ただ、願うことは
私は、最低の人間だ。
その苦痛を、悲痛を、重みを、責任を。知っていながら、わかっていながら、二度と味わいたくないと思っていながら、それでも押し付けようとしている最低の人間だ。
自分はそんなの真っ平御免だと、二度と背負わせるなと目を背けて逃げ続けていた癖に、他人にはそれを簡単に押し付けようと言うのだから、本当に最低最悪の性根の持ち主である。これじゃあ先生のことを悪魔みたいだとか悪魔そのものだとか鬼だとか鬼畜だとか最低人間だとか、言えたものじゃない。きっと、今私がしていることは今まで先生がしてきたことよりもずっとずっと酷いことに違いない。わかっているのに、痛いほど、自分でそれを、わかっているのに。それでも、あぁそれでも。
「せ、ん、せ、」
今私は笑っているのでしょうか。それとも苦痛に歪んでいるのでしょうか。そんな余裕もなく、虚ろでいるのでしょうか。そのどれもが最早私にはわからないことではあるけれど、もう、言葉さえ、満足に紡げないのだけれど。
「ごめ、な・・・さ、・・・」
こんなことをしてごめんなさい。押し付けてしまってごめんなさい。背負わせてしまうことが、本当に、本当に申し訳なくて。こんなくっそ重たくて無駄で無用で理不尽なもの、いくらマリアン先生だからって、背負わせる気さらさらなかったのに。
あなたは強いから、きっと大丈夫だと思ってしまうけれど、だけど本当に大丈夫かなんて他人にはわからないから、だからあなたにだって、こんなもの、押し付けたくなかったのに。
「よか、・・・っ」
本当に申し訳なく思ってるんです。それは本当なんです。自分がされて嫌なことは他人も嫌に決まってるから、本当に心の底から謝りたいのに、それでも。
それでも、あなたが無事ならそれでいいとも、思ってしまうんです。あなたが強いことは知っていて、ちょっとやそっとのことでどうにかなるはずもないことは知っていたけど、それでもいなくなることが嫌だった。
やっと会えたからまた離れることが怖くて、あんな喪失感、もう二度と味わいたくなくて、馬鹿みたいでしょ?何生意気言ってるんだとか、らしくないことしてるんだとか、そう思うでしょう?私も自分ですっごい馬鹿なことしたなって思うんですよ。むしろ自分こんなことできたんだなって自分のことながら驚いているというか。びっくりです。自分自身が信じられないぐらいです。絶対こんなことできないと思ってました。できる人間すごいなって感心する側であって、そんな人間早々いやしねぇよ、とまで思っていたぐらいなのに、やればやれるものなんですねぇ。いやでも、あれですよ。うん。条件反射?むしろ脊髄反射?考えるよりまず行動?人間、いざという時にはなにやらかすかわかったものじゃないですね。
「あ り、 が、・・・ご・ざ ・・・っ 」
言いたいことはもっとたくさんある気がするのに。
言わなくてはいけないことも、もっとたくさん、探せばあると思うのに。
けれど言葉にできるのはたったこれだけで、たったこれだけにどれだけのものを籠められたのかすらわからない。考えているようで、その実何一つまとまってなどおらず、ただ浮かんだ単語を羅列しているだけのような無意味さで、私は何一つあなたに返せないままだ。ごめんなさい、ありがとう、無事でよかった。月並みな台詞を、満足に言えもしない滑稽さを、できれば笑ってくれればいいと思う。きっとあなたが泣くことなんて万に一つもないだろうけれど、もう、その顔すらよく見えないけれど。
あぁ、私を呼んでいますか?ごめんなさい、返事をしたいんですけど、もう声も出せないんです。怒られるかな。怒られそうだな。でもまぁ、しょうがないよね。それだけのことはしたし、してるし、怒られてももうどうにもならないし。
赤い悪魔だの鬼畜だの性格破綻者だの、それはもうひどい名称が並ぶそれはそれはぶっ飛んだ人でしたが。私も正直なんでこの人なんだとかもうちょっとマシな人に拾われたかったとかついていく人を間違えたなぁとか色々思うことはあるんですが。こんなことに巻き込まれて、こんなとんでもないことを巻き起こして、きっと、私が避けなくちゃいけない、私が「平穏」を望むなら、あなたは一番「選ぶ」べきじゃない人だったのに。
それでもあなたは私の拠り所で、こんなわけのわからない小娘を傍に置いてくれて、くっそ面倒くさい依存心なんかも放置してくれて、私は、きっと、
「」
どうか、叶うことなら。
「逝くな」
あなたの傷にだけは、なりませんように。