目覚め人の思いは何処をさ迷うか



 ほかほかと鍋の中から立つ湯気。ふっくらと炊き上がったお米。米は米だが白米ではなく雑穀米なのがちょっと惜しい気もするが、現代では健康食品的な扱いをされているので栄養素に問題はない。あと味にも問題があるわけではないので気にしない。
 一汁一菜という粗食、現代ならばバランスの取れた健康志向の形態をとる食事の形ではあるが、何分砦の中であり尚且つ現状がそんな飽食もここに極まれりな現代でもない古代の食事事情で、戦中ということも踏まえれば十分な食事量だ。
 夕飯には魚なり肉なり用意できればいいだろうけれど・・まぁ備蓄がそうあるわけでもなさそうだし、大体砦にいるだけの人数分の食事量を確保しようとなるとやはり大変だ。
 どれだけの食材が必要となることか・・・いやはや、大量に作ることには慣れてるけど、大量に作るために用意するものも馬鹿にならないので質素倹約は鉄則だな。
 食糧庫の備蓄のチェックもしなくちゃだし、使える部分は惜しみなく使わなくてはいけない。あぁそうだ、食べれるものもわかるようにならないといけないな。幸いにもここには天然の大自然が広がっているわけだし、食べれる動植物は事欠かなさそうだ。新境地も開拓しなくては軍を支える備蓄もたかが知れているというもの。維持費も莫大にかかるわけだし、あぁもうだから戦争って非生産的で嫌いなんだ。奪って失うばかりで、得られるものなんて微々たる物。得られた物だって、それまで失ったものに換算すればたかが知れてるんじゃないか?戦争とかほんとやめてくれないかな。巻き込まれたくないし。
 正直、平穏無事にさえ暮らしていければ誰がどこを治めていようと関係ないのだ。いやもちろん悪政とか圧政とか、無理難題押し付けられてしまっては反乱もしようがないかもしれないけれども、でも個人的には血で血を洗うような戦もどっこいどっこいで。
 つらつらと無意識か、今後の家計簿(家計?砦計?うん?)を頭の中で算段つけつつ、溜息を一つ零す。・・・私、こんなところにきてまでなに家計簿のこと考えてるのかな?
 微妙な虚しさを覚えつつ、がくりと落としていた肩をあげて、気を取り直すように何故かきらきらしい目で食事を見つめる兵士さんたちを振り返った。時折「なんで同じ食材でこんなに味が違うんだ・・・!」「すげぇ、これってこんな使い方できたのか!」とかぼそぼそ聞こえたが、一般家庭のお母様方なら普通にできることだと思う。お前ら、主婦を敬え!

「あの、」
「はは、はい!?」

 お腹を押さえて食い入るように鍋の中身を見つめていた兵士さんが、はっと今気がついたかのような過剰反応で肩を跳ねさせ、ぐるりとこちらを振り向く。
 そんなびびらなくても、と思ったが、油断しているときに声をかけれるとこんな反応になるんだよねぇ、と微笑ましさすら口元に浮かべ、こてりと首を傾げた。

「食事も出来あがったことですし、人を呼んできませんか?皆さん早朝訓練中ですよね」
「そうですね、合図を送れば皆くると思いますが」
「鐘でも鳴らすんですか?・・・姉さんたちは気がつくかな」
 
 今頃はまだ部屋かな?あぁでも、昨日の今日だし、もしかしたらどこかをふらふらしているかもしれない。まぁ風早や那岐がいるんだし、滅多なことにはならない、と思いたいけれど・・・。姉さん、好奇心が強いからなぁ。内心で妙なところに行ってなければいいが、と心配しつつ(後にあまりの無防備さに眩暈を覚えることをまだ私は知らない)口にした瞬間、びくりと強張った空気にきょとりと目を丸くした。・・・あれ、なにその反応。

