晴天の霹靂
バタバタバタ、と通り過ぎる足音がひどく近い。通り過ぎていくのは足音だけではなく声もで、低い、罵声にも近い言葉達にどきどきと心臓が跳ねた。見つかるかもしれない不安、見つかったらどうしようという緊張、地面に這いつくばる形で、じっと息を潜めていれば頭の上から自分のものとは違う息遣いが聞こえてくる。感覚が鋭敏になったように、足音以外にも自分の心臓の音は五月蝿いし、木々のざわめきも耳に届くし、他者の呼吸も気になった。
そうしてひたすら待っていれば、足音も遠ざかり声も消えていき、静かな時間が舞い戻ってきた。それでもドキドキ五月蝿い心臓は相変わらずで、五月蝿いといえば五月蝿いのかもしれない。ただ黙って地面の上で這いつくばっていると、ごそりと音がして近かった体温が離れていく。顔をあげれば、茂みに引きずり込んだ張本人がその茂みから顔を出して何かを確認しており、そしてふ、と吐息を零したのを見た。
「行ったな」
囁くように聞こえた声。聞きなれた声。若干トーンの違いはあるものの、それでもやっぱり何度も何度も、ほぼ毎日聞いていた声だ。ちなみに詩紋くんの場合は結構トーンが違うので、聞きなれないに分類していてもいいかもしれない。まあでも根本が同じなので、聞きなれたでもいいんだが、別に。そんなことはさておき。
むくり、と寝そべっていた体を起こし、振りかえった人を見上げた。オレンジスパイラルポニーが、なんとまぁ素敵にすっきりしたことだろうか。短いオレンジの髪。整った顔はとても似通っていて、着崩した水干・・・狩衣?どちらでもいいが、その布は鮮やかな青。上半身は完全に脱いだ状態で、白いタンクトップから見える鎖骨とか二の腕が眩しい。良い感じに筋肉のついている片腕に、ふと例の刺青が見えた。思わず吸い寄せられるようにその部分に目を向けると、横から極まったように浮ついた声が空気を震わせ、風が横切る。
「天真先輩!」
「よぉ、詩紋、・・っておい!」
ガバァ、と目の前で緑色のブレザーが翻り、詩紋くんが飛びつくようにして、天真の首筋に齧りついた。ぎゅう、と腕を回して抱きついているのを一瞬呆気に取られたように目を丸くして眺める。
抱きつかれた天真は若干鬱陶しそうに眉を顰めたが、しょうがないな、と溜息を零してぽんぽん、と詩紋くんの頭を叩いた。
・・・年の離れた兄と弟みたい。そんな感想を持って微笑ましい、しかしそういう思考が強い腐女子が見ればキャーキャー叫びそうな光景に沈黙してじっと見つめていると、尻餅をついて抱き合っていた天真が、ふとこちらを見た。
バチリ、と目が合うこと、数秒。一瞬流れたのはなんとも言えない空気で、いきなりドカン、と天真の顔が赤くなった。
「っし、詩紋!さっさと離れろっ」
「え、あっごめんなさい!」
慌てた様子で天真が詩紋くんを無理矢理引き剥がし、詩紋くんも詩紋くんで状況に気づいたのか恥ずかしそうに天真から離れて横にちょこんと正座する。
正座する必要はないんじゃ、と思いながらも、いささか気まずそうに顔を逸らして眉間に皺を寄せた天真に、第3者に抱き合うシーンを見られたらそりゃ恥ずかしいかな、と冷静に分析した。
特に天真とかは恥ずかしがりやだし。まあ私にしても、見知らぬ人の前で年甲斐もなくこんなことしたら、我に帰った時物凄く恥ずかしい思いをしてそうだ。
あぁでも、相手が同じ女子なら別にそうでもないか。もしもその相手が男だとしたら(たぶんないと思うが)・・・うん。
ちょっと恥ずかしい。なんでだろうな。女の子同士が抱き合っていても別に微笑ましいと思えるのに、男同士が抱き合っているとちょっと変な感じがするのは。差別?偏見?先入観?うーん。・・・まあ、そういうもんなんだ、きっと。そう思いながら、どことなく気まずい空気を払拭するように、あえてその辺りは何も感じてませんよー思ってませんよーということをアピールするために(実際特に何も思ってなかったのだが)首を傾げて詩紋くんを見た。
