晴天の霹靂



 どうやら警戒はもうすでにないらしい。一緒に木陰に座り込んで、お互いの身の上を語ることしばし、私達は確実に同士としての絆を育んでいた。ちょっと今までにないほどの癒しを覚えてるわ、私。最初の発言ですでにもう彼からは警戒らしい警戒は見えなかったけれど、こうして額を突き合せて会話していれば時折可愛らしい笑顔も見えて、ドロドロと淀んでいた内がほんの少し、綺麗に洗われたように思えた。安心した、といってもいい。
 あの電波な幽霊さんではなく、一応ちゃんと生きている人間が、私を不審者扱いすることもなく対等に見てくれているのだ。それがどれほどに人に安堵をもたらすのか、身に染みて実感した。嬉しかった。怖くなんて、なかった。一人じゃないって、思えた。
 たったそれだけのことが、信用してもらえるってことが、こんなにも嬉しいなんて知らなかった。唯一難点を言うならゲームキャラ、というところだが、今の私にとっては認めたくないが現実であるので、そこはとりあえずごみ箱の中に投入しておく。

「そっか。ちゃんも井戸からここに来たんだね」
「うん。まぁ。いやぁ、何が起こったのかよくわからなかったよ、最初」

 ちなみに今現在もよくわかってません。目の前にいる遙かキャラを目前に、しみじみとそう呟くと、詩紋くん(お互い名前で呼び合うほどには仲良くなったよ!)はこくこくと何度も頷いた。ふわふわの金髪が揺れ動くのが見ていて綺麗だ。

「そうだよね。僕もいきなり井戸の中に落ちちゃって・・・それにここの人、なんだか僕のこと嫌ってるみたいだし・・・」
「あー・・・」

 それは、まあ容姿が容姿だからだよね。200年も経てば鬼なんか表に出てこないから、リズ先生が街中闊歩してても誰も気にして・・・いや、多少は脅えられていたが、概ね平和だったし。何より仲間内で当たり前なほどに受け入れられてるからなぁ。時代を感じる。
 200年前、1の世界であるここは、詩紋くんにとってどれだけ居心地が悪いことか。
 目の前で見てないからなんとも言えないけど、多少傷のある顔や、そして最初の戸惑い具合から見るに、やっぱ石とか投げられたんだろうか。よくそれで町の人嫌いにならないよね。トラウマにはならないんだろうか・・・私頼久さんですでにトラウマなんだが。

「ここ、昔の日本っぽいところだし・・・そういうところって、異人とか物凄く怖がりそうじゃない?だから、じゃないかな」

 鬼だから、とはさすがにいえん。大体詩紋くん、鬼じゃないし。鬼の一族とは別だもんよ。
 ただのハーフ、いやクオータ?どういう設定だったかなぁ。いやまあ、きっと昔でも異人のことは鬼だとかなんだか言ってたとは思うけど・・・。言い難く思いながら、手を伸ばして頬に一筋走る傷に触れる。少しだけ驚いたように目を見張って、詩紋くんはにっこりと笑った。

「うん・・・そうだよね。ここ、僕達がいたところとは違うみたいだし・・」
「あはは」

 笑顔を引っ込めて真面目な顔をした詩紋くんに咄嗟に乾いた笑いを零した。
 ふ、複雑だ・・・僕達、という言葉は微妙に私には当てはまらないし、何より私ここに飛ばされる前はほら、今から200年後の京にいたわけで。物凄く立ち位置が微妙である。
 私なんでここにいるんだろう、ともう何度思ったかわからない疑問を胸中で呟き、詩紋くんの多少汚れている顔を指先でごしごしと拭い取ってから、ふ、と息を吐いた。