「・・・どうかされました?」
「い、いえ・・・」

 んん?あれ、可笑しいな。昨日の様子だと姉さんと兵士の間の蟠りはさほどなさそうに見えていたのだが・・・実はそうでもなかったのか?いやでも、私でもある程度マシな雰囲気になっているのに、一緒に戦ってきた姉さんがそんな扱いされるのは納得できない。
 なにしろあの人は私と違って妙に人を惹きつけるタイプの人間だと感じているので、ずっと寝てた私よりもはるかに打ち解けている、はず。・・・あーでも、そっか。人として打ち解けてもまだ身分っていう問題があるのか。そうだよね、一般兵と王族じゃぁさすがにおいそれとお近づきになるわけにはいかないか。納得納得。
 姉さんたちは現代で過ごしていたので身分などさして気にも留めないだろうが、こっちとあっちとではそもそもの考え方が違う。致し方ない刷り込みだな、と頷くと、非常に言いにくそうに、且つ動きたくなさそうな兵士さんたちににこりを笑みを見せて腕まくりをしていた袖をくるくると戻した。

「じゃぁ私が呼びに行きますね。配膳の方よろしくお願いします」

 一般の方々に王族やその側近ともいえるような人物と接触させようとするのが無理難題だったんだな。中身皆庶民ですけど、まぁここでは身分が割りと物言うんだし。
 王族関係に接触できる身分といったらかなり高くないとダメだしねぇ。まぁその王族を使い走りにしようとしている事実には目を瞑る。いやだってその方が個人的に楽だし。
 失敗失敗、と思いながら言えば、あからさまにほっとしたように胸を撫で下ろす方が若干名。そうか、そんなに緊張するものなのか・・・そりゃそうだ。
 私の知るお偉いさまは、私がお世話になっていたところがところなだけに、なんていうかお偉いさまオーラがあんまりなかったりやけにフレンドリーだったりしたが(国で一番偉いのにねぇ?)、極々一部はそりゃ威圧感ばっちりだった。お近づきになりたくないと思わせるぐらいには。まぁ、半ば強制的な接触はあったけれども・・・。れーしんさま怖いんだもん・・・。
 あぁでも鳳珠さまはいい人だった。お偉いさんに相応しく適度に威厳もあって、でも優しい常識人だった。顔が規格外なだけで、中身が誰よりもまともに近かった。常識人ってポイント高いよ!うんでも、それは私が主人公の近くにいた人間だったからこその破格の対応なわけであって、もしもあのまま何事もなく生きていけたのならば、まず知るはずもない世界の人間であったことは確かである。そういう世界の人間だったのだ。きっと私も、もしもなんらかの天文学的な奇跡が起こってあの雲の上のような人物達と接触することがあったのならば、この人たちのように恐れ多い!とびくびくしていたことだろう。
 だから、そう。仕方ないことなのだ、と決め付けて姉たちの居場所を聞き、廊下に出る。
 ひらりと桜色のスカートを翻して、靴の踵を静かな廊下に響かせて。中身はどこまでいっても平々凡々な庶民でしかないのになぁ、と外見と中身と立場のギャップに、溜息しか出なかったが、気を取り直すように廊下の曲がり角をぐるりと回る。
 えーと、確か会議室?かなんかそんなところで話し合いをしてるんだよね。こんな朝っぱらから小難しい話をするなんて、上に立つ人も本当大変である。しかし未だに砦内の構造をいまいち把握できていないので、水樹に道を尋ねつつ、俄かに生気を取り戻しつつある内部の活気を感じながら、見えた扉にお、と眉を動かした。

「あの部屋?」
「あぁ。千尋たちの気配もするから間違いない」

 水樹に確認を取れば、肯定の頷きが返りほっと吐息を零す。無事に辿りついてよかった。しかし扉に手をかけようとした瞬間、そういえば話し合いをしていたのではなかったか?と思い当たり一瞬手をとめて躊躇する。真剣な話をしている中で割ってはいるのはいかがなものだろうか?

