暖かな手を頼り、空が泣く日に、あなたと出会う。
ふと気がつけば、暗い場所に私はぽつりと立っていた。夜中なのだろうか、ひどく寒い。
足元が冷たくて、辺りは冷え込んでいた。パジャマで薄着の私は、ぶるりと体を震わせて腕を擦る。・・・はんてん、着てくればよかった。「寒っ」と呟きながら、電気はどこかな、と横に手を伸ばしてみたけど、壁に当たる感触がなく、目を凝らしながら数歩歩く。
我が家なのだ。そんなに広いはずがないからすぐにぶち当たると思ったんだけど、全然壁にぶつかる気配すらない。指先が掠る事も、体全体で激突することも、何かに躓くことも。
下手したら足の小指を打って身悶えしそう、という危惧を覚えながら、真っ暗闇の中片手を上げる、という不自然な形で歩いていた。何度か何もないところで手をパタパタと動かし、その度に空気を掴む。こてり、と首を傾げて上を見上げて、電気はどこだ、と目を懸命に凝らしたけれど、一向に目が暗闇になれてくれないのか、はたまた本気で何もないのか。
電灯に繋がる紐も、もちろん電灯そのものも見えず、えぇー?と首を傾げてぐるりと辺りを見まわした。何も見えませんが。そこでやっとぞくり、と背筋に寒気が走る。
最初に感じた純粋な寒さではなく、恐怖とか、その類の。何も見えない暗闇。
首を竦めて、はっと後ろを振り向いた。なんとなく、なにかいたような気配を感じたけれど、振り向いたところで何もない。よくあるよね。ホラーとか見たあと背後が気になるやつ。
夜中でもふと一人で起き出すと、時折背後に何かがいるんじゃ、という不安にかられて振り向く、ということが。何もないことに安堵を覚えればいいのか、明かりも何もなくて余計に不安を覚えればいいのかわからず、吐息を零して前を向いた。もはや前であっているのかすらわからない。ぎゅ、と自分の腕を掴んで、寒さだけではない悪寒によって立った鳥肌をパジャマの上から擦った。ふぅ、と息を零しても別に白く濁ることはないけど、なんだかとても寒い場所だ。足元は・・感触があるといっていいのかよくわからないけど、とりあえず立っているような感じだから床はあるんだろう、と思いつつこちらもとても冷たくて、片足をあげてもう片足の上に乗せて、擦った。全然暖かくはなかったけれど、なんとなくマシになったような気がする。うぅ・・・なんだ、ここ。自宅、ではない。たぶん。家がこんなに広いはずがない。
歩けばどこかに当たるだろうし、家具にだってぶつかるはずだ。ぶつからないように慎重に歩いていたけど(でもそれはぶつからないように、というよりもぶつかっても痛くないように、だ)何にも当たらないし掠りもしない。まいったな。きょろきょろと辺りを見まわして、溜息を零す。正直いって怖い。別に、暗いから怖いだとかそうじゃなくって(それも多少はあるけど)不気味なのだ。得体の知れない空間。家じゃないならここはどこ。
そう思った瞬間、不安が一気に増大した。ぎゅ、と自分で自分を包むようにして抱きしめ、ぐるぐると消化不良を起こしたようにすっきりとしない何かに胸が詰まる。
気持ち悪い。気分が良くない。こういう時は無理矢理にでも何か楽しいことを見つけるかして気を逸らさなければ、なんだか鬱々としてくるのだ。いっそネガティブ思考のままダークな話を読んでみるとかして、自分から落ちていく事もあるけど。(落ちきったらあとは上がるだけ、が持論である)大抵気を紛らわすものなんてそこらに溢れかえってるから(例えば、ネットとか、テレビとか)そんなに難しいことではない。・・・普通、は。
でも、今は、そんなものが周りにない。ただ真っ暗なだけで、本当に何も。
どうしよう。こういう時は別のことを考えるべきか。楽しいこと?歌?妄想?