「詩紋くん。もしかしてこの人が、天真くん?」
知ってるけどね。内心でそう呟きながら、しかし知らないふりをするのがここでのルール。などとわけのわからないことを言い聞かせて問いかけると、詩紋くんはパッと顔をあげてにっこりと笑みを浮かべた。
「そうだよ、ちゃん」
「へぇ。よかったね」
「うんっ」
目を細めると、詩紋くんも嬉しそうに肩の力を抜いて笑うから、本当に会えてよかったね、と口角を持ち上げた。さっきまであんな目に合っていたのだ。そんな中、知り合いに遭えたことはこの上もなく幸福だろう。再会の仕方がちょっとあれだったが、まあ終わりよければ全て良しっていうし。多少乱暴であろうともこうして無事村人からも村八分を免れ、おまけに目的の人物と会えたのだ。よかったというしかないじゃないか。が、しかし。2人してにこにこ笑っているとついて来れないのが共に行動なんてしていなかった天真であって。訝しげに顔を歪めると、苛立ったように口を開いた。
「おい、詩紋」
「え、なに。天真先輩」
「こいつ、誰だ?」
「あっ」
訝しく、元々の目つきなのか睨みつけるように細められた目に僅かに肩が揺れる。
値踏みするような、じろじろと向けられる視線が居心地悪く、観察されている気がする。警戒されているのかもしれない。
仕方ないとは思うが、もう少し視線を柔らかくして欲しいかなぁ、と思うと、詩紋くんはパッと顔を明るくさせていそいそと私と天真の間に座った。そして私に掌を向け、天真に顔を向けて詩紋くんはにっこりと笑顔を作る。
「天真先輩、この人はちゃん。僕達と同じ世界からここに来たそうなんです」
「は?俺達と同じ世界?」
「はい。それで、ちゃん。もうわかってると思うけど、この人が森村天真先輩。僕の先輩なんだ」
「・・・初めまして」
きょとり。そんな表現が似合う表情で目を丸くして私と詩紋くんを交互に見る天真に、ぺこりと頭を下げる。天真も詩紋くんのにこにこ笑顔になのかそれとも私が普通に挨拶したからなのかは知らないが(それとも同じ世界という情報のせいだろうか。厳密に言うと違う世界なんだが)どことなく毒気の抜かれたポカンとした顔で「おう」と返事をしてくれた。
とりあえず、第1段階終了?さて、挨拶が終わった後は・・・どうしようか?どうやって会話を繋げるべきかと首を傾げると、天真はあぐらを掻いて(思えば茂みの中、地面に座り込んでの挨拶って・・・どんな状況なの!)がしがしと頭を掻くと、ふっと溜息を零した。
「なんかよくわかんねぇけど・・・なんだ。アンタも俺達と同じ井戸からここにきたクチなのか?」
「あーうん。そうそう。井戸からアク、・・・・仮面の人が原因で」
「仮面?」
思わずアクラム、といいそうになって口を閉ざし、妖しい事この上ない名称に言いかえると、やはり天真の眉間に皺が寄った。視線はなんだそれ、と言いたげで、2人はアクラムらしき人物とは会ってないのかな、と思った。・・・まあ、私の方もあれが本当にアクラムなのかは、実はまだよくわかってないのだが。なにせわざわざアクラムが私の目の前に現れる必要性を感じない。まさか何か重要な役職でも与えられたのかしら。え、それはご免被りたい。平和に平凡に傍観していたいし。絶対巻き込まれたくない。うん。巻き込まれたくない。(今十分巻き込まれてるとは思うけどね!)変なことになってなければいいんだけど。
「うん。よくわからないけど、なんだか仮面の男の人に引きずり込まれたような、とぐろ巻いた何かに突き落とされたような、そんな感じで・・・」
「ほんとによくわかんねぇな。・・・まあいいか。どっちにしろ俺達と同じところから来たんだろ?なら同士ってことだ」
「・・・うん。そうだね」