「どうした?」
「いや、話中に邪魔するのも悪いなぁって」

 話の腰を折っても問題だし・・・でも折角朝食ができたのだから、食べてもらいたいし。朝食は一日の活力源だっていうし、腹が減っては戦はできぬともいう。あーでもだがしかし。今話しが盛り上がっているところだったらやっぱり空気読んだほうがいいのかな?!
 どうしたらいいと思う?と水樹に話を振れば、水樹は少し黙って、気にすることじゃないだろう、と言い切った。

「元より朝食の時間だ。中でも大体時間はわかっているだろう。何よりお前がそこまで気を遣う必要などない」
「うーん、そういうもん?」
「そういうものだ。それに、どうやら話も一段落ついたようだぞ?」
「ん?」

 言われて、ぴとりと扉に耳をあてる。・・・そういえば、なんだか中がちょっと騒がしいかも?・・・ていうかこの格好、傍からみたらなに盗み聞きしてんだよって感じだよね。
 誰かに目撃されない内にぱっと体を離して、まあ邪魔した時はその時だ、とばかりに扉に手をかけた。ぎぃ、と重厚な音をたてて扉が内側に開き、広い空間が眼前に広がる。
 ぐるりと周囲を見渡す暇もなく、視界には相変わらず美少女っぷりを発揮している姉とその横に当然のように収まる保護者の姿を見つけ、ほっと胸を撫で下ろした。
 やっぱり知り合い(この場合家族)がいるとなんだかんだで強張っていた肩の力も抜けるようで、私は知らず笑みを浮かべながらぱぁ!と顔を明るくさせた姉にとことこと近寄った。

!」
「おはよう、姉さん。風早。お話中に邪魔してごめんね」
「おはようございます、。今丁度区切りがついたところだから、気にしなくてもいいですよ」
「そう?ならよかった」
「それより、どうかしたの?こんなに朝早くから」

 何か問題でも起きたの?と心配そうに顔を覗きこむ千尋姉さんに、いや全く、と軽い返事を返しながら、用件を口にした。

「朝ご飯ができたから呼びにきたんだよ。お腹減ったでしょう?」
「あ。もうそんな時間なの?」
「すっかり忘れていましたね」

 ぽくん、と掌を打って今気がつきました、と目を丸くさせる姉さんに、それだけ集中していたってことなのかな、と純粋にすごいなぁと思う。私なら多分お腹の音が鳴ると思うよ。ぐぅって。そういえばお腹が空きましたね、と腹部をなでながら言う風早に、意識したら鳴っちゃう!とちょっと焦ったようにお腹を押さえる千尋姉さんに年頃の娘を感じた。
 そして恥ずかしがる姉さんにフォローをいれようと口をした、時。

「・・・・三の・・・姫・・・?」
「はい?」

 呼びかけと呼ぶにはどこか頼りない、呟きにも等しいその声に反射的にその方向を振り向く。なんか聞き覚えあるなー、とは相変わらず感じる違和感ではあったが、そこは今気にするところではないだろう。つられたように姉さんたちも振り返った先には、なんだかやけに頼りなさげに、心元なさそうにきゅっと眉を寄せる男の人が。・・・文句なく美形なのはこの世界の基本かね?とふと突っ込みたくなったが、別に一般の兵士はそうでもなかった、と思い当たりつまりあれは主要人物?と思考を巡らせる。わかりやすいね!
 ぎょっとしたように体を揺らす風早の気配を感じたが、私はそれどころではないように首を傾げた。はて、ところで反射的に振り返ったが、三の姫って私のことでいいんだよね?
 というかさっき三の姫って言ったんだよね?むかーし呼ばれていた呼称なので今更ながら自信がなかったが、この部屋で三の姫に該当する立場の人間は恐らく自分だけだろう、と困惑した面持ちで首を傾げる。漆黒の髪、藍色というには薄い、深みの強い青い衣服を着て、腰に二本の剣を下げた青年の呆然とした整った顔を見つめながら、ふと瞳を細めた。
 意思の強そうな鋭い目。今は自信がなさそうに揺らいでいたけれど、いや。私、この迷っている目、見たことある?黒い髪。以前は私も持っていた髪。夜の暗闇のような漆黒。夜?あれ、どこだっけ。誰だっけ。ぴりっと脳みその奥が痺れるような、記憶が奮い起こされるような、そんな感覚。きゅうっと眉間に皺を寄せて、食い入るようにこちらを見つめる青年を見つめ返した。
 月夜の晩。桜の花。散る花びら。黒い影の少年。出会いは偶然。自分はひどい羞恥心に襲われてはいなかったか?完全なる油断。だってまさかあんなところにあんなタイミングで現れるなんて。そうだ、あれは。

