晴天の霹靂



 梶原邸に負けずとも劣らない――いや。時代が時代、そして身分が身分なだけに一層の雅やかさと典雅さはそれ以上だろう。もっとも私に言わせてもらえれば、どっちもとにかく凄いの一言に尽きる。
 西洋の華やかさとは違う東洋独自の静かでしっとりと、自然をあまり捻じ曲げ様としない庭園風景は、視線を向けずにはいられないものだ。もっとも、今はそれに感嘆を零すだけの余裕なんて皆無なのだが。
 いっそ重たく、それはそれはマントルに届きそうなぐらい深い溜息を零してやりたい。そんな心情を持て余し気味に、きしきしと廊下の床板を踏む音が響く。埃がないのは掃除が行き届いてるためか、それともやっぱりこの時代の服装故?ささやかな疑問は多分この居た堪れなさも度も越えている現状からの逃避だ。
 目の前を歩いて自分を案内している優男、色男、こんななりで実は武官な地の白虎の背中をじっと見つめる。頼久さんは身分の違いからか、共に上がることはせずに門のところで別れてしまった。あの大きな体躯に寡黙な態度は慣れなければただの威圧的な怖いものにしか思えない。笑顔の一つでもあれば別だが、今の彼にそんなもの望めるはずもなく・・・というか多分それなりの関係を築いてもあんまり笑ってくれなさそう。まぁ、初対面が初対面だけにぶっちゃけあんまり近寄りたくはないので、あの人が離れていったことには実はちょっとほっとしている。それに険悪も険悪な状態、しかも威圧感たっぷりな人に挟まれて移動するのは胃にも心臓にもよろしくない。二次元で好きなキャラと、現実で面と向かって好きになる人は別なのだ。いやそんなもの某朱雀でわかっていたことだけど。しかし、人当たりの良さは大切である。思えばそういう点では皆物凄く付き合いやすい人達だったなぁ・・・。
 過保護といえば異様に過保護だったが、3の面子の人当たりの良さは「え?こんなに?」と思うぐらいよかった。少なくとも九郎さん辺りは現実に合うと接しにくそうだなって思ってた。ツンデレの対処は実際には面倒だからな。弁慶さんは中身の腹黒さはさておき、外面の良さではまぁ普通に付き合えるだろうし。まぁだから、全員が全員そんなにいい顔してくれるとは思ってなかったんだが、思いの外、というか想像以上に、皆さん当たりがよろしかったわけで。むしろ私は箱入り娘か、と言わんばかりの構いよう・・・あれなんだったんだろう?気づかれ難いようにひっそりと細く息を零して、前の背中に流れる豊かな波打つ黒髪と、何枚も着込んだ雅やかな衣装を上目に見つめた。髪よりも何よりもそのまずお目にかかれないだろう衣装の華やかさに目を奪われる。・・・和服は結構好きなのである。着物も振袖も袴も、きらきらしていてとても綺麗だ。
 無論地味なのもそれはそれで味がある。無地であろうと、まず「和服」という形が好きなのだろうと思った。けれどそれに大人しく見惚れることもできず、さりとて他に向ける視線の先もない。できるならばゆっくりと観光気分で庭とか、すだれの向こうの部屋とかを見たいぐらいだ。京都の観光スポットはいつも興味をそそられる。だけどできない。そんな雰囲気ではない。重苦しいほどに重苦しい空気はずん、とお腹の底に重石が乗せられたかのように鬱々としてくる。その原因が自分の緊張からなのか、それとも主に後ろからのピリピリとした空気からなのか、それはわからない。きっとどっちも原因に違いない。
 いつかくることになっていたのかもしれないけれど、そのいつかがこんな形を伴ってやってくるとは思っていなかった。強張った肩に力が入り、心臓が嫌な鼓動を打つ。
 ドキドキと逸る心臓の音は息苦しささえ覚え、酸素不足に喘ぎそうになった。緊張と異様な空気、更に言えばやっぱり後ろの不穏な空気――天真の苛立ちが居心地の悪さに拍車をかけ、余計に体が縮こまった。必死に意識を逸らして緊張をほぐそうと思うのだが、あまり意味をなさない。そして後ろのピリピリとした空気に反比例して目の前で悠々歩く男は後ろの緊張など別次元のものであるかのように動じていないし。
 板ばさみ、というわけでもないのだがこの落差はなんなのだろう、というぐらいに天真と友雅さんの雰囲気は真逆だ。あーもー本気でこの場からとっとと逃げてしまいたい。
 唯一私と同じように緊張して不安を覗かせているといえば、隣で歩いている詩紋くんくらいだ。相変わらず頭を隠すように布は被っているが、僅かに布の隙間、影から垣間見た顔は、屋敷の雰囲気か、はたまたよくわからない事態にか、それともこの空気にか――いささか強張って見えた。きゅっと引き締められた口元が見えて、同じだとほっとする。
 ていうかなんで天真とかこの空気に萎縮しないのか不思議でならない。性格の問題か?考えつつ袖の下で何度か手を握ったり開いたりして、体の強張りを解そうと努力していると、不意にその手が横からするりと握られる。突然の体温と感覚にビクリと肩を揺らして振り向けば、布の下で、強張った顔ながら詩紋くんがふんわりと微笑んだ。

