阿蘇に響くは鳥の歌声



 山は、思うよりもずっと騒々しい。それは私の周囲の人間の足音だとか、仰々しい狗奴の雰囲気だとか、話し声にあるのだとか、要因は色々あるだろうけれどふと誰もが口を閉ざした瞬間でも、山から音が消えることはなかった。木々の枝が伸びて頭上を覆い隠し、その隙間から覗く空と零れ落ちる陽射しに僅かに目を細め、じんわりと浮かんだ汗を手の甲で拭う。・・・こんな風にずっと歩きっぱなしなの、久しぶりだ。
 基本的に家の中にいることが多く、活発に外に出ることも少ないせいか、運動量が絶対的に足りてない。元々この世界にいたときだって宮の奥で引きこもっていたのだから(まぁそれは諸々の事情込みでの引きこもりだが)体力なんてつくはずもない。
 おまけにこの肉体は未だ成人とも青年ともほど遠い子供の体で、周りについていくだけでもやっと、といったところか。しかしあれだな、常々思うが目立っちゃいけない身分にしてはどえらい目立つよねこの面子。ぐるりと見渡す限り、明らかに一般兵とは思えない格好をした美形(身内含む)。おまけに色彩が色々目立つタイプばかり。しかも人間兵だけじゃなくておいおい悪目立ち、と言わんばかりの二足歩行の獣人もぞろぞろと・・・。
 九郎さんたちと旅したときも思ったけれど、なんでこう、欠片とも忍ぶ気が感じられないのかなぁ。ていうか九郎さんの場合、家紋を盛大に着物につけてたわけで、よくあれで源氏関係者とばれなかったものだと・・・。てか本当あいつら目立ちすぎだったと思う。
 格好に統一感がなかった上に色が目立ちすぎて・・・正直一緒にいてすごく離れたかった。一緒にしないで!私無関係!!って叫びたかった。無関係どころか諸に関係者だったけどね!
 ・・・まぁ、それに比べればまだマシ、か?いやいや、でも人間じゃないのも混ざってるし。いやでもこっちの世界じゃさして珍しくもないみたいだし。とうことは普通?こうやってぞろぞろ一般人じゃありませんよって感じで行軍しててもわからない?
 ・・・・そろそろ、普通の基準がわからなくなってきそうだ。そんなクエスチョンを浮かべそうな面子に囲まれ(ていうか私もそういう点では非常識なんだろうなぁ・・・外見服装ともに)ながらも、僅かに呼吸を乱して深く息をする。肺を膨らませ、ゆっくりと吐き出しながらこれは真面目に、と呟く。

「体力つけんと持たない・・・」
「どうした?三の姫」
「いえ、なんでもないですよ。それより、日向の根城はまだですかねぇ」

 呟き、私の後ろを歩いていた忍人さんが反応して声をかけてくる。先頭は千尋姉さんと風早と、あとこの辺りに詳しい狗奴が勤め、殿を忍人さんと他兵士が、その間に私や那岐、遠夜といった形で、何気にきっちり隊列が組まれてるんだよな、と感心を浮かべる。
 本来なら姉さんも間に挟まれるような形が望ましいのだが、多分この隊列の意味にあんまり気づいてなさそうだし、わかっても守られるを良しとしそうにないので、まぁ先頭でもしょうがないだろう。ちゃんと風早とか狗奴もいるし、万が一にはならない、と思いたい。
 そもそも荒霊?(生憎実物はまだ見たことない)は姉さんでないと浄化とかできないらしいし(怨霊みたいなものか?)、やっぱり後ろにずっと、というわけにはいかないのだろう。
 でも姉さん武器は弓だよねぇ、と思いつつ、笑みを浮かべながら問いを口にすれば、忍人さんは半歩下がりながらそれなら、と前方を向いた。