ごめんなさい。自分君らが登場人物のゲームのある世界からやってきました。3の時も思ったけど、なんとなく笑いたいのか気まずいのかよくわからない、微妙な心境に頬の筋肉が引き攣りかけたが、懸命に押し殺して曖昧な笑みを浮かべる。天真はそんな私の様子に気づいていないのか、あぐらを掻いた足をパシンと叩いて、で、と言葉を繋げた。
「お前等なんであんな目に合ってたんだよ」
「・・・それは、僕のせいで・・・」
「詩紋くんのせいっていうか、風習のせいじゃないかと」
「はあ?どういう意味だ」
途端顔を暗くした詩紋くんをちらりと見やり、もごもごと口を動かすとよくわからないのか天真の眉間の皺が寄る。うーん・・・まあ、ここらで鬼とかいってもピンとこないよねぇ、と思いながらどう説明しよう、としばし言葉を探して、たどたどしいながらも口を開いた。
「つまり、この世界なんだけど、見た限り日本の昔というか、そういうのによく似たところでしょ?」
「・・・あぁ。そうだな」
「で、まあ、どこまで似てるのか知らないけど、昔の人ってさ、外国の人とか、自分達と毛色の違う人のこと、毛嫌いする傾向にあるというか・・・怖がるじゃない」
それだけではないけど、ここの場合。ていうか毛色が違うのなら詩紋くんよりお前等の髪の色だけどな!!と内心で突っ込みながら答えると、天真もやっとわかったのか納得したように頷いて、だからか、と呟いた。現代の人間の感覚ではちょっと追いつかない、あまりにもはっきりとした差別の感覚だ。現代であるのならば外国の人に多少の物珍しさは覚えても、こんなにもはっきりとした憎悪の差別化はあまりないだろう。幼い子供ならともかく。
そう思えば、殺しかねないあの鬼気迫る様子は、身震いするほど恐ろしい。今更ながら無事でよかった、と思わずぶるりと鳥肌の立った腕をさすると、天真は顔をしかめてため息を零した。
「それで詩紋が追いかけられてたんだな。・・・お前は?」
「えーと、君に会うまで一緒に行動してて、成り行き上一緒に逃亡を」
「ちゃんは、わざわざ上着まで貸してくれたんですけど・・・」
剥ぎ取られたもんね。あーあれ・・・今頃どうなってるのか。地面に放置されたままなのか、それとも誰かに拾われてしまっているのか。ともかくももう手元には戻らないだろうと思うと、くれた朔に申し訳ない気がした。あれ人様のなのに。ごめん、と内心で手を合わせると天真はそこで気がついたように私を眺めまわして、不思議そうに首を傾げた。
「・・・詩紋、は・・・ブレザーだよな」
「え?はい」
「・・・なんでお前だけ、上、着物なんだよ。下はスカートだし」
「あー・・・えっと。気がついたら?」
本当は元々着てたからです、とも言えず。まさか京にいたんだよね☆とは・・・まだ言えない。うん。言えない。なんだかどんどん言い出し難くなってる気がする、そう思いながらまあ別に隠していて不都合な問題でもないし、と自己完結してへらっと笑いながらあまり突っ込まれるとボロが出そうなので私は逆に天真に質問を返した。
「そういう天真くん、こそ。なんで着物なの?」
「そういえば、天真先輩も着物着込んでますよね」
「あ?あぁ、これな。俺は気がついたらなんて便利なことじゃねぇよ。何日か前にここに飛ばされてな。気がついたのは鴨川べりで・・・そこでばったり盗賊に遭遇して、そいつふん縛って着物拝借して役人に突き出して、と。こんなところだよ」
「・・・さすが天真先輩」
「なんていうか・・・逆境に強いねぇ・・・」
おおよそ漫画通りの行動をしていることにほっとしつつも、その適応力は一体どういうことなの、と人知れず戦く。サバイバルに強くて羨ましい限りだよ。本当に1人でも生きていける人だよね、この人。
2人してしきりに感心していると(多少呆気に取られていたが)、天真はそうか?と首を傾げていた。いや、異世界にきてそれだけ行動して尚且つ自活していけてたんなら素晴らしいと思うよ。私と詩紋くんじゃ無理だから、絶対。うん。本当に、知ってたけど、判ってたけど、この人と合流できてよかった・・・!