「大丈夫だよ、ちゃん。僕達もいるから、ね?」

 状況を気にしてか、ひそひそと小さい声で囁くように言われ、一瞬目を瞬かせるとぎこちないながらに口元が微笑みを形作る。・・・自分だって緊張しているだろうに、他人を気遣える彼の強さが凄いと思う。それでも緊張も不安も収まらないし、どうして私が呼び出されなくてはならないのだろう、という疑問は尽きる事がないが。けれど、悪いようにはならないはずだと、詩紋くんの顔をみて思う。話しかけられて、重苦しい沈黙が少し遠ざかったので、乾いた喉に無理矢理唾を送り込んで、目を細めた。

「大丈夫だよ、詩紋くん。ありがとう」

 声を極力潜めてお礼を言えば、ほわっと笑顔を向けられる。可愛い、と瞳を和ませて後ろをちらりと振りかえると、天真の仏頂面と目が合い、ギクリとしながらも小さく笑んでみせた。するとピクリと、仄かに天真は眉を動かし、じっと目を眇めたかと思えば唇をへの字に結んでそっぽを向いてしまった。機嫌が直る様子はあんまりないらしい。まあそれもそうだろうなぁ、と思い顔を正面に戻せば、びくっと肩を揺らした。
 何故って、・・・正面を向いてたんじゃないのか、という友雅さんが振りかえってこちらを笑って見ていたからだ。びくびくと顔を強張らせると、くすりと唇の端を吊り上げて彼は長い睫毛を瞬かせた。

「ふふ。仲がいいんだねぇ、君達は」
「え、・・・そう、ですか?」

 こう、下からテノールで入ってくるような低い声にぞわっと本来の意味で鳥肌が立つ。
 あくまでぞくっではなく、ぞわぁ、とだ。いつかは慣れるのかもしれない、とは思っていてもあのヘタレお兄さんの気遣い屋な柔らかい口調と、この含みと吐息を篭めた声は、同一人物の癖に何故にこんなにも受ける印象が違って聞こえるのか。声優って恐ろしい。でもこの場合目の前の人が恐ろしい。
 画面越しでも「色気っていうかなんかキモチワルイwww」と思ってたあの艶めいたそれが、今は現実に起きて何より、彼の言い方は底知れなさを伺わせて橘友雅という存在が「武官」であるということをいやでも思い起こさせた。
 顔を引き攣らせる私をどう見ているのか、くすりと笑いながら友雅さんは口元に扇子の先を押し当てて、流し目を送ってくる。

「そんなに脅えなくても、誰も君を取って食べたりなどはしないよ・・・?無論、震える姿もこの腕に閉じ込めたいほどに愛らしいけれど」
「ロリコンかよ」
「先輩!」

 けっと吐き捨てる天真の言葉の意味はわからないだろうけれど(あれでもこの人漫画で英語使ってたような?)咎める詩紋くんや、しかめられた顔にそれが悪口の類だということはわかるのか友雅さんはちらりと天真に視線を流し、ふ、と鼻で笑った。
 鼻で笑うといっても小馬鹿にするというよりも、しょうがない奴だという余裕の笑みで。
 あ、絶対今天真の額に青筋が走った。そんな気にさせるほどの(振りかえる余裕はなかったが)微笑みは丹精な顔立ちも手伝ってとても見栄えがいい。むしろその余裕の態度が不愉快になってしまうのだろうと思いつつも、私は前と後ろの火花に俯き加減でとうとう溜息を零した。ていうかロリコンて。私はこれでも18だ。まあそれにしても多少友雅さんとは年が離れているが、決してロリコンなどと言われる差ではないはずである。あれか、外見か、外見なのか。果たして私は皆にどれぐらいに見られているのか・・・詩紋くんと同じぐらい?
 周りの険悪さから逃げるように思考を巡らせると、不意に友雅さんの足が止まった。つられて足を止めて俯けていた顔をあげれば、開きかけていた扇子をパチンと閉じて、彼は半身をこちらに向けた。・・・着いた、のだろうか。見上げれば問いかけが伝わったように彼の貌が笑みを刻む。

「少し待っていなさい。中に伝えなくてはならないからね」
「はい・・・」

 大人しく頷けば軽くウインクを残して彼はすだれの向こうに声をかけた。

「藤姫、連れてまいりましたよ」

 その呼びかけに中にいるのはやっぱり藤姫なのだと思いつつ、くっと眉間に皺を寄せる。何故、どうして。私が、呼び出されたのか。どうして藤姫が私に面会したがるのだろう。
 天真でも詩紋くんでも・・・あかねちゃんでも、なく。友雅さんの目的も頼久さんの目的も、私だったのだ。それがわからない・・・何か私は変な役目を負ってしまったのだろうか。
 不安と疑問。早鐘の心臓は警鐘のように胸の内側を叩き、耳の奥で音が響く。そういえば、あかねちゃん。彼女は見つかってないのだろうか?まだ飛ばされていないのだとしたらあれだが、いればどんなに心安らかになれることか。早く、早く。心が急く。
 早く、彼女が現れて物語が始まればいい。そうすれば、私がこんなにも足場のない状態を歩かなくてもすむ。それで全て落ちついて収まるはずなのだ。早く彼女が現れればいいのに、思いながら不意に振り向いた友雅さんに中に入るよう促され、彼自身の手で持ち上げられたすだれの向こうに、恐る恐る足を踏み入れた。薄暗い室内は広い。
 冷たい空気と一種の緊張感。どきどきしながら向いた前には、長い十二単の裾を広げ、愛らしくも慎ましく、少女がぴんと背筋を伸ばして座っていた。御簾の向こうに隠れるでもなく、堂々と顔を晒して。整った顔は文句なく可愛らしい。藤姫だと、確かな人として存在している幼い姫を視界にいれて一瞬足を止めると、後ろから耳元に吐息が吹き込まれた。

