地球人的野菜生活。



 熱も下がって体調もよくなったら、外に遊びに行こうという約束を、律儀に父と双子の兄は守ってくれようとしている。母も、日頃はお勉強が一番だべ!とばかりに私や悟飯に本を勧めてくるのだが(まぁまだ片手の指も余る年齢なので、本といっても絵本と写真のたくさん載った図鑑程度のものだが)、基本、私が関わると外に出るのを止めようとはしない。恐らくは、そもそも私があまり外に出られない体だからだろう。いや、別に外に出て命の危険が、というほどの大病を患っているわけでもそんな危篤状態にあるわけでもなく、単純にちょっと体調を崩しやすいだけである。
 まぁ、子供の頃は体が弱い、なんてよくあることだし、ただ熱を出しやすいだけなので、殊更神経質になるほどでもないと思うが・・・何分比較対象がこの親子である。風邪だの病気だのとは縁遠い上に即死レベルの攻撃を受けても服がボロボロになるぐらいで生き残れるような超人と比べたら、そりゃものすごい病弱な子に見えるだろうさ。そんなものだから、外に満足に出られない子供として両親の同情を引いている私が絡むと、お母さんは基本外出を拒否することはない。あまり出られないのだから、行けるときには行って来い、というスタンスである。これも親心というやつだろう。まぁ、口を酸っぱくしてお父さんに注意事項とやらを言っているところは、過保護だなぁ、とは思うけど・・・よくよく考えればお母さんにとっては私と悟飯は初めての子供である。勝手がよくわからないんだろうな、と思いながら、悟飯と並んで切り株の上に座り込み、延々と講習を受けているお父さんを眺めた。

「わかっただか?悟空さ。ちゃんは体が弱いんだから、無茶なことさせちゃなんねぇんだぞ。無理なこともだ!」
「わかってるって、チチ」
「本当にわかってるだか?悟空さの普通とちゃんや悟飯ちゃんの普通は違うんだぞ?修行なんてもっての外だ!」
「でもよぉ、悟飯ももすげぇ力を持って・・」
「ご・く・う・さ!?」
「た、ただ滝行くだけだって!筋斗雲ーーーー!!」

 あ、とうとう逃げた。まぁ一瞬で般若の顔になったお母さんから逃げるにはそれが一番手っ取り早いだろう。叫んだお父さんに、お母さんは眉を吊り上げながらもしょうがない、とばかりに腰に手を当てて溜息を吐いた。

「お父さんとお母さん、仲いいねー」
「喧嘩するほど仲がいいって奴だろうねー」

 まぁ、ほぼ一方的な喧嘩ですが。のほほーん、とほぼ日常風景になっている言い合いに悟飯と二人で眺めていれば、やがて空の彼方から物凄いスピードで迫ってくる何かを視界の端に捉える。と、思ったら、キキィ、なんて車の急ブレーキみたいな音をたててお父さんの目の前でそれが止まった。
 黄色くて、やたらふわっふわしたフォルムの・・・おぉ。あれはまさしく。

「筋斗雲だー!」
「マジモンだぁ・・・」

 悟飯にはもうすでに馴染み深いものなのだろうか。躊躇なく黄色いふわっふわした謎の物体――見た目はまんま雲なのだが、果たして雲といってもいいものか――に、切り株からぴょんと飛び降りて駆け寄っていく。そのままもっふーとばかりに黄色い雲に飛びつくから、私はやっぱり首を傾げた。なんかもっとちっさい頃・・・赤ん坊といっても差支えのない時に父親に抱えられて乗ったような気がしなくもないが正直覚えていない。何かとてつもない何かを感じて意識を吹っ飛ばした気がするんだよなー・・・。うーん?
 さておき、筋斗雲といえばドラゴンボールを知っている人間なら誰しも知っている、舞空術を覚えるまでの主な空の移動手段。孫悟空の愛車・・・車?まぁ愛車といってもいい、雲の乗り物のことである。幼心に雲に乗れるなんていいなぁ、とか乗ってみたいなぁ、とか一度は思うだろう筋斗雲。感触はどんな感じだろうとか空を飛ぶってどんな気持ちだろうか、と考えたことは少なくないはずだ。それを実際にこの目で見る日が来ようとは、二次元の世界に転生する度に感じる感慨深さに目を細めると、悟飯も交えて和気藹々としていたお父さんが、こちらを振り向いた。

―。そんなとこで何してんだ?こっちさこいよ」
、早くーっ」

 悟飯が尻尾をピンと立たせて、ぶんぶんと両手を振り回しながら私を呼ぶ。お父さんも筋斗雲の後ろに立ってこっちを見ていて・・・うん?あれ?うん?

