地球人的野菜生活。



「ほーこれが赤ん坊ってやつかー。ちっけぇなぁ」

 そういって、なんだかすごくぼやっとした形の何かが覗き込んできた。
 目を開けているはずなのになぜだか視界がすごく不明瞭で、何度も瞬きをしてみるけどやっぱり私の周りは不明瞭だ。なんとなく、明るい、暗い、がわかるぐらいで、遠くのものの形などよくわからない。ただ声と反応からするに、人なのだろう、と判断する。あ、この感じ、何回目だ私。

「お、チチ!こいつこっち見たぞ」
「んだ。悟空さの顔さずっと見てるだなぁ。ふふ、ほーら、おっ父だぞー」

 くすくすと、とても幸せそうな、柔らかく優しい笑い声が降ってくる。この世の幸せを全部詰めたかのような、泣きたくなるほどに優しい、声。漠然と、これは母親の声なのだと理解した。愛しい、愛しい、嬉しい、大好き、幸せ。そんな一杯の甘い甘い砂糖菓子のように甘く蕩けるような声音は、強くも凛々しい、母親の。それに気が付いた時、体を包む暖かな腕の中で、ぱちりと瞬いた。
 瞬きを幾度繰り返しても、私の視界は一向に明瞭にはならなかったけれど、それでもただなんとなく、目の前にいるぼやっとした人も、私を抱き抱えている人も、私の「親」なのだと理解した。父親と、母親。私を生んだ人。そしてこれから、育てていってくれるのだろう人達。その時思ったのは、またか、という諦めだったのかもしれない。喜びでも感動でも驚きでも恐怖でもなく。また、繰り返すのかと。また私は、この記憶を抱いて生きなければならないのかと――。
 幾度も持ちこす記憶の欠片たち。何時になったら私は、「私」でない「私」になれるのだろうか――そんな苛立ちと憤り。ふつふつとわき起こるそれらに、感情が高ぶっていくのがわかる。目の奥が熱い。息が乱れて、じわりと滲み出てくるもの。制御が利かない、と思った。あぁ、そうだ。赤ん坊の時は、殊更情緒不安定で、まるでそれは、肉体に刻まれた本能のような衝動で。

「うわ、わっ!チチ、泣きそうだぞ?!」
「子供は泣くのが仕事だべ。ほーらほらちゃん、おっ母がいるから怖くなんかねぇだよー」

 慌てる声。それに反して余裕すら感じる声。ぽん、ぽん、と背中を緩やかに叩かれて、同時にゆらゆらと体が揺れる。そのリズムのなんと心地の良いこと。
 そこまで考えて、ふと感情が急激に冷めていくのがわかった。宥める母の声。体を包む暖かな腕。目の前で慌てる父親の、恐る恐ると伸ばされる手。その堅く節ばった手が頬に触れた瞬間、その暖かさに、縁に溜まったしずくが、ほろりと零れた。

「お、泣きやんだぞ。にしても赤ん坊ってのはやーらけぇんだなぁ」
「悟空さ、抱いてみるけ?」
「いい!?いいよ、オラは。なんか壊しちまいそうだ」
「そんな簡単に赤子さ壊れねぇだよ。ほら、腕出すだ」
「チチ~・・・」

 情けない父親の声がする。当惑したように、多分目線は縋るように母親に向けているのだろうな、と思いながら、笑いたくなった。
 あぁ、優しい、人達なのだ。きっと。とても。こんな私を、愛してくれるような、大切にしてくれるような。そんな、優しい、人達なのだろう――だからこそ、そっと、目を閉じた。

「ん?チチ、眠っちまったぞ」
「しょうがないだな。悟空さはまた今度抱っこしてやってけれ」

 優しい声が降ってくる。穏やかな笑い声が響いてる。暖かな手が、頬を撫でていく。あまりにもそれが、惜しみなく与えられるものだから。当然のように、注いでくれるから。ごめんなさい、と、言えない言葉をそっと仕舞い込んだ。