 見過ごしたくて、見過ごせなかった、自己保身と小さな祈り。

 かちっと音をたててパズルのピースが嵌る音をたてた瞬間、面影までも重なるように目の前の青年と合わさり、私は吐息を零すように呟いた。

「・・・葛城、忍人・・・・さん・・・?」

 だったっけ?自信がないのは仕様だ。なにせもう随分と昔に一度か二度ほど会った程度の記憶に自信が持てないのは当然で、不安そうに視線を揺らすと、今まで私と同じように自信なさげであった彼がはっとしたように目を見開き、口元を引き結ぶとずんずんとこちらに近寄ってきた。うえ!?とその気迫に気圧されるように堪らず一歩後ろに下がる。
 周囲もどことなくぴりっとした空気に包まれたと思った瞬間、目の前までやってきた彼は、じっと見つめる強い眼差しのまますっと腰を落として、膝をつき片膝をたて、頭を垂れた。目の前で、見えるはずもない旋毛が何故か見える。・・・・・・・・え?

「忍人・・・!?」
「え、えぇ!?」
 
 驚愕したように声をあげる風早と千尋姉さん、更に葛城さんの後ろにいたのか、岩長姫すらも信じられないものをみた、とばかりに目を丸くする中で、一番びびってるのは私だ!!と無駄に声高に叫びだしたくなった。え、なんでいきなり跪いたのこの人!!??
 私の目の前でなんの前触れもなくいきなり跪くというとんでもない行動に出た美形に、私そんな趣味ないですけどー!???と弁解したくなりながら戸惑いも露におろおろと彼の旋毛を見下ろす。とりあえず立ち上がろうよ!と声をかけようとしたが、そう声をかけるよりも早く、すっと顔をあげた彼に言葉は喉の奥に引っ込んでしまった。

「お久しぶりでございます、三の姫」
「え、えぇとぉ・・・?」

 ふわり。まさしくそんな表現が相応しいように、瞳を細め、口角を持ち上げて浮かべた微笑みにうっかり見惚れそうになりながらも、今の自分達の状況にだらだらと背筋に冷や汗が流れるような不思議な心地がした。そんな内心を知ってか知らずか、まぁ知らないだろうが、彼は懐から何かを取り出すと掲げ持つように掌にそれを載せ、すっと私の目前に捧げだした。無骨な大きな掌と、精悍な青年が持つにはどうにも不釣合いな、可愛らしい桜の形をした飾り物。一瞬その飾りに視線が奪われると同時に、彼の通りのよい低い美声が、するすると言葉を紡いだ。

「尊い御身がご無事で何よりです。健やかにご成長なされて・・・。あなたの生存を信じ、ずっと、もう一度お会いして感謝の言葉を伝えられたらと、そう願っておりました」
「え、あ、はい・・・?」

 間の抜けた返事だと言わないでくれ。突然美形に恭しく跪かれて微笑みかけられているのだ。状況がさっぱり読めないのも仕方ないだろう!
 そんな私の困惑を尻目に、葛城さんはどこまでも優しく微笑み手の中に掲げ持つ桜の飾りを大事そうに手の中に包み込む。てかそれ。そうそれ。思い出した。確か私が、諸々の事情で作った――。

