女神様のお気に召すままっ
「認めない」
掌に納まる程度の電子媒体に向けて零れたそれを噛み締めて、もう一度、彼は囁く。
「絶対に、認めない」
冴え冴えと冷えた声音でありながら、零れ落ちた吐息の熱さはいかばかりなのか。
小さなディスプレイを指先でなぞりあげて、ふと落ちた目線が再び持ち上がり前を向いた瞬間、キラリと鋭敏に輝いた。それは獣が獲物を狙い定めたような獰猛さと執拗さを彷彿とさせるようで、見るものが見れば恐れ戦いたかもしれないし、自分に向けられたわけでもないのに息を呑んで身を潜めたかもしれない。
爛々と輝く双眸が一瞬の瞬きで隠れると、次の瞬間にはくるりと踵を返して部屋を出た。ぱたり、と静かに扉が閉まるとしん・・・と部屋の中は静まり返り、それがまるで凪いだ海のような静けさで、どこか背筋が寒くなる。
嵐の前の静けさのような一抹の不穏さが、そこには漂っていた。
※
こんにちは!日本男子フィギュアスケート唯一の特別強化選手という後輩くんたち早くここまでやってきて!と日々祈ってるどこにでもいるスケート選手の勝生勇利、もといどこにでもいるわけじゃねーよ!とセルフツッコミをお見舞いする異世界トリップ常習犯、そろそろ身を落ち着けたいなぁって思ってるです!
運命の悪戯か誰かの策略か何かの間違いか、本来ならば最下位で終わる予定だったGPFをまさかの三位入賞まで底上げして銅メダルに輝くという「ちょ、なんばしよっと!?」って神様からハリセン突っ込み貰いそうな改変をやらかしたので、ここはいっちょ軌道修正を行おうということで全日本出場辞退から始まり長期休養宣言をかまして四大陸、世界選手権をスルーという荒業を駆使して現在地元でまったり過ごしているよ!
一応元の勇利の時は全日本までは参加していたみたいだけど、後輩により多くの機会をあげるのも先輩の務め!ってことで今回は不参加。周りからは結構言われたけれど、まぁそんなもっともらしいことを言われれば今現在選手育成に力を入れ始めた協会も無碍にはできないっていう寸法だ。代表枠獲得とかまぁ色々事情はあるにせよ、今現在日本スケート界でまともに世界と渡り合えるのは私1人というお粗末な状況にある。後進の育成は日本スケート連盟にしても急務といえるのだ。来シーズンにおける枠が減ったとしても、今回のこの決断が今後の役に立てばいいなって思うよ。こうなるとホント選手層が厚いロシアとかが羨ましい限りだ。リビレジェの後進には妖精がいるというし、やっぱりアスリート育成への手厚さは段違いだよねぇ。
まぁ、そんな強い選手を育てるには経験値、というものは必要不可欠である。しかし経験値、などというものはそうやすやすと積めるものでもない。ましてや世界大会レベルになるとプレッシャーも半端ではない。より多くの経験が自分を支える糧になることは明白で、目の上のたんこぶ・・・失礼。いつまでも私のような年長者が居座るのもどうかと思うんだよね。スケート選手としては決して若いとは言えないので、後輩君たちには早急に世界レベルにまで駆け上って欲しいものである。大丈夫。皆経験値が足りてないだけで、光るものは持ってるからあとはどのタイミングで開花するかだけだ。
「勝生勇利」という絶対エース不在という状況が、彼らの着火材料になることを祈っている。ていうかほんと日本代表を1人で背負うのきついんです。先輩がいないって辛いね。なんで引退しちゃったんですかもうちょっと一緒に頑張ってくださいよほんと1人にしないで!!って泣き縋りたかった・・・!