・・・そりゃあ得意分野だ。学校に行く1人の暇な時間はそれで時間を潰しているぐらいだ。
危うく考えているキャラの台詞が口から出ることだってある。無論1人で想像して笑いが零れることもしばしば。・・・不審者などとは重々承知。でも自転車漕いでるし登校時間や下校時間など、あまり人と擦れ違ったりしないし、人が大勢いる中でそんなあからさまな態度とる事はないんだから、1人の世界に没頭することを咎められる所以などない。
そこまで考え、思考が脱線しているのが分かり、そうじゃねぇ、と1人突っ込んでから何を考えよう、と日頃巡らしていることに意識を向けた、刹那。
――――――シャン
「ん?」
パッと顔をあげて、辺りを見渡す。今、何か音がしたような気がする。
そう思ってきょろきょろと辺りを見まわすと、ちょっと前までは何もなかった前方に、ぼんやりと白い光が浮かび上がっているのを目に止めた。ぱちり、と瞬きをして光のある方向を凝視する。小さな光は、しかし光には違いなく、私はその光を見つけて思わずほっと安堵の息を零した。ざわついていた心中が、ゆっくりと収まっていく。うーん。やっぱり人間光がないとだめなんだなぁ。しみじみとそう思いながら、立ち止まっていた体を動かして光に向かって歩き出した。いや、だって本能として光のある方向に向かうものでしょ。
暗闇の中、一筋の光明を見出し、寒い寒いとぼやきながら光に向かって一直線に向かう。
――――――――――シャン どこ
――――――――リィン どこにいるの
―――――シャン わたしの
―――リィン 神子
・・・・・・・・・・・・・・・・・なんか近づくごとに音が増していっているような?
ていうかなんの音だろう、これ。鈴?・・・あぁ、鈴の音か。暗闇に一つの光と鈴の音。
一体どんな不思議世界。変な感じ、と思いながらも鈴の音はとても綺麗で澄んでいて、まあ気が紛れるからいっか、とその程度の考えで、私は光の元まで辿りついた。ふよふよと、頼りない小さな光は浮かんでいて、ぼぅ、と辺りを照らしている。まるで蛍の淡い光のよう。暖かい、けど一時の炎と知っている寂しさ。真っ暗闇にぽつんと一つだけ、しかも頼りない風情で漂う光を眺めてそう思う。だってこんな周りに何もない、真っ暗な中で、光はたったこれだけだ。
シャン 神子――――リィン
また、一際大きく、けれどどこか頼りなく。涼やかに、秘め事のように。鈴の音が、辺りに響き渡る。どこからこの音は聞こえてくるのだろう。
そう思いながら、じぃ、とその光を見つめて、ふよふよと漂うそれにそっと手を伸ばした。手の中に包むようにして光を囲い、引き寄せてみる。行動した後で蛍じゃないんだから、と思ったが光は手に包まれるようにして私の胸元でポワ、と明るく光った。
何かキラキラしてるなぁ、と思いながら、照らし出す柔らかく小さな光を眺める。明かりが手元にある、というだけで不安が溶けていくようで、ほぅ、と小さく吐息を零して口元を綻ばせた。
「ここ、何処なんだろうねぇ」
シャン だぁれ
「私、どうしたんだろうね」
リィン あたたかい
「・・・寂しい、ね」
――シャン さびしい? リィン
最後の一言は私になのか光になのか。どちらに向けて言ったのかわからない。
どちらにもかもしれないし、自分自身に言ったのかもしれない。言いきった後、また吐息を零して、光を包んで蹲り、目を閉じた。寂しいところだ。寒くて、冷たくて、怖い。
一人ではいたくないところだなぁ、とそう思う。誰かが、いてくれればいいのに。
そうしたら、こんなに寂しくも怖くもないのに。
「ねぇ、そう思うよね・・・」
――シャン あ な た は リィ―ン
誰もいないから、暖かく明滅する小さな光に話しかける。傍から見たら寂しいというか怪しいことこの上ない格好でも、ここには私しかいない。いる、というかあるとすれば闇と、そして手の中の小さな光だけ。ぎゅ、と抱きしめて、光に額を寄せた。
実態なんてないから、不思議な感じがしたけれど。光はただそこにあって、ゆっくりと明滅するから、不意にじんわりと、目の前が微かに潤んだ。零れ落ちるほどじゃないけど、目の前が滲んで鼻がツン、とする。ぐし、と手の甲で目許を擦り、強く、強く目を閉じた。