「・・・まさか、滝まで筋斗雲で行くの?」
「あたりめぇだろ。お前らまだ舞空術は使えねぇしな。それに結構遠いんだぞー?」
「この前行ったときも筋斗雲に乗っていったんだよ」

 何を今更、とばかりに二人ほぼ似たような顔で似たようなきょとん顔を向けられて、思わず顔が引きつる。・・・え?マジで?

「・・む、ムリ!!ムリムリ!乗れないよっ」
「なんでぇ?」
「なんで乗れねぇんだ?見た目はただの雲だけど、すげぇ早いんだぞ、筋斗雲は」

 反射的に、首を横に振りながら思いっきり拒否をすれば、悟飯が不思議そうに首を傾げ、お父さんは何か的外れなことを言い始める。別に雲の速度を心配したわけでもないし、黄色い色をしている時点でただの雲でもねえよ。てかただの雲が乗り物になれるか!いやそうじゃない。そうじゃないんだ。思わず内心で突っ込みをしたが、即座にそれを打ち消して私はなんと言ったらいいものか、と眉間に皺を寄せる。だって、筋斗雲に乗れる条件ってさ・・・。

「だ、だって、筋斗雲は・・その・・・雲、だし・・・」
「んー?それがどうしたんだ?」
「いや、だから、その・・・」
「筋斗雲は雲でも乗れる雲だよ?ね、お父さん」
「おう。良い子なら誰でも乗れるからなぁ」

 なー、と言いながら悟飯の頭に手をポンと置いたお父さんに、そこが大問題なんだよ!!・・・と、言えたらいいのだが。ぐずぐずとしり込みをする私を、怪訝そうな三対の目が見つめてくる。お母さんが、少しばかり心配そうにこちらに近寄ると、しゃがみこんで目線を合わせて、軽く小首を傾げた。

ちゃん、どうしただ?何か不安なことでもあるんけ?」
「お、お母さん・・だって、その、あの雲、良い子じゃないと乗れないって・・・」

 そう、そこが問題なのだ。筋斗雲は、私の記憶が確かならば清い心を持った人間しか乗ることができない雲である。その清いの基準がどこに来るのかはわからないが・・・過去、筋斗雲に乗ろうとして乗れなかった人物として、ブルマさんや亀仙人様、それからウーロンやクリリンなど・・・一般的に普通の、いや、割と俗世間に塗れてるとしても、それでも一般的に「善い人」に分類される人達ばかりがいる。多少煩悩に塗れているとはいえ、彼女らは紛れもない「善人」のはずである。正義の味方といってもいい。だというのに、乗れなかったのだ。あの雲は、彼らを乗せることはなかった。清いの基準がお父さんや悟飯などの、突き抜けて純粋なと言えるような人間だったり、幼い子供のような無垢さを基準にしているのであれば、私など即座にアウトである。見た目はそりゃ子供ですよ。悟飯と同じ年齢のお子様ですよ。でも中身はこれだぜ?それなりに人生経験も積んできた大人だぜ?裏の顔も表の顔もそれなりに経験した俗世間に塗れた灰色の人間なのである。決して純白じゃぁないんです。むしろ腐った人生送ってきた人間なわけで、おたくライフやっふー!薔薇も百合もノマもなんでもいけますガチ美味しいぺろっと頂けちゃう!・・・なんていう、明らかにここにいる家族とは一線を隔す人種だ。いやマジで。そんな人間が、筋斗雲に、乗れるとでも?絶っっっ対、乗れない。乗れるはずがない。乗れたとしたらおま、設定丸無視か!と突っ込むところである。そんな確信を抱いて拳を握った。
 これが真っ当なお子様なら良かった。悟飯のような子供であればよかった。そうであれば間違いなく乗れたであろう。年齢的にも、まだ良い子悪い子の基準もわからないぐらいに幼いのだから。むしろ乗れる、乗れないを考えることもなかったに違いない。そうであるべきはず子供の、中身がこれなのだ。乗れると考える方がどうかしている。あぁ、私、孫家で初めて筋斗雲に乗れない子供として名を馳せるのね・・・!

「なんだぁ、そっだらこと心配してたんか。ちゃんは良い子だ、おらが保証してやるべ!」
「お、お母さん・・・」

 そうじゃない、そうじゃないんだよ・・・!いや、気持ちは嬉しいけど!でも私、中身年齢詐称をしておりましてね?!おろおろとする私に、お母さんは満面の笑みで私を抱き上げると、ほい、とばかりにお父さんに手渡した。

「悟飯ちゃんもちゃんも、世界で一番、うんにゃ。宇宙で一番良い子だべ。なんたっておらと悟空さの子供なんだ、乗れないはずがねぇべ」
「あうぅ・・・」
「だな。まぁ、乗ってみればいいだろ。ほれ」
「ぎゃあ!お父さんやめてやめてマジやめてーーー!!」