「そろそろつくはずだ」
「本当ですか?」
「どうやらそうみたいだな。見ろ、。開けてきた」
「ん?」

 肩の上で水樹が前を指差す。ちっさい亀の手に図らずとも可愛いな、と思いながら顔を前に向きなおせば、確かに。山道から一歩開けて、ちょっとした空間ができていた。内心やっとか、とほっとしていると、一足先にその場所の全貌を見たのか、先に行く姉さんたちが、うわぁ、と感嘆の声をあげた。

「すごい・・・これがサザキたちの根城なの?」
「遺跡みたいだけど、なんだよこのサイズ。何階建てなんだ?」

  しげしげと目の前に聳え立つ根城・・・いや古代遺跡の巨大さに、あの那岐ですら感嘆符を隠せないようにいささか呆然とした様子で見上げている。
 半ば周りの樹木や草、苔と同化している部分もあったが、それにしてもこの大きさ、圧巻の一言に尽きた。まさか山の山頂に、こんなぽっかりと大きな遺跡がまんま乗っかっているとは思うまい。長い年月の風化と共に褪せた石柱から伺える遺跡の年代、大きさは考古学者などからしたら涎物の産物ではなかろうか。世界遺産も真っ青だ。
 この時代、結構昔の時代だと思えるが、それでも更に過去があるのだと思うと、なんだか時の流れの悠久さに圧倒されるものがある。

「こんなの授業で聞いたこと無いよ!」
「違う世界の話を授業でしませんよ。父兄に怒られます」
「そりゃそうだね」

 むしらしたらしたでこの人大丈夫か?って思われる。姉さんの天然の入ったボケに笑顔で答えながら、風早は懐かしむような目線で遺跡を眺め、姉さんに説明するように柔らかく口角を持ち上げた。

「豊葦原には、時折こういう古い時代の遺物が残っているんですよ。この遺跡は特に大きいみたいですね」
「本当に・・・しかも結構原型が残ってるよね・・・」

 全体を見たわけではないが、樹木に覆われているとはいえ、入り口と思しき場所はあまり崩れた様子がない。どれだけ昔のものなのか想像もつかないが、遺跡というぐらいなのだから結構昔であろう。昔の建築物のほうが残りやすいってことなのかな。
 大工さんすげぇ、と思いながら眺めていると、ぼけっと眺めている私たちに、多少苛っとしたかのように、忍人さんが厳しい声で注意を促した。

「お前達、あまり声をたてるな。物見遊山ではないんだ。山賊共に気取られる」
「あ、すみません」

 そうだった。一応私たち敵の本拠地にきてるんだった。厳しい声に咄嗟に口元を手で覆いながら眉を下げると、忍人さんは一瞬視線を和らげてから、すぐに怖い顔を作って姉さんに向き直った。凛と真っ直ぐに背筋を伸ばして、淡々と張りのある声で遺跡にいる敵の情報を語りだした。

「日向の一族の山賊の規模は恐らく50から60。普段はこの本拠ではなく村に戻るものも多いらしいが、それでも数ではこちらが劣る」
「・・・思ったより規模が大きいんですね・・・」

 それは予想外だ。せいぜい10人とか20人とか、それぐらいなのかと思っていたのに二倍以上とか。そんな大勢で山賊やってるとか、どうした日向の一族。大丈夫かその一族。
 まぁ一族の規模がどれぐらいかも知らないので心配するのはお門違いだが、それでも中々大きな賊だぞこれは。あ、でも村には帰ってるんだよね?ということは受け入れられてるってこと?それはそれで問題がある気が・・・。
 思う以上の規模に目を丸くしていると、忍人さんは嘆かわしいことに、と難しい顔をして頷いた。そりゃ種族が違うとはいえ山賊が蔓延ってるとか、嘆かわしいことでしかないわな。

「だが、勝てないわけではない。相手の隙に乗じ、手早く山賊の頭領を捕らえることが勝敗の鍵だ」
「けど、こんなでかい遺跡でどうやってあのサザキって奴を探すんだ?」

 確かに。一目見るだけでもこの遺跡の大きさはかなりものだ。むしろ全体図の把握すらままならないのに、半ばダンジョンみたいになってんじゃね?とRPGゲームなら間違いなく考えるような遺跡の中を当てもなく探すのは私個人としてはかなり厳しいものがある。
 まさかモンスター的なものが現れるとは思いたくないが、出てきたらどうしろと?
 もっともな那岐の質問に、けれど忍人さんはその質問も想定していたかのように冷静に対応する。