「わけ、わかんないよね・・・」
ちゃん・・・」

 詩紋くんから顔をそらし、足元を見つめながらポツリと呟く。そうすると心配そうに、気遣わしげに詩紋くんが眉を下げた。ちら、とその顔を横目で見て、へらりと笑う。気落ちしていてもしょうがないんだって、わかってるんだけどね・・・。でも、詩紋くんがここに飛ばされた理由はわかるんだよ。いや、知ってる、といったほうがいい。だから彼がここにいるのは彼の意思ではなくとも必要とされたことだから、その内いい具合に運命が回るはずだ。
 しかし、私はどうだろう。何か意味があるとは思えない私の召喚。無意味のはずだ。なのにどうしてここにいるのか・・・アクラムの手違いだとしたらマジで首締めたい。
 思わずぐ、と拳を握ると詩紋くんから怪訝な視線を頂いた。咄嗟に握り締めた手を解いて、袖の中に隠す。そして溜息を零して、どうしようかなぁ・・・とぼやいた。
 まあたぶんこのまま詩紋くんと一緒に居れば保護してもらえるとは思うんだけど。でもそれが何時になるかってのが問題だよね。うーんと、ゲームみたいにいきなり藤姫の館!て感じではないようだから、どちらかというと漫画ベースなのかな、これは。
 ということはここにいつまでもいるわけにはいかないわけで、ここから町の方にでも行かないと、あのあかねちゃんの龍神パワー大暴走!イベントに鉢合わせないわけで。そうなると詩紋くんが保護されることもないということだ。うん。それはまずい。
 詩紋くんが保護されないこともそうだが、私の安全とかもそうだし、何より二人で京を生き抜けるとは思わない。文句を言うわけではないがこの詩紋くんの容姿で、京で無事に生きていけるはずがないし。そして私。私にサバイバルなことができるはずがない。
 一人でも無理そうなのに二人養うのは更に無理だよ、うん。まあでも、一人じゃないだけマシだとは思うけど・・・現実を見てみると、せめて天真がいないときついよね。
 あのサバイバルの心得とついでに度胸と機転と実力が欲しい。というかあいつ順応力高過ぎだ。むむぅ、と眉を顰めて考えていると、詩紋くんがどうしたの?と小首を傾げて尋ねてきた。私はんーと生返事を返して、俯いていた顔をあげて詩紋くんを見る。
 ・・・現代じゃ多少物珍しくとも受け入れられる容姿だというのに、ここでは迫害の対象なんて、やってられないよなぁ本当。こんなに可愛いのに。眼福なのに。綺麗なのに。
 思わず頭に手を置いてよしよし、と撫でてやりながら(だって相手年下だしね!・・・嘘ですただ単に触りたかったというか人様の髪とか触るの好きなんです。手持ち無沙汰になるとやっちゃうんです)私はよし、と表情を引き締めた。味方を得て多少前向きになったらしい。
 目を丸くして私の突然の奇行(と思われてたら恥ずかしい)を見つめていた詩紋くんは、こてりと首を傾げて瞬きをした。

ちゃん?」
「ん。詩紋くん、私考えたんだけどね」
「うん」
「やっぱりここでこうしていてもしょうがないと思うんだよね。ていうか帰れる気配もないわけだし、いつまでもここにいたら・・・不都合が一杯あると思うし」
「そ、うだね・・。いつまでも、ここにいるわけにはいかないよね」

 おずおずと話し出すと、詩紋くんは困ったような顔で、だけど真剣に相槌を打ってくれた。
 きっと私よりももっと前に、彼はちゃんと現実を受け止めてどうしようか、と思っていたに違いない。だけど動けばどうなるかもわからなかったし、そしてたぶん私がいたからここにこうして留まってくれていたと思うのだ。買かぶりだとしてもそれはそれで、私がそう思ってるだけって話しだし。ともかく、私はぎゅ、と胸の前で拳を作ると、ぐっと眉を吊り上げた。

「うん。だから、ね・・・えーと、詩紋くんの知り合い?だっけ、とりあえずその人探そうよ」
「天真先輩?」
「うん。その人。ほら、その人もあー・・・現代人なわけでしょ。だとしたらきっと一人でいるんだろうし、探して一緒に居た方がいいだろうし」
「・・・でも、見つかる、かな・・・」
「見つかるよ。服が違うなら目立つだろうし、というか見つけないと」

 私らが危ない、という発言は飲み込んで、はっきりと言いきる。詩紋くんは僅かに目を見張り、それから微笑んでうん、と頷いてくれた。可愛い。ひたすら可愛い。癒し系!!
 多少悦に入りつつ、弁慶さんとは全然違う事に心の中で涙した。なんて白い!漂白剤も真っ青な白さだ。こんな純粋な笑顔をあの人が浮かべたところ見たことないよ。
 一応私には優しいには優しいが、しかしからかってくるし口説き文句は鳥肌が立つし、時々わけがわからないほど過保護だし。よくわかんないんだよねぇ、弁慶さん。過保護や構うといったことなら、それこそ3キャラ全員に言えたことだが。あー本当、キャラデザ一新したことでこんなに変わるなんてねぇ。なんであんなに腹黒くなってしまったのか・・・あれはあれで画面の外なら好きだが、現実で付き合うならやっぱりこっちだよね、と詩紋くんを微笑ましく見ていると、詩紋くんはふと顔を曇らせた。

