだ。愛らしい顔立ちは、自分が言えた義理じゃないがまだ幼く見えて、童顔なのかなぁ、と思うことも。
 格好は、見なれない緑色のブレザー。ふと、あの格好ということはもしかして召喚されて間もない、むしろ召喚されたばっかり?と首を傾げた。いや、それよりも、あれは。

「マジ?」

 流山詩紋、その人ではなかろうか。息を詰めると、彼は驚いたように目を見開いて、それから脅えたように瞳を揺らめかした。いや、脅えるというよりもむしろ慌てている。
 見つかってしまった、と焦りが顔に浮かんでいる彼に、もしかしてこれが良いことなのか?と首を傾げた。・・あーでも、確かに。人選的にはどうかとは思うけれど、少なくともすぐさま敵意を向けられるような相手ではない、はずだ。たぶん。
 そう思うと幾分か気も楽になり(うふふ。結構あの頼久さんはトラウマっぽいなぁ)私は肩の力を抜くと、恐々離れたところにいる彼に声をかけてみた。

「あの・・」
「えっ」
「えーと、初対面で尋ねるのもどうかと、思うんですが」

 あくまで私は初対面。そう初対面。一方的に知ってても私と彼は初対面。
 そう言い聞かせながら、なるべく不審に思われないように、そして仲間を確保するべく、私は生唾を飲み込みながら、固まっている彼に思いきって尋ねてみた。

「それ、ブレザーってものじゃないでしょうか・・・!」

 まず仲間なんだよーって思ってもらうためには、やっぱり現代のものに触れるのが一番だ!ぐ、と拳を握りながら一歩踏み出すと、彼は青い丸い瞳を大きく見開いて、私を凝視した。幽霊さん、なんとか一人ぼっちという境遇からは、解放されそうです。
 ドキドキと高鳴る心臓をそのままに、私は新たなる遙かキャラに、きゅっと唇を引き結んだ。