目覚め人の思いは何処をさ迷うか



 色々と言いたい事はある。あぁ私に平穏無事という言葉はないのね、とか。今後なんとか危険なことはスルーできないだろうか、とか。むしろなんでこうも平穏平和平凡という言葉が遠ざかっていくのだろうか、とか。あれほどなんの変哲もなかったはずの己は、いつの間にこんな波乱万丈が通常スキルになってきたのだろうか、とか。言いたいことは色々とあるけれども全て詮無きこと。現状と共に諸々を飲み込んでようやく人心地ついた頃、ばらばらと解かれているややうねりの見られる髪に目を留めて、あぁ、と頷いた。
 寝ていたからだろうか。いつもは緩く結わえている髪がほどかれていると長さも相俟って酷く鬱陶しい。背中や首筋に絡みつくそれを手で払い、軽く纏めて握り締める。
 昔、それこそこの世界にいた頃はこれよりも長かったんだよなぁ。あれは本気で鬱陶しかった。せいぜい腰の長さまでが許容範囲だろう、と悪態を零しつつ、ばらばらする髪を纏めるために視線を巡らした。結わえるもの、結わえるもの・・・あれ?思わず首を傾げて、慌てて枕元を探る。しかし手の先にも視線の先にも目的のものが見つからず、一瞬どくりと心臓が跳ねた。握り締めてた手を離すと纏めていた髪が音をたてて背中に広がる。

「どうした
「あ、うん・・・ねぇ水樹。私の髪飾りを知らない?」

 寝ていたのだから解かれているのは当然にしても、その解いた後のものはどこに置いた。怪訝な水樹の問いに困ったように首を傾げると、水樹もそういえば、と目を丸くした。・・・嫌な予感がする。そういえば今更だが服装も変わっているな、と気づいて一端探す手を止めるとまじまじと衣服を見下ろした。最初はそれどころではなかったから頓着していなかったが、現代ではあまりお目にかからない、恐らくはこの世界独自の衣装に眉を潜めて弄くる。これは・・・誰かが着せてくれたのかはたまたご都合主義の自動チェンジなのかどっちなのだろう。どっちにしろ私の服は何処いった、ということなのだが・・・。
 しかしこの世界にこの衣装はありなのか?淡い桜色のスカートに、ひらひらとひだを作る広い袖。スカート丈はミニスカートもかくや、という丈ではないが通常己が身につける分ではあまりない程度には短かった。なんだか足元が心もとない。シーツの上を滑る素足に、あとで下に短パンかスパッツを穿こう、と思った。あるならば、だけれど。
 難しい顔でうりうりと服を弄っていたが、いきなりチェンジしたものがそうやって前の物に変わるわけでもない。まぁこんな格好になっているということは、この服がここでは普通なんだろう、と思うことにしてそれよりも、と首筋に纏わりつく髪に触れて唇を引き結んだ。
 ・・・服が変わったということは、もしかして身に着けていたもの全て変わってしまったということなのだろうか?ない、ということはそういう可能性も有りうるかもしれない、と銀糸を指先に絡めて軽く引っ張る。別に、なかったらなかったで、それは仕方のないことだ。
 なくて本当に困る、ということはない。たかが髪飾りの一つや二つ。多少落ち込みこそすれ、命に関わる問題でもなし、そんなに気にかけることでもないだろう―――言い聞かせている時点で、どうにも無駄なような気がしないでもないが。なくたって構わない。一般的な意見であり、本音の一部分。だがしかし。ないと心もとないこの落ち着きのなさはなんたることだろうか。零れ落ちる自嘲を押し込めて、まいったなぁ、と口角をゆがめた。
 ――――髪飾り一つでこれほど動揺を覚えるとは、私はよほど未練があるらしい。

「どうしよう・・・」

 探すか、否。どこで落ちたのかも分からない、そもそもこの世界に落ちているのかもわからないものを探すのは骨が折れる作業だ。しかもあんな小さな髪飾り。見つかる可能性は低いだろう。しかし、諦められないようにぐずる内心も困ったものだ。
 項垂れて溜息を零すと、ふと今まで考えるように黙り込んでいた水樹が、そうだ、とばかりに声を上げた。