「どうしたんだい?」
「っ~~~~~!!」

 いっやああぁぁぁ!!!!!!
 ぞわわぁ、と物凄い勢いで肌が粟立ち、耳を押えて思いっきり彼から距離を取る。
 泣きそうに顔を青ざめさせて(真っ赤になる根性はない)口唇を僅かに震わせると、多少驚いたように彼はぱちりと瞬きをしていた。その後ろで天真が憤怒に形相を変えていたが、怒声が張られる前に、凛とした声がぴしゃり、と場を打った。

「少将殿!何をしているのですかっ」

 おぉ、大谷さん。まるで白龍がぴしゃっと厳しい口調で窘めたように聞こえ何かの違和感を覚えながらも、藤姫を振りかえれば眉をキリリ、と吊り上げて友雅さんを睨んでいた。
 怖いというほどの迫力ではないが、それでも場を引き締めるだけの力があるのは、姫という雰囲気からか星の一族という役目からなのか。ともかくも幼い少女の咎めに出番を取られたように声を引っ込めた天真は閉口し、友雅さんは軽く肩をすくめた。

「全く・・・友雅殿は油断も隙もないのですから。どうぞ、皆様。こちらへお座りくださいませ」
「ほんの冗談のつもりだったんだけれどねぇ」

 言いながら歩いていく友雅さんは藤姫の斜め横に腰を下ろし、私達は彼女自身に正面に座るように促された。一瞬藤姫と指し示された場所に視線を交互に走らせ、こくりと唾を飲んで近寄る。ぞろぞろと後ろの二人も動いて座れば、必然的に正座を取らざるを得なかった。
 話が長引けば痺れるな、確実に。思いながらこの状況で崩せるはずもないのでどこまで我慢できるかなぁ、と思いつつ、改めて正面に座る少女を見やった。
 見れば見るほどまさしく藤姫である。偽物だなどと思うわけではないけれど、メインメンバーに出会うだけ出会った、という気持ちである。後は八葉の残り面子だが、好き好んで会いに行きたいわけでもない。会えるなら会いたい。決して面倒にならない位置で。思いながらじっくりとっくりと藤姫を見つめて、どうして私がここにいるのか、また呼ばれたのかを思案する。無論藤姫は可愛いなぁ、きらきらしてるなぁ、お姫様だなぁ、とも思っていたのだが。けれど1番には何の用で?それが大きな割合を占めている。疑問を浮かべつつじっと見つめていれば、そっと目を伏せて瞳を半分ほど隠し、憂いをこめて淀みなく藤姫の可愛らしい声が言葉を紡ぐ。

「先ほどの非礼、何卒お許しくださいませ。少将殿も悪気はなかったと思うのです」
「・・・いえ。少し驚いただけですから、気にしないでください」

 年下相手に敬語。しかし藤姫が相手だと思えば別に抵抗もなにもなく(元々覚えるような性質ではないけれど)簡潔に返す。まあ実際は少しどころの話じゃなかったし今後一切やめて欲しいことだが、そんなことを一々掘り下げる必要もない。
 鳥肌の立った肌を服の袖越しに撫でて溜息を零せば、本当に申し訳なさそうに彼女は眉を下げる。ていうか子供に謝らせてる大人もどうよ。ちら、と視線を向ければ微笑まれ、反省の色なし、と内心で呟く。
 けれど一応面子というものもあるのか、彼は本心からなのか上辺だけなのか判断のつかない憂い顔を浮かべた。隠すように口元が扇子の影になる。

「すまなかったね。まさかあれほど驚かれるとは思っていなかったんだよ」

 いや普通驚くから。確信犯だろう実は、と思いながらも気にしてません、と再び繰り返し、私はこれだけで心労が蓄積された気がする、と目を伏せた。ああ居た堪れない。早く話が終わってこの空間から解放されたいと切に願い、友雅さんから視線を外して藤姫を見る。さて、一体なんの用で呼びたてられたのか。目を見れば申し訳なさそうな顔から一転し、藤姫は私の思いを感じ取ったかのようにきり、と顔を引き締めた。友雅さんのせいで脱力すら覚えていた空気が引き締まる心地がして、やはり中々慣れない静かな空気に座り心地と、ついでにいつ耐えられなくなるか我が足よ、と懸念しながら背筋をぴしっと伸ばす。

「私は左大臣家の娘、藤と申します。いきなりお呼びたてしてしまい申し訳ありませんでした」
「いえ、そんな・・・私は、といいます」
「流山詩紋です」
「・・・森村天真」
様に、詩紋様、天真様ですね。お会いできて嬉しゅうございます」

