目覚め人の思いは何処をさ迷うか



 大人数の食事を作った後は、ついでとばかりに自分の分の食事も作り平らげてまったりと食後のお茶を啜る。さすがに数日眠っていた胃に固形物はびっくりするかも、と思っておかゆにしたが、自覚はなかったが随分と空腹だったのだろう。まぁそりゃ数日ほど寝っぱなしだったのだから、お腹も空くというものだ。
 ぺろりと平らげて空になった器は水につけ、コップを両手で包んでほぅ、と吐息を零す。お茶の葉がちょっと見つからなかったので白湯だけれども・・・その内茶葉でも欲しいところだよなぁと考えつつ、もう一口喉を湿らせるように口に含む。ごくりと飲み込むとじんわりと喉を暖かいものが滑り落ち、安堵感が胸いっぱいに広がった。白湯も美味しいなぁ。水が美味しいからだねきっと。なにせ地球温暖化やら環境問題やらとは無縁の時代、いや世界?なのだから。ぼんやりしていると不意に水樹がぴくりと首を伸ばした。


「ん?どうかした?水樹」
「どうやら帰ってきたようだぞ」
「あ、そうなの?」

 ここ、正門から遠いとは思うのによくわかったね。感心しながら、水樹がいうのだから帰ってきたのだろうと何も疑うことなく、両手で包んでいたコップを机に置き、椅子を引いてガタリと立ち上がった。火にかけていた鍋を見やり、これも外に運んだほうがいいのかもしれないが、さすがに大鍋(しかも中身入り)を私が運ぶのは無理がある、とひとまず断念する。水樹にでも頼めばいいか、と思いながら、机の上に無造作に置いていた例のものを握り締め、いつの間にか人型になっていた水樹が先に立って台所の入り口付近で待っていたので、小走りに駆けて後ろについた。それを見届けてさくさくと長い足を動かす水樹のペースは決して速くない。私がついていくのに丁度良い速さというものでも心得ているのだろうか。広い背中で左右に揺れる黒髪を見つめながら、あの人はそんな気遣いなどしなかったのに、とぼんやりと思う。水樹の先導で迷うことなく正門近くの入り口まで近づくと、外が俄かに騒がしさを増していた。
 鏡で確認はしていたが、どうやら大半の人間は無事なようだ。よかったよかった。まず最初に水樹が門から外に出る。ずっと中にいたせいか外のほうが幾分か明るくも感じたが、目が眩むということもなく、私も追って門の外に出る。そこでようやく集団の全体図を捉え、満身創痍、といった様子の彼等に一体向こうで何が起こったのやら?と経緯は知っていても一部始終を知らない私は小首を傾げ、ぐるりと目当ての人物を探す。
 異常なまでに兵士からの視線が向けられているが、それを気にしていたら何も出来ないのは周知の事実だ。見られる理由もわかっているだけに、尚のこと無視をするのに徹底する。昔から、この世界ではこの好奇とも悪意ともつかない不躾な視線は慣れっこなのだ。
 ていうか、懐かしいな、あの兵士たちの格好。昔も宮にはあんな格好をした兵士がうろうろしていたものだ。無論、私が関わることなどほぼないに等しかったけれども。えぇ、引きこもりでしたので。それはともかく、とぐるりと巡らした視界の中で、同じく満身創痍な一層際立つ人影を認め、やっぱりメインは目立ちが違う、と変な感心をしながらひらり、と手を振った。

「おかえりなさい、千尋姉さん。風早も那岐もお疲れ様」

 事も無げに普通に声をかけると、色こそ違うものの、ほぼ私と同デザインの格好をした千尋姉さんがぎょっとしたように青い目を丸くして絶句した。同様に、やっぱり大きな怪我こそないものの、泥だらけ傷だらけの風早と那岐もそんな様子だったが、私にはまだ調理後の片付けという作業が残っているので早々にここからとんずらするつもりである。ていうか、慣れたはいえ長くこの嫌に目立つ空間からは抜け出したいのだ。さっきからちくちくというよりもざくざく突き刺さる視線が痛いんです。あ、こら水樹。そんな相手を逆に刺し殺しそうな目はやめなさい。一部が滅茶苦茶びびってるでしょ。
 恐らく色々と言いたいことがあるんだろう、口をパクパクと開閉している姉さんに多少申し訳ない気がしつつもあえて気がつかなかった振りを装って、にこりと笑みを浮かべた。

「大変だったね。お湯は沸かしてあるから怪我の手当てを先にね。お腹も空いたでしょう?ご飯できてるから、後ろの皆さんも一緒にどうぞ。つい癖で大量に作ってしまったんで、多分全員分ぐらいはあると思いますよ。言ってくださればおかわりも作るんで、どうぞ遠慮なく言ってくださいね」

 ほら、腹が減っては戦はできぬっていうし。お腹減ってるとそれだけでネガティブな思考に陥りやすいし。お腹一杯になれば余裕も生まれるってきっと。呆然としている周囲に構わず、それだけいうと私は水樹を振り返り、あとはよろしく、とばかりに作成した例のものを大きな掌にぽん、と乗せた。

「水樹も手当て手伝ってあげてね」
「あぁ、わかった」
「ん、よろしく。じゃぁ私まだ片付けがあるからこれで。姉さんたちもちゃんと手当てするんだよ」
「え、?」

 快く頷いた水樹に満足そうに頷き返し、姉さんたちを振り返ってひらりと手を振る。帰って早々の展開に頭がついてきていないのか、動揺も露におろおろとしている姉さんはひとまず置いておいて、私はさっさと奥に引っ込むことにした。ごめんね姉さん。一応、落ち着いたら色々質問も受け付けるから。でも質問されるほど何もしてないけどね!(だってほぼ寝てただけ)
 使ったものを片付けないといけないし、どうせご飯食べた後に色々聞かれることだろうし。姉さんたちが状況に追いついていない今、やることやって終わらせておかないとね。というかマジでもうこの大勢の目に晒される状況から逃げたいのだ。元から目立つのは嫌いなのに・・・向こうじゃ美形家族のせいで(一応自分もそれに属しているのはわかってはいるが、中身が中身だけに実感が伴わない)注目を集めることもそりゃあったが、こっちはそれの比ではない。
 なにせ、この世界では私や千尋姉さん、那岐のような色は不吉の象徴なのだから。ただ不吉なだけならまだしも、私、こっちじゃ王族なんて厄介なことこの上ない立場にいるし。そもそも姉さんが遺憾なくリーダーシップを取ってしまったせいで余計厄介なことに巻き込まれるのだろうし!あぁ、早く安穏とした日々に戻りたい!
 当分は叶わぬ願いだと重々承知しながら台所に戻り、流しに置いたままの片付けを始め、その内手当てを終えた彼等が食堂までやってくるのが、そのすぐ後だった。
 食事は概ね好評。味覚にさほどの差異はなかったらしい。それともお腹減ってりゃなんでも美味いという真理だろうか?まぁそれよりも重要なのは。

!よかった・・・!もう目を覚まさないかと思った・・・!」
「心配かけてごめんね、千尋姉さん」

 泣きながら抱きつく姉さんを、いかにして落ち着かせるかと言うことである。しまった、この展開は考えてなかった。ぽんぽん、と姉さんの背中を叩いて宥めつつ、更にその後ろから第二陣として待ち構えている風早に戦々恐々としている私は、別に間違ってないと思いたい。