「このお守りが私を、多くの狗奴の者を助けて下さいました。私達がこうして生き残れたのはあなたのおかげです。遠く離れていても、私達の身を守るだけでなく心も支えて下さいました。三の姫―――心からの感謝と忠誠をあなたに。豊葦原へのご帰還、我が軍一同、心よりお喜び申し上げます」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・な、何事だーーーーーーー!!!!!!
 ふわり、綻んだ口元から流暢に零れる赤面ものの言葉の羅列に、周りがぎゃあ!とでも言いたげに動揺する中、非常に居た堪れない気持ちで私はひくりと頬をひくつかせた。
 いや、いやいやいやいやいや。ちょっと待って葛城さん。なんですかその尊敬してます!みたいな目は。よくまぁそれだけ恥ずかしげもなく口にできるというかごめんなさいそんな大層なことしてないんです・・・!!それ別にそこまで考えて作ったわけじゃないんですよマジで!!
 彼の掌の上に乗る桜のお守りを非常にねめつけたくなる思いで、私はどうしたものか、と眉を下げた。確かに、それは私が彼のために作ったものだった。あの日。あの晩。出会った少年に見えた黒い陰が恐ろしくて。冷たく生臭い、忍び寄るような気配がいつかを思い起こさせて。―――姉が背負った影に、それはとても、似ていた、から。

「・・・お久しぶりです、葛城さん。無事で良かった。こうしてまた生きて会えて、私もすごく嬉しいです」

 ざくざくと良心が痛む思いをしながらも、懸命に笑みを浮かべてなんとか表面だけは取り繕う。無難なことしかいえなかったが、まぁそれでも本人が嬉しそうに微笑むのでまぁいいだろう。
 ぶっちゃけて、自分の良心の呵責というか色んなものに耐えかねて製作しただけの、しかも色々打算というか個人的な目論見のもと出来上がった物に、そこまで感謝されると自分の適当さ加減に泣けてくる。やばい、こんなことになるならもうちょい真面目に作ればよかった・・・!完全なる善意と胸を張って言えないだけに、そっと無意識に胸元に手をあてて故意に彼の視線と合わせようとしない私は、間違いなく不審だろう。
 すげぇ罪悪感を感じます。ご、ごめんさない葛城さん・・・!そんな尊い御身とか言われるほどご立派な人間じゃないんです。そこらの一般人と中身何も変わりやしないんです。むしろそこらの一般人より自己保身根性が強いので性質悪いかもです!だからお願いですからその全幅の信頼の眼差しはやめて・・・!!居た堪れない・・・!めそり。多大なる勘違いに非常に、ひっじょーーーに!居た堪れなく思いながら、私はこのなんとも言えない空気と、自分がボロを出す前に、と故意に声を大きくして状況の改善に奮起した。

「と、とりあえず、立ってください、葛城さん。この格好ではお話し辛いので・・」

 本当にな!ひくひくと歪む口元を押さえ込みつつ、困ったように言えば葛城さんはそうですか?と言いながらゆっくりと立ち上がった。よかった、特別抵抗されないで・・・。ほっとしつつ、やっぱり立ち上がると私よりもはるかに高い背丈に、首を反らしながら私はしみじみと口にした。

「本当に・・また会えるとは思っていませんでした。それにしてもよく私を覚えていましたね?」
「それは私の方もです。いえ、姫が生きていることは信じておりましたが・・・私のことを覚えていてくださったのですね」

 そういって嬉しそうに口元を緩める葛城さんに、いやまぁぶっちゃけ忘れてはいたんだけど、思い出したというかなんというか、と口をもごもごとさせ、結局は誤魔化すように笑うに留める。ふっ。私に柊のような口先を期待しないでくれ。

「ところで、葛城さんは何故ここに?葛城さんもここの所属なんですか?」
「はい。若輩ですが将軍の任に就かせて頂いております。こちらには今朝方戻ってきたばかりなのですが、今後について大将軍と話をと」
「大将軍?」

 って、誰だ?こてん、と首を傾げると葛城さんがその瞬間、なんとも言えないような顔をして後ろを振り返り、それからぐぐっと眉間に皺を深くして、またこちらを向く。先ほどまでの穏やかさとは違った剣呑さで、葛城さんの背中越しに後ろを見やれば、岩長姫がにやにやと意地の悪そうな顔で笑っていたので、あれこれなんか面倒なことになってないか?と私はひくりと口元をひくつかせた。ああいう顔をする人間は、大抵碌なことを考えちゃいないのだ。