 にこ、と微笑まれ、つられて笑う。笑えば空気もいくらか和らぎ、ほっと安堵したのも束の間、次の瞬間には―――絶句した。広いからか、すだれが下りてしまっているからか。
 薄暗い室内の中で藤姫の頭につけられた冠?がしゃらん、と床に程近い位置で音をたてる。ゆっくりと丁寧に、下がった頭の旋毛までもが見えて、息を飲むとぱちりと意識的に瞬きをした。見間違いではないように瞬きをしても藤姫の頭は床に着くほど下がっており、戸惑いを浮かべて頭を下げる藤姫から詩紋くんと天真を振りかえる。
 けれど二人もいきなり頭を下げた姫様に驚いているのかポカンとしているし、友雅さんは存外に真面目な顔で黙っているだけだ。え、え、なに、何事?おろおろとしながら、視線をあっちこっちに泳がせ、言葉もなく閉口していれば再びゆっくりと優雅な仕草で藤姫が顔をあげる。はんなりと笑みさえ浮かべ、卵形の頬に薄っすらと赤味を差して、彼女はうっとりと呟いた。

「どうか、この京をお救いください。龍神の神子様」

 唖然。
 ・・・・呆然。
 ・・・・・・・・・絶句。
 一瞬本気で何を言ったのこの子、と真面目に思った。ぐ、と眉間に皺を寄せ、聞いた言葉を噛み砕き、自分の中にしっかりと落としてから、躊躇わず。

「はあ?」

 無礼だろう、といえるぐらい素の態度で首を傾げた。
 まじ、なにを言い出したのか。みこ、神子?龍神の神子?聞きなれた言葉はけれど向けられるには相応しくない。
 誰に向けてそれを言ったのか、真面目に考え眉を潜める。それに何を思ったのか、藤姫は笑みを引っ込めて真面目な顔をし、真摯な眼差しで口を開く。

「龍神はあなた様を神子に選ばれました。遠くからの佳人よ。何卒、そのお力を京のために・・・今この京は、鬼という悪しき者に狙われているのです。どうか、様。この京をお救いください」

 そういって必死な面持ちで私を見つめる藤姫に、もう、絶句するしかない。いやこれは閉口というものか。ぐるぐると藤姫の言葉が脳内を回り、受け入れを拒否している。ていうか。

「あの、・・・龍神の神子って・・・?」

 知ってるけど、知ってるけど、ちょっと待って何か可笑しいよね。ぎくぎく、と肩を強張らせ藤姫の言葉に一抹の不安と懸念を覚えて恐る恐る問いかければ、顔をあげて藤姫は真っ直ぐに私をみる。その真っ直ぐさに気圧されかけながらも、ここで聞かないと後悔するような、むしろ聞いた方が後悔するような、そんな曖昧な感覚できゅっと眉を下げた。

「龍神の神子とは、この京を守護する龍神に選ばれた尊きお方。その身に龍の宝珠を受けた八葉という、神子に仕える者たちと共に、京を救うと言われている伝説の佳人のことでございますわ」
「・・・・・・・・あー、うん。・・・・・・・えっと、それが、私、ですか?」

 そんなまさかね。だってほら神子様はあかねちゃんって決まってるし。
 なんだか今までの話振りというか会話と状況から、何故か私に向けて言われているように思えるが、きっと気のせい、勘違い。前置きか何かだよねー?へらり、と笑って尋ね返せば、藤姫は固い表情で―――是、と。頷いた。

「はい。様。あなた様が、龍神に選ばれた神子様です。―――そして私は、あなた様にお仕えする星の一族の血に連なる者。母より使命を守るようにといわれて育てられてきました。これより、あなた様にお仕えさせていただきます」
「え、あの、ちょっと、・・・待って?!」

 言いながら三度頭を下げられ、狼狽して僅かに腰を浮かせる。痺れかけている足など気にするはずもなく、しきりに瞬きを繰り返して待って!と声を張り上げた。
 静かな室内にそれは結構な大きさで響き、吃驚したように藤姫は顔をあげ、友雅さんが冷静に視線を投げかける。けれどそれに頓着する暇もなく、ぐるぐると頭の中を駆け巡る言葉の数々、知識の全てに、喘ぐようにつっかえつっかえ、言葉を並べ立てた。

「待って、待って藤姫。・・・私は、神子じゃないです」
「神子様?」

 一度口にしてしまえば、そうだ、と心が納得する。狼狽した自分を落ちつかせるように一度深呼吸をして、それから腰を下ろすと今度は逆に戸惑うように視線を揺らす藤姫を見据えた。ここははっきりと否定しておかなければならない。神子だって?冗談も間違いも甚だしい。そんなこと、あるわけがない。

「藤姫、様?私は、その・・・龍神の神子というものではありません。私はただの異邦人であって、そんな・・・京を救うだとか龍神の力だとか持っているようなファンタ、あ、いや、すごい人間なんかじゃありません」
「神子様!何をっ」
「きっと何かの間違いですよ。確かに私はここの人間じゃないですけど、でも貴方が言うような人間であるはずもない。お話は、よくはわかりませんが・・・どなたかと勘違いしているのではないですか?」
「いいえ、いいえ神子様!龍神様はあなたを神子と選ばれたのです。その身に纏う神気が、何よりの証拠ですわ」
「神気なんてそんな。ないですよ、そんなもの」