まぁそんなこんなで今私はあらゆるものから解放された長谷津ライフを過ごしている真っ最中なのです。いやまぁ引退か続行かの選択はしなくちゃいけないけど、まだまだ先のことだし今は疲れた心身を癒すことに全力投球ですよ。
あ、とりあえずコーチであるチェレスティーノとの契約は一旦切っております。休養する身で忙しいコーチを拘束するのは忍びないし、彼にはタイの王子様を世界に羽ばたかせるという重要かつ重大な使命があるのだ。あと勇利も切ってたからね、ここはできるだけ沿うようにしている。勿論チィレスティーノは惜しんでくれたし引き止めてくれたけれど、最終的には私の意思を尊重してくれたから本当にいいコーチだ。復帰したくなったらいつでも言ってくれ、とまで言ってくれるなんて本当に愛情深い人だよ。
むしろピチット君の方が駄々捏ねてた気がする。ラインの履歴が空恐ろしいことになっておりますピチット君。まだ、まだ引退するかは決めてないから・・・!限りなく黒に近いグレーだけどまだ決めてはないから!!その内彼にタイに拉致されそうな圧力をライン越しに感じたのは気のせいであって欲しい。あ、でも旅行では行ってみたいな。観光案内頼んだらしてくれるかな?してくれるだろうな。携帯片手に振り回される勢いで観光案内をされている自分が簡単に想像できて、もうちょっと落ち着いてしたいな、と遠くを見た。まぁそれはおいおい考えるとして。
まぁそんなこんなで外堀も大方埋め終わり、まったり今まで碌々手伝いもできなかった実家の手伝いをしながらなまらない程度にスケートの練習も行っている。
実家の方は本当に、両親や姉にまかせっきりで何もできていなかったから、これを機に親孝行をしたいところなのだ。彼らは無理せんでええよ、と言ってくれるがしたいからしているので無理などととんでもない。・・・少なくとも、様々な人生を通してまともに親孝行ができた記憶は少ないので(むしろ親不孝ばかりしていたような気がする)こんな時でもなければちっとも返せやしないのだ。無論、彼らが思う孝行と私が考えるそれとは違うのだろう。親が子に思う幸せと、子が返したいと思う幸せは違う。彼らを見ていればわかる。父も母も姉も、勇利が勇利のあるがまま、望むようにしてくれればいいと思っている。したいことをしなさい、と背中を押せる親が一体どれだけいるだろうか。それは様々な事情からできない家族もあるだろうし、そもそもそんなこと考えもしていない家族もあるだろう。うちの親は、途方もなく器の大きい優しい人達だった。たったそれだけのことなのだ。
「まぁ、かといって手伝いばかりもできないけどねぇ」
すー・・と音も出ないような静けさで引かれていくブレードの細い筋はブレることもなく氷の上に曲線を描いていく。引いていく、というよりも本当に描く、という言葉が似合う姿に、足元を見つめながら吐息を零した。・・・演技するよりこういう競技の方が性に合ってたんだけどなぁ。廃止されたことが残念だ。私が「私」であった頃はさほどスケートに大きな興味もなかったしコンパルソリーなんてあまり耳にも目にもしてこなかったが、このスケートの美しさと重要性はやるごとに身に染みて感じている。
今やスケート世界はジャンプの世界で、いかに高く美しく、そして難度の高いジャンプを跳べるかが競技へのポテンシャルとなり勝利の絶対基準になっている。採点方法の変更なども大きく関わっているけれど、まぁ、花形ともいえるジャンプに衆目の目が集まるのは致し方のないことだ。私も派手なジャンプも難度の高いジャンプもすごいと思うし飛べたら気持ちいいと思う。重要だし、勝つには欠かせない重要項目だ。ただ、やっぱり氷の上っていうのは滑るっていうことが重要なので、このコンパルがまた復活されたらいいなぁ、とも思うよ。地味だし目立たないし見てる側は結構退屈かもしれないけどね。好きな人は好きな競技だよねこれ。
「勇利くーん!」
つらつらと取り留めもないことを考えながら氷上を滑っていると、遠くリンクサイドから声をかけられて動きは止めないまでもつい、と首を動かして声がした方向を見る。
眼鏡を今はしていないのでぼやけた視界で、大きく片手をあげてぶんぶんと横に振っている人影が形だけわかる。顔までは判別できないけれど、まぁ声と状況と経験を踏まえればそれが誰かなど考える必要もない。コンパルを止めてとん、氷を蹴れば一蹴りで大きく体は進む。それを何度か繰り返せば、そう時間もかからずにリンクサイドへと辿り着いた。
近づけばその姿形、顔も鮮明に見えてくる。ぼやけてみえるのは視力が悪い者の運命として、壁に手をついて動きを止めればリンクサイドで声をかけた人物・・・自分よりも二歳年上とは思えない、勇利の初恋の女性がその綺麗というよりは愛らしい顔に微笑みを浮かべてタオルを差し出した。
「もう、勇利君。集中するのはいいけど、ちゃんと休憩も取らなきゃ駄目だよ?」
「あれ、もうそんなに経ってた?」
タオルを受け取り、浮かんだ汗を拭きとりながら壁の上に置いておいた眼鏡をかけて大きな文字盤の時計を見上げる。・・・あ、はいこれは言い訳できませんね。
苦笑を浮かべてごめん、と謝れば女性・・・優ちゃんはしょうがないね、と肩で溜息を吐いて壁の上に両肘をついた。
「勇利君は本当に練習の虫だね。むしろ鬼かな?」
「鬼って。ひどいなぁ」
偶に時間を忘れるだけで、勇利ほど我を忘れて没頭することは少ないはずだ。ただ、まぁ、これだけ練習したんだから大丈夫、っていうバックボーンを作りたいから、人よりは練習に費やす時間は多いだろうけど。・・・ん?てか今更だが、「勝生勇利」よりはマシ、という基準は常人にしてみれば十分にオーバーワークなのか?