 やめて純粋真っ新なお子様じゃないんですよーーー!むしろ黒寄りの灰色に薄汚れた人間なんですよーーー!!両脇の下に手を差し込んで、宙吊りの状態で筋斗雲の上に下されそうになって、必死に手足をばたばたさせて抵抗を試みる。
 暴れんなって、と、お父さんは言うが、暴れたくもなるってーの!これで突き抜けて落ちたら痛いじゃん!痛い上に恥ずかしいし居た堪れねぇよ!両親の期待が重たいよ!ごめんお母さん純粋な子じゃなくてほんとごめん!もうやだぁ!こんなことなら舞空術教えてもらうんだったーーー!自力で飛べた方がまだマシだよぉぉぉ!!半ば半泣き状態になりながら、足を折り畳んでできるだけ接触する時間が遅くなりますように、と体を目一杯小さくさせて、次にきたる衝撃に備える。受け身はちゃんと取れるだろうか?と考えていれば、いつまでたっても落下の衝撃は襲ってこなかった。・・・・・・・・・・あれ?

「ほぅら、やっぱりちゃんも良い子だったべ」
、乗れてるよ!」
「これでも一緒に筋斗雲でいけんなっ」
「・・・・・・・・わぁい、そうだねー・・・」

 嬉しそうな笑顔の家族に、思わず乾いた笑みを浮かべた私の心境を、果たして誰が察してくれると言うのか。てか、設定丸無視か!!!清い心はどうした、自慢じゃないが私筋斗雲に乗れるほど清い心の持ち主じゃないですけど?!どういうことなの!?いや、乗れてうれしくないわけじゃないけどむしろ今ほっと一安心だけど納得できない!乗れて納得できないってそれどうなのって思うけどでも納得できない!
 清くないだろ私!例え神子様やらなんやらやってたとしても絶対清い心ではないだろ!?なんなの?基準はどこなの?どこで判断したのねぇ筋斗雲!!
 この不思議雲が話せるのならば問い詰めたい、問い詰めて追及してみたい。そう思いながら両膝と両手をついて項垂れ、睨みつけるように筋斗雲を見つめる。
 悪いことではないんだけど、そりゃ憧れともいっていい筋斗雲に乗れて嬉しくないとは言わないし、興奮しないとも言わない。だけれども、それ以上に納得ができずに渋面でいる私に気づきもしないで(まぁ、このド天然家族だし)、ぴょん、と筋斗雲に飛び乗るお父さんに合わせて、筋斗雲もまるでスプリングが仕込まれているかのようにバウンドする。・・・どういう素材なんだ?これ。いや雲なんだろうけど。でも雲って水蒸気で・・・というかそうか、こういう感触なのか。ふわふわというかふかふかというか、綿のようなスポンジのような・・・え、マジどういう感触なのこれ?
 思わず納得できない心境も忘れて、真下にある謎の素材に心惹かれるようにぐ、ぐ、と力を籠めて押してみる。跳ね返すような弾力があることが不思議である。
 本当に、どういう素材なんだろう、これ・・・。そうこうしている内に、お父さんに引き上げられて悟飯も筋斗雲に乗り、私の横に腰を落ち着けたところで、ようやく意識を現実に引き戻した私は、隣に座った悟飯を振り返るとにっこりとした笑顔を向けられた。

「えへへ、一緒に滝に行けるね、っ」
「あ、うん。そうだね」

 嬉しそうに笑う悟飯が私の尻尾に尻尾を絡めて、ぴっとりと横にくっつく。そうされると、なんだか筋斗雲に乗れたことで悶々としていたことが小さなことのように思えて・・というよりも、考えてもしょうがないことだと諦めもついて、私も悟飯に寄りかかるようにして首を傾けた。

「んじゃ、チチ。行ってくる!」
「いってらっしゃい、悟空さ。夕飯までにはちゃんと戻ってくるだぞ」
「おう」

 私と悟飯の後ろに胡坐を掻くように座ったお父さんは、私たちを抱き上げて膝の上に乗せて、お母さんに片手を振ってから筋斗雲に号令をかける。
 その瞬間、ずっと制止していた筋斗雲がまるでその時を今か今かと待っていたかのように、びゅん、と予備動作もなしに空を翔けた。その勢いたるや、体を後ろに引かれてお父さんの胸板に押し付けられるようにもたれかかるほどだ。
 いや、ていうか、風圧、ちょ、半端な・・・!髪と言わず顔の筋肉と言わず叩きつけるような風圧に押し負けて、咄嗟にお父さんの服にしがみついて耐え忍びつつ、不意に、あれ、これ筋斗雲に乗れる以上に問題点があるんじゃ?と、頬を引き攣らせた。あっという間に空高く舞い上がった翔ける雲の上、必死に父親に縋りつきながら、一抹の不安が胸を過ぎった。