目覚め人の思いは何処をさ迷うか



 ぐっつらぐっつら煮立っている鍋の味見をしながら、うっかり鍋三つ分ぐらい作っちゃったけどこれ食べきれるのかしら、と頬を引き攣らせた。まずい、大鍋なんて久しぶりなもんだから加減がきかなかった。前はこれぐらいぺろっと平らげる人物がいたので日常茶飯事ではあったが、こっちではそうもいかないだろう・・・残ったら明日に回せるかな・・・。

「いや、でもそんな暑くないし1日なら保存もきくはず」

 捨てるのはちょっと勿体無いしなぁ。折角作ったし。ずず、と汁を啜って味を見て、ふむ、と一つ頷くと水樹に差し出した。何も言わずとも意図を汲み取り小皿を受け取り一口味を見る水樹に視線で答えを促す。

「美味いぞ」
「ならいいか」

 不味くなければ。大雑把に決めて(いや大人数だから細かい調整いらないかなとか・・・)あとは野菜やらに完全に火が通るのを待つだけである。つまり噴出したりしないように見ていなければならないが、基本的に放置の方向で片がつく。人気のない砦の中で、近くにあった簡易的な椅子を引き寄せて人心地つくように肩から力を抜くと、さて、とばかりに嘆息した。

「やることやったけど、この後どうしようかねぇ」

 人型から亀になった水樹がよじよじと肩に上ってくるのを手助けしながら、甲羅のざらざらとした感触を指先で楽しんで首を傾げる。甲羅から首を伸ばした水樹はひどくつまらなさそうに唸り、それからぶっきらぼうに口を開く。

「不本意だが、千尋があのような行動に出た今、戦は避けられまい」
「そうだねー。姉さんのポジションがポジションだものね。きっと、巻き込まれるだろうね」

 姉さんが事の中心人物であることは明白だ。始まりから今現在の状況まで、見事姉さんが中心に立って事を成している。さらに言えば、きっと千尋姉さんでなければ事は動かない。年齢的に見ても上の人間の王位継承権が高いことは周知の事実であることから、正直私なんのためにいるの?ってぐらい薄い存在ではないだろうか。グッジョブ。
 だがしかし。人生そうそう上手いこと行くわけないので(経験上)恐らく私にもなんらかの役目がふりかかってくるんじゃないかと懸念しているのだ。ていうか国を取り戻すんでしょ?かなり大掛かりな戦になるわけで、つまり戦うのだ。・・・あぁ、なんて血生臭い。
 嫌悪感に胃の中がしくりと痛んだ気がしたが、咄嗟に上から手を押さえるだけで溜息を零す。今正に姉さんたちも戦ってきたわけだから、私にもそれを強要されるのだうか。やめてくれ。私はもう二度と剣など持ちたくない。人を傷つけるものなど持ちたくない。人殺しを目的とした恐ろしいものなど持ちたくない。私を傷つけるものなど、この手に握りたくはない。
 戦いたくない、逃げてしまいたい、関わりたくない。だけどそれは叶わない。彼らが中心ならば、それに近い私が逃げることはきっと周囲が許さない。そしてとても巧妙に、悪気なく、彼らは私を逃がしはしないだろう。逃げてもいいよ。その言葉は真実でも、きっと逃げられない蜘蛛の糸に成り果てる。ならば私が考えるべきことは?対処しておくべき方法は?事前に講じるべき策は?己を守るために、身も心も守るために、私が打っておくべき手はなんだ。

「水樹、私、剣なんて持ちたくないの」

 視線を空ろに定めて、ぽつりと呟く。静かな空間に、ぽつりと頼りない声であるとはいえ十分で、ましてや肩に乗っている水樹に届かぬはずもなく私は小刻みに震える手を握り締めた。

「姉さんのように戦えない。風早や那岐のように守れない。私は絶対、殺し合いなんてしたくない、覚悟なんてない」
「お前に血など、一滴たりとも流させぬ」
「ありがとう・・・だけどね、きっと戦わなくちゃいけない。状況は逃がしてくれない。だけど、人殺しなんてもうしたくないの」

 淡々と吐き出すそれに、一瞬水樹が怪訝な雰囲気を帯びたがそれに気づかないまま、私は目元を隠すように掌で覆った。あんな恐怖も嫌悪も、二度と味わいたくないの。
 だから考える。どうしたらこの手を汚さないで済むのか。どうしたらこの手は人の命を奪わずにすむのか。わかってる。そんなことをしてもきっと私は間接的に人を殺すのだろう。直接手を下さずとも、私はきっと自分のために人を殺すだろう。なんて、・・・罪深い。

「本当、嫌になる」
・・・」
「いいの、水樹。仕方ないよ。諦める、我慢する。大丈夫、きっとなんとかなるから」

 言い聞かせなくちゃ、やってられないでしょう?

「・・・剣を握らずに後ろで安全な位置にいる方法って何があるかな」

 この際人殺しは諦める。どう足掻いたってきっと叶わぬ願いなら、目をそらして口を噤むよ。それしかきっと私にはできないから。なら考えるのは如何に私が生き残るか。
 我が身可愛さで何が悪いの。人のことまで構ってられない、そんな努力はもう疲れたの。いつまでたっても弱いまま。諦めばかり上手になって、いつだって誰かの助けを待っている情けない弱虫のまま。目を背けて耳を閉ざして、泣き言なんて言わないから、どうかそれだけ見逃して。だってそうしなければ、生き残らなければ――。

「あ、まずい。落ち込んできた・・・」
「どこか具合が悪いのか?!」
「違う違う。・・・そういえば昔、色々やらかしてみたよねぇ」

 予想外の代物が出てきたこともあったな。じっくりと考えて、まぁあれは出さない方向でいくとしても、と空中に手を翳した。昔、小さい頃。中身は今と変わりないけど、でも小さい頃。
 渦巻くものに耐えられなくてひっそりこっそり隠れてやってた。だってそうでもしないと消化しきれなかったんだもの。まったくお願いだから私を無能な姫でいさせてください。

「立場的に、許容できるのは1と2までかな。3の立場はもう懲り懲り」
「1?2?・・・3?」
「こっちの話。さて・・・できるかなぁ?」

 成功したら、私はそっちの方向で行きたいと思います。呼吸を整えて、頭の中でイメージを膨らませる。流れを掴んで形にするのは、実を言うとそんなに苦ではなかったり。
 さて、・・・・ちゃんと成功してね。心ひそかに祈りながら、私が集めた五行が集束するのをじんわりと掌を通じて感じていた。