目覚め人の思いは何処をさ迷うか
道中、なにやら忍人さんと姉さんたちの間でちょっとした口論らしきものがあったけれど、まぁ、それ以外は特に問題らしい問題はなく。生憎と口論の内容はわからなかったが(那岐と丁度その場を離れたので)無事に辿りついた御木邑、という大分寂れた邑の中は私が砦以外で初めて見た外の風景だった。本来ならばもっと人の賑わいがあるであろう明るい邑も、領主が領主なせいか陰鬱として重苦しい空気に満たされている。
家の外に出ている人も少なく、活気とは程遠い姿はなにやら哀れみを覚えるほどだったが、それは今どうにかできることではない。なにせ今は、それをどうにかするための手段を模索中だからだ。できることならば不参加を決め込みたいところだが・・・致し方なし。
小さく溜息を零しつつ、邑の中央にでん、と聳える巨木の根元に近寄りその四方に伸びた枝の一本から吊り下げられている兜に視線を止めた。・・・?
「水樹、なにあれ」
「ん?・・・あぁ、ここの領主の権威を示すものだろう。ああいったものを己の代わりに安置することで、その場の支配権が誰にあるのかを示すものだ」
「へぇ。・・・あれ?でもそれって、確か千尋姉さんが射落としたんじゃなかったっけ」
その話聞いたとき、私初っ端からなんつー無茶しでかすんだと冷や汗流した記憶あるし。普通、いきなり敵認定受けるような危険な真似を、着て早々やらかす人間は物語の主人公ぐらいっきゃいない。あ、いや、姉さんは確かに主人公タイプだとは思うけれども。そりゃまぁ、現代人の感覚及び正義感の強い人間からしてみれば権威を振りかざし下位のものを虐げるような行いは許せないものだろう。
だがしかし、異世界に・・・いや元の世界?に戻って早々やらかすことでもないはずだ。亡国の姫君なんて立場、どう考えても敵に知られるには早すぎる。今はまだ潜伏してなきゃならない身としては無鉄砲にもほどがある、とついついお説教しそうになったエピソードを思い返し、首を傾げると水樹は亀の姿で器用に肩を竦めながら(動作的にそんな感じが)至極くだらないことを説明するように口を開いた。
「だからこそ、だろう。兜が落ちるということは領主の権威に泥がついたも同然。早々に元に戻すのは可笑しいことではあるまい?」
「あぁ、そっか。そうだよね、射落とされたままにするわけないか」
元に戻すなりなんなりすることは極普通のことだ。納得して頷きながら、つまりこれを永久に撤廃するには、根本をどうにかしなくてはならないということなのだとまざまざと見せ付けられた思いがした。それはなんて大変な仕事だろう、と今後を憂うように目を伏せつつ、ふいっと兜から視線を逸らす。しかしその先で不審な影を見つけ、私は僅かに眉宇を潜めた。
「・・・ん?」
「どうした?」
「んー、いや。姉さんがね」
うん、なんか邑から外れていこうとしてるからね。目立つ金髪とひらひらと揺れる衣服が、どんどん邑の奥、というよりも外れだろうか?ともかくも離れていく様子に眉を寄せて、きょろり、と周囲を見渡す。風早は忍人さんと話しこんでいるし、那岐はそこらに突っ立っているし・・・え、ちょっと誰も姉さんの傍にいないわけ?その事実に気がつくと、ひくりと頬を引き攣らせ、額に手を添えるとはぁ、と溜息を吐いた。
「・・・行くよ、水樹」
「あんの無鉄砲娘め・・・」
全くだ。苦々しい口調でぶつぶつとぼやく水樹に深く同意しながら、見てみぬフリもできず、結局私も姉さんの姿を見失わないうちに、と小走りにその背中を追いかけることにした。できることならば誰かに告げるのがベストなのだろうが、それをしている間に姉さんを見失ってしまいそうだ。こんなどこに敵がいるとも知れない危険な場所で、姉さんを1人にしておけるはずがない。かといって私がいることでどーにかなるはずもないのだが、そこはそれ。水樹もいるしきっとなんとかなるだろう。それでも払拭しきれない不安を覚えつつ、追いかけた先でなにやらこそこそと木陰に身を潜めている姉さんの姿に、益々怪訝に眉間に皺を寄せた。
・・・なんだ?あの不審な行動。この様子だと声をかけたら過剰な反応をされそうだが、かといってこそこそしている後ろを更にこそこそつけるっていうのもなんだか絵的に抜けている。ざあざあと聞こえてくる水音に、この先に水場があるのだろうか?と首を捻りながら仕方なく、なるべく音を立てないように注意してそっと姉さんに声をかけた。
「姉さん?」
「ひゃっ!?」