 あはは、と笑い飛ばす。元々見えもしないものだし、言われてもよくわからん。というかいきなり「京を救え君は龍神の神子だ」とか言われてもなんぞそれ?と思うところだが、なまじ知識がある分対応が微妙なことになった気がする。友雅さん辺りの反応が気になるところだが、今は気にしてられないな。
 よしんば神気?というものがあったにしても多分それって望美ちゃんとかの気配の名残とかじゃないの?一緒にいることも多くあったんだから、移り香のように私の体に残っていても不思議じゃない。強い力はよく名残が見えるということらしいし。
 私が神子のはずがない。だって私は部外者で、ゲームの中に組み込まれてすらいないはずの完全なる異邦人だ。そんな存在が神子のはずがないし、そもそも公式の神子様がいるのになんで私が。ないない。絶対ない。藤姫もなーに間違えてしまっているのか。
 あははびっくりしたなーもう。笑いながら、必死に言い募る藤姫に違いますよ、と繰り返していると、不意に横から、低い声が乱入した。すっと場を切るように、典雅ながら鋭い声音。

「では、あの場から消えた力は?」
「え?」

 振り向けば、友雅さんがぱちぱち・・・とゆっくりと扇を開きながら笑む。けれど瞳は探るように私を見つめ、居心地の悪さにもぞもぞと足を動かし、戸惑い気味に首を傾げると、彼はす、と笑顔を消して瞳を細めた。

「君は、最初にこの屋敷に現れただろう?その時、警護の者の手から煙のように消えた。眩いまでの光を纏って、ね」
「・・・あれ、は」
「あるいはその光が神気というものだったのかもしれないね。とても神々しく、清らかな輝きだった―――身震いするほどに」

 言いながら細まった視線に、びく、と気圧されるように肩を揺らす。あそこにいたのかあんた、とそう頭の片隅で思ったが、じわじわと追い詰めるように重ねられる言葉の数々に、言葉をなくして唇を震わせる。私だって、私だってあの時なにがどうなったのか、わからないのだ。だから、あれは何?と問いかけられても、答えられるはずがない。答えられない。
 不思議な現象。けれど、消えたのは事実。私の視点で言えばいきなり場所が切り替わっただけだが、残された・・・目撃した彼等からすれば、まさしく「消えた」のだろう。
 光、というものもよくわからないけれど、目撃者が言うのだ。そんなものがあったのかもしれない。しかし、言われてもわからない。そんなこと言われたってどうにもならない。
 だって私は違う。違うのだ。私は神子ではない。神子になる人は別の人間だ。
 それは、―――絶対の理だ。

「例え私が消えたのだとしても、でも私は、神子じゃありません。神子のはずがない」
「どうして?」
「だって、神子には・・・っ」

 言いかけて、はっと口を塞ぐ。つ、と友雅さんの視線が意味深に向けられたが、唇を噛んで俯き、ぐっと拳を握った。・・・言えるはずがない。神子には、あかねちゃんがなるはずなんだって。だって、言ったらどうしてそう思う?と問いかけられるに決まってる。そうしたら理由なんて言えるはずがない。知っていますだなんて。ゲームの主人公だからだなんて。
 言えない。言ってもいいものかすらわからないものを、迂闊に口にはできない。
 ―――ゲームや漫画の中にトリップした人間にとって、ここが「作られた物語」であるかを言うか言わないかは、得てして葛藤を生むものだ。無論告げたところでどう、ということはないのかもしれない。けれど告げるにはどこか憚られるのも事実。何より、人としての彼等と関わってしまったら、作られた人達だなんて大っぴらに言えるものなんかじゃない。
 いや、そもそも本当に作られた人なのかすら、わからないぐらいに目の前の人達はちゃんとした「人」なのに。混同する。ゲームのキャラか、人間か。キャラだと思い、けれど対峙しているときは人だと思い。わからなくなる。どうしたらいいのか頭がこんがらがる。
 結局、―――沈黙に沈めて考えないようにするしか、なくて。俯いて言葉を殺せば、小さな溜息が聞こえ―――天真が、吼えた。

「お前等、いい加減にしろ!」

 びく、と肩を揺らして顔をあげる。振りかえった先に天真が怒りを湛えた顔で、きつく友雅さんと藤姫を睨んでいる。びくりと、藤姫が脅えたように顔を強張らせ、あ、と思ったが立ちあがった天真が私の前に立つことで、声をかけるタイミングを失った。

「さっきから聞いてればごちゃごちゃとわけのわかんねぇこと言いやがって。龍神の神子?こいつは違うって言ってるだろうが!!変なもんをこいつに押しつけようとするなっ」
「天真先輩、落ちついて・・・相手はまだ子供だよっ?」
「うるせぇっ。子供だろうがなんだろうが、一方的に押しつけようとしてるのを黙ってみていられるかっ。テメェも!そんなにこいつを神子にしたいのか!!」
「したいしたくないではなく、事の真偽を図ろうとしているだけなんだがね。神子であるないに関わらず、殿が不思議な力を持っていることは確かのようだから」
「それで、何かに利用する気か?・・・ハッ!冗談じゃねぇっ」

 激昂し、吐き捨てるとむんず、と腕を掴まれる。目をパチパチと瞬くと、天真は不機嫌な顔でぐいっと引っ張り、立ちあがらせるとずんずんと歩いていく。え、え、あ、ちょっと、天真?!突然のことに目を白黒させておろおろと天真と後ろを交互に振りかえる。
 詩紋くんも慌てて立ちあがりついてきて、その更に後ろで藤姫が声を張り上げた。