「どうしたの?」
「うん。探すのはいいけど・・・でも、僕がこのまま町に行っちゃうと、また混乱するんじゃないかなって」
「・・・あ」

 苦笑気味に、自分の髪に触れてそう呟いた詩紋くんに目を瞬く。そういえばそうだ。
 今の京の状態で詩紋くんと一緒に歩けば、間違いなく町は混乱する。石も投げられるかもしれないし、追いかけられてひどい目に合うかも。それこそ、私が連行されかけたとき以上に、痛い目に合うのも・・・それは、予想ではなく限りなく近い現実として、起こるかもしれない事柄だ。服装でも目立つだろうし。私は、元々京にいたおかげで上が着物、下はスカートという普通に考えれば変だといえる、しかしこの世界では知らず黙認される格好なので大した問題ではないが。そういえばなんで着物を着てるの?と突っ込まれたが、頑張って気がついたら!と誤魔化しておいた。すでに不思議なことに遭っているので、詩紋くんも、割りと簡単に納得してくれたのが幸いだった。別に未来から来たなんて言ってもさして支障はないだろうけど・・・なんとなく?いや、理由をあげるとしたらなんでここが「過去」だと思うのかってところを突っ込まれたら、非常にまずいからだ。まさかゲームを知ってますから☆なんてそれこそ答えられない事柄だし。せめてもっと落ちついて、ここがどこなのかをわかってからじゃないと、「京の未来からきました」なんて発言できるはずがない。
 さて、そんなことはともかく問題はどうやって詩紋くんが町の中を歩けるか、ということだよね。ここで待ってもらってちゃ、もしもあかねちゃんのイベントが起こった時、詩紋くんがあかねちゃんに出会えなくなってしまう。私が出会ってもしょうがないし。いや助けを求めることはできるが、物語を変えるわけにもいかないだろう。うーんと、うーんと、・・・あ!

「よし、こうしよう」
「え?」
「私が今からこれの上脱ぐから、それ被って行こう!」
「えぇっ?ちょ、ちゃん?!」
「大丈夫!着物というのは基本的に重ね着するものだっ」

 一枚脱いだところでどうってことない。大体現代の人間なんてなー下着同然の格好だってしてるんだぞ。生腕生足なんて日常茶飯事なんだぞ。着物の一枚二枚で恥らう精神などあるだろうか。いやない!別に今そんなに恥ずかしい状況でもないんだしね!まあ、周りから変な、あるいははしたないと思われるぐらいで・・・いや、それはそれで痛いか?
 でも、現実問題そうでもしなくちゃどうにもならないし。というわけで、焦って止めようとする詩紋くんを無視して私は帯を解いていく。しゅるしゅると衣擦れの音をたてると、詩紋くんはわっわっと動揺の声をあげて慌てて顔を明後日の方向に背けた。いや、下にまだ着てるし下着が透けてるわけでもないのだから、そんな露骨な反応しなくても大丈夫よ?まぁ、一応脱衣しているので気を遣ってくれたのだろうが・・・。なんともいえないくすぐったさで苦笑を浮かべつつ、桃色に染め抜かれている上衣を脱いで、ばさり、と彼の頭に被せた。
 うん。上に着物を被ったとはいえそもそもの恰好がここじゃ浮きまくるブレザー姿ということでどっちにしろ変な格好には違いないが、目と髪が隠せるならもうこの際無視だ無視。ぅわっと詩紋くんが声をあげるのを聞きながら、手馴れた仕草で私はさっと帯を締め直し(それなりに京で過ごしてるんだから、着物ぐらいもう一人で着れる)よいしょ、と立ち上がった。まだ座り込んでいる詩紋くんを見下ろし、頭から私の着物を被って瞬きをしながら上目使いに見上げてくる彼に手を伸ばした。

「行こう、詩紋くん」
「・・・うん」

 多少の躊躇いの後、ぎゅっと私の着物を握り締めて、詩紋くんはしっかりと私の手を握り締めた。・・・・・・・・・・こんな状況でいうのもなんだけど、ほんとこの子可愛いなぁ!
 癒しだ癒し。癒される。なまじファーストコンタクトがあれだったせいで、より効果的にこの子の可愛さにやられていってる気がする。やっぱり人間純粋であるべきだよ絶対。
 くそう未来の朱雀め、見習え!!天地両方だ!





