地球人的野菜生活。



「だーう、あっだぁ!」

 何を訴えたいのかいまいちわからない、舌ったらずな呼びかけに答えるように手を伸ばせば、にこぉ、と笑って相手もちっちゃなぷくぷくの手を伸ばしてきた。
 自分の手も似たようなぷくぷく加減だがさておき、ぎゅっと握られて、ぶんぶんと力強く振り回される。おいこらまて生後数か月。まだそんな力ねぇだろお前。と、突っ込みたいけれども実際私の手はちっちゃなちっちゃなもみじみたいな手に握られてぶんぶかと振り回されているのだから、現実として受け止める他ない。
 とりあえずあやすように好きなようにさせていると、余計興奮してきたのかなんなのか、だぁ!と赤ん坊にしては大きな声をあげて握っている手とは反対の手を張り手のごとく突き出してきた。反射的にその張り手から逃げようとしたが、まだそんな咄嗟の反応についていけるほど身体機能が発達していないせいか、バランスを崩して後ろに倒れる。無論、手を突き出してきた相手も、同じようにバランスを崩して、だ。
 そうなるとどうなるか。まぁおわかりのことだろうと思うが、当然のこととして、どしゃぁ、と盛大に後ろに倒れますよね。ついでに言えば、私の上にはこの事態を引き起こした元凶が乗っかるような状態になるわけで。手を図らずとも繋ぐような形になっていたので、相手のバランスが崩れずとも多分道連れにしていたことだろうが。とはいえ、赤ん坊とはいえ、同じく赤ん坊たるわが身にしてみれば結構な重さだ。ぐえ、と言葉にならない呻き声をあげて背中からベビーベッドの上に倒れこんだ私は、人の上で何が起こったのかさっぱりわかってませーん、とばかりにきょとーんとしている赤ん坊・・・私の双子の兄を見上げた。これ、普通の赤ん坊だったらぎゃん泣きしてるところだぞ。
 幸い(?)にも、私は中身が私なのでちょっと背中痛いかなー?ぐらいで終わっているけれども、真っ当な赤ん坊であれば今頃大泣き、つられてわが兄上殿も大泣きすること間違いなしだ。結構この子泣き虫だし。いや、泣くのが仕事みたいなものだから、それは当たり前のことなのか。自分が赤ん坊になったことはあっても、自分が赤ん坊と接したことはあまりないので、どこまでが普通なのかわからずに首を傾げる。つられて、兄・・つっても双子なので正確には兄とも言い難い。中身でいえば私の方がお姉さんだし、通常は名前で呼んでいる(内心で、だが)ので、あまり問題はないのだが・・・名前、ねぇ。複雑な心境が一瞬にして心中を駆け巡ったが、そこまで考えて、にぱぁ、と笑った赤子が、そのままぺたぺたと顔を触り始めたので中断せざるを得ない状態になった。おうふ。ちょ、口の中に指突っ込もうとするでない!好き勝手に顔中を触っては引っ張ったり抓んだり、穴という穴に指を突っ込もうとする見境のなさに、さすがにこれは、と無遠慮な両手を握って封じる。動けなくなった手にうー?と首を傾げて、しばらく私を凝視している兄の顔を見つめる。そろそろどうやってこの子上から退かそうかしら、なんて考えていると、不意に今度は茶色いもさっとしたものが顔をさわさわと弄り始めた。なんという不意打ち!思わずぶふ、と息が漏れ出たが、私の両手は塞がっている。防ぐ手立てはない。・・・と、言いたいのだけれど。

「チチ―。飯取ってきたぞー」
「おかえりなさい、悟空さ。今日は魚だべな!」
「おう。うん?悟飯と、なにやってんだ?」

 ズルズルズルズル。やたら重たいものを引きずるような音と同時に、聞きなれた父母のやり取りが聞こえて首を動かす。出入り口で母に迎えられた父親は、その肩に身の丈以上はある巨大魚を担ぎ上げていて、もう何度もみたとはいえ、どんな馬鹿力だ、と私は目を半眼にした。最初にあれを認識したときは、父親の馬鹿力もそうだが、あんな巨大な魚が海も近くにないというのに存在しているこの生態系にびびったものだ。しかも定期的に。何匹も。どんだけいるねん巨大魚。
 時には巨大な熊だったり虎だったりあとよくわからん爬虫類系とかも狩ってくる父親のアクティブを通り越したデンジャラスな行為には度肝を抜かれるが、それを苦も無く捌いて調理しちゃう母親も母親だ。・・・私、まだ人間ができる範囲の中でしか料理できないですよ、お母さん。果たして成長して、あの巨大な魚やら熊やら虎やらを捌くことができるのだろうか、と将来の懸念を覚えつつも(あんまりしたくないなぁ・・)、私は助けを求めるように父親に向かって手を伸ばした。

