そして、目が覚めたら、
町のどこかで怨霊が出たとかどうとかで神子様ご一行が討伐に向かって約半日。
無論私はお留守番でついていく気もさらさらなくて、ていうかついていったところで足手まといどころか命の危機の予感がビシバシしていて、とどのつまり一般人は引っ込んでろってことなわけなのです。
まぁ、私がついていくといっても多分八葉の皆が許してくれない気がするけれども。九郎さんとか。戦えない奴はいらん!とか言いそうだし。戦えなくて結構!って、言い返せないけど心意気はそんな感じだ。なので大人しくどこに出かけるでもなく屋敷の中でのんびりしていたら、どたどたと廊下を慌しく走る音が聞こえておや、と眉を動かす。
やることもないから字の勉強として開いていた教本にしおりを挟んで閉じ、よっこいしょ、と座り続けて硬くなった筋肉に違和感を覚えつつ声を出して立ち上がる。そのまますたすたと廊下の外に出て、どたどた騒がしい方向に向かうと何やら嫌な空気を感じて眉を潜めた。
・・・・気持ち悪い。むっとした湿気を感じるような、生温いというかそんな空気を感じるような、暗く澱んでどろりと腐ったような、とにかく不快な空気が向かう先から漂ってきている。
途端まるで嗅覚に不快な臭いが突きつけられたように、反射的に吐き気を覚えて、口元に手をあてる。うえ、とえづくが特に胃の中から何かが競りあがってくるでもなく、しかし圧迫感を覚えて口と腹部に掌を押し当てた。
「なに・・・?」
なんだろう、この気持ち悪いの。突然の不調に首を傾げながら、そろそろとその発信源とも呼ぶべき方向に向かうと、玄関口で騒がしくしている八葉を見つけた。
そのちょっと見ないような慌しさに、一瞬気持ちの悪さも忘れてきょとんと瞬く。え、なんだこの騒ぎ。ぱちぱちと瞬きを繰り返して、何かを中心に囲んで慌てた様子を隠すこともしない彼らにそろりと近づくと、その中心でこちらに背を向けていた小さな人影、まぁ白龍なんだが、が、勢いよくこちらを振り向いた。
白銀の髪が勢いよく踊って、丸い大きな金の瞳が真っ直ぐぶれることもなく私を捉える。完璧にこちらに背を向けていたし、九郎さんに抱えられている――あれは望美ちゃん?――人に気を取られていただろうに、よくまぁ私に気がついたものだな。
その俊敏な反応に驚きながら目を見開くと、白龍は少々青褪めた顔から更にさっと血の気を引かせて(貧血になるよ?)、悲鳴のように叫んだ。
「、きちゃだめ!」
「へ?」
突然の静止の声に、思わず足も止まる。ついでとばかりに間抜けな声も出してきょとんとすると、白龍は九郎さんに抱えられてぐったりと力なく倒れている望美ちゃんを背中に庇うようにして、両手を広げた。いや。私別に望美ちゃんを襲ったりせんよ?なんで警戒されてんの、と思いながら、さすがに尋常じゃない望美ちゃんの様子に、白龍の静止の声も忘れてどうしたの!?と近づこうと、して、
「あ、れ、」
ぐらり。膝から力が抜けて、目の前がぐっにゃぐにゃに歪む。まるで渦を描くようにして回る世界に瞬きを数回。繰り返すうちに目まぐるしく変わる風景。声が遠い。意識が遠のく。あれ、なんでだ?
ぷっつり。
テレビの電源を切ったみたいにそんな音が聞こえて、全部がブラックアウトした。