「・・・本来は、師君が大将軍の地位についておられたのですが、二の姫にその任を譲り渡したそうで、現在は彼女が大将軍です。・・・・一応」
「え、ちょ、大将軍って・・・姉さん?!」
「わ、私もいきなりだったんだよ!岩長姫がいきなりね?!」
「俺は千尋なら大丈夫だと思いますけどね。いきなりだったのは否めませんが」

 そういって苦笑する風早に、私はそういう問題じゃなくね?と思いながら、半目で岩長姫を見た。彼女はにたにた笑ってこちらの反応を面白がるばかりで、これだから食えない人間って!と額に手をあてた。わかってた、わかってたよ。起きたときから巻き込まれるだろう事は重々承知していましたともさ!でもさ、でもさ!大将軍とかなんだそれ!?姉さんなんて責任重大な逃げ道のない役目背負わされちゃってるの?!
 救いなのは、そんな厄介なものが私に回ってこなかったことだが、それにしても姉がその地位に納まるとして、一応妹たる私にまでなんらかの被害(言い方がちょっとあれだが)がくるんじゃないかと、びくびくなんですけど。え、私対岸の火事のごとく遠巻きでいたいんですけど?

「そ、それよりさ!、忍人さんと知り合いなの?」
「知り合いっていうか・・・まぁ、昔、ちょっと」

 はああ、と重たい溜息を吐くと、空気的に居た堪れなくなったのか姉さんが慌てたように話題を変えてくる。それに、頭痛い展開だなぁ、と思いながらも姉さんが私と葛城さんを交互に見比べるのに、適当な言葉が見つからずお茶を濁すと、風早がやはり目を丸くしながら感嘆を零すように唇を震わせた。

「本当に、驚いたよ。忍人、君もそんな顔するんだね」
「そんな顔、とは?」
「微笑むことがあるんだね、ってことだよ。そんな顔、昔でも滅多に見れやしなかったよ」

 というかあっただろうか?とばかりに首を傾げる風早に、むすり、と眉間に皺を寄せる葛城さんはふん、と顔を反らした。照れているのか不愉快なのか定かではないが、微笑ましげににこにこ笑っている風早はなんだか子の成長を見守る父のようだったと供述しておこう。
 それはともかく、忍人さんも別人だし!と拳を握る千尋姉さんに、別人?と頭に疑問符を浮かべた。何がどう別人?

「だって私と会ったときなんか、嬉しいどころか軽率だ!って言って怒られたし、そもそも微笑まれなんてしなかったよ。初対面で軽率だって怒るの、どう思う?!」
「それは君が武器も持たずにあんなところにいたからだろう。何が起こるかわからない場所で武器を手元から離すなど、殺してくれと言っているようなものだ」
「だからってあの状況でいきなりあんなこと言うのはどうかと思います!もっと他に言うことないんですか!?」

 喧々囂々と、何か溜まっているものでもあったのだろうか、噛み付くように反論する姉さんに、忍人さんの眉間の皺が一本深くなる。とりあえず、2人の第一印象はあまりよくないらしい、とその言い合いを眺めながら理解した私は、まぁまぁ、と宥めるように手を翳した。

「落ち着いて、姉さん。どういう状況でそうなったのかわからないけど、喧嘩はよくないよ、喧嘩は」

 仲良く、ね?彼なんか主要人物っぽいから、星上げとかないと今後どんなルートになるかわからないよ!とは裏事情である。大将軍なんて面倒な位置に就いたことも合わせると、今後の憂いを減らすためにも落ち着くように言ってやれば、どことなく不満そうながらもわかった、と頷いてくれる姉さんは良い子である。
 葛城さんは・・・別にさほど気にしてないのか(この辺り大人だね)軽い溜息を零した程度で特に突っかかることもなく、腕を組むに留まった。よかった、落ち着いて。ほっとしながらも、私は先ほどから微妙に引っかかっていたことを口にした。

「・・・ところで、葛城さん」
「はい、なんですか三の姫」
「・・・何故に姉さんには普通で私には敬語なんですか?」

 普通逆じゃね?と、先ほどからの彼の対応の違いに首を傾げれば、彼もまた首を傾げ、三の姫ですから、とよくわからない理論を展開させた。・・・どういうことだそりゃ?