何も見なければまだマシかな、と思って俯き、光に額を押し付ける。
堅く目を閉じて、ただ光の暖かさと、確かな明るさだけを、感じとって。
―――シャァン な か な い 、で リイィン―――
一際大きく、鈴の音が、鳴り響いた。
※
パチリ、と瞼が開く。反射的に寝返りを打って、枕元に放置している携帯に手を伸ばした。
まだ眠たくて重たい瞼と、そのせいで若干霞む視界の中で、携帯を片手で広げてボタンを押して操作する。鳴りつづけるアラーム代わりの音楽を止めると、ふぅと息をついて今度こそゆっくりとディスプレイの時計の部分を見た。いつも時間に余裕を持って設定しているので、時計を見ればまだ本来起きる時間よりも余裕がある。なんとなく目許が濡れてる感じがして、ごしごしと目を擦ってから、しばらく布団の暖かさと寝起きという居心地良く且動きにくい状態を堪能していると、静かな室内にザァザァ、という音が満ちてくる。
はっと目を開けて体を起こし、カーテンを開けると窓の外の一面の灰色に顔を顰めた。
ぐっと眉間に皺を寄せ、もぞもぞと布団の外に出れば肌寒い。椅子にかけてあるはんてんを羽織り、机の上の眼鏡をかける。一連の動作をすますと、そっと窓を開けた。
途端に、遠かった音が近くなり、冷たい湿った空気が頬を撫でていく。
曇天の空から、雨がザァザァと降っている光景に顔を顰めて、今日はバスか、と溜息を零した。・・・人込みは苦手なんだけども。得意な人なんてそういないだろうけどさ。
しかし、そうとなったら悠長にしていられない。いつもなら自転車だからゆっくりできるけれど、バスとなれば時間も決まってるし、何より人の少ない時間帯にさっさと乗り込んで座っておきたい。
「面倒だなぁ・・・」
朝はそんなに時間がかからないタイプだからまだマシだけど。学校へ行く準備なんて昨日の内にすませてるし。ようは自分の準備だけなのだ。しかし面倒なものは面倒だった。
雨だとわかっていればもう少し早く起きたのに。あーあ、と思いながら溜息を零すと、ふと今日なんか変な夢を見たような、と首を捻った。・・・よく覚えてない、けど・・・誰かの声を聞いた気がする。しかもなんかすごく聞き覚えがあったような?んん?眉間に皺を寄せて考えるが、喉元まで出かかって出てこない、というもどかしさに、肩を落として溜息を落とす。
きっと起きてすぐに反復しなかったからだな。大抵は覚えてるんだけどなぁ・・・偶にスッポーンと何か見た、というのはわかるのに何を見た、というのが思い出せない事がある。
まあそのうち思い出すかも、と簡単に流すと、いそいそと踵を返した。
※
雨は1日中降り続いた。バスから下りて、すぐさま傘を広げる。バッと勢いよく開いた傘を差して、バスの入り口からそそくさと離れた。私が下りるバス停で終点で、後は反転してバスはまた同じ順路を辿って行くのだ。だから、もうほとんど人などいなかったが(大抵私一人である。偶に数人ちらほらいるぐらいで)なんとなく、道路を横断してバスを振り返った。
まだ出立するまでには時間が余っているらしく、バスはじっと留まっている。
夕方と、ついでに雨ということでいつもより暗い中、バスのライトだけが異様に明るくその周囲を照らしていた。ふっと顔を逸らして、薄曇りの雨を見た。足元の水溜りが次々と波紋を描いてる。軽い、傘を打つ雨音も聞こえる。強いといえるほど強い雨ではなかったけれど、しとしと降り続く雨に肩から下げている補助バックが傘からはみ出て少しだけ濡れていた。
学校指定のそれは防水加工もしているから、少々濡れたところで中身には影響はなくとも、やっぱり濡れていると不安も浮かぶ。・・・一応教科書という紙類が入ってるんだから、不安にもなるよねぇ。ファイルの中身は平気だろうけど。あぁそういや携帯も突っ込んだままだ。
・・・ま、いっか。この制服、携帯をいれるようなポケットの作りしてないし。(いれられるけど、違和感がありすぎる)まあ、あんまり携帯なんて活用してないけど。