不意に、唐突に、脳内で電球がパッと点灯するかのごとく閃いた内容に愕然と目を瞬かせる。本当に、今更ながらに、自分が基準とするべき相手を間違えていたのではないか、という事実に思い至りぴくぴくと口角が引きつけを起こす。なんということだ。これじゃ結局どっこいどっこいじゃないか。勇利よりはマシ、なんてなんの慰めにもストッパーにもなりゃしない!勇ちゃんにベンチに置いてあるドリンクを取ってくれるようにお願いしながらも、勇利に成り代わって23年目にして突き付けられた根本的な間違いに、人知れずショックを受けて落ち込んだ。いやでも基準にできるのが私にとって勇利だけだったんだよ・・・こいつみて「これはいかん」と思って改善したつもりの範疇が他人からみたら十分に「やりすぎ」の範疇だなんて、夢にも思わなかったんだよ・・・。
「はい、勇利君」
「ありがとう、優ちゃん」
ドリンクを受け取り、ストローに口をつけて喉を潤す。喉を通りすぎていく冷たい飲料水の温度に癒されながら、まぁやってきちまったものはしょうがなし、と開き直りがてらぷは、と息を吐いて、この後はどうしようかと思考を巡らせる。
今現在フリー・・・というかコーチのいない私に練習メニューを組んでくれるような人はおらず、全部自分で組み立てていかなければならない。いくら私がほぼほぼ引退前提で休養に入ったとは言っても万に一つの可能性で現役復帰という未来があるかもしれない。それに関しては今後の世の中の動きによって変わるところだが、まぁ引退か続行かは五分五分と宣言した限りはそれなりにアスリートとして維持すべき最低限というものがあるのだ。体力はできるだけ維持しておきたいし、筋肉の質を落とすのも頂けない。競技から離れるというのはそれだけ選手としての自分を殺していくことになるのだが、それを承知で宣言したのだ。少なくともいざという時にリカバリーできる程度のことはしておく。まぁ、維持しておいて不利益を被ることでもないし、黙々と練習を積むだけなら精神的圧迫感もないので別にいいんだが。
とりあえずこのあと軽くジャンプ練習をして、それから一曲通しての全体練習、その後はミナコ先生のところでバレエで所作確認かなぁ。
そんなことを黙々と頭の中で組み立てていたら、不意に優ちゃんがぽつりと呟いた。
「勇利君は、もうスケートをやらないつもりなの?」
「え?」
ミナコ先生に連絡いれとこーと携帯のラインに打ち込んでいたところで、聞こえてきた問いかけに不意をつかれたようにきょとりと目を丸くする。携帯に向けていた視線を横に向ければ、存外に真剣な顔をした優ちゃんが物言いたげな目でこちらを見つめていた。
大きな目で、じっとこちらを見るその眼差しがどこか私を非難しているような、縋っているかのような・・・彼女の求める答えがわかりすぎて、私は苦笑を浮かべる以外に術がなかった。あー・・・うん。
「わからないよ」
「どうして?今だってこんなに練習してるのに」
現役選手だって、こんなに練習してる子そうはいないよ、と前のめりに言う彼女にそんなことはないだろう、嘯く。いや練習量に関してはともかく、現役選手の方がもっと真剣に熱心に取り組んでると思うよ。というか、多分それはコーチがちゃんと手綱握ってるから練習量はコントロールされてるんじゃないかな?と思いつつピコン、と音をたてて返ってきたミナコ先生の返事に感謝の言葉を返して携帯の電源を落とす。
「スケートは好きだよ。でもそれと、競技に復帰するのとはまた別の話だから」
「・・・私は、試合に出てる勇利君、好きだよ」
「ありがとう。優ちゃんにそう言って貰えると嬉しいな」
俯きがちに、それでも彼女の強い気持ちを籠めて呟かれたそれとは裏腹に、私は穏やかな気持ちでその俯きがちな旋毛を見下ろした。好意を向けて貰えるのは嬉しいし、惜しんで貰えることは選手冥利に尽きる。・・・うん。勇利が初恋引きずるのもわかるわぁ。
可愛らしい幼馴染がいくら異性に向けてではないとしてもこんな好意を純粋に向けてくれて、しかも言葉にまでしてくれてたらそりゃまぁ、引きずるよね。初恋なら猶更だよね。私、ぶっちゃけ勇利よりもこの人の方が魔性なんじゃないかと思う時があるよ。