「鏡を使うといい、
「鏡・・・?」

 なんだそれ。一瞬なんのことかと眉間に皺を刻んだが、ふと記憶の端に引っかかるものを覚えてもしや、と水樹を上目に見上げた。現代の様子には似合わない、古ぼけた精巧な鏡。まるで古美術品のように美しく、実際かなりの値が張るだろう一品が、何故か当然のごとく己の手元にあったのだ。言われて思い出す鏡といえばそれぐらいで、何よりあの鏡こそ中つ国の宝の一つ。昔彼の人に託された、たった一つの思い出の品。

「鏡ってあの・・・天地命鏡(アメツチノミコトカガミ)のこと?でもあれは、現代に置いてるんじゃ・・・」
「いや、あれは神鏡だ。元々この世界のものでもあるし、お前と共にこの世界に渡っている。呼べば姿を現すだろう」
「呼べばって・・・」

 そういうものなんだろうか。やけに自信満々に呼んでみろ、と言われて困惑しながらも、まぁ異世界に渡ってる時点でなんでもありか、と一つ吐息を零した。
 しかしながら呼ぼうにもどう呼んだものか。召喚!みたいな?それこそファンタジーのようではないか、と思いながら少し考えたが、結局はそんな感じになるのだろうなぁ、と思って物は試しと胸の前で両手を翳す。うーん、とりあえず、姿形をイメージしてみればいいか。
 やり方がいまいちわからないので、安易にそう考え付くとできるだけ鮮明にあの姿を思い浮かべる。鏡とはいってもこの時代だ。現代のような鏡ではなく、姿を映す部分は磨き上げられた銅鏡である。その周りを囲う細工。一つ一つの細やかな絵柄とその色味。金と赤。そう、祭事に祭られる鏡のあの見事さよ。ゆっくり一つ一つ丁寧に浮かべれば、それが俄かに輪郭を現す。浮き出るようにはっきりと形作り始めると、リン、と一つ高く澄んだ音色が聞こえたと思ったら、手の中にずっしりとした重みが加わった。
 ゆっくりとイメージしやすいように、と閉じていた目を開けて見れば、しっかりと手の中にある・・・天地命鏡(アメツチノミコトカガミ)の姿。・・・本気召喚しちゃったー。なんとなくできない方がよかったんじゃ、とも思ったが、出来てしまったからにはどうしようもない。いやでも、うん。これで本当、益々人離れしてきたような?と嬉しくない事実にひっそりと落ち込みながら、ゆっくりと天地命鏡の縁飾りに触れた。細工にでこぼこととした感触が指先に伝わり、ほんのりと冷たい。
 思い浮かべたそれと相違ない姿に、声もなく呟いた。優しく悲しい微笑みが、忘れられない。漆黒の美しい人。思い出を振り切るように一度瞼を閉じると、それから水樹を振り向いた。

「それで?これをどうするの?」
「あぁ。天地命鏡は、退魔の力を持つことは知っているな」
「・・・あぁ、うん」

 なんかそんな能力があると言っていた気がする。いくら鮮明に記憶があるとはいえ、細かい所までを記憶できているはずもなく、いささか曖昧な部分はあったがそんな説明もあった、ととりあえず頷いておいた。退魔、か。今後これがきっと役に立つアイテムになるのだろうなぁ、ときらきらと自分の顔を映す鏡を見つめると、水樹は鏡を一瞥してもう一つ、と口にした。

「天地命鏡には退魔の能力のほかに、真の姿や遠く隔たった場所でも見たいものを映し出す力がある。鏡の本質は映し取ることだ――持ち主の力によって見える範囲にも限りが出てくるが、ならば豊葦原中、いや常世や遠い大陸の姿を映し取ることも不可能ではないだろう」
「いや、そんな大げさな」

 微笑む水樹にそんな大層な力は持ってない、と軽く否定してふぅん、と鼻を鳴らした。
 常世や大陸云々のことはさておき、見たいものを映し出す、か・・・つまり自分が探したいものも映し出せる、ということだろう。これで異世界にあったら映らないんだろうな、と思いながらも物は試しか、と瞳を細めた。