いや、それはテレビとか周りとかで見る人達みたく、しょっちゅうメールだの電話だのの遣り取りをしないだけで(ついでにサイトとか回ることもしない。携帯サイトは疲れる)ある程度は活用してますよ。・・・携帯依存症というよりも私はどちらかというとパソコン依存症の方がしっくりくるタイプだからね。(そこまで重度でもないけど・・・いや、割りとひどい方か?)セーラー服のリボンの歪みを直しながら、ぱしゃぱしゃと水を跳ねさせて家路を辿る。
時折後ろからライトが当たるから、出きる限り脇によって、ついでに水溜りがあるようだったら車が通る瞬間にさりげなく傘を下げて跳ねてくる水を防御する。ま、時々タイミングがずれて多少かかることもあるが、概ね平気だ。さっさと傘を差しなおして、雨音をBGMに黙々と歩く。団地の中を通っているからか、車もあまり通らないのが安全だ。やっぱ後ろから車くるのって狭い道だと怖いよねぇ。
スピード落としてるからまぁいいけど。ぱしゃり、と歩いた後跳ねる水を見つめて、ふぅ、と吐息を零した。
――――――シャン リィン
「ん?」
鈴の音・・・?聞こえた声に反射的に足元を見ていた顔をあげて前を向く。
ぽつぽつと糸のような雨が降る中を、傘を少し傾けるとびくっと肩を震わせて目を見開いた。思わず息も詰めて歩いていた足を止める。子供が一人、傘も差さずに立っている。
強くはないとはいえ、傘がなければ少しきつい雨の中を、じっと。ていうか、えっと、・・・コスプレ・・・?えぇーーー。
なぜこんなところにコスプレ少年が?!え、ここ団地!イベント会場でもなければ秋葉原とかその類でもないんだよ!?普通の一般住宅街!むしろこんな少年がコスプレしてることにも驚きだぁ!そしてこんなところで鉢合わせてる私にも驚きだぁ!
ぎゅ、と傘の柄を握り締めて、私は不躾なほどマジマジと目の前に佇む少年の、頭から爪先までをじっくりと眺めまわした。間違い様もなくコスプレである。傍目から見て、鬘とは思えないほど綺麗な白髪の髪は長く、腰辺りまで伸びている。思わず地毛ですか、と尋ねたくなるほど綺麗な髪は、この雨のせいか、どこかくすんでいるようにも見えた。
暗いからなぁ、周囲が。まだ明るい範囲だけど。そして、格好はなんというか、チャイナ?・・・簡単に言えば、遙か3の白龍(小)の格好なのだけれど。市販のものってあったのかな。手作りにしては・・・細部まで事細かいというか、プロが作ったみたいだ。
少なくとも素人が作るコスプレ衣装ではない。・・・・・・・・・親、とか、やらせてるのかなぁ?
イベント会場で見ればまだ微笑ましいというか、可愛い!!で終わるものを、こんな一般人がいつ見かけるともわからないとこで着るだなんて・・・。常識がないぞ。
うわぁ、有る意味素晴らしいコスプレに感動するべきかヤバイぞおい、と心臓を(悪い意味で)ドキドキさせるべきか。いや、すでに心臓は(悪い意味で)ドキドキしていますけどね。
怖くはないけど、怪しいよね・・・。相手が子供だからまだしも、これで大人だったら私どうすればいいのかわからなかったよ。(今でも十分わからないけど)突然の遭遇に、困惑しながらまあ無視すればいいか、とさっと目を外してその脇を通る為に足を動かす。
しかし、数歩歩いたところでまたチラリ、と少年を見ると、少年は微動だにせずそこに佇んでいた。・・・・・・・私を見ているのが、わかる、けど。びく、と肩を震わせてぎゅう、と柄を握り締める。パッと顔を逸らして、うわああぁぁ・・・と内心で頭を抱えた。
・・・雨に濡れているのが気になるけれど、でも声をかけるのもかなり勇気がいるというか。
早く家に帰りなよ、というべきか送るべきか。自分の中の良心的部分がそう声をあげて、思わず眉間に皺を寄せる。個人的には、関わりたくない。だけど、相手は子供だ。
そう思うとサッパリ無視をする、というのが、なんとなく居た堪れない。
あぅぅ・・・声をかければたぶん気持ち的にはすっきりする。逆にかけなければ後悔、とまでは行かずとも気にはなる。・・・・・・・・ど、どっちを選ぶ?!自分!!あぁチキンな私!
