地球人的野菜生活。
僅かに開けた窓から、ふんわりとカーテンを揺らしてそよ風が入り込む。緑の匂いを多分に含んだ風が前髪を揺らし、心地よく肌を撫でていく。誘われるように目線を窓に向ければ、そこに広がるのはどこまでも続くのではないかと思うほどに広大な大森林だ。視界のどこにも、人工的な建造物など入りはしない。しいていうなら築何年かと思うぐらい古い一軒家、というよりも小屋という他ない建物が建っているぐらいだが、あれは父親の大事な実家なのである。まぁしかし決して景観を損ねることはなく、むしろ同化しているといっても過言ではないので、今更気にもならない。
生まれた時からそこにあるのだから、当然といえば当然か。不意に窓の先にピチチ、と鳴きながら小鳥が止まった。人慣れしているのか、そもそもこの世界の動物が人懐こいのか知らないが、逃げることもなく窓ガラス越しに見つめ合って、くすりと笑う。手を伸ばしてガラス越しに指先をこつこつとあてると、しきりに首を捻って、まるで真似をするかのようにこつんと嘴をあててきた。その仕草が可愛くて相好を崩すと、どたどた、と慌ただしい足音がドアの外から聞こえて、驚いたように小鳥が飛び立っていってしまう。その動きを目で追いかけながら、ゆるりと首を部屋の出入り口に向けると、ばたん、と騒がしい風情でドアが大きく開く。
「!ただいまっ」
「おかえり、悟飯」
頬を上気させながら、ひょろりとお尻から生えた尻尾を動かして悟飯がばたばたと駆け寄ってくる。ベッドの縁に取り縋るようにぼふん、と音をたてて突撃すると、悟飯は目をきらきらさせながら、少々泥にまみれた顔で私を見上げた。私は見かねて、熱があったために冷やすように置いてあった桶の縁にかけてあるタオルを手に取り、悟飯の泥のついた頬を軽く拭い取る。・・・この子、もしかして帰ってきて即行でここにきたのだろうか。きたんだろうな、多分。ぐしぐしと泥を落とすと、悟飯はありがとう、と言いつつ、丸い円らな目でこてん、小首を傾げた。
「、もうお熱は下がったの?」
「うん。大丈夫だよ。悟飯は今日は何処行ってたの?」
「えっとね、お父さんとね、滝まで行ってね、あ!あのね、お花摘んできたの!」
そういって、はい!と小さな手に力強く握られて多少へたっている花が差し出される。ピンク色が濃く鮮やかな大振りの花と、どこか得意げな悟飯の顔を見比べて、にっこりと笑みを浮かべると、そっと多少頭を垂れている花を受け取った。
「ありがとう、悟飯。綺麗な花だねぇ」
「うん。それね、クリンソウっていうんだよ」
「クリンソウ?よく知ってるね」
目を丸くするとえへへ~、笑いながら、嬉しそうに悟飯の尻尾が揺れる。まぁ表情に出るのもそうだが、大抵感情が尻尾からも見えるので悟飯の喜怒哀楽は非常にわかりやすい。まぁこの年の子が早々感情のコントロールなどできるとは思えないけど。できたらやだなー。私は例外としても。そんなことを考えながら、お母さんに言って花瓶用意して貰わないと、と長く茎の伸びた花を目の前に掲げると、クリンソウっていうのはね!と、得意気に・・・恐らく図鑑か何かで学んだのだろう知識を悟飯は意気揚々と語り始めた。ところどころ舌足らずで、ついでに言葉の意味もわかってないようなことも、丸暗記したのか話し始める悟飯は可愛い。文句なく。私の片割れは可愛いんだ!
それにうんうんと頷きながら聞いていると、再びばん!と勢いよく部屋のドアが開いて、びくり、とお互いの肩が跳ねた。ちょ、皆さんドアはもうちょっと静かに開けてほしいな・・・!