「ん?どうした、?」
「だーう」

 呼ばれたのがわかったのか、父親はどしぃん、と魚を床に下してこちらに向かって歩いてくる。派手というか明るいというか、目にも鮮やかな山吹色の道着と特徴的なカニ頭がもっさもっさと動く様はなんとも言えない。アー・・マジで、なんともいえない。

「あ、きゃぁ!うー」
「おー悟飯。と遊んでんのか。でもなんでおめーの上に乗ってんだ?」
「うー」

 そういって、不思議そうに首を傾げる父親に、それはどうでもいいからはよこの子退かしてくれよ、と目で訴えるも、通じないのかへらへらと笑って兄・・・悟飯の頭を撫でるだけだ。いやだから私を助けてお父さん。そろそろきつい、いや本気で。

「悟空さ、すぐご飯さ作るから、二人をちゃんと見ててけれ」
「わかった」

 そういって、魚を台所に引きずっていく母親を横目に、父親は腕を伸ばすとひょい、と悟飯を抱き上げた。・・・助かった・・・。お腹の上に乗っていた重みがなくなり、ほっと息をするとくん、とお尻が引っ張られる。・・・正確に言えば、お尻ではなくお尻、よりやや上の尾てい骨部分から伸びた尻尾が、ではあるが。
 顔を向ければ、お父さんに抱っこされて嬉しそうな悟飯が、私の尻尾を自分の尻尾に絡めたまま放そうとしていないのだ。第三の攻撃・・・尻尾の動きを封じるためにこちらも尻尾を抗して動きを封じたのだが、絡まり合ったままのそれはまるで小猿の戯れのよう。・・これが自分に生えたものじゃなければ微笑ましいで終わるのになぁ・・・。よもや自分の体から人間のものじゃない一部が生えてくるとは思わなんだよ。
 くねくねと動く尻尾で上機嫌な悟飯と絡ませて遊んでやりつつ、父親の仲良いなぁ、おめぇら。という微笑ましげな声を聞きつつ、なんだかなー、と仰向けに寝転がったまま苦笑を浮かべる。いや、苦笑になってんのかは知らないけど。
 悟飯。悟空。チチ。それが今生のわが家族の名前である。しかも双子の兄弟である悟飯と私には、茶色い毛の生えた長い尻尾が生えていて、お父さんは特徴的な髪型に鮮やかな山吹色の道着がトレードマーク。お母さんは美人だけれども、その癖の強い訛りと中華服が特徴的で、子供にべった甘。あぁそうとも。そうだとも、視界がはっきりして、周囲のことが把握できるようになって、ようやく思い至ったとも。いや、思い出したというか、なんというか。

「だー・・・」

 できれば何も思い出さずにいたかったなぁ、と思いつつ私は小さな両手を握っては開いて、これから先の未来に遠い目をした。
 彼の有名な国民的、いや世界的漫画。巨匠が描く世紀のファンタジーバトル漫画。現代っ子たちはいざ知らず、ちょっと昔の子ならほぼ誰でも知ってるスーパーヒーロー。地球育ちの宇宙人。宇宙で一番強い男。最強家族の異名を欲しいまま。
 そう、この世界は、あのドラゴンボールの世界、なのである。おいおいおいおいドラゴンボールとかなにその死亡フラグのオンパレードな世界はよぉ!
 気が付いた瞬間、絶叫しなかった私は号泣もしなかったが、半分魂が抜け出かけていたのは間違いないだろう。固まった私に両親が慌てていたし。
 大体、よりにもよって主人公一家の家族に転生とかこれなんの苛めなん?この家族の巻き込まれ率半端ないのよ?!というか事の中心地だし!主に父親のせいでな!全く私に若い身空で早々に死ねというのか・・・!・・・いや、むしろ主人公一家にいた方が生存確率は高いのか・・・?闘うのは主に父親と・・・あと名前と性別からして漫画正規の息子たる悟飯ぐらいだし、そういえばお母さんとかは基本家にいるだけでその辺ノータッチだったから、地球規模で何か起こらない限り大体生き残っていたような・・・?
 いやでも、この漫画、世界というか地球という星と宇宙規模で死亡フラグがバンバン立つから、どっちにしろ喜ばしくないような。そうだよ。このバトル漫画の規模といったら、世界なんてものじゃない。宇宙だ、地球の危機だ。人類滅亡フラグなんて日常茶飯事だ。・・・いやな日常茶飯事だな。しみじみと思いつつ、それでもどうしようもないことなのだ、と私は尻尾を絡ませ合ったまま、ぐったりと力を抜いた。
 願わくば、この世界が原作とは違って至って平凡且つ平穏な未来を迎えられることを、切に願っている。
 まぁすでに修行大好きな父親がいる時点で無理っぽいけどね!