「居場所の目星はつけてある。・・・真守(まがみ)

 目配せをし、短く忍人さんが誰かを指名する。その呼びかけにこたえるように、すっと音もなく近くに並ぶ二頭の狗奴の兵士が、その巨体と青みがかった灰色の体毛を揺らし、長い尾をぶんと一振りすると前に進み出た。

「近隣のものに聞いたところ、山賊が巣食うより前からこの遺跡は荒れていて内部は土砂に埋まり、入れるところは限られているそうです。山賊たちも立ち入れるのはほんの一部。その中に、一つ大きな広間があります。恐らくは、そこに」
「山賊の頭領、サザキがいるだろう」

 最後は忍人さんが締めくくり、説明はこれで終わりとばかりに口を閉じる。風早は感心したように目を丸くして、ぱちっと瞬きをした。

「驚いたな。随分念入りに調べてきたんだね」
「こちらが数で劣るといっただろう。僅かな隙も命取りとなる」
「そうだね。敵の情報を得ているに越したことはない」
「では、我等は行って来る。君たちはここで待っていてくれ」
「待ってください!」

 くるり、とさもそうすることが当然であるかのようにこちらに背中を向けた忍人さんに、姉さんが慌てて声をかけて引き止める。忍人さんは眉間に皺を一本深めながら、こちらを振り返り小さく溜息を吐いた。

「・・・なんだ?」
「サザキたちを捕らえるっていいましたよね?そうじゃなくて、説得して仲間にはできないんでしょうか?」
「なんだと?」

 姉さんのいきなりの提案に、忍人さんの鉄面皮が珍しくも大きく崩れる。ぎょっとしたように目を剥いた忍人さんは、しかし次の瞬間には更に険しい顔になって姉さんに詰め寄った。

「山賊を仲間に?・・・随分とお優しいご意見だ」
「でも、サザキたちも何か理由があって相手に従っているはず。その理由がわかれば仲間になってもらえるかもしれません。そうしたらこちらの戦力も増えて、有利になるはずです」
「そう簡単にいくものか。相手は土雷に従う山賊だ。話し合いに応じるとも思えない」

 むっつりとした顔で切って捨てる忍人さんに、しかし姉さんも負けじと食らいつく。

「そんなの、話してみないとわからないじゃないですか!」
「二の姫、君は戦いというものを甘く見すぎている。物事は君が言うほど容易くはない」
「でも、努力もせずにすぐに武力に訴えるのが良いことだとは私は思えません。話せばわかってもらえるかもしれないじゃないですか」
「・・・そうだね。千尋の言うことも試してみる価値があるかもしれないよ、忍人」
「風早?!」

 はっきりって、武将からしてみれば甘ちゃんだとしか思えないような発言に、眉間の皺を深くしていた忍人さんが、更に風早からの援護射撃に正気か?とばかりに目を鋭くした。

「彼らも土雷に好感を持っているようではなかったし、上手く運べば結界だけでなく、戦力を増やせるかもしれない。千尋のいうことも満更ではないかもしれないよ」
「そんなものは希望的観測にすぎないだろう!君といい二の姫といい、考えが甘すぎる」
「僕としては面倒なことが避けれるんなら千尋の案でも吝かじゃないけど。それで?実際千尋の言うとおりにするとして、どうやって話し合いにもって行くつもり?」

 ヒートアップする間に、早く終われ、とばかりに怠惰な態度で那岐が入り、さっさと決めてくれない?とばかりに千尋姉さんに話をふる。半眼になった目がいい加減にして欲しいといってるようにも見えて、あぁ面倒なんだなあ、と思わず苦笑した。
 姉さんは那岐の問いかけにうーん、と眉を下げて、困り顔になるとそれは、と少し口ごもった。