びっくーん!と肩を跳ねて、背筋をピンと伸ばした姉さんが言葉にならない声で慌ててこちらを振り返る。まぁ、大声にならなかっただけマシだが、それでもちょっとした物音には違いない。目を見開いて口をぱくっと開けた姉さんに、しぃー、と口元に人差し指をたてて牽制しながら、こてりと首を傾げた。
「こんなところでこそこそして、なにやってるの千尋姉さん」
「っ。び、びっくりするじゃない!」
「こそこそしてる姉さんがいけないんだよ。で、なにしてるの。勝手に皆のところから離れちゃダメだよ」
何かあってからじゃ遅いんだから。ぐっと拳を握り締めて少々眉を吊り上げ、怒ったように言う姉さんに呆れた目を向けて苦言を呈すれば、姉さんはうっと言葉を詰まらせてもごもごと口の中で舌を転がす。反論する気になれないように、ちゃんといけないことだという自覚はあるらしい。まぁ、これで悪気がなかったら始末に終えないが、自覚してるなら改善の余地はありだ。より性質が悪いとも言えるけど。とりあえず今のところは姉さんの行動に目を瞑ることにして同じように木陰に身を潜めながら、姉さんが様子を伺っていた方向を見やる。
ざあざあという水飛沫の音が一層大きく聞こえ、涼しげな水場の冷たさが肌を撫でる。ひんやりとした湿った空気に避暑地に向いてそう、などとつらつら考えると、水場の畔に2つの人影を認め、眉を動かした。
「・・・誰?」
「常世の人間だな。しかもあれは・・・黒雷とかいう輩ではないか」
「黒雷って・・・ここに来たとき姉さんが戦ったっていう・・・?」
「あぁ、あの大層腹の立つ小生意気な糞餓鬼だ」
水樹、言葉の端々に悪意が伺えます。なんだろう、あの人水樹に何かしたんだろうか・・・?ちらちらと、暗色の服に身を包み、何やら付き人?らしき人物と話し込んでいる黒雷・・・異名持ちということはとにかくお偉いさんを盗み見ながら、私の知らぬところで一体何が?と首を傾げる。まぁ、そんな私の知らない事情よりも、問題は現状である。
黒雷は常世のお偉いさん、しかも皇族と聞いた。しかもかなり強い将軍だとも。おいおい、そんな一発で私なんか捻り殺せちゃいそうな人物の後つけてたのかよ姉さん。なんて綱渡りしてんのか・・・!
「ちょ、姉さんなんでよりによって1番近づいちゃいけない人間の後つけてんの!」
「だ、だって気になって!」
「気になったとしても、1人で行くなんて無謀にもほどがあるでしょうに・・・っ」
ぐったりと肩を落せば、居心地が悪そうに姉さんは体を小さくする。大体何がそんな気になったというの。確かに重要人物がこんなところにいるということは気になるかもだが、しかしここは一応常世の支配下。土雷のお膝元だ。その人物のところにきたというだけならばそんな問題視することもないだろうし。とりあえず、相手がこちらに気がつく前にとっとと去るのが賢い選択・・・・
「さて、中つ国の姫君たちはいつまでそこにいるおつもりか?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちくしょう!!!姉さんの袖を引き、逃亡を図ろうとした矢先に笑い含みに声をかけられ、がくう!と地面に手をついて項垂れる。あれか、これは最初っから気がついてましたよははん的な流れですか?!思わず顔を両手で覆ってしくしく泣いている私とは逆に、姉さんはきっと表情を引き締めて、木陰からがさりと前に出た。って、うぉぉい!!姉さん、なんで素直に出てるの?!相手将軍!すっごく強いって有名な相手!無防備に姿見せていい相手じゃないでしょ!?思わずひぃ、と両手で頬を覆い、ムンクの叫びのようなポーズで引き攣った声が出てしまった。
そんな蒼褪めている私とは裏腹に、ぴんと背筋を伸ばして真っ直ぐに常世の皇子を見つめる姉さんは、ちょっと前まで普通の女子高生をやっていた人物とは思えない凛とした姿だ。
「・・・気がついていたの?」
「あれで気づかないとでも?お前達は間者に向かないな。目立ちすぎる」
ふっと口元に笑みを浮かべつつ、暗に最初からわかってた、と告げる様子にそりゃそうだろうな、と頷く。私も姉さんも、不本意ながら大層目立つ容姿と色を持っているのだ。しかも尾行術に優れているわけでもなし、気づかれるのは必然だったということか。
・・・さて、お前「達」と言われたからには姉さんだけでなく私がいることもとっくにばれているようなので、仕方なく(できるならこのまま木陰に潜んでいたかったのだが)立ち上がり、木陰から出て丸くなっていた背中を渋々伸ばした。けれども決して姉さんの前や横に並ぶようなことはせず、一歩下がった位置でなんとも意地の悪そうに可笑しそうな笑みを浮かべる常世の皇子を見やった。・・・・・・・うん。予想に違わず美形だな!