「どうすればいいの?」
「集中して、見たいものをイメージすればいい。鏡そのものに力を注ぐようにな」
「わかった」

 説明を受け、こくりと頷いてから鏡に改めて向きあう。丸い鏡を両手で支えながら、髪飾りのことを思い浮かべるようにじっと鏡面を見つめた。深紅のリボン。薔薇の花。連動して一瞬別のものも浮かんだが、そこはなんとか振り切って探したいものを思い浮かべる。
 すると、今まで凪いだ湖面のように静かだった鏡面が俄かに淡く光りだし、波紋を浮かべるように薄っすらと何かを映し出し始める。うーわ。マジで何か映し出したよ。
 自分でしていることながら、非現実的な光景に少々呆気に取られる。この現象を喜んでいいのやら・・・心中複雑なものを抱えながら、銅鏡面が波打ち映し出すそれに集中するように顔を寄せる、とやがてそれははっきりと形を取った。きらきら輝く金の髪。意思の強そうな蒼の双眸。私とよく似た異国の衣装を身につけ大きな弓を持つこの人は・・・・。

「・・・千尋姉さん?」
「どうやら、髪飾りは千尋が持っているようだな」
「あぁ、そういうこと。そっか・・・拾っておいてくれたのかな」

 この世界に来たときに落としたものを拾っておいてくれたのかもしれない。ほっと胸を撫で下ろして安堵したが、しかし鏡に映る姉さんの様子に眉宇を潜めた。
 なんだか妙に切羽詰った顔をしている。余裕がないというか・・・そういえばところどころ怪我もしているようだ。白い素肌に僅かに見える火傷に、大きな怪我はなさそうだけど、とぼやいてじっと森を歩いている様子を見る。・・・これもう少し引いて見られないかな?
 全体図が見たいんだが、と思うとまるで私の意志を反映したかのように千尋姉さんが遠ざかり、代わりにその周囲がはっきりと見えた。まるでカメラ撮影しているかのようだ・・・。

「・・風早も那岐も無事みたい」

 しっかりと姉さんの傍にいる2人も見つけてほっとしながら、こっちもこっちで怪我しているみたいだ、と顎に手を添えた。全体が見えればなるほど、確か人を助けに常世の領主のところに押しかけにいってたんだっけ、と思い出す。姉さんたちの後ろに満身創痍、とまではいかないがいくらか疲労をきたしている見慣れぬ兵士らしき男達も見えて、軽く頷く。
 来て早々無茶するなぁ、とは思ったが・・・どうやらあまり結果は思わしくなかったようだ。勝ち戦には見えない重々しい雰囲気に眉宇を潜め、鏡の映像を消すと溜息を零す。・・・まぁ、大怪我してないだけマシ、か。

「手当ての準備しないと・・・水樹、行こう」

 あれだけの人数だ。道具を用意するのも大変だろう。寝台から足を下ろし水樹に声をかければ一瞬眉を潜めたが、仕方なしとばかりに溜息を吐かれた。

「まだ寝ていて欲しいんだがな、私としては」
「あぁ・・平気だよ。ただ寝ていただけだし、体調は悪くないから」
「そうはいってもつい先ほど目覚めたばかりだぞ?くれぐれも無理はしないでくれ、
「わかってるよ」

 そんな心配しなくても、無茶なんてするつもりは微塵もない。しかしそうはいってもついさっきまで寝ていた身。水樹の心配そうな顔が崩れることはなく、じぃと金色の瞳で見つめられて思わず苦笑が浮かんだ。まぁ確かにずっと寝ていたせいか、いささか体がぎこちないところはあるが、それも長いこと動いてなかったせいであって、不調というわけでもないし・・・。
 なんにせよ、そう心配することもない、と水樹を言いくるめるとさっさと寝ていた部屋を出ようとして、さらさらと揺れる髪にあ、と足を止めた。・・・どうしようかな、これ。纏められることもなく背中に流した髪は長さも相まっていささか鬱陶しい。纏めてしまえばいいのだが、縛るものがなければどうにもできない。ふむ。

「水樹、とりあえず何か紐でもないかな?ゴム・・・はさすがにないだろうし」
「ん?あぁ・・そうだな。ならばこれを使うといい」

 そういって、水樹は自分の髪を縛っていた結い紐を無造作に解くと私に差し出した。水樹のサイドを結わえていた紐が解かれると、さらさらと艶めいた黒髪が水樹の白い頬を撫で滑る。うぅん・・・美形だ。