「うーん。でも何日か前ってことは、やっぱり少し飛ばされる時間が違ってたみたい?」
「あ?なんだ、それ」
「あのですね、ちゃんが言ってたんですけど、もしかしたら天真先輩と僕、飛ばされる時間が違ってたかもしれないって話してたんです」
「時間が違うって・・・お前等、いつここに」
「ついさっきだよね」
「うん。ついさっきというか・・・天真先輩が数日前なら、僕達は今日ここにきたんだよね」
「そうそう」
「は?マジか」
その話は意外だったのか、目を丸くして驚く天真にこくりと頷き肯定をし、その割りに物凄く濃い1日だったよな、と遠い目をした。詩紋くんにしろ私にしろ、・・京にいい印象あんまり持てないんだが。(捕まえられそうになるは、村人に追いかけられるは・・・マジでいい思い出がない)とりあえず、現代人が集合できたんだから、あとはあかねちゃんが現れるのを待つだけだよね。これでもう漫画のストーリーとは若干違ってしまっているから、どう再会するのかはわからないが、・・・まあなんとかなるだろ。不安がないわけじゃ、ない。ストーリーから外れて、あかねちゃんが現れるのかすら曖昧で。上手く進まなかったらどうしよう、と思わないわけじゃない。だけど、・・・言い聞かせるしか、ない。大丈夫だと、馬鹿みたいに言い聞かせるしかない。拳を握って胸に押し当てて、俯きじっと足元を見つめる。
怖い。これから先が怖い。これから、またさっきみたいなことが起こらないとも限らない。
ぞくりと背筋が震えた。追いかけられる恐怖、見えない先への不安。落ちついたからか、どっと押し寄せてくるものに唇を引き絞ると、ふと頭に重みが加わった。きょとりと瞬き、見上げれば天真が苦笑気味に笑い、詩紋くんが心配そうに顔を曇らせていた。思わず繰り返す瞬きに、天真は軽くぽんぽん、と頭を叩いた。
「どうしたんだよ」
「大丈夫?ちゃん」
「・・・えっと・・・大丈夫、うん。平気」
「そうか?あんま無理すんなよ。こんなところにいきなり飛ばされて吃驚してるだろうし、まだ来たばっかりなんだしな」
「そうだよ、ちゃん。僕が言うのもなんだけど・・・さっきまでちゃんに助けてもらってばかりだったから、今度は僕がちゃんを助けるからねっ」
「そういうこと。・・ま、俺も手助けしてやるし、詩紋が世話になったみたいだからな。あんまり気負うなよ」
「うん・・?詩紋くんには、私が助けられてばっかだったような気がするけど・・・」
助けた覚えが微塵もない。むしろ助けられてたよ。ついさっきとかむしろ迷惑しかかけてないような。今までの行動を振りかえってみるが、特に詩紋くんのためになるようなことはした覚えが。まあそりゃ、多少知識の提供みたいなことはしたが、それにしたってどっこいどっこいのような気もするし・・・。うーん。手を引っ張って逃げ出したときのことかな。でもあれ結局途中から詩紋くんに引っ張ってもらってたし、しかも最終的に私バテて迷惑しかかけてないよね。あんまりそんな、好印象もたれるようなものじゃないと思うけどなぁ、と思いつつ、それでも優しい言葉が嬉しくて、頬の筋肉も緩んだ。
「ありがとう、2人共」
ふにゃ、と情けなく笑うと、詩紋くんはにっこりと満面の笑顔で、天真は照れ隠しのように顔を逸らして鼻の頭を掻いた。ふふ。予想外に親密になれたような気がする。
あぁこれもあの変な電波の幽霊さんのおかげだろうか。思えばあの人が示してくれなかったら詩紋くんとも会えなかったし・・・本当にあの人なんだったんだろう?
