この先もお前から目が離せそうにない
燦燦と降り注ぐ太陽。肌を撫でる仄かに花の匂いのする風に、小鳥の囀りも耳に優しく穏やかに届く。久しぶりに全身で外の空気を感じ、知らず強張っていた体を背伸びするようにうん、と伸ばすと、バキバキと骨が鳴る音がした。筋が伸びて肩から力を抜くと、筋肉が弛緩して一層落ち着く。素足を縁側から投げ出して軽く揺らしながらほう、と吐息を零すと胸一杯に清涼な空気を吸い込んだ。
あーやっぱり外っていいんだなぁ。引きこもりすぎるとやっぱよくないね、うん。
狭い一室から外にでた開放感は計り知れない。引きこもっていたことをそんなに苦に思っていたわけではないけれど、やはり外に自由に出れることと強制的に一室に押し込められることでは心情的にかなりの差異が生まれることは間違いない。
意識していなかったが、それなりにまいってたんだなぁ、と暖かな陽光に目を眩ませながら庭を見渡せば、ぎし、ぎし、ぎし、と床板を踏む軋んだ音が穏やかな廊下に響いた。
なんとはなしに音のした方向を見やれば、お盆にお茶とお菓子を乗せた朔が、はんなりと微笑んでこちらに向かってきている。そのまま座って待っていれば、すぐ傍まできた朔がすっと膝をついて、私の横にお盆を置いた。
「譲殿がお菓子を作ったの。が元気になったお祝いにって」
「そんな気を遣わなくてもいいのに・・・」
にっこりと笑って、譲作のお菓子・・・今回は珍しくも和菓子らしい。しっとりつやつやの餡子が実に美味しそうなおはぎを受け取り苦笑を浮かべると、朔がしょうがないじゃない?と少し茶目っ気を出すようにふふ、と笑みを零した。
「もう何日寝込んでいたと思っているの?皆心配していたんだから」
「その節はご心配をお掛けしました・・・」
いや、しかしあえて言おう。不可抗力だ、と。なにしろ自分の不注意からなる自業自得ならともかく、穢れなんていう二次的要素から降りかかった体調不良など自分ではどうしようもないではないか。だがしかし、基本自分に非があることではないとはいえ、心配をかけたのは事実だ。入れ替わり立ち代り、決して暇ではないだろう彼らが顔を覗かせていたのは事実だし穢れを早期に払えるように方々手を尽くしていたらしいことも会話の中から朧げに察してはいる。ここは大人しく頭を下げておき、おはぎを箸で切るとぱくりと頬張った。
甘すぎない餡子ともちっと粒の残るもち米が実に美味しい。これでちょっと渋めのお茶なんぞずずっと啜ったら、そりゃもう至福の一時といっても過言ではない。
「美味しい・・・」
「譲殿にお礼を言っておかなくてはね」
「うん。後で言いに行く。それにしても、外ってやっぱりいいもんだねぇ」
しみじみと呟けば、朔もお茶で唇を湿らせながら、そうね、と浅く頷いた。
「ずっと部屋の中にいたのだもの。余計にそう思うのも仕方ないわ」
「苦ではないけど、やっぱり息詰まる感じはするからね。どうせだから近いうちに屋敷の外を散歩もしたいなって思ってるんだけど・・・」
「誰かが一緒に行くならいいわ。勿論、外に出るのはもうしばらく後よ?」
「了解」
話の中にさりげなく要望を取り入れれば、朔もさらりと条件付で返してくる。ふふ・・・一人で散歩したいっていう要望はさすがに通らないか・・・。ついでにすぐに出るってのもやっぱりダメだよなぁ、と予想の範囲内の返答に軽く返事を返しながら、誰についてきてもらおうか、と思考を巡らせる。別に八葉でなくてもいいんだから、使用人の人でもいいよねぇ。
仲の良い人に話してみようかな、と思っていると、それを見抜いたかのように朔がピシャリ、と口を開いた。
「言っておくけれど、できるだけ兄上達に頼むのよ?何かあってからでは遅いのだから」
「うぇっ。でも、皆忙しいだろうし・・・使用人の人じゃダメなの?」
「何かあってからでは遅いって言ったでしょう?そういうことに対処できる人間でなければ安心して外を歩かせられないわ」
「そんな滅多なことがあるとは思わないけど・・・」
それは過保護に過ぎるというものでは?確かに何があるかわからないのが人生とはいえ、いきなりそんなスリルとショックとサスペンスに満ち溢れたような犯罪に巻き込まれることもないだろう。そんなことに巻き込まれる確立がどれだけあるというのか。
主人公である望美ちゃんならば、なにかしら巻き込まれる可能性が高そうだが、私はといえば・・・うん。事件とは縁遠い脇役だ。巻き込まれるものか、と思うのだが、私の気の抜けた呟きが朔にはそうとは取れなかったらしく、きゅっと眉を潜めてじろ、と目を剣呑に細めた。びくっと、思わず肩が跳ねる。び、美人さんが凄むと怖いよ・・・!
「そんなこといって、穢れに当たったのはどこの誰かしら?」
「あ、あれは不可抗力で・・・!そもそも大本は望美ちゃんでしょ!?」
私が別に貰ったわけじゃないってのに!いうなればとばっちりであって、やっぱり私に何かがふりかかるとは思わないんだよ!すでに異世界トリップっていう神経疑う事態に陥っているとはいえ、これ以上のことなどそうそう起こるはずがないし。
眉を下げれば、朔はおはぎを箸できりながら、ふぅ、と溜息を吐いた。
「そういう不可抗力がないとも言い切れないのだから。いい?直接的でなくても、もしかしたら何かに巻き込まれてってこともあるのよ?望美は剣が使えるからまだいいけど・・・は、そういうことは何もない、でしょう」
「うっ・・・そう、だけど・・・あぁわかった!わかりました。八葉の誰かにお願いしてみます」
心底心配そうに、眉を下げて言われればそれ以上の反論など口にできるはずもない。
溜息混じりにでもダメだったら使用人の人に頼むからね、と言えば、朔はにっこりと笑ってえぇ、勿論、などと返してくる。まるでそんなことは有り得ないとばかりの笑みだったが、気にしないでおこう。
あの人たち基本的に目立つからあんま外で一緒にいたくないんだけどなぁ、と思いつつずず、と香ばしいお茶に口付けた。
「でもは剣を持とうだなんて考えないでね」
「あははー有り得ないね!」
そんなこと、天地が引っ繰り返ったって有り得ない!笑い声をあげれば、朔は眉を少しだけ寄せて、そうね、と微笑んだ。