「いいの?水樹が邪魔じゃない?」
「構わん。それに邪魔なら元の姿に戻ればいいだけの話だしな」

 ・・・確かに。今のこの人型は水樹にとってはあくまで仮の姿であって、本来の姿は亀である。亀といってもただの亀ではないのだが、基本的に人の姿を取ることの方が水樹にとっては稀なのだ。
 納得し、ありがとう、とお礼を言ってから水樹の結い紐で簡単に首元で髪を縛り、ひとまずすっきりと涼しくなった首元に満足気に一つ頷いた。これでよし。
 そうして簡単に身支度を整えてから石造りのひんやりとした廊下が真っ直ぐに伸びる中、どこにいったものかな、と僅かに逡巡した。人の気配も何やら薄いけど・・・あれか。千尋姉さんについていって大半がいないとか?いいのかなそれ、と思いつつもあまり人と接触したくない身としては好都合というものだ。このまま誰にも会わずに目的地までいきたいものである。

「水樹、台所はどっち?」
「台所か・・・確かこちらだったはずだ」

 そういって水樹のしなやかな指先が指し示す方向に一つ頷いて歩き出す。かつかつかつかつと静かな廊下に靴音が反響したが、その音を聞きとがめられる事もない。
 こりゃマジで結構な人数が出たな、と思いながら、廊下の窓から見えた外の風景に感嘆の息をついた。

「うわ、大自然だ・・・・」
「向こうと違ってこちらは手付かずだからな」
「うん・・・本当に来ちゃったんだなぁ・・・」

 窓から覗く光景は、山奥の田舎といっても差し付けない光景ながら、それ以上に不思議と力に溢れた生き生きとした森が広がっている。深緑、黄緑、合間に見える花の色。途切れる場所すらなさそうな奥深さは、まず住んでいたところでは想像もできないような場所だ。
 そもそも、同じ自然と言ってもかなり雰囲気が異なる。木々の生命力が段違いなのだ。未開発にもほどがあるなぁ、としみじみと呟くと特に誰に遭遇することもなく目的地へと無事に到着した。中を覗き込めば、やはり人影はなく、恐る恐る足を踏み入れてぐるりと周囲を見渡した。

「ここまで誰もいないとそれはそれで不安になるね・・・」
「全くいないわけではないだろうがな・・・それでこれからどうする?
「あぁ、うん。とりあえずお湯沸かそうかと。姉さん達もここまで戻るのにまだ時間がかかるだろうし」
「そうか」

 結構な人数いたからなぁ。大きな鍋があるといいんだが。まぁここ砦だし、あれだけの人数がここで生活してるんなら大鍋の一つや二つあるに決まっているだろうけれど。
 勝手に漁っていいものかな、と思ったが別に悪用するわけじゃないし、構わないだろう、開き直って台所を漁る。なんなく大鍋を発見して、釜の上にそれを設置しながらさて、とばかりに頬に手を添えた。

「水道・・・なんてあるわけないか。井戸ってどこら辺にあるのかなー」

 古代といっても差し支えないこの世界に、水道なんていう便利なものが存在しているはずもない。それを言えば火をつけるのだってガスもなければ電気だってないわけで、全くこういうとき現代機器の便利さが身に染みてよくわかる。これ、私が遙かやら彩雲やらに跳んでなかったらどうしようもできずに四苦八苦してたよね。
 経験は力というが、果たして純粋に喜んでいいものか・・・。複雑な気持ちになっていると、水樹がぼそりと呟いた。

「水がいるのか?」
「うん。たくさんお湯沸かさないといけないからね。井戸探さないと」

 水樹がいるからきっとそう時間がかからず水も汲めるはずである。それにここが台所なら、井戸だってそう遠くない、と思いたいし。とりあえず水を確保しなければどうにもこうにも、とぼやくと水樹はふむ、と一つ頷いて手を掲げた。