中身が私だからこの距離感とスタンスでいられるだけで、真っ当な男であれば勇利のようになってもしようがないと思う。ただあいつはちょっと拗らせ気味だとは思うけど。やっぱりもうちょっと周囲に目を向けるべきだねあの子は。
さすがアイスキャッスルのマドンナ。あー・・・私の初恋っていつだったかなぁ。遠い昔の記憶を探りつつ甘酸っぱいなぁ、と思いながら少しばかり気落ちした様子の優ちゃんに私はふふ、と吐息を零すように笑みを浮かべた。
「優ちゃん。ジャンプ練習をしたあと通しで滑ろうと思うんだけど、何か滑ってほしい演目はある?」
「えっ」
「いつも助けてくれる優ちゃんにサービス」
なんでもいいよ、と言って茶目っ気をこめてウインクを飛ばす。ファンサの鬼と呼ばれたヴィクトル・ニキフォロフでもあるまいに、我ながらなにやってんだろうと思うけれど、彼目を丸く大きく見開いて頬を染めた優ちゃんにはそれなりに効果的だったのだろうか。
「ヴィクトルのプログラム滑ってほしか!!」
「そっちか。・・・いいよ。どれ?」
「えっとえっと、あぁどれも見てみたいぃぃ・・・!」
そういって、焦った様子で必死に脳内で過去のヴィクトルのプログラムを漁っているのだろう彼女に、私はそうでもないけど優ちゃんは割とガチめのヴィクオタなんだよなぁ、と遠い目をする。頬を染めたのはウインクにとかじゃなくて単純に期待感からだったらしい。うーん。ブレないな、優ちゃん。スケオタでヴィクオタの優ちゃんならさもありなん、といったところだろうか。
ジュニアの頃から群を抜いていて、容姿もスケートも華やかだったヴィクトルは老若男女幅広くファンを集めるスタースケーターである。かつての勝生勇利がそうであったように、勇利がヴィクトルに傾倒する原因でもあった彼女が納得のヴィクトルオタクになるのは・・・まぁ、自然なことであろう。いや私も好きだけどね?好きだけど、まぁ、ここまでじゃないから・・・。
「勇利ーこれ!」
「これ滑って!」
「勇利なら滑れるでしょ!」
「え?」
まあ決まるまで休憩かなーと悩みに悩み抜いている優ちゃんを微笑ましく眺めていると、突然に下からにゅっと同じ顔が三つ、スマフォを両手に現れた。思わずぎょっとして組んだ腕を解きつつ僅かに壁から背中を放して並んだ顔を見下ろす。け、気配を感じなかったんだけど・・・!え、この子らすごくない!?私が油断してただけ?!
「空挧流、流譜、流麗!?」
「ちょ、三人ともまたママのスマフォを勝手に!」
三つ並んだ同じ顔・・・西郡家の三つ子は、憤慨する母親の声など物ともせずに、何かの動画を映したままのスマフォをぐいぐいと私に向けて見せつけるように差し出した。その勢いに思わずスマフォを受け取り、これはこの子らの要望も聞かなきゃいけないのかなーと思いつつ動画の再生ボタンをタップする。通信速度も関係なく、流れ始めた音楽と映った映像に、私はピクリ、と眉を動かした。
「これは・・・」
「今季のヴィクトルのフリープログラム・・・!」
一緒にスマフォを覗き込んだ優ちゃんの目がキラキラと星を飛ばして輝く。その吐息に恍惚としたものが混ざり、うっとりと蕩けたように動画のヴィクトルを見つめる姿はまるで恋する乙女のようだ。これでも夫がいる身なのですよ優子さん。
まぁ旦那の方はいつものことだと気にもしないだろうが・・・さて。しかしよりにもよって「これ」かぁ。思わずむっつりと口を閉じて考え込むが、三つ子はそこの機微には疎いのかはたまた我が道を行くだけなのか、これがいい!と主張を強める。
「ヴィクトルの完コピみたい!」
「勇利の「離れずに傍にいて」が見たい!」
「ねぇねぇママいいでしょ?」
「くっ。わが娘ながらなんてチョイス・・・勇利君、お願いします!」
「うわぁ、流れるような連携だね」
いかにも娘のお願いに負けました感を出してるけど、単純に優ちゃんのツボだっただけじゃないかなこれ。よっしゃ!と三つ子が下でハイタッチをしているのを横目でみつつ、うーん、と困ったように眉を下げた。いや、確かに滑るとは言ったけど、これは、うん。
「・・ほかのヴィクトルのプロじゃだめ?」
「えー」
「えー」
「えー」
「えー」
「すごい、そっくりだ」
え、待って皆すごい似てるんだけど。三つ子はともかく親ってこんなに似るの?え?