「お待ちください天真様!!どうか、どうかもう少し話をっ」
「うるせぇっ。これ以上こんなところにいられるかっ。俺達は帰るっ」
「て、天真くん・・・っ」

 お、おち、落ちつこうよ!?焦って後ろと前を何度も振り返ってあわあわとかける言葉を探す。けれど怒り心頭、といったように頭に血が上ってしまっている天真は厳しい顔で問答無用にすだれを押し退け、外に出た。神子様!と叫ぶ藤姫に物凄い罪悪感を覚えながら、きゅっと眉を潜めると・・・ぼす、と天真の背中に後頭部がぶつかった。幸い強打といえるほどのものじゃなかったから大した衝撃はないけれど、いきなり立ち止まった天真に怪訝に思いながらそっとその背中から顔を出して・・・もはや、何をどう収拾つければいいのか、わからなくなった。
 後ろについてきていた詩紋くんが、あ、と息を飲んで頭に被る衣を握る手に力を篭める。私もいっそその衣で顔を隠してその辺に蹲って嵐が過ぎるのを待ちたいぐらいだと、思わず天を仰いだ。天井の規則正しい木目が見える。

「―――んだよ、テメェ」
「何処にいくつもりだ。勝手は許さんぞ」

 両者、とても低い声で威嚇しあっている。ぞっとするほど険悪な空気と声音に、びくりと背筋を震わせて息を詰めた。
 庭で、刀の柄に手をかけて天真を睨んでいる頼久さんに、思わず天真の背中に隠れる。どこにいったかと思えば外に控えていたのか・・・まぁ、確かにそうだよなぁ、と納得をしながらも、天真の空気が一層ピリピリとしたのが空気を介して伝わった。
 恐ろしく怖い。非常にこの場にいたくない。怖過ぎる。巻き込まれたくない。あわあわとしながらも掴まれている腕は離れず、ひーん、と泣きかけて唇を噛んだ。な、なんてこったい・・・!!

「うるせぇ。俺達が何をどうしようが、テメェには関係ねぇだろうが」
「関係なくはない。この屋敷の警護を任されているのは私だ。事を荒立てるというのならば、容赦はしない」
「はっ・・・いいぜ。あの時の続きか。上等だ・・・!」

 あああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁちょっとちょっとちょっとオォォォォォォォ!!!!!!
 ぱっと腕が放され、咄嗟に後ろに下がりながらも最早臨戦体勢万全の天真と頼久さんに、顔を青褪めさせる。折角、折角乱闘騒ぎは収めたと思ったのに、思ったのに・・・!!

「な、なんでこんなことに・・・っ」
ちゃん・・天真先輩・・・」

 唸る私に、詩紋くんが心配そうに声をかける。彼もどうしたらいいのかわからないのだろう。むしろどうにもならないのかもしれない。色の悪い顔を2人で見合わせ、表情を歪めた。
 頬を両手で包んで泣きそうになりながら、不穏な気配の漂う2人に唇を震わせる。事が事だからか、部屋から友雅さんと藤姫まで出てきて、ますます事態は悪化の一途を辿るばかりだ。あぁもう・・・なに、なんなの。私の、私のせいなわけ?!私が何をした!!
 神子だというのを拒絶したのが悪いのか。でも私は神子じゃない。それは本当なのだ。この時代の神子はあかねちゃんであって、私ではない。何か私に特別な要素がいきなり付随してしまったのだとしても、決して神子などという代物ではないはずだ。
 誰を、というわけでもないが、恨みたくなる。わけのわからないことばかりが続き、事態は一向によくなる気配もなければ落ちつく様子すらない。むしろ、悪いことばかりだ。
 最初は警備の人に捕まえられそうになるは、次に村人に追い掛け回されるは、乱闘騒ぎになりかけるは、神子様だなんて有り得ないこと言われるは・・・・!!挙句の果てにこれ!本当に、本気で、

「わけわからん・・・!」

 頭を抱えながらさめざめと泣けば、部屋から出てきた藤姫が頼久さんに向かって、ぴしゃり、と口を開いた。

「頼久、剣を収めなさい」
「藤姫様、ですが」
「天真様は神子様のことを思ってのことなのです。天真様、申し訳ありません。ですが、いましばらく、お話を聞いては貰えないでしょうか?」
「断る。聞く事なんざねぇよ」
「貴様っ」
「やれやれ・・・まいったねぇ」