「具体的なことは言えないけど、でも会って話しをするしか・・・」
「正面から入っていくつもりなのか?!」
「だって、忍び込んだりなんかしたら話なんて聞いてもらえそうにないじゃない」

 ぎょっとしたようにそれこそ正気?とばかりに驚く那岐に、姉さんはむっとしながら真面目な顔で拳を握った。
 まぁ、話し合いには誠実さが必要だと思うので、姉さんのいうことも一理ある。が、しかし、馬鹿正直に突っ込むにはやっぱりちょっと不安が残るのも確かだった。
 話にならない、とばかりに溜息を吐いた忍人さんに、これじゃ却下されそうだなぁ、と私はちらりと一瞥して、そろり、と手をあげた。

「・・・私も、姉さんの案に賛成です」
「な、三の姫!?」
!」
「お、忍人さんの言い分ももっともというか、むしろそっちが当然だとは思うんですけど、でもやっぱり戦いが避けれるなら、話し合いという手段もないことはないと思うんです」

 戦わずに済むならそれに越したことはない。私は血なんて見たくないし、そういう気配からすら遠ざかりたいと思うのだから、話し合いで事が済めばこれほど最良の手段もないだろう。今まで沈黙していた分、私の意見に忍人さん含め兵士の皆様方も動揺した雰囲気を出すものだから、内心ちょっと、いやかなりびびりつつ、そ、それに!と声を張り上げた。

「多分中のことなら私わかりますし!」
「なに?」
「どういうこと?
「えーと、・・・まぁ百聞は一見にしかずということで。ちょっと待ってて」

 うぅ、こういう意見の言い合いとか苦手なんだよー。できる限り関わらずに事が終わるのを待っている派の人間としては、自己主張が苦手なので視線を集めるのもびくびくする。
 数度深呼吸をしてドキドキしている心臓を宥めながら、そっと手を前に持ってきてゆっくりとそれの名前を呼んだ。

「天地命鏡」

 リィン、と澄んだ鈴の音のような高い音が響くと(私の脳内だけかもしれないが)一瞬の空間の歪みと共に、ずっしりとした重みが両手にかかる。突然現れたように見える大きな鏡の存在に、周りが息を呑むのがわかった。

、それ・・・の部屋にあった?」
「うん。天地命鏡っていうの。一応これも姉さんの弓と同じ神宝、かな」

 同じ、一の姉さまから貰ったものだけれど。よもや普通に部屋においてあったものがそんなものだとは思うまい。いやでも普通の一軒家においておくものとしては異様な雰囲気があったのは否めないが。鏡を落さないように抱えなおすと、那岐が訝しむように首を傾げた。

「で、その鏡でどうするんだ?随分力のある神鏡だってのはわかるけど」
「天地命鏡は、邪気を祓うとともにあらゆるものを映し出す性質がある。もっとも、見えるものにも術者の力如何によっては差が出るから、万能ではないが・・・この遺跡の中程度なら探索できるだろう」
「つまり、天地命鏡で内部を探ると?」
「そういうことだ」

 説明ありがとう水樹。肩の上で私に代わり鏡の能力説明をさらりとこなしてくれた水樹に感謝しつつ、周囲の視線をちらちら気にしながら、じっと鏡面を見つめてイメージを固める。
 なんか心境は白雪姫の女王さまだ。鏡よ鏡よ鏡さん。遺跡の中を映しておくれーみたいな。いや、ふざけてるわけではないよ断じて。ただイメージがそんな感じだっていうだけで。
 しかし、そんな感じでも鏡はしっかりと反応してくれて、ただ覗き込む私の顔を映していた鏡面から、俄かに光が零れると、薄っすらと、徐々にその鏡に映るものが変わっていった。
 横から覗き込む姉さんが、うわぁ、と感嘆の声が聞こえる。