「悟飯ちゃん!まった手も洗わねぇでそっだら恰好でちゃんの部屋さ入ってダメでねぇか!」
「お、お母さん・・」
「ちゃんは熱があるんだぞ?外から帰ってきたら綺麗にしてからでねぇと会っちゃダメだとなんべん言ったらわかるだ」
「ごめんなさい・・・でも僕、にお花を早く見せたくて・・・」
眉を吊り上げて部屋に入ってくるお母さんに、目に見えて悟飯の尻尾がしゅんと下がる。俯いて落ち込む悟飯に、お母さんは綺麗にしてからでも遅くねぇべ、と一言注意してから、私の握ってる花へと視線を向けた。
「だども、綺麗な花だなぁ。さっすがおらの悟飯ちゃん。センスあるべ」
「クリンソウって言うんだって。お母さん、悟飯すごいんだよ。一杯クリンソウについて知ってるの」
「そうけそうけ。んだらば、花瓶探して活けてやんねぇとなぁ」
「そうだね。ほら、悟飯。服着替えてから、またおいで?そしたら今日のお話してよ」
「・・・うん!待ってて、っ。すぐ戻ってくるからっ」
泣いたカラスが、ではないけれど、促すようにそう言えば元気を取り戻して悟飯はばたばたとまた慌ただしく部屋を出ていく。あれならそう経たずともまた戻ってくるだろうなぁ、と思いながらお母さんに花を渡せば、今度は悟飯と入れ替わるようにしてお父さんがひょっこりと顔を覗かせる。
「、もう起きて大丈夫なんか?」
「うん。もう熱は下がったよ」
「そっか。今日は力のつくもん取ってきたからな。いっぺぇ食べて早く良くなれよ。おめぇはあんまり食べねぇからなぁ」
「いや、お父さんと悟飯の食欲が異常なだけだよ。私とお母さんが標準だよ」
「んだ。悟空さの食欲のが異常だべ」
女二人で即答で父親の発言を否定すれば、そうかぁ?と首を傾げる。おま、サイヤ人とそのハーフの胃袋と一般人の胃袋を同じにすなや。・・いや、私もサイヤハーフなわけだが、恐らく、中身・・・魂的な部分が体へ影響を及ぼしているのだろうと思う。あれだけの量をこの体に収められる気がしない。まぁ、この親から生まれたにしては、私の体はいささか・・・というか大分?病弱な仕上がりになってしまっているようだが。よく熱出すからなこの体。ついでに風邪もかかりやすい。・・・あれ、私本当にサイヤ人の血が流れてるの?一瞬、もしかして私拾われっ子じゃね?と思ったが、すぐに視界に茶色い毛の生えた尻尾が飛び込んできて即座に否定した。この尻尾がある時点で間違いなくこの父親の血は引いてるわ、うん。
「まぁ、腹いっぺぇ食べたら体なんてすぐ治っちまうよ。したら、外出かけっか」
「なら、今日悟飯とお父さんが行った滝に行きたいな。この花、一杯生えてるんでしょう?」
「なんだ、もう悟飯に聞いたんか?なら元気になったら行くか」
言いながら、ぐしゃぐしゃ、と頭を撫でてお父さんが屈託なく笑う。一応父親だというのに、まるで子供みたいに無邪気な笑顔だ。だけどほっと落ち着くのは、やっぱり父親だからかなぁ、と思いながら僅かにはにかむと、どたたた、と慌ただしい足音のあと、開きっぱなしのドアから悟飯が飛び込んできた。すかさず、お母さんの叱咤が飛ぶ。
「悟飯ちゃん、もっと静かに!部屋に入ってくるだ」
「はーい」
咄嗟に首を竦めて、でも悟飯は脇目も振らずに私の横に駆け寄って、椅子を引きずるとその上によじ登った。えへへ、と笑いながら尻尾を揺らすにお母さんはひっそりと溜息を吐いて、しょうがねぇだな、と苦笑を零す。結局子供に甘いからなぁ、お母さんは。その直後、グウウゥゥゥ、とまるで獣の唸り声みたいな大音量の唸り声が聞こえて、全員が視線をお父さんへと走らせる。お父さんは、あ、とばかりに自分のお腹に目を向けて、それからてへへ、とばかりに後ろ頭を掻いた。
「オラ、腹減っちまった~」
「全く、悟空さは・・。まぁ、もうそろそろ夕飯の時間だべな。ちゃん、ご飯は居間で食べられそうだか?」
「大丈夫だよ、お母さん」
「んだ。じゃぁ今日は皆一緒だべな。さぁて、腕によりをかけて作るべ!」
腕まくりをしつつ、部屋を出ていくお母さんの背中を見送り、そのあとを恐らくはつまみ食いかあるいはおこぼれに預からんと考えているのかわからないが、お父さんが続いて出ていく。・・・なんだかんだ仲良いよね、あの二人。
その背中を見送ってから、私は悟飯を目を合わせ、にっこりと笑い合った。
「明日は一緒に出掛けられるといいね」
「うん!一杯遊ぼうね、っ」
ぎゅっと手を握ってくる悟飯の手を握り返して、二人で尻尾をゆらゆらと揺らしあった。