「そういう殿下も、姫君たちのことは言えないでしょうに・・・」
「リブ」
「や、これは失礼しました」
恐らく彼の従者だろう、糸目の男性の多少の呆れも、一つ名前を呼ぶことでかわす様子に随分と気安い仲なんだな、とじっと見つめながら考察する。気の置けないというか、少なくともただの主従というだけの仲ではなさそうだ。なんとなくだけれど。
・・・それにしても、常世の国とは随分中つ国と格好が違うんだな。見咎められない程度にざっと全身を眺めて、どちらかというと洋風の国柄なのだろうか、と剣や靴、服の形から推測を立てる。・・・皇子さまって格好だなぁ、なんか。
「さて、二の姫とは二度目だが・・・そちらとはまだ挨拶をしていなかったな」
「え?」
「あの時は随分と派手な登場だったが・・・そちらはまだ目覚めていなかったから知る由もないか。目覚めたようで何よりだ、天雪の白姫殿」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?
「・・・初めまして、常世の黒雷殿」
にっこりと、やけに自信満々に、いやこれは不敵というべきか?くっと口角を持ち上げて笑う黒雷に、僅かに眉を潜めながらも内心の疑問を出さないように注意して、あえて無難な挨拶を返す。
色々突っ込みたいというか、なんだその呼び名は!と問い詰めたいところをぐっと堪えて、私は引きつりそうになる頬を懸命を押し隠した。
天雪って・・・白姫って・・・なんぞそれは?ていうか派手な登場?え、私どんな登場したわけ?自分の知らないところで何か変なことになってしまっている予感をひしひしと感じつつも、突っ込むわけにもいかないしなぁ、と口を閉ざして曖昧に笑みを浮かべる。
日本人の特技を有効活用しながら、私は面白そうにこちらを見下ろす視線に居心地の悪さを覚えて目が合わないように視線を彼の額辺りに定めた。
・・・あぁ、この人も赤毛なのか。赤というよりも多少暗色系の色味ではあるが、それでも褐色の肌に浮かぶ赤い髪は少し収まりが悪いように跳ねている。自信満々に、余裕の態度でこちらを伺う様子も、どことなくあの人を彷彿とさせた。赤い髪に、不敵な態度。ニヒルな笑みと、そこはかとない色気。
あの人に、似ていなくも無い。もっとも、あの人の方がもっと偉そうで、傲慢な態度で、俺様で、もっと悪い感じはしたんだけれども。それでも、面影を重ねるように瞳を細めて、淡く口元を緩めた。重なる影を追いかけるのは、私の悪い癖だ。
それにしても、一応敵同士なのにこんな普通にお話していていいのだろうか?もっとこう、緊迫感とか緊張感とか殺伐とした空気とか流れるものじゃないの?いや、まぁ、常世サイドはわかるんだよ、あの余裕の態度も。きっと彼ぐらいなら私や姉さんなんてどうとでもできるだろうし、あの従者の人だって、きっと結構強かったりするんだろうし。だから向こうの余裕の態度はわかるんだけど、姉さんのこの余裕とは違うけど敵対者としての緊張感の無さはいかがなものか。黒雷を警戒している様子ながらも、どことなく敵として見ているとは言い難い姉さんと、その様子を面白そうに見ながら接している黒雷と、アンバランスな雰囲気を一歩引いた位置から眺め、眉を下げる。・・・皇子様なんて、真っ先に敵として出てくる名前であり最大の難所であろうに、こんな様子でいいのかなぁ、本当。
「・・馬鹿馬鹿しい。千尋、用が済んだならさっさと帰るぞ」
私が眉間に皺を寄せて悩み始めたのを見かねたのか、水樹がギロリ、と黒雷たちを睨んで姉さんに声をかける。そこで、姉さんはえ、でも、とばかりに顔を顰めたが、それ以上に黒雷やその従者がぎょっと目を見開いて私を見た。正確に言うと、私の肩にいる水樹に視線が集まったわけだが。
「亀が、喋った・・・!?」
従者がその糸目を僅かに開いて(いやもしかしてあれが最大の開眼率なのか?)マジマジと水樹を見る。常世には水樹みたいなのはいないのだろうか・・・?あ、いやでも、さっきまで一言も喋ってなかったんだから、普通の亀だと思われていても不思議じゃないのか。