「すごい、これが遺跡の中?」
「ん・・・ちょっと待ってね。もう少し詳しくみるから」

 まずは内部の危険度だよね。罠とか何か物騒な生き物とかがいないかとか。ダンジョンだったらありえそうな事柄を念じつつ、じっと鏡を見つめる。・・・ふむ。やっぱりRPGとは違うのかな、特に通り道らしきところに罠みたいなものはなし、と。生き物も・・・まぁ別に危険視するほどのものはいないか。えーと次は山賊の人数?正確な人数がわかると動きやすいよね、っと。ひーのふーの・・・・ふむふむ。

「・・・見たところ遺跡の中に罠らしきものはないです。確かにいくつかの通路は土砂で崩れてますけど、忍人さんたちがいう広間に続く道は無事ですし、そこにもこれといって危険視するものはありません。山賊の人数も、思うよりも少なそうです。里帰りでもしてるんですかね?」

 この根城にいるものもいるが、邑に帰るものもいるといっていたから、存外ここにいる人数は元々多くはなかったのかもしれない。

「不安なのは頭目がいるだろう部屋までがほぼ一本道なので、こちらが裏を掻こうにもかなり厳しい状況ってところですかね。まぁでも、この人数相手ならこちらには忍人さんという歴戦の将軍や、狗奴の兵士もいますし、戦力的に劣ることはなさそうですよ。むしろ有利なぐらいじゃないですか?」

 うん、楽観視することはできなくても過度に心配することもなさそうだ。へらり、と笑うと肩の上で水樹もふっと鼻で笑うようにして口を開いた。

「安心しろ、山賊とやらがに攻撃してくるようならばすぐさま全員氷付けにして、逃げられないように羽をもぎ取ってやろう」

 くくく、と明らかに悪い笑い方をしながら冷ややかに告げる水樹の、物騒な発言に姉さんが心なしか怯えつつ、水樹から視線を逸らすように忍人さんを振り返った。うん、私も今の水樹の発言は怖いと思う。グロテスクだからやめてそういうの。想像したらえぐい!えぐすぎる!もっと穏便に!穏便にね?!

「み、水樹ももこういってることですし、どうですか?忍人さん」
「・・・・正直に言って、賛成はしかねる。その考えは楽観的に過ぎるものだ」
「そんな・・・・」
「だが」

 ばっさりと切り捨てられて、姉さんが落胆するように顔を曇らせる。しかし、忍人さんは一端言葉を区切ると、私を一瞥してから、ふっと顔を逸らしてぽつりと呟いた。

「不可能とまでは、言い切れない」
「!」
「三の姫の情報も信じるに値するものだろう。水樹の言葉も、現実になれば問題はない。・・・将は君だ。最終的には君が判断を下すといい。大将軍の言葉に俺は従おう」

 おぉ、なんという譲歩。想像以上に譲歩した忍人さんに、言ってみるものだねぇ、と水樹と顔を見合わせれば、彼は彼で当然だとでも言わんばかりにふんぞり返っている。
 姉さんは忍人さんの言葉に表情を明るくさせると、僅かの時間考えるように俯いて沈黙する。それから、顔をあげた姉さんは何かを決意した強い視線で、真っ直ぐに忍人さんを見つめると、背筋を伸ばして胸をはった。

「私は、やっぱりサザキたちともう一度話してみたい。・・・正面から、遺跡の中に入ろう!」
「うわ、とんでもないことになった・・・。いいのか、風早。こんな無鉄砲な作戦で。むしろ作戦ともいえそうにないけど?」
「いいんじゃないかな。正面突破、千尋らしいじゃないか。さぁ、決まったのならサザキたちを探さないとね」

 呆れ顔の那岐も、そんな那岐になんとかなるよ、とでもいうように朗らかに笑ってみせる風早。真っ先に先頭に立って突入しそうな姉さんに、忍人さんが叱責をする光景。
 行動が決まって俄かに活気付く周囲を眺めながら、鏡を異空間に仕舞いこんで、私はそっと胸元に手を置いた。
 ―――下手をしたら、この世界で始めての戦いになるかもしれない。どきどきと鼓動を打つ心臓の上で拳を作り、私は微かに唇を戦慄かせた。