の手を煩わせるまでもない」
「へ?」

 そう言うと、水樹が指を擦り合わせてパチン、と乾いた音を鳴らした。静かな台所に思うよりも大きく音が響いた、刹那。どばぁ、と鍋の中に大量の水が並々と注がれ、ぴしゃりと飛沫が飛んだ。突然、降って沸いたように現れた大量の水にポカーンと少々呆気に取られたが、まじまじと鍋の中を見て感心したようにふへぇ、と息を吐いた。

「すごい、水樹。これなら井戸にいかなくてもいいね!」
に水汲みなどさせるわけにはいかないからな」
「うんうん。手間が省けて便利だよ!ありがとう」

 手を叩いて賞賛すれば、満更でもなさそうに水樹が口元に笑みを刻む。なんでこんなことができるんだとか、この水どこから出したんだとか、まぁ聞きたいことがないわけではないが、手間が省けるならそれに越したことはない。それに水樹だし。全てその一言で丸く収まるようで、ていうか最早深くは突っ込むまい、と私は薪の準備をしながらこれも竈近くに置いてあった火打ち石を打ち付けた。亀が喋ったり、人型を取ったりする時点で色々と規格外なのだ。今更水の一つや二つどこからともなく呼び出した所で叫ぶことでもないだろう。
 それに水汲まなくていいって、マジで楽だし便利だし。あれ結構な重労働なんだよねぇ。水の重さも半端ないし、量があると何往復もしないといけないし・・・一発で、労力使わずにできるならば使わせてもらうのが賢い選択というものだ。火がついた薪に空気を送り込みながら、しみじみと頷いた。火の強さが安定してくると一端空気を送り込むのを止めて、ちらりと手付かずの食材に視線を向けた。・・・うーん。

「・・どうせだから何か温かいものでも作っておこうか」
「そこまでしてやるのか?」
「千尋姉さん達もお腹空かせてるだろうし・・ていうか私もここ数日何も食べてないわけだし」

 簡単に言うと、お腹が減ってるわけだ、私が。あ、意識すると空腹が目立つぞ。お腹減ったなぁ。勝手に使っていいかなーここの食材。でもここに用意して手付かずってことはきっと使う予定だったんだろうしなー。ということは、ご飯食べる前に皆出ていっちゃったんだろうなー。ならきっと腹ペコだよねー。なら別に私が作っててもいいんじゃないかなー。・・・・・・お腹に入れば皆同じさ!

「水樹、水樹。野菜洗うから水出してー」
「ん」
「ありがとー」

 ぱっちん、とばかりに指を鳴らして今度はじゃばぁ、と勢いよく大量の、というわけでもなくまるで蛇口から水が流れるがごとくにじょろじょろと落ちてくるそれでがしがしと野菜を洗う。
 本気便利だ、これ。洗い終えた野菜をまな板の上に置き、探し出した包丁を取り出してざくざくざくと切っていく。うーん・・・人数も多いしそんな時間かけるわけにもいかないし、簡単に寄せ鍋みたいなのでいいかなー。

「水樹、これ切ってて。私調味料探すから」
「適当でいいのか?」
「うん。ざくざくっとやっちゃって」

 水樹に包丁を手渡し、お願いすると棚を漁って調味料を探す。あー・・・これ塩かな?蓋を開けて小指の先にちょこっとつけて舐めてみる。・・・ん、しょっぱい。塩だなこれ。
 そうやって一つずつあるものを確認しながら、必要なものを選りすぐっていく。軽く鼻歌なんて歌いながら今湯を沸かしているものとは別の鍋を用意して、やはり水樹に水を注いでもらって火にかける。軽くひと煮立ちさせてから水樹に切ってもらったものをどばどばっと投入する。いや一応順番は考えてますよ。最初に出汁になる魚とか先に入れてるし。大雑把?いいんです、別に細かい料理じゃないし。食べられれば問題あるめぇ!
 ざくっ、と、水樹から受け取った野菜に包丁を入れて、あと何作ろうかなぁ、と目を細めた。・・・質より量だろうしな。すいとんでも作ろうか。腹持ちいいやつにしてー。

「・・・なんかやってること向こうと変わらんな・・・」

 あれ、私どこいってもこれですか。小麦粉(らしきもの?)を取り出した状態で、私って・・・とちょっと黄昏た瞬間だった。