いやでも普通の亀を肩に乗せてる人間はいなくね?驚愕を浮かべてこちらを興味津々に見る視線に私が見られてるわけでもないのに視線の先におのずと自分も入ることから、妙に居た堪れない心地になる。水樹など、隠しもせずに苛っとした空気を醸し出していた。
言葉にするなら「なにじろじろみやがんだワレェ」といわんばかりの怖い雰囲気である。
そんな中、水樹を興味深そうに眺めながら、黒雷は何かを考察するように、ぽそりと呟いた。
「妖の一種か?」
「いえ、多分もっと神聖な生き物だと思いますけど」
でも正直私も水樹がどういう生き物なのかはよく知らなかったり。でもとりあえず、妖ではないだろうとははっきりと断言できた。なにせ、彼からは空恐ろしいほどの神気を感じるのだから。出会った当初から、そう。彼はきっと神と呼ばれるに値する存在なのだと、否が応でもわかってしまったから。時折言動が神様?ってことになるけれども、そこはそれ。力そのものは神様といっても遜色ない。
まぁ、今現在肩からものすごく物騒な気配を感じるのですけどね。水樹の視線が刺し殺しそうなほど剣呑なのですけどね。今ぼそっとなんか恐ろしい言葉が聞こえたのですけどね。五七五で恐ろしい予告を聞いた気がしたが、あえてそこらはスルーして私は引き攣った笑みを浮かべる。隣で姉さんが「怖いもの知らず・・・!」と戦いていたが、彼らが水樹のことを知るはずもないのだから怖いもの知らずも当然だと思う。
ともかくも、一部で一触即発な雰囲気を漂わせていると、黒雷は「ほう?」とばかりに楽しげに瞳を細め、それからくつくつと喉を鳴らすとばさりをマントを翻した。黒い布がかっこよくもふわりと翻る。
「まぁ、妖か精霊か、興味深いが置いておこう。それよりも、そこの亀が言っていたようにこんなところにいていいのか?二の姫。レヴァンタの相手で忙しいと思っていたのだが」
口元に手をあて、何か含むように流し目を送りつつ(一々発言の仕方が上から目線なのはやっぱり皇子様だからだろうか)言った黒雷に、水樹をちらちらと伺っていた姉さんがはっと表情を引き締めて振り返った。ていうかこんなところて、それそっくりそのまま返したい台詞だ。あんたこそこんな所にいていいんかい。
「やっぱり、あなたは私とレヴァンタを戦わせようとしている?」
「さて・・・どうだろうな?」
あ、悪い顔。にやり、と笑う顔はいかにも企んでいます、と言わんばかりで、姉さんも顔を顰めるとすぐに真面目な顔を作り、それから慎重に言葉を選ぶようにして口を開いた。
「あなたが何を考えているのか知らないけど・・・もしあなたが私とレヴァンタを戦わせたいのなら、あなたならどうすれば勝てると思う?あなたは私たちよりも、レヴァンタや高千穂のことには詳しいでしょう?」
「ふむ、中々考えがいのある問いだな」
そういって楽しげに喉を鳴らす黒雷に、いやいや考えてどうするよ、と内心で裏手を決める。仮にもあんたの仲間でしょーに。そして姉さんも敵に敵を倒す方法を聞いてどうするのさ。まぁ、彼女も相手が真面目に答えてくれるとはさすがに思ってはいないだろうけれど・・・でも普通、面と向かってこんなこと聞かないよね。いささかの呆れを含ませて半眼で2人を見れば、おろおろと困ったように(恐らくは私と似たような心境の)従者の人が忙しなく姉さんと黒雷を見比べている。・・・あの人も、苦労人か。生温い視線を思わず向けつつ、ぽんぽんと進む会話に耳を傾けた。
「あいつは・・・武勲を誇るわりにまるで首を引っ込めた亀だな。邸に結界まで張って閉じこもっているところなんか正にそうだろう?レヴァンタを外へ誘き出すかせめて炎の結界をなんとかしなければ、話にならん」
「うん、確かに」
「炎の結界はあの日向の一族が作り出しているものだ。やつ等と戦うか、それともそれに上回る利益を示して寝返らせればあるいはどうにかなるかもしれんぞ?やつ等とレヴァンタは利害関係のみの間柄。そこをつけば寝返らせることは可能だろう・・・それが無理でも中立の立場ぐらいには持っていけるかもしれんな」