 というわけで、街中を歩くことしばし。頭から着物を被った詩紋くんを後ろに従えて、私は人込みの中をきょろきょろと視線を泳がせた。とはいっても、やっぱりそう簡単には見つからないらしい。時期的にみて、漫画通りならまだ彼は制服でこの辺りをうろうろしているはず、なのだが。すでに即行で誰かはっ倒して着物調達してたら見つけにくいかもなあ。
 まあでも詩紋くんがいるんだし、大丈夫だろう。ただ単に出会うか出会わないかというぐらいで。じろじろと複数、怪訝な視線が向けられ居心地が悪く思いながら、私は心を鋼にしてそれらの視線を全部無視した。詩紋くんは多少ビクビクとしながら、でも私の後ろをピッタリとくっついて歩いてる。ちらり、と振りかえると、視線があって詩紋くんはにこりと笑った。
 それにほっとしつつ、私も小さく笑みを浮かべて首を傾げる。・・・立ちあがって並んでやっと気がついたが、私、詩紋くんよりまだ結構小さかったんだよね・・・!小さい小さい言われている詩紋くんだが、160はないと、彼を見下ろすことはできないわけで。そしてそんな身長夢のまた夢である私は、彼よりも割りと小さかったのだ。ちょっとショックだったのはないしょである。だってほら、ゲームとかではちっさくて可愛い!とか言ってたのに実際相手の方が大きかったらさ、なんかこう・・・ショック受けない?うふふーってことはイノリとも同じぐらいの身長差ってことだよね。うっわぁ・・・地味にショックだ、本当。

「・・・見つからないね、天真くん」
「天真先輩、どこにいるのかな・・・それとも、ここには来てないのかな」
「いやそれはないんじゃない?」
「どうして?」
「だって、」

 言いかけて、咄嗟に口を閉じた。ぐっと言葉を飲み込むと、詩紋くんが怪訝そうに眉を顰める。私は、内心であっぶねー!と冷や汗掻きながら、あーとかうーとか唸り、視線を泳がせた。だって、の続きは彼は八葉なんだから、とかそういう類のことが続くはずだった。
 しかし、そんなこと言えるはずがない。否定したのは間違いだったー!!と思いつつ、すでに出てしまった発言が戻るはずもないので、私は必死に言い訳を探した。

「えっと、うん、ほら、だって最初に何か幽霊みたいなものに捕まったの天真って人なんでしょ?だったら天真君もここにいるって!」

 必死に詩紋くんとの会話を思い出しながら言い募ると、詩紋くんは何か考えるように口を閉ざしてしまった。私は、あぁやばい?!と心臓をドキドキさせていると、顔をあげた詩紋くんはにこ、と笑って頷いた。

「うん。確かに、言われてみたらそうかも。でも・・・天真先輩、こっちにいない方がいいと思うんだ」
「・・・なんで?」
「だって、ここ、僕達がいたところとは違うでしょ?もしも先輩まで僕と同じ目にあってたら嫌だから・・・本当は一緒にこっちに来てた方が、安心できるんだけど、ね。でも心配だよ」

 そういって健気に笑う詩紋くんに、私は戸惑うように笑みを返した。優しいと思って、優し過ぎるなって思った。私じゃ、そんな風に他人まで気遣えない。気遣う余裕なんて、ない。
 だって、詩紋くんとあった時でさえ仲間が見つかったと、それ以上はなく、自分の安心のことしか考えていなかったから。だからそんな風に他人を考えられる彼が、珍しいと同時にちょっと羨ましくて、眩しいと、少し思ってしまった。別にそれで後ろめたく覚えることではないから、少しそう思うだけだけど。本当に優しいんだなぁ、彼は。
 んー、しかし、さっきから妙に引っかかるところがあるんだが・・・なんだろう。微妙に、詩紋くんと会話をしていて何かの違和感を感じている気がするんだが、それがなんなのかわからず首を傾げて、私はまあいいか、と再び雑踏の中に視線を走らせた。
 実を言うと、天真を探すというよりも私はあかねちゃんを探している。できるならさっさと龍神パワー暴走イベントが起きて、詩紋くんに再会するチャンスを与えたいのだが。そうすれば後はとんとん拍子に進む、と信じて!だから正直天真よりあかねちゃんを優先したい、・・・・・・・・・・・・・・あかねちゃん?