 上目遣いに進言する藤姫をにべもなく切り捨てる天真に、頼久さんが眉間に皺を深くして睨みつけ、友雅さんが肩を竦める。一瞬潜められた眉は彼も多少気分を害してしまったのかもしれない。けれど天真はそれがどうした、と言わんばかりに不遜な態度で、藤姫に言われて一旦柄から離れていた頼久さんの手も再び元の位置に戻り、結局事態は好転なんかしていないわけで。いやむしろ仕える主に無礼を働いた、と頼久さんの剣呑さが増すばかりだ。あぁどうかもっと穏便に、クールになって、と願っても割りとどっちも熱血タイプのせいなのか、ヒートアップはしてもクールダウンはしそうにない。頼久さん、もっとこう・・・天真のこと相手にしないぐらいには冷静だと思っていたのだが。やっぱりまだ八葉だともわかっていない、ただの客?と武士ではこんなものなのか。
 しかし天真も天真である。それが私のためなのだとはわかるけれども、子供に対して少し大人げがない。でも、ここまではっきりといってくれたことは嬉しい。助かる。責められるはずもないし、責めたいとも思わない。
 けれど、あぁけれど――こんなの、望んでない。おろおろと気丈な姫がうろたえて狼狽するのに、私は言葉を止めたままじっと見つめて。ぎゅっと手を握り締める。自分の心の葛藤に耳を傾ける。出るか、出ないか。声をだすか、出さないか。静観するか―――割り込むか。
 出ていきたくない。面倒事はごめんだ。それに怖い。あんな2人の間に割り込むのは怖い。怒っている最中、わざわざ入るのは、中々勇気がいることだ。けれど、と視線を巡らせる。
 友雅さんはさておき(あの人が止めてくれればいいが、割って入ると火に油かもしれない)藤姫も、詩紋くんも。困ってる、脅えてる。私と同じ。同じで、藤姫は頑張った。1番小さいのに1番頑張った。こんな中、止めようとして、それでまた天真ににべもなく切り捨てられて。
 藤姫、藤姫。小さい姫。可愛い姫。年下の、女の子。・・・・・あぁ、全く。―――深く、深く、息を吐いた。

「――天真くん」
「あ?」
「戻ろう。部屋に。もう一度、藤姫の話を聞こうよ。それで、話そうよ」
「っなにいってんだ、お前。このままじゃ変なもの押しつけられるんだぞ?!」
「・・・それは、確かに不安だけど。でも、この状況よりずっとまし」
「なっ」
「落ちついて。・・・落ちつこう。私も落ちつく。頑張る。だから、天真くん、もう少し、我饅して、頑張って。お願い。・・・喧嘩されるのは、私も、嫌。私のせいでこんなことになるなんて、本当に、・・・嫌」

 これで最低最悪なことになったら、どうしたらいいの私。そんな責任取りたくもない。
 ぎゅっと天真の着崩した服を握り、じっと眉を下げて見上げる。正直こんなので止まってくれるのかどうか。さっぱりだが、しかし自分よりも小さい子が頑張ったのに頑張らないのは、さすがにあれだ。怖いんだけど、本当に本当にあんまり首を突っ込みたくはないんだけど。
 ・・・・・・・やらなきゃいけないときは、ちゃんとやるのが人間ってものだ。ぐっと顔をあげる。こんな時に俯いてなどいられない。頑張れ頑張れ。言えばわかってくれる。天真はそういう人のはずだ。多分。息を吐いて、意識して、笑顔を浮かべてみた。

「だから、・・・もう少し、頑張ろう?」

 言い聞かせるように、自分に、天真に。頑張れと、言い聞かせて。じっと見上げれば、天真はぐっと眉間に皺を寄せて―――がしがしと、乱暴に頭を掻いた。ちっと舌打ちをして、顔を逸らして。

「・・・少しだけ、だからな」
「っ、うん。ありがとう、天真くん!」

 ぶっきらぼうな言葉にパッと顔を明るくさせて、こくこくと頷く。よかった、とほっと胸を撫で下ろして、天真の影から顔だけ出して、頼久さんを見下ろした。じっと注がれる視線、相変わらず鋭い目線はやっぱり怖いけれど。ぎゅっと天真の服を影で握ったまま、口端だけを持ち上げる。

「あの、すみませんでした。ちゃんと戻りますから、ご心配なく」
「・・・」

 はっと見開くように一瞬頼久さんの表情が動いた気もしたが、長い前髪とすぐに戻ってしまった無表情にその差異を見つけるのは私には難しく、うーん、と多少困ったように首を傾げてると頼久さんは無言で膝をつき、跪いた。ぎょっと瞬けば深く項垂れる。

「お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありませんでした・・・」
「え、い、いや。こちらも、喧嘩腰で、その。本当にごめんなさい」

 多少、大袈裟な気もしたが。声にはしっかり後悔と反省が見えて、少なからず恥じているようにも聞こえる。天真の仏頂面もピリピリとした空気もあまり変わらないが、あちらはひとまず落ちついたようでこの辺りは年齢の差かな、と思った。ほっと胸を撫で下ろし小さく微笑み、とりあえず、と藤姫を振りかえる。
 じっと見つめてる視線を受けとめ、多少戸惑いがちに目が動いたが、くるりと向き直って居住まいを正した。

「ごめんなさい。こんなことになって。でももう落ちついたから・・・話しを、しましょう」
「神子様・・・」
「天真も、藤姫に謝って。私達の方が大きいんだから」

 うる、と目を潤ませる藤姫に、本当に申し訳なく思いながらぐいっと天真の服を引っ張る。一瞬なんで俺が、と言いたそうに顔が顰められたが、藤姫に視線が向くとさすがに頭も冷えたのか、大人気なかった自分を思い返したように眉間に皺を刻み、むっつりと口を開く。

「・・・悪かったな」
「いえ。そんなことは。私も、事を急いてしまい申し訳ありません」

 しゅん、と落ち込む様子は健気だ。元々素直な子だし、そう下手に出られると天真ももはや怒りを持続させることもできずに、顔を背けて押し黙った。その様子を見て、おろおろしていた詩紋くんがほっと胸を撫で下ろすのが視界に入る。視線が合うと、どちらということもなく苦笑を零し、詩紋くんが近寄って顔を寄せた。

