雨後の筍
鈴の音が聞こえる。リン、リン、シャン、シャン。軽やかに、涼しげに、―――神秘的に。
耳の奥から、体の内側から、頭の片隅から、外から入る音が鼓膜を震わせるように、響き渡る音が体を震わせるように、入り込む音に意識をもって行かれるように。
思いの外すっと軽く、瞼が開いた。もっと重たいかと思っていたけれど、いとも容易く開けた視界に瞬きを数度行う。何度見ただろう。何度、何度。暗闇の中。足元に波紋が波立ち、自身の周りをくるくると飛んでいる何かが、きらきら、星のよう。ビー玉みたいなそれ。ぼんやりと周りを飛ぶそれらを眺めながら、瞬きを一つ。そうして映る、神々しくも不可解な龍の姿に驚きはない。いるだろう。いただろう。そう、疑いもなく思った自分が、可笑しいのか。
「白、龍・・・」
呟き、眉間に皺を寄せる。これは夢なのだろう。夢でなければ可笑しい。思いながら、目の前で巨体をうねらせ、存在する龍に目を眇めた。
白銀の鱗、金色の眼差しに鬣、びっしりと口腔に生える乳白色の牙。寄せた眉間の皺を見咎めたのかなんなのか、人語を介するには不釣合いな気もする、大きくパックリと裂けた口が動いた。ちらちらと、赤い舌も見える。
―――神子。
「・・・っ違う!」
反射的に否定する。思えばあれは夢ではなかったのかもしれない。ここと同じ暗闇、漂うばかりの不可解な空間。突如現れた龍神、告げられた言葉の端々。
全て、全て私に向けられていたのだとしても。何度も繰り返し、そう呼ばれていたのだとしても。あえて、あえて私は断じてやる―――これは、夢だ。
顔を歪めて後ろに下がる。龍神は金色の眼を悲しげに細め、低く荘厳な声を響かせた。
―――神子。我が太乙。
「違う違う違う違う違う!!!神子はあかねちゃんであって、私じゃないっ。ここから100年後だってそう、花梨ちゃんであって私がなることはないし、その更に100年後も!ちゃんとした神子がいた!!なのに、なんで私を神子だなんていうの!?」
繰り返し重ねられた言葉に、癇癪を起した子供のように喚き声をあげて否定する。両耳を塞いで、聞きたくないことなのだと顔を歪めて。だって、そうじゃないか。私は、間違ったことなんて言ってない。だって彼女達が神子になることは言わば予定調和というもののはずだ。神が・・・目の前の龍神が決めたことなのかもしれないし、あるいはもっと別の何かによるのかもしれない。それこそ、作者という絶対神の存在によるものなのかもしれない。しかしどちらにしろ、こんな間違い、ありえるはずがないし、ありえてはならないはずだ。
「はやく、あかねちゃんを召喚して・・・」
先ほどの激昂が嘘のように、か細く小さくなった声で項垂れながら呟く。彼女がいればいいのだ。彼女さえいてくれれば、そこに私が入り込む余地などないはずで、そうすれば、全ては丸く収まるはずで。元々、遙かなる時空の中での中に入ってしまったことすら、わけがわからないのに。それすら一体なんの夢物語かと、冗談かと、いつだって思ってるぐらいなのに。
私は部外者だ。私は異邦者だ。それ以上でも以下でもない。いてもいなくてもいい存在。ひっそりと、ただその流れを見ているだけの、「脇役」だ。決して、「主役」ではない。なのに・・・っ。
―――神子、神子。泣くな、神子。
「泣いてない・・・」
―――神子、我が神子。泣かないでおくれ・・・そなたの涙は、苦しくなる。
「泣いてないってば・・・」
事実、涙など流れていない。多少の潤みがあろうとも、溜まっているわけでも零れるわけでもないのだから。