「あっ」
「え?どうしたの、ちゃん。天真先輩見つかった?」
「ううん。違う・・・ね、詩紋くん」
「なぁに?」

 着物の下でこてりと首を傾げた彼を見つめて、私は恐る恐る問いかけた。

「あのさ、ここに飛ばされたのって・・・詩紋くんと、天真くんって人だけ?」

 何か違和感があると思った。大して気にしてなかったけど、でも少しだけ可笑しいなって思ってた。さっき気づいたけど、詩紋くん、さっきから天真のことは口にするけどあかねちゃんのことは何も言ってないんだ。どちらかというと、天真のことよりも女の子であるあかねちゃんのことの方が話題に出やすいと思うのに、なんで一言も言わないんだろう。
 心配だって言葉も、天真よりあかねちゃんの方が相応しいはずだ。思えば思うほど、全然出てこなかった話題が不自然で奇妙で、眉を顰めると詩紋くんはきょとりと瞬き、それから不思議そうに首を傾げた。

「たぶん・・・ちゃんみたいに別のところで飛ばされた人がいないとは言えないけど、でも、同じ井戸から来たのは天真先輩と僕だけだと思うよ」
「・・・えっ」

 衝撃に息を詰めると、詩紋くんはパチパチと瞬きをしながら「ちゃん?」と声をかけてきた。私は、咄嗟に口元を手で隠しながらサァ、と顔から血の気が引く思いを感じた。そんな、まさか。そんなこと、あるはずがない!

「本当?それ本当なの?本当に、2人以外はいなかったの?!」
「え、う、うん。井戸に行ったのは、僕と天真先輩だけだよ」
「・・女の子は?!もう1人、いたんじゃないの?」
ちゃん?どうしたの?」

 思わず詩紋くんに詰め寄り、がしっと彼の腕を掴んで声を荒げる。突然焦った私に怪訝そうにしながら、詩紋くんは心配そうに眉を下げた。だけど、今は彼の様子にも周りがいきなり慌て出した私に不審の目を向けるのも、気にしていられない状態である。
 だって、・・・だって、今の発言じゃまるであかねちゃんがいないみたいではないか!学校帰りに噂の井戸を見にいって、ここに飛ばされたとは聞いた。天真と一緒に行った、とも聞いた。2人で落ちた、とも。そう、2人でと言っていた。私は、当たり前にあかねちゃんがいると思ってたから(ついでに経緯も知ってたし)聞き流して深く考えてなかったけど、それって可笑しい。
 なんでもっと早く気がつかなかったんだろう。というか気がつかない私って馬鹿?鈍い?
 いやいやそんなことより、どういうことだ。だって井戸に行くのはゲームでも漫画でも、あかねちゃんが先頭切ってたじゃないか。あの子が井戸に行こうって言ったから2人は井戸に行って、そしてあかねちゃんと一緒にアクラムに召喚されたんでしょう?!彼女がいないのは不自然だ。だって彼女は龍神の神子。この物語の主役だ。他にどんなイレギュラーがあったとしても、彼女がいなければ話しにならない。3人は一緒に飛ばされた、はずだ。

「・・・2人、だけ?」
「うん・・・ちゃん、本当にどうしたの。何か、あるの?」
「ううん・・なに、何も・・・本当に2人だけなんだね?もう1人、例えば女の子とかは、」
「行ったのは僕と天真先輩だけだから、他には誰も・・・。あ、でも本当はもう1人、ちゃんが言うみたいに女の子も一緒に行くはずだったんだけど」
「!え、なら一緒に飛ばされたんじゃ、」
「うーん・・・それはないと思うよ。だってその子、あかねちゃんって言うんだけど、あかねちゃんは早く帰らないといけないからって、家に帰っちゃったから」
「う、そ・・・」