「三の姫にはご恩があります。それに敬意を払うのは当然のことです」
「いや、いやいやいや。姉の二の姫には普通なのに妹に対して敬語だなんて、周囲に混乱を呼んでしまいますよ。逆ならともかく、姉さんは(嵌められたような気がするが)大将軍という地位も頂いてしまったことですし、王族とはいえなんの役目も力もない子供相手に将軍が敬語で大将軍にはそうではないなんて、問題行動になってしまいます」

 そして変な注目は集めたくないので、お願いだから普通に話してくれませんか?とは余計な部分は言わないまま懇願してみる。ここで私がこの人からの特別扱いに甘んじてみろ。素敵に面倒なことになりそうじゃないか!衆目を集めるのは姉さんだけでよいのである。
 それに、もう本当に、そこまで敬意を払ってもらえるようなことしてないんでお願いですから普通に接してくださいお願いします。お守りも悩み相談も成り行きだったというかほぼ自己保身のためで、私が、嫌な思いをしたくないから、しただけであって。たったそれだけの、自分の我侭のために払ってもらえる敬意なんて、ちぃっともないのである。

「三の姫・・・」
「私は、確かに、姫ですけど。でも、長いことここにはいませんでしたし、突然現れたポッと出の人間です。王族らしさもない、ただの小娘です。できることなんて片手でも余るほどで・・・お願いですから、姫と臣下ではなく、同じ仲間として扱ってくれませんか?」

 なにせ中身ただの小市民ですから。耳障りのいい言葉を並べ立てては見たが、本心はそれに尽きる。とりあえず目立ちたくない。奥に引っ込んでいたい。引きこもり上等。できる限り関わらない方向でお願いします。ぎゅっと胸の前で祈るように手を組んで、身長差故に図らずとも上目遣いという状況を達成しながら、じぃ、と見つめれば、葛城さんは言葉に詰まったようにぐっと喉仏を動かし、それから何かを考えるように目を伏せた。しばし沈黙が落ちると、やがて目をあけた彼は、それでも目元を和ませながらしょうがない、とばかりに肩を落としたのだった。

「・・・それなら、三の姫も俺のことは名前で呼ぶといい」
「え?」
「仲間、なのだろう?」
「は、はい!」

 よっし交渉成立!!パァ!と顔を明るくさせると、葛城さ、あ、いや。忍人さんは微笑ましそうに瞳を細、め・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ていうか周囲もそんな感じ?!はっと気がつけば生温い、良く言えば見守られているような視線に、一気に羞恥心やら居た堪れなさやら申し訳なさやら、とにかく諸々が濁流のごとく全身を駆け巡り、私は咄嗟に顔を隠すように俯くと慌てた調子でまくし立てた。

「あ、あの、そういえば私、朝食の用意が出来たので呼びにきたんです。忍人さんもよろしければどうぞ。私は準備を手伝うのでお先に失礼しますっ」
 
 そういい逃げするがごとく言い残して、さっと踵を返して会議室から外に出る。途中肩からちっとばかりに舌打ちが聞こえた気がしたが、気にする暇があるわけもないので、私はさして気にも留めずに重厚な扉から廊下に出て、ひんやりとした空気を肌に受けた。あぁもう、ただ朝食に呼びにきただけでなんてことだ!

「予想外なことが多いね・・・水樹」
「面倒ごともな」

 全くだ!溜息を零すように言った水樹に、こっくりと大きく頷きながら、私はとぼとぼと廊下を歩き出した。あぁ・・・どうか私には面倒な役目が巡ってきませんように。祈るように手を合わせ、そっと願うもその命運はどこぞの元大将軍の手の中だと、結局知らないままだったりするのである。