時間が経てばすぐに乾きもするだろう。けれど、見上げた龍神は私よりも一層胸を痛めたような有り様で、巨体をうねらせそっと周りを囲んだ。ぐるぐる、ぐるぐる。白い巨体が私の周りを囲み、龍神の大きな顔が近づく。獣の顔の癖に。妙に感情が伝わるのが、卑怯だと思った。だって、それじゃあ、それじゃあ・・・責め、られない。
ぐっと唇を引き結び、心配そうに、寂しそうに、悲しそうに。揺らめく金の双眸に映る自分が泣きそうな情けない顔になっていることに気づいて、あぁだから泣かないでと、言うのかと理解した。泣いてないけど、泣きそうだから。もしかしたら、内では号泣しているのかもしれない。表に出ていないだけで。優しい眸。きれいな眸。―――白龍、だね。
ぼんやりと龍神を見返し、溜息を零しながら、笑いかけた。けれどどうしても寄った眉が、下がる目尻が、泣きそうだ、なんて。
「私を、神子だなんて呼ばないで・・・違う、違うから・・・私じゃ、ないから・・・・」
―――神子。傍にいる。我は常にそなたの元に、だからどうか、泣かないでおくれ。
「違うよ、白龍・・・違うから。私じゃない、私の傍にいなくてもいいから、早く、あかねちゃんを・・・あなたの本当の神子を、喚んで・・・」
―――神子。我が神子は、そなたのみ。
声と共に鳴り響く綺麗な鈴の音色が、静かに、波紋を描いては、溶けてゆく。
※
違うのに。掠れた声と共に、目尻からほろりと何かが伝い落ちる。
ぱちぱちと瞬きをして、滲む視界をクリアにすると木目の天井がやはりぼやけたまま見えた。しばらく夢の余韻に浸るように黙して天井を眺めていたが、溜息を零して耳まで流れた涙の乾いた跡をごしごしと擦る。それから見渡した周りはいつも寝起きしている梶原の屋敷とは違っているように見えた。・・・なんか、部屋が、違う?
ぐっと眉間に皺を寄せて一拍。あぁ、と思い出した。・・・そっか。私、1の方の時代に飛ばされたんだっけ・・・?あはははは・・・・・ゆ、夢じゃなかったのか・・・・・・・・・・・・。
起き抜けに物凄い脱力感と寂寞感を味わい、寝転がったまま、目を隠すように手の甲を押し当て、大きく溜息を零す。まだ濡れた感覚のする睫毛に、生理的なものだろうかと思いながら、少し乱暴に目許を擦り、むくりと上半身を起こした。ぼぅ、としながら見渡した室内は薄暗く、今が何時頃なのか、判断もできない。・・・思えば鞄もないままなんだよね。
最初に飛ばされた時はちゃんと学校に必要なものと個人的に必要なものを揃えてた鞄も一緒だったのに、今回は身一つだ。なんとなく心細い。それにしても。
「なんで、あんな夢を・・・」
忘れる事もなく、覚えている。まざまざと。何度も繰り返される呼びかけ、必死に否定する自分。暗闇の世界、あそこは一体どこなのか。足元の波紋、くるくる飛びまわる八色の輝き、鳴り響く、鈴の音―――。
「神子、神子?私が・・・?」
繰り返される。何度も、何度も。否定するたびに悲しげに、寂しげに、けれど愛しげに、優しく。何度も、何度も囁いて。あれが本当だとするのならば。だとするの、ならば、私は――。
「いやいやいや、ないないないないない。絶対ないって有り得ない」
夢だ夢。あーれーはーゆーめー。ぱたぱたぱた、と顔の前で手を振って全力否定に走る。
うんだってほら私はこのゲームがあるところの人間でー3の時だってめっちゃくちゃ部外者だったしー?ドリームみたーいとか思っても夢主人公みたいに行動する気ゼロだったし?