「よかったね、ちゃん。・・・お疲れ様」
「ん。・・・詩紋くんもごめんね。こんなことになっちゃって」
「ううん。僕は何もできなかったし・・・それに、ちゃんが困ってたのも、天真先輩が怒ったのも、わかるから。でも、また話し合えるみたいでよかった」

 そういって表情を和ませるのに、本当にねぇ、と頷く。結局何一つ問題は解決できていないし、下手したら平行線の一途を辿りそうな話しではあるのだが。
 しかし話し合いは互いに近づく一歩だ。おろそかにしてはいけない。例え平行線であろうとも。というか、まずあかねちゃんが現れないとどうにも解決できない事柄のような?
 しかし話し合うにもどうしたらいいのかねぇ、と先ほどの険悪さはなりを潜めても、微妙な空気に変わりなく視線を泳がせると、パチン、と割れるような音が響いてはっと全員の意識が音の発信源に向かう。パチクリ、と目を瞬けば、今の今まで最年長の癖してなにしてやがったんだお前、という友雅さんが扇子片手に笑っていた。・・・タイミング計ってたのか?

「一段落したところで話しに移るのもいいけれど、今日はもうお開きにしようじゃないか」
「へ?」
「アァ?」

 にっこりスマイルで軽く言い放った友雅さんに私達の間の抜けた声が返される。首を傾げてきょとーんとしていれば、つい、と扇子が閃いた。

「藤姫も言っていただろう?事を急ぎ過ぎてしまったんだよ。1日時間を置くのも必要だと思わないかい?」
「時間、ですか」
「そう。時間だ。落ちつくのも、考えを纏めるのもいい。特に君達はここの人間ではないのだから、大分疲れているだろう?」
「はぁ・・・」

 さらさらと淀みのない提案をされて、曖昧に言葉を濁しながら友雅さんを見上げる。
 冷静に事態を見ていたということなのだろうか。恐らく、1番感情的にならずにじっと成り行きを見ていたのはこの人だ。どうせなら年長らしく事態の収拾をして欲しかったところだが・・・あの状態だと友雅さんが割り込むと尚意味のないことになってた気もする。
 うんやっぱり火に油だ。その友雅さんが判断したこと。反論するのも間違っているように思えるし、何より実際事態は多少の時間を置いた方がいいような気もしてくる。
 もっとも、私の考えは変わらないけれど。神子はあかねちゃん。それは、絶対のはずだ。

「藤姫も、それでどうだい?」
「・・・はい。それがよろしいと思いますわ。神子様、今日はたくさんのことが一度に起こり、お疲れになられましたでしょう。部屋を用意させます。どうぞそこでゆるりとお休みくださいませ」
「えーっと・・・・・・2人も、それでいい、のかな?」

 流し目は藤姫に送られ、頷いて了承した藤姫が淡く笑んで首を傾げる。私はその流れる作業に一拍反応を遅らせて、ちらりと後ろの2人を振りかえった。
 詩紋くんは笑顔で了承、天真は不機嫌な面だがあえて拒否の言葉は出なかったので、了承したものとみなして、私は正面に向き直ると頷いた。

「はい。じゃあ、お言葉に甘えて・・・休ませてもらっていいですか?」
「すぐに用意をさせますから、どうぞ今は一旦部屋に」

 顔をパァ、と明るくさせて嬉しそうに微笑む藤姫につられて口元を緩める。嬉しそうに言われて、頷きながらくるりと踵を返し・・・ちら、と後ろを見た。頼久さんは膝をついたまま(立ちあがればいいのに)じっと睨んでいるように見えて(実際は見てるだけ)びくり、と肩を震わせ、さっとすだれの向こうに体を滑り込ませる。どきどきする。決してトキメキではなく、恐怖感やら緊張やらに、だ。後に続いて入ってきた彼等に安堵する間もあれば、いっそずるずると座り込みたい衝動にかられた。そんなことすれば、詩紋くんが大慌てするのが想像できるし、藤姫やらが大騒ぎしかねないのでできないが。しかし腰が抜けそうだ。足がガクガクする。
 元々座っていた場所までいくと、そろそろと腰を下ろし―――深く、項垂れた。

「もーやだぁ・・・・」

 ぽつりと、小さく小さく呟いた声は、幸いにも誰に聞きとがめられる事もなかったらしい。けれど、それ以後隣に詩紋くんと天真、そして向かい合わせに友雅さんと、決して気の抜けないトライアングルができてしまったのに、胃がキリキリしそうだった。見張りのつもりかなんなのか・・・友雅さんがいるだけで天真の空気がピリつくのが居た堪れない。
 詩紋くんにしてもちらちらと見ては不安を覚えているようだ。むっつりと黙り込んで、友雅さんを見れば・・・視線に気づいたのか、極上に微笑み返されて。ひくり、と引き攣った笑みしか返せなかったのは、所用だ。・・・・やばい。私本気でここにいるとその内ぶっ倒れるんじゃなかろうか。なんでこんなにも、心休まるときがないのか・・・あぁ。

「平穏が欲しい」

 切実に、そう思う。