 さらりと告げられたことに私は絶句して、ゆっくりと詩紋くんから手を放した。詩紋くんが心配そうに視線を向けてくるのを、ぐっと顔を俯けて見えないようにして、混乱する頭で事態を整理する。まて、まて。ということは、彼女は彼等と一緒に飛ばされなかった、ということか?
 それは・・・漫画にもゲームにもない展開だ。どういうことだろう。時間がズレた、とか・・・でも、召喚されるのに場所は関係ないのだとしたら、彼女もあるいは家か通学路で召喚されるのかも、しれない。そうだよ、一緒じゃないからって、召喚されてないとは限らない。
 ううん。召喚されているはずだ。彼女は神子なんだから、きっとここにいる。もしかしたら、今はまだいないのかもしれない。1日後とか、そういう時間にひょっこり現れるのかも。遙か3みたいに飛ばされる座標がズレた、ということもなきしもあらずだし。
 うん、きっとそうだ。一緒でなくても、ここにいるはずだ。そうだよ、心配することなんてない。
 ほら、私がここにいることだってイレギュラーなんだし、多少原作とかと食い違っていても、最終的に問題がなければ始まりなんてどうってことない。そうだ、そうだ。経過よりも結果だ、結果。結果が大事なんだ、うん。そうやって言い聞かせ、自己完結をすると、心配そうにずっと待っていてくれた詩紋くんに、私はへらりと笑みを浮かべた。

「あはは、ごめんね、詩紋くん。変なこと聞いちゃって」
「ううん。それはいいけど・・・でも、ちゃん大丈夫?何かあったの?」
「うーん・・・そういうわけじゃ、ないけど。なんとなく、その、女の子もいたら大変だろうなって思って・・・」

 苦しい。さっきの取り乱し様から全然繋がらない言い訳に、私はもっと気の利いたことは言えないのか!と叱咤しながらちらりと詩紋くんをみる。やっぱり彼も怪訝そうに私を見ていたが、私がにこぉ、と笑みを浮かべて必死に誤魔化そうとすると、しばらく沈黙した後、ふ、と表情を緩めて吐息を零した。

「・・・優しいんだね、ちゃん。」
「あははーいや、全然そんなことないですヨ」

 だってただの言い訳だもん。優しくなんてない。むしろそうやって聞かないでいてくれようとする君が優しい!非常に居た堪れなく思いながら、さっと顔をそらして私は空元気に天真くんを探そうか!と無駄に声を張り上げた。有耶無耶にすることを許してくれ、詩紋くん!
 後ろでくすり、と笑い声が聞こえて、ちらりと振り向けば詩紋くんはくすくすと笑いながらうん、と頷いた。

「天真先輩、探そうか」
「う、うん。そうそう。探そうよ。今どこにいるんだろうねー」
「うーん。人に聞いてみたほうがいいのかな?」
「あぁ、聞き込みね。でも私人に尋ねるの苦手なんだよねぇ」

 見知らぬ人に話し掛けるのに勇気がいるといいますか。人見知りするんで!かといって詩紋くんにさせるわけにもいかないし。ということは私がするしかないわけで。
 ・・・疲れるなぁちくしょう。さっさと出現してよ天真。君の後輩ここにいますよ!私の奇行から反れていったのにほっと安堵しつつ、走らせた雑踏に、今だ彼の姿は見つからない。あかねちゃんにまだ会えないとするならば、やっぱり天真を見つけなくっちゃ。
 でないと、2人で路頭に迷う羽目になる。こういう時兄貴テイストなサバイバルに強い人間って本当、必須だよね。3でいうなら将臣ね将臣。2は・・・翡翠さん?海賊だし。うん。サバイバルサバイバル。って、そんなことよりも天真だよ天真ー天真ー。

「・・・無事なのかな」
「大丈夫だよ。だって天真先輩だもん」

 もしかしてちょっと危ない目にあってもしも、がないわけでもないと思って呟いた言葉に、やたらと自信満々に返されて、そういうもんか、とふぅんと相槌を打った。
 うん。でも天真だからってどういう根拠なんだろう。確かに腕っ節は中々でサバイバルに強い男でしたが。ゲームでも漫画でも。まあ主要人物なんだし、滅多なことにはならないよね。別に3みたく運命を変えろ!的なストーリーじゃないんだし。と頷きながら、はぐれてしまわないように私は頭に被っている着物を落ちないように握っている詩紋くんの片手を、そっと握り締めた。詩紋くんは少しだけ瞬いて、だけどすぐに破顔してぎゅっと握り返してくれて、私はほっと安堵した。握り返して、人の手の感触と体温を覚えて、前を向く。繋いでいないと、なんだか少しだけ、不安だったから。


 少しだけ正規のストーリーとずれてしまっていることが、なんだか少し、不安だったのだ。