ふっつーに屋敷でのほほんとしてたもんねぇ。ほらほら全然主役っぽくないって。というか遙かなる時空の中でにはちゃんと神子様いるじゃん?キャラ立った神子様がさあ。そこでなんで私が抜粋されなきゃならんのだ。誰も望んでないってばそんな厄介事。よーしほら全然主役要素ないじゃないか。うんきっと何かの間違い。星の姫だって間違えることぐらいあるさ。ほら、きっと異世界人っていう気配のせいで間違えたんじゃない?結構切羽詰ってそうだしね、今の京は。焦りからの間違いってのも有りうる。
そうに決まってる、と納得して、よいしょ、とかけ布団を退かす。そのままきょろきょろと辺りを見渡し、枕元の服を見つめた。あ、ちゃんと着替え用意してくれてるー。這うように枕元に置いてある箱の中の服に手を伸ばすが、ふと触れる前に首を傾げた。
「そういや女房の人・・・何時の間に部屋に入ってきてたんだろ・・・?」
昨日寝るまではこんなものなかった気がするので、つまり私が寝てから入ってきたというわけで。うん。全っ然、気がつかなかった。まあそんな気配に敏感っていえるほど敏感じゃないし、寝てたら気づかないかもしれないけどさー。
でもこんな見知らぬところで寝ようと思ったら結構眠りが浅いから、割りと物音で目が覚めそうな気もする。うーん?それともあの夢のせいか?首を傾げながらもしゅるりと帯を解き、寝巻き用の薄い単を脱いでいく。
あぁにしても、この後また藤姫と、あと友雅さんとかと堂々巡りせにゃならんのか・・・。私の主張が変わらないように、藤姫とかの主張も変わらないのだろうか。というかいい加減神子じゃないと気づいて欲しい。しかもその堂々巡りの果てに、またしても昨日みたいな険悪なことになったら私胃痛を起こしそうだよ・・・。ふ、と口角を持ち上げて用意された着物に袖を通す。とはいっても下は相変わらず私の制服のスカートなのだが。
「あ・・・結構裾長い?」
上に着る水干?の丈が結構長い。あかねちゃんのように短い場合、制服がワンピースでないとすこぶる格好が可笑しいわけだが、どうやらその辺りはちゃんと考えていたらしい。
どちらかというと2の神子様、花梨ちゃんの格好とよく似ている。長い丈を軽く引っ張り、袖を持ち上げる。たっぷりとした余裕を見て、色は淡い桜色なんだなぁ、としげしげと頷いた。
相変わらず、着物の柄は綺麗だ。そっと刺繍を撫でて感心しながら、そろそろと立ちあがった。息を潜める必要性は皆無なのだけれど、やたらと静かな部屋と、やはり慣れない場所ということも相俟って、僅かな緊張とともにそろりと御簾をからげる。覗きこむように廊下に顔を出し、朝の冷たくも爽やかな空気に思わずほっと吐息を零した。
「・・・いっそこのまま逃げたい・・・」
思わずそう呟きたくなるほど平和な普通の朝である。まじで、このまま何事もなかったかのように平凡な日常に戻りたい・・・。戦があっただろう3の時代より波乱万丈ってどういうことだコラ。
「帰りたいよぉ・・・」
無論自分の家に帰りたいのは山々だが、せめて極々平和な梶原邸に帰りたい・・・!!
あそこならこんなややこしいことになんてならなかったし、変なことに巻き込まれないまま、平凡に毎日が流れていたというのに。それにしても神子、神子ねぇ。どうやって私はそれではないと証明すればいいのか。んなもん浄化も封印もできるかよ、ということで怨霊と闘うとか?ムリムリムリムリムリ。自分で死にに行ってどうする。ていうかできなかったら本気で死ぬというか危険じゃん。ばっかでー私。とはいってもできても激しく困るのだが。手っ取り早いのは、やっぱり本当の神子様が現れることであって・・・つまり。
「結局、あかねちゃんが来るまで堂々巡り・・・?」
ガクリ、と肩を落としていると、きしきしきし・・・と廊下の軋みが聞こえ、緩慢に顔をあげる。
寝起き独特の半目を向けると、同時に見開いてあ、と口を動かした。
「詩紋くん」
「ちゃん。おはよう」
にっこり、と朝から素敵なスマイルが向けられて、ちょっと和んだ。さっきまでの鬱々としたマイナス思考が少し浮上する。へらり、と笑って同じくパッチワーク風の狩衣?水干?に着替えた詩紋くんが私の横にちょこんと座った。ふわふわ、金色の髪が相変わらずきれい。
「おはよ、詩紋くん。早いんだね」
「ちょっと緊張して眠れなかったから・・・ちゃんは大丈夫?眠れた?」
「んー多分。夢見はあんまりよくなかったけどね」
正直あの夢のせいで寝た気はあんまりしてないんだけど。たは、と笑えば詩紋くんが心配そうに顔を曇らせた。