本気でどうしよう、と悩んでいると、不意に、ぽつりと声が聞こえた。
落としていた視線をあげて、少年を見つめる。じぃ、と見上げてくる顔に、私は驚きに目を見張った。やっとまともに少年の顔を意識に留めたわけだが、それにしても可愛いとか似ているとか、そういう次元の話じゃない。てかそもそも、ゲームキャラに似ている人間なんてそういない。だってあれは、「キャラ」として描き出されたものなのだ。そんなものに似ている人間がいるわけがない。まあ、なんとなく似てるかなぁ、ということはあったとしても、それは雰囲気や性格の話。人間が人間を真似るように、人間が人間に似るように、造作が似るなんてことはまず有り得ない。それは、普通の人の顔ではない。現実の人の顔では、ない。
まるで、ゲーム画面のそれをそのまま持ってきたかのように、立体感はあっても、それは現実的な人の顔では、なかったのだ。そう・・・・白龍というキャラそのままの、それが、そこに佇んでいたのだ。
「あなたは・・・・」
「えっ?!」
声までそっくり?!大谷さん!?明らかに対象・・・この場合私に視線を向けて、そう呟いた少年に、肩をびくりと揺らして少しだけ後退った。パシャン、と水が跳ねて、靴に水がかかる。ひくり、と喉を震わせて、ひたりと目を合わせてきた少年を見つめ返した。
「あなたが―――」
―――――リィン なかないで
「私の」
―――シャン まもるから
「神子――――・・・・」
シャァァン やっと、あえた。 リイィィン
少年が呟くと同時に、一際高く、大きく、鈴の音が響き渡る。呆然と手を差し伸べる少年を見つめていると、不意に辺りが白く輝き出した。そして、後ろからドドドドド、というあまり聞き慣れない音が聞こえ、目を剥いて後ろを振り返った。
「なっ――――?!」
悲鳴を上げきる前に、いきなり迫った激流は情け容赦なく襲い掛かり、私の体をその白く泡立つ冷たい中へと飲み込んだ。
冷たい水が全身を絡めとり、地面についていた足が容易く離れると上下の関係なくぐるりと体が回転する。もがくように手足をばたつかせて、上下感覚が狂ったまま必死に水面を目指した。多分、水面に出られたのは奇跡だ。ガボッと口の中に入ってきた水を吐き出しながら、水面から顔を出したとき、懸命に酸素を肺の中に取り込みながら目を白黒とさせた。
助けて、と、口を開ければ、それをさせまいとでもするように開いた口の中に飲みたくもない水が容赦なく入ってくる。げほっと咽ながら、押し流される激流にただ流されるだけで。水中に引きずり込まれないようにするだけで精一杯だ。突然濁流に飲み込まれるなんて、一体、何が起こっているのか。
「だ、誰か・・・たすけ・・・・っ!!」
溺れ死ぬ?!いやていうか、何が起こって・・・・・っ?顔にばしゃっとかかる水飛沫に顔を顰めながら、懸命にそう叫ぶ。一瞬体が沈み込んで、また浮かんで。
目の前がぐるぐるする。あぅ・・・ヤバイ・・・。
「・・・・い!・・・・・・を、・・・の・・・・せ!!」
・・・なんだろう?なんか、声が聞こえる・・・・。しかしながら、ドドドド、という凄まじい轟音に半ば掻き消されるそれを、はっきりと聞き取ることが出来ず。ずぶずぶと意識が沈んでいく。あぁこれ死亡確定?
「・・・っ!・・・・り・・・ろ・・・・・・くっ!!!!」
「・・・・い・・・さん・・・っ・・・・・、・・・・・だ・・・・いっ!!!!」
終いには、水の音すら遠くなっていく。体から力が抜けて、視界が・・・・・真っ白に、覆われた。ただ、最後に。なんだかとても嬉しそうな声が聞こえた気がしたけれど。
それが誰なんだろう、なんて考え、私には浮かび様がなかったのである。