全く同じ表情とタイミングでのブーイングに逆に感心しながら、私はとりあえずリピート機能を使って延々動画を繰り返しつつ、考えるように視線を斜め上に持っていく。うぅむ・・・このプロは色々と因縁があるからできるだけ避けたいプロなのだが、子供と女性のお願いは無碍にしにくい。しかし、これを滑ることによってよからぬことが起きそう予感もひしひしとしているのだ。そういう因縁めいた何かを感じるのは穿った見方だろうか?あぁでもなぁ、とちら、と横目を向ければ、両手を組んできらきらうるうると目を潤ませる四つ子・・・じゃなくて三つ子とその母の姿がダイレクトに視界に飛び込みうっと圧倒される。期待と希望を籠めた熱い眼差しはこれでもかとチクチクと私の全身を突き刺し、ぬぅん、と低く唸った。・・・まぁ、勇利が実際にこのプロを滑った時期とはズレてるし、三つ子にはアップロードさえしないように言い含めれば外部に流出することもないだろう。動画を取るのは別に構わない。練習も兼ねてるし、動きをチェックするのにはもってこいだからだ。
頭の中で諸々を考えた結果、要するに内部だけで事が済めばいいのだ、と結論を出してしょうがないな、と肩を竦めた。
「オーケー。「離れずに傍にいて」だね。ちょっと動きの確認するから、滑るのはもうちょっと後でいい?」
「やった!」
「さすが勇利!」
「太っ腹!」
「勇利君ありがとー!」
「いえいえ。あぁ、それから空挧流、流譜、流麗。動画を取るのはいいけど、それをSNSだの動画サイトだのにアップしたら駄目だからね?」
イエーイ、とハイタッチをかわす三つ子に釘を刺すようにちくりと言えば、三人の頬が盛大に膨らんだ。不満も露わにブーイングが飛んでくるので、空挧流の旋毛をぷす、と指先で押してそれから宥めるように頭を軽く撫でる。
「当たり前でしょ。これは君らにだけ見せるものなんだから。僕と、優ちゃんと、空挧流たちだけの秘密だよ」
流譜と流麗の頭を言いながら軽くぽんぽん、とタッチしてしぃ、と人差し指を口元に持って行き含みを持たせるように目を細める。パパにもないしょ、とダメ押しで言うと、三人はぽかーんと口を開けてから、こくん、と頷いた。ん。良い子。
いくらおませで年の割にしっかりしている三つ子とはいえ、まだまだ6才の幼稚園児だ。それにしたら色々できすぎて年齢詐称してるんじゃないかと思うが、それ私が言えた義理ではないなと思うのであえて触れずに置く。さておき、そんな西郡家の三つ子ではあるがやはりこういった言い回しには弱いのだろう。秘密とかないしょとか、特別感を出すと子供って結構従順だよね。彼女たちも例に漏れずでよかったよかった。
「勇利君がうちの子を誑かしてる・・・!」
「え?」
なに?ごめん上手く聞き取れなかったんだけど。ぼそっと呟いた優ちゃんに聞き返すが、なんでもないよ!とやや語尾も強く言い切られたので、大人しく引き下がる。
ただ不穏な単語が聞こえた気がしたんだけどなぁ・・・まぁ、あまり聞かれたくなさそうだからあえて聞くこともないか。小首を傾げ、自己完結をしてからそろそろ練習に戻るか、と動画を消して携帯を優ちゃんに返しさっと氷を蹴る。
それにしても離れずに傍にいて、かぁ・・・。
「・・・どうしても、「勝生勇利」にこれを滑らせたいのかね」
でも中身私だから、あんまりいい出来にはならんと思うけどなぁ。