「夢見が悪いって・・・何か、嫌な夢でも見たの?僕でよかったら聞くよ」
「んー嫌なっていうか・・・わけがわからない夢、かな。大丈夫だよ。そんな心配するほどのものじゃないから。それより詩紋くんの方こそ、平気?大変だったら、部屋でゆっくりしててもいいんだよ」
「僕も大丈夫。慣れないところだから少し疲れただけだし」
「そう?でも、・・・何かあったら、言ってね。微力ながら助太刀するよー」
「うん。ありがとう」
何か、が例えば屋敷の人達による畏怖の視線とか。けれどあえて突っ込むのは何か、傷のようなものに塩を塗り込む気がして、明言は避けた。もしそうだとしても、他のことだとしても。私にできることはないだろうし、できたとしてもそれはほんの微々たるものでしかないだろう。だけどまあ、そうなったらとりあえず近くにはいようかと思う。1人にして欲しいなら別だけど、そうでないなら、一緒にいた方が気も紛れるというものだ。
「それにしてもさー」
「なぁに?」
「これから、どうなるんだろうねー」
「神子って、奴だよね・・・ちゃんが、神子って・・・」
「いや、それは絶対ないと思うんだけどね。あーまたこれからその話しするかと思うと気が滅入る・・・」
うー、と唸りながら足を引き寄せて突っ伏す。どうしたらいいんだ、本当に。まいった。困った・・・できるならば天真が暴走しませんように、これ以上頼久さんと溝深めませんように。細々と祈りつつ、ふぅ、と溜息を零した。
「どうなるか、わからないものね・・・。でも、きっとなんとかなるよ。話せば分かってもらえるよ、きっと」
「だといいけど。というか、絶対私よりも詩紋くん達の方がこれから大変だと思うんだよね」
私が神子ではないと判明すれば、後は真実八葉である彼等が大変なことになるのだ。
膝を抱えて横を向けば、きょとんとした視線に晒される。不思議そうに首を傾げて、僕?と呟く詩紋くんに笑うだけ笑っておいた。・・・言えないよね。うん。言えない。あはは、と笑って誤魔化しておいて、膝に顎を置いたまま前を向いた。つられたように詩紋くんも前を向き、2人して静かな庭を眺めて―――この後を思うと、爽やかな朝に相応しくない溜息が零れる、とんでもない1日の幕開けだった。
※
結果で言えば。
「平行線マンセー・・・」
「元気出して、ちゃん」
神子、神子じゃない、の繰り返しでどっちも譲らず、話しは堂々巡りの頑固さで終わるしかなかったのでした・・・。
がくぅ、と脇息(肘かけ)に突っ伏して脱力していれば、詩紋くんの苦笑混じりの声援が送られる。うっうっ・・・元気になれるものなら即行なっているともさ!だけどさぁ。
「なんでかなーどうしてあそこまで私を神子にしたがるのかなー?」
「それだけ、京が大変ってことじゃない、かな?鬼っていう人達が、京をどうにかしようとしてるんだっけ」
「んーそうなのかもしれないけど・・・あーどうしたらわかってもらえるのかなぁ」
いっそ神子には元宮あかねって人がなるはずです!と言ってしまうか。でもそうしたら天真とか詩紋くんになんで名前を知ってるんだよ、とか、なんであいつが、とか責められそうだし。結局何も言えないまま、神子じゃないと言い張るしかないわけで。ぐおぉぉ・・・マジでループだよループ会話!それに。
「なんか、あそこまで言われると、本気で神子なのかもって、思えてくるよね・・・」
「ちゃん・・・」
「違うと思う。違うんだって、そう思ってる。だけど、」
あんなに、必死に。あなたが神子ですって、あなたが神子様なんですって、言われつづけると。真剣な目で、信じて欲しいと、言われつづけると。そうなのかなって思ってしまう。
勿論、そんなはずはないと思うし、認めたくないことだ。だって神子様になるってことは、物凄くややこしいことに巻き込まれて大変な目にあって、怨霊なんてものと対峙しなくちゃいけなくて。怨霊は、怖い物だ。3の時代で遭遇したあんなものと、私が正面切って対峙する?はは、冗談じゃない。そんな目になど遭って溜まるか。それに、京を救うなんて大それた責任は負いたくない。そう思えば望美ちゃんはすごいなー自分から剣取って闘って。
よく初めっから突き付けられて認めてられるよね。私じゃまず信じるところから無理っぽいんだけど。今現在みたく。いやでもこの場合、確実に違うだろうって思うから否定しているだけで。だって知ってるんだから。思いながら憂いに視線を落とすと、不意に低い声が空気を震わせた。
「ほだされんなよ、」
「え?」