おぉ、さすが常世の皇子様。いや、この場合将軍というべきなのだろうか?予想外に的確な助言に、目を丸くさせていると姉さんは感嘆の息を零して肩を下ろした。
ていうか、ここでこんなことをいうとか・・・この人、もしかして・・・?ふと思い至ったことに胡乱な目を向けると、黒雷は語り終えて、さてどうする?といわんばかりに姉さんを見つめている。
その様子がまるでこちらの技量を推し量るような視線にも見えて、考察してるのはあっちも同じか、となんとなく背筋が寒くなった。・・・絶対私よりも的確な考察してるよね。洞察力とか凄そうだもん、あの人。そんなちょっとこっちが彼らに畏怖を覚えている間に、姉さんはどこか呆然とした様子で吐息混じりに瞬きを繰り返した。
「そこまできちんと答えてくれるとは思わなかった・・・ありがとう。どんな考えがあるかは知らないけど、参考になったよ」
「ふっ。では、せいぜい高千穂を攻略してみせるんだな、二の姫。どんな結果を出すか、楽しみにしている」
いい様、ばさっと漆黒のマントを翻して黒雷はこちらに背中を向けた。・・あ、髪三つ編みなんだ?マントに覆われた背中に、縄のようにしなる髪が動きに合わせて揺れているのを見つけて、ありゃ解いたら結構な長さになりそうだな、としげしげと観察した。
一々動作が芝居がかっているというか、別にわざとじゃないのだろうけれども、様になりすぎていて微妙な心境になる。皇子様の補正効果か・・・?いやこれは美形な敵の補正効果というものなのだろうか?美形はかっこよく去るべし、みたいな。なんかそんな感じの。
威風堂々という言葉がこの上もなく似合うように、ざっざっと草を踏んで去っていく背中を見送ると、慌てたように従者の人も殿下!と呼びながらこちらにぺこりと一礼をして彼の後を追いかけた。その様子に振り回されてる感じがひしひしと伝わって、大変そうだなーなんてぼんやりと考える。それでも彼らが去ったことにほっと胸を撫で下ろしていると、姉さんは小難しい顔をしてむぅ、と唇を尖らせた。
「黒雷アシュヴィン・・・話せばどんな人物かわかるかと思ったけど・・・あんなことを言うなんて、益々わからなくなったよ・・・」
溜息を零して頭を抱える千尋姉さんの見やりながら、まぁ、確かに、普通敵にあんな情報やら作戦やらをポロポロ話す敵はいないだろうが・・・なんというか、うん。比較的わかりやすい部類の人間じゃなかろうか?というのが実のところの私の見解である。初めて対峙したわけだが、あの人物、皇子という割りには態度はともかく、言ってる内容に嘘や虚言といった類のものはなかったように思う。いや所詮私なのでそんなに自信があるわけではないけれども・・・。それに、まぁ、先生に比べりゃ真っ直ぐで誠実そうだったし。言葉遊びではぐらかしはしても、きっと彼は誰かを騙す、嘘を吐く、ということはあまり好きな性質ではないのではなかろうか。からかったりとかそういうのは好きそうだけど。姉さんとか遊ばれそうだなぁ。
あの発言そのものも、間違ったものは何も無かった。正しく意見であったのだ。俺ならばこうする、という内容を伝えたに他ならない。それをどう吟味するかはこちら側の問題として、ああも真っ当な意見を言われると中々に度し難い。
ちょっと言い方があれでなんか企んでそうで多分こっちを何かに利用する予定っぽいなぁとか深読みすればいくらでもできるけれども、表面的には真っ当な意見すぎて・・・ふぅむ。イイ性格でも悪い性質ではなさそうだ。少なくとも柊よりはマシな気がする。
「他の皇子もこんな感じなのか・・・?」
なんにせよ、顔だけはよさそうだが。そこだけは一点の曇りもなく信用できることだ、と確信を覚えつつ、しかしそうなると確実に主要人物っぽいことになるよねぇ、と危機感も高まる。できるならば、あまり出会いたくはないものだ。
「しかし、私あとどれだけ変な名前つけられてるんだろう・・・?」
身の丈に合わないやたら美化された異名つけられてたら、恥ずかしさと居た堪れなさで穴の中に埋まりたくなるんだけど。
天雪の白姫って、本当なんなのだろう?どこをどうみてそうなったのか、とんと理解できないまま、私は溜息を零したのだった。