若干ほのぼのとした空気が流れ、ほんわかしている中、天真が何かを切りかえるようにキリッと顔をまじめに引き締めた。
「しっかし。これからどうすっかな」
「どうやったら帰れるのかな・・・」
悩む2人を眺めて、京に平和を神子様が取り戻せば帰れるよ、と内心でそう呟く。しかし、・・・2人はそれで帰る道が開けるが、私はどうなんだろう?と首を傾げた。
私は元の世界に帰れるのだろうか。(元の世界とはいわずもがな、現実の世界だ)それとも、遙か3の世界に帰る、のだろうか。思えば何も考えずにゲームストーリーが終われば私は帰れると思っていたが、果たしてそう簡単にいくのだろうか。私と彼等の住む世界は違う。同じ現代とはいっても明確な線引きのされている世界だ。白龍の開く時空の扉の先に、ちゃんと私の世界は繋がるのだろうか。むむ、と眉間に皺を寄せて悩んでいると、パン、とふと乾いた音が響きはっと顔をあげる。詩紋くんも目を丸くして顔をあげ音の発生源を見つめ、音を出した張本人はそのまま合わせた手を今度は膝に叩きつけて、よし、と唸った。
「とりあえず悩んでても仕方ねぇ。今は帰れる帰れないよりも、これからどうやって生活していくか、だろ」
「・・・当面の生活、ね。天真くんはもう自活してたんだっけ」
「あぁ、まぁな。俺1人ならなんとか食って行けたけど・・・お前等2人もとなると俺の収入源だけじゃなぁ。今ここは怨霊とかなんとかが徘徊してて、メチャクチャ治安悪いし、景気もよくねぇし。それに、詩紋もここじゃ上手く生活できねぇだろうからな・・・」
「ごめんなさい・・・」
「謝んな。お前のせいじゃねぇよ」
「そうそう。時代が悪いんだよ。・・・とりあえず、詩紋くんの服調達しない?ブレザーなんて悪目立ちするし、それに頭に何か被る物とか」
「おぉ、そうだな。まずは格好だな」
あぁ、本当に天真がいてよかった。今後の行動になんとかなりそうな安心感を得て、ほっと胸を撫で下ろすと、天真がよいしょ、と立ちあがった。その動きを追いかけて見上げると、がさりと茂みを乗り越えて彼は肩越しにこちらを振りかえる。
「俺は詩紋の服取ってくるから、お前等はここで大人しくしてろよ。下手に見つかるとまたやばいことになるかもしれねぇからな」
「はーい」
「わかった。気をつけてね、天真君」
「おー」
言いながらさっさと駆け出して行ってしまう後ろ姿を、ちょっと茂みから顔を出して見送り、あの人も人の面倒見結構いいよねぇ、と思わず目を細めた。将臣みたいな、本当に兄貴!って感じの良い人って感じじゃない。将臣は、本当に人が良いタイプだ。
お兄さんで、大人で、要領がよくて、人当たりのいい。(そのせいでメチャクチャ大変な目にあってるんだが)天真は、口は悪くて態度もあまりよくなくて、人当たりがいいようなタイプじゃない。将臣に比べれば性格的に子供っぽい部分が強いのだろう。いわゆるツンデレっぽい気がしないでもないけど(要するに素直じゃない)、だけど人のことは面倒を見る、懐にいれた人には甘くて(将臣は多少懐に入ってなくても甘い人だろう)、なんだかんだでやっぱりお人好しで。優しい人。詩紋くんも優しい。でも、天真も優しい。あぁ、不運だったけど幸運なのかもしれない。八葉に会えた、彼等に会えた。それだけでも、十分に幸運だ。
少なくとも、1人でいるときよりもはるかに事態は好転しているのだ。ほっと肩を落として、詩紋くんを振りかえる。天真を見送っていた詩紋くんは私の視線に気づいて顔を向けてきて、私はにこりと笑った。
「天真くん、良い人だね」
「うんっ。天真先輩は自慢の先輩だよ」
「うん。わかる」
親しくなれば、心強い良い先輩だ。まあ親しくなるまで近寄りがたい怖い人っぽいが。
茂みの中に隠れながら、にこにこお互いに笑顔を向け合って、ほっと吐息を零した。
まだ先の不安はあるけれど、なんとかなる、呪文みたいにその言葉を繰り返して、今度は早くあかねちゃんに会えますように、と、ひっそりと胸の内で祈った。
そこに立つ自分が、あくまでも異分子だと、疑いもせずに。