振りかえれば今の今まで沈黙してじっと、ひたすらじっと沈黙していた(正直いたんだーってぐらい見事な沈黙ぶりでした)天真が、それはもうくっきりとした眉間の皺を刻んで睨んでいた。剣呑な目つきで、体中から何やら不穏なオーラを垂れ流している。ぶっちゃけとっても怖い。何を怒っているのか、目を白黒させてゴクリと唾を飲むと、天真は苛立たしく語調を荒げた。
「情にほだされるとろくなことにならねぇぜ」
「え、ちょっと、天真くん?」
いきなり、・・・というわけでもないか。元々天真は藤姫と話し合っている最中でも機嫌は悪かったし、昨日みたいに怒鳴ることこそなかっただけであって、雰囲気はそりゃもうピリピリとしていた。
この部屋でも発言こそしていなかったが、不機嫌オーラは感じていた。ただ、こういう時男ってのは大抵沈黙してしまうものなのか、喋りもしないので正直対処に困っていたのも事実。そういう時はある程度相手が落ちつくまで放っておくのが1番だ。
無理に理由を聞こうと話しかけると、余計に意固地になりそうだったし、更に不機嫌になられても困る。という方針で彼のことはひとまず置いておいたのだが・・いきなりどうした。困惑して眉を潜めたのにも気づかないように、天真は舌打ちをして剣呑に目を細める。
「神子だなんだかしらねぇが、怪しすぎる。あいつら、そう言って何か利用する気じゃねぇのか?」
「いや、それはないと思うけど・・・」
「なんでそう言える?特にあのロン毛男。怪しすぎる・・・!」
うんまあ、確かに。あえてそこだけは否定できずに言葉を濁し(ごめん友雅さん。でも正直怪しいよねあの人・・・っ)肩を竦める。天真は拳を握り締めて歯軋りをし、だから、と語尾も荒く言い捨てた。
「このままここにいても、危ないってことだ」
「え。天真、気にしすぎじゃ・・・?」
「どこがだよ。お前だって十分怪しいって思ってるだろ?」
「怪しいっていうか・・・まあ、その。神子だとか言われても信じられないなーとは」
「だろ?そうやって神子神子言って、何かしようとしてるに決まってる」
「でも、あの人達がちゃんを神子って呼ぶのは、京を救って欲しいから、なんでしょ?」
真剣な顔で言い募る天真に私としては、神子という部分を否定したいだけであって、決して彼女達自身がどうのこうの、というわけではないので言葉に窮する。
そりゃ天真にしてみれば見知らぬ場所で見知らぬ人達に、いきなりあんな話をされて(押しつけられそうなのは私なんだが)不信感たっぷりなのはわかるけど。私だって、もしも何も知らなければ天真みたいな疑心暗鬼にかられていても可笑しくはない。可笑しくはないが、それは「もしも」、仮定の話しである限りどうにも。詩紋くんが躊躇いがちに小首を傾げれば、天真は苛々と髪をかき乱して、甘い!とびしぃ、と詩紋くんを指差した。
「それこそ詐欺みたいな話しじゃねぇか。そんなファンタジーの王道みたいな話、信じられるかよ」
「ファンタジー・・・でもすでにこんな世界に飛ばされている時点でファンタジーだよね」
「うん」
言われてみれば確かに王道ファンタジーみたいなものだが、よもや実際のゲームキャラからそんな台詞吐かれるとは・・・なんだかなぁ、と思わないでもない。私からしてみれば、私こそなんでここにいるんだよ、という話しなのだが、まあそこは割愛して。ポリ、と頬を掻いて詩紋くんと顔を見合わせれば、彼もまた今更の様子で頷いた。非常に緩いテンションである。
「だーっ!!お前等危機感なさすぎだっ。なんでそんなにのんびりしてられるんだよ?!帰りたくねぇのかっ」
「帰りたいよ、勿論。決まってるじゃない。でもまあ、なんていうか・・・現実が非現実的過ぎて思考能力が追いついていないっていうか・・・」
「そもそも帰り方すらわからないから、どうすればいいのかもわからなくて」
何を言うか。私ほど現実に帰りたいと思ってる人間もそういないぞ。心外な、とむかっと顔を顰めながらぼそぼそ言えば、詩紋くんも困ったように眉尻を下げた。
現実問題、なにをどうすればいいのかわからないからこうしてのほほん、と傍目しているかのようにしかできないわけだ。方法があるなら真っ先に試している。ないから、なにもできないでいるのだ。大体、私としては方法が一つしかないことを知っているし。
つまり、私ではなくちゃんと本物の神子様が現れて、京を救う他帰る方法はないのだ。後裏技とすればアクラムだが、それはまず不可能だとわかってるので除外している。
はぁ、と詩紋くんと2人で溜息を零せばうぐ、と言葉を飲み込んで、天真はぐしゃぐしゃ、と頭を掻くとすくっと立ちあがった。つられて動きを追いかければ仁王立ちで天真が眉間に皺を寄せていた。・・・なんだ?
