午睡
なんだなんだ何があった驚きだというか驚きよりもいっそ呆れた方がよいのかとりあえず私にどうしろというのかそういえば薄っすらと曖昧な夢の中で妙な話し声が聞こえた気もしたような気がしなくもないそうそれは関智さんの声やら三木さんの声やら井上さんの声やら直純さんの声やら宮田さんの声やら中原さんの声やら保志さんの声やら石田さんの声――起きた現在の状況でいうのなら即ち八葉面子の声であったと理解できるが、果たしてそれがなんの解決になるというのか。
「・・・謎だー・・・」
寝起き独特のどこかぼんやりとした声で、やはり寝起きのせいでぼんやりとした頭で、首を捻る。いつの間にやら体にかかっていたかけ布を握り締めて(誰がかけてくれたんだろう)何故か雑魚寝している一同を見渡す。寝方一つにもそれぞれ個性が伺える辺り、お前等もう少し自重しろ、とろくでもない一言で内心突っ込む。将臣はまぁまだ想像できるからいいとして、何故その他一同がこんなところで雑魚寝?さすがに隣で寝こける輩らはいなかったが(だって私の隣は朔と白龍で固められてる)同じフィールドで横たわっている者、廊下の柱によりかかって寝ている者、となんていうか異様という他ない。むしろありえない光景じゃないかこれ。本当に何があった。睡眠薬でも飲んだの皆。八葉と神子と龍神がいっしょくたに雑魚寝している光景の異質さに慄き、私はしばし沈黙を守った。すぅすぅと健やかな寝息をたててるのは微笑ましいけれど、場合が場合だ。奇妙奇天烈謎の固まり。とりあえず近くに横たわっている将臣とか九郎さんの顔を覗き込んでみた。まだ夢の中の朔と白龍を起こさないようにそろっと、そろーっと間から抜け出して抜き足差し足忍び足。美形は寝てても美形であるというか寝顔なんざ見やしないからものすごく新鮮だ。九郎さんあどけない顔してやがるー。続いて仲良く並んでる若き恋敵共。でも残念取り合う人がいないので年少組と言わせてもらう。こっちは顔がやっぱり幼い。こうしてみると年相応に見えるもんだ。特にヒノエ。お前もうそのまま黙っとけ。
「ヒノエの寝顔は貴重だのー」
写真とりたいな。携帯がないのが残念だ。でも隣の敦盛さんの寝顔とか譲の寝顔とかもものすごく美味しい。ちきしょー美形だよ好きだよお前等の顔。起きるかもしれないと思ったが予想外にも深い眠りらしく、誰一人起きやがらない。心許してるのは別にいいんだけど、主戦力が皆こんな抜けてていいのかしら。十分じっくりと寝顔を堪能してから次に移動。
次こそ心の底から警戒しなくてはならない人の顔を覗き込む。なんていうか覗き込んだ瞬間寝顔を盗み見るなんていけない人ですねとかいってにっこり微笑んできそう、と予想したが反してなんの反応もない。油断したところでパックリとくる戦法か、時間差か?!と思ったが、しばらく待ったところ、とりあえず反応はなし。寝息もすうすうと至って変わりなし。
私に弁慶さんの狸寝入りが見破れるとは思わないが、これで離れようとした時に何も起りませんように、と祈っておいてとりあえず麗しいご尊顔を舐めまわすように見てみた。(表現に語弊あり)
「素敵な寝顔だこと」
得した気分でそう呟き、さて次は柱によりかかってる景時さんだー!とホントに細心の注意を払って弁慶さんから一歩二歩と離れていく。どうやら彼も本寝入りしているらしい。
驚愕だ。何か特別な要素でも加わっていたのだろうか―――思えば私が昼寝を始めた頃から人が増えていったのね、とぼんやりと思う。今度はさして警戒をせずに景時さんの横にしゃがんで、あどけないというよりもこちらは大人びたしかし警戒心のない寝顔を堪能する。
前髪下ろしがみたいなーと思いつつ、ふともう1人いなくね?と首を傾げた。
残念、あと1人でコンプリートだったのに。振りかえって部屋の中で転がっている面子を眺めてみるが、やはり1人いない。リズ先生だ。うーん。見てみたかったけど、野宿でもないのに人前で寝入るのは想像しにくいので(いやそりゃ皆ある意味そうですけどね?)納得して、立ちあがる。空を見ればもう太陽もかなり傾いていた。もうすぐ夕暮れ時だろうか。まだ時間はあるけれど。
「わけわかんないなぁ・・」
なんで皆ここで昼寝なんざ始めたのだろう?と首を傾げると、不意に衣音が聞こえ振り向く。誰か起きたのかな、と思ったが振り向いた方向は廊下の先で、そこに立っているのは今しがたいないと判明した――リズ先生その人だ。
「リズ先生・・・」
「起きたのか」
声を潜めて名前を呼ぶと、やはり顰められた声で返される。こくりと頷いて周りに注意しながらそろそろとリズ先生の元まで歩いていった。一種の緊張感と静寂に包まれながら、私は首を反る。
「色々と尋ねたいんですけど、ここで話すると誰か起きそうなので台所に向かいましょう」
「何故台所に?」
「時間的にそろそろ仕込み等を行わないと夕飯に間に合わないからです」
いつもは譲が用意してくれるんだけどね。現在あの通りだから。ちらりと視線を流して答えると、心得たようにリズ先生が頷き無言で踵を返す。足音とか一切たってないのは流石だよ!これで床板が鶯張りだったら徒労だっただろうけどな!そしてその後をちょこちょことついて歩く。大人と子供。親と子。そんな感じに見えるのかしら、と思いつつある程度寝こけている彼等から離れて大きく息を吐き出す。起こしちゃいけない、という強迫観念はやっぱり緊張を強いられるもんだなぁ。
「で、なんであんな状況に?私が記憶しているのは白龍と朔までなんですが」
「・・・今日は、いい陽気だったからだろう」
「それで全員同じ場所で雑魚寝ですか」
それはどうなの?むしろ有り得るの?有り得ちゃったわけなんですが、俄かには信じ難い。
そんな気持ちで顔を顰めて、いっそ起きた時慌てふためく奴等が楽しみだ、とそう思った。
あぁ――寝起きのせいで変なテンション。
「どういった経過があったのか詳しく知りたいです」
これは聞いておかなければならんでしょう。そんな気持ちで問いかけると、リズ先生は微笑ましく瞳を和ませ、遠くを見た。でも結局遠くは見るんだ。