「だったら、尚更こんなところでじっとしていられるかよ。帰る方法を探せばいいだろ」
「・・・探すって・・・」
方法も何も、と思いつつそれを言えば今の天真については神経を逆撫でするものでしかないだろう。それにやっぱりこれも突っ込まれたらだんまりするしかないし。
あぁ私、言えないことが多すぎる・・・。口を閉じれば、ふい、と外を向いて天真が歩き出した。詩紋くんが慌てて呼びとめる。
「天真先輩っ?どこにいくのっ」
「帰る方法を探すに決まってるだろう。こんなところにいつまでもいられるかよ」
「でも先輩、当てもないのに・・・」
「じゃあここにいれば見つかるのかよ?!」
まあ神子様が現れる確率はここの方が高いので、ここにいればおのずと帰れるかとは思いますが。――――君達に関しては。激昂した天真に詩紋くんが言葉に詰まるのを眼の端に捕らえつつ、ふい、と顔を逸らす。俯いて、そっと拳をかたく握り締めた。
天真と詩紋くんの場合は、あかねちゃんが現れて、無事に京を救えば、誰とEDを迎えようと現代に戻れるのだ。残る残らないに関わらず。彼等にはその保証がある。
けれど、私は、・・・私は、どうなのだろう?帰るにしてもどこに帰るのだ。私の元の世界?それとも、3の時代に?どちらであるかすらもわからずに。
本当に帰りたいのは、元の世界であるのに。そこに帰れる保証など、何一つない――見えない先。当てのない未来。どうすれば、いい。ぼぅ、と考えても考えてもわからないことを考えていると、不意に視界に二粒の蒼穹が現れてぱちくり、と目を瞬かせた。
「ちゃん?どうしたの。大丈夫・・・?」
「えっ・・・あ、うん。なんでもないよー。あれ、天真くんは?」
やっべトリップしてた。慌ててニコ、と笑顔を浮かべてきょろきょろと視線を泳がせる。
何時の間にやら詩紋くんしかいないんですけど?あっれーもしかして私が考えてる間に何か話し進んじゃったわけ?まじ?
「天真先輩、止めたんだけど、僕達が行かないなら1人でも出ていくって・・・」
「出ていったわけ?うっわぁ・・・」
直情的な。出ていってどうするんだよ、と思いながら溜息を零すとしゅん、と詩紋くんが落ち込んでしまった。止められなかったこともそうだけど、このまま帰ってこなかったらどうしよう、という不安が覗いている。む。というかこのノリでのこのこ帰ってこられてもあれだけど、帰ってこなかったら確かに問題だ。まあ結局面倒見がいいからあの子、なんだかんだで私達を放っておくことはないと思うけど・・・ふーむ。
「しょうがないか。迎えに行く?」
「え?」
「個人的にはあんまり出歩きたくはないけど、このままじゃ天真帰ってこないだろうし・・・それに、もしかしたら本物の神子様が召喚されてるかもしれないしね」
「神子って・・・やっぱり、僕達みたいに異世界からくるのかな?」
「私が神子様だって勘違いされてるんだから、そうなんじゃない?だとしたら右も左もわからない異世界に放り出されてるわけだし、早くみつけてあげないと」
「・・・うん。そうだね。天真先輩も、説得して帰ってきてもらわないと」
「そうそう。なにせここにいれば当面は衣食住の心配はないわけだしねー」
多分世話してくれるだろうし。今のところ私が神子だって思われてるわけで、詩紋くんたちは八葉なんだから。よいしょ、と立ちあがれば詩紋くんも立ちあがる。横に並んで、んじゃ天真と神子様捜索に向かうかねぇ、と腰に手を当てた。というか天真は一応1人でもなんとかなるとして、神子様に関しては本気で見つけないと私が困るのだ。このままじゃ神子様にされかねないし、否定するばかりの無限ループだ。そんな堂々巡り、面倒くさい。
藤姫にいつまでも悲しい顔させるのは胸が苦しいし、かといって折れるわけにもいかないし。あぁ本当に、面倒な・・・。それに、あかねちゃん見つけないと・・結局、帰れないんだものね。ちくしょう、なんで私がこんな苦労をしなくちゃいけないのさ・・・!!
世の理不尽というものを噛み締めながら、できるならこれ以上の騒ぎは起こりませんように、ひっそりと祈っておいた。