地球人的野菜生活。
お父さんの逞しい腕に抱き抱えられながら、筋斗雲に乗ってやってきたのはだだっ広い野原だった。青々とした草と、たんぽぽや野花がちらちらと見える風の吹きぬける野原は、ピクニックには最適の場所だろう。白い雲がぽつぽつと浮かぶ青空も相まって、視覚的にも穏やかそのもの。ちょいちょい大きな岩が見えたけれど高野というほど荒れてもいないので、自然美ということで置いておく。
抜けるような青空と緑のコントラストは長閑で心地よく、ぼんやりとお母さんと悟飯も一緒にここでお弁当でも広げたら幸せだろうなぁ、と考えた。
勿論、その時には遠方に住んでいる牛魔王おじいちゃんも一緒だと尚よし。
問題なのは家から遠いということだろうか。まだ五歳にもなっていないこの体では徒歩での移動はかなり難しい。子供の速さに合わせていたらそれこそ目的達成の前に日が暮れちゃうし。車でもあればいいんだが、車で移動できるような平坦な道じゃなかったしなぁ。筋斗雲にもさすがに家族全員は乗れないだろうし・・・うぅむ。どうにかならないものか、と思いながら、筋斗雲から飛び降りたお父さんは、ひしっとしがみついてた私をそっと地面に下して、腰に手をあてて見下ろした。
「おっし。じゃぁ今日はここで修行すっぞ、」
「はい」
修行、というほど修行ではないと思うが、まぁ修行か。わくわくした様子で私を見下ろすお父さんを見上げ、まるで子供のようだなぁと思っていれば、そういえばお父さんってどんな風に教えてくれるのかな?と首を傾げた。
ぶっちゃけお父さんが誰かにものを教える光景などあまり想像がつかない。いや、漫画では確かにそういう描写もあったような気もするが、そんな細かいことまで覚えているわけないし。大雑把なストーリー展開しか覚えてないんだよね。
「そうだなぁ。まず舞空術ってのは・・・何から教えればいいんだ?」
「ぅおい」
出だし初っ端から、首を傾げて悩み始めた父親に全くの素で突っ込みを入れる。え、ちょ、初っ端から?!こらこらそれでいいのか孫悟空!・・・あ、でもこの人まるで呼吸するかのように戦うことを覚えちゃってるから、逆にこういう全く何も経験がない相手に教えるのは苦手なのかもしれないな。むしろ呼吸=戦うの勢いでこの人の中で当然のことだし、そして多分、何かを教えるということはこの人にとって初めてなことだから、余計に勝手がわからないのかもしれない。
私や悟飯に修行をつけたくってわくわくしている節はあったが、戦闘技術に関してはそれこそ実施で教え込むつもりだったんだろうし。いやそれだけは拒否しますがね。
これは・・・質問形式で進めた方がやりやすい、か?うんうんと唸るお父さんを眺めて、これだから天才肌の努力型は困る、と溜息を吐く。えーと・・・そうだな、まずは理論からだな。
「お父さん、質問です!」
「うん?」
「お父さんは、どうやって空を飛べるんですか?」
「どうやって、て。そりゃ氣を使って飛んでんだ」
手をあげてお父さんの注意を引きつつ質問すれば、道着の腰帯に手をかけて、リラックスした状態でお父さんはさらっとそう答える。ふむ。氣を利用して飛ぶ、か。じゃぁ次。
「氣ってなんですか?」
「氣ってーのは、生き物の中にある力っちゅーか、あー。そっか。はまず氣がどういうもんなのか知らねぇのか」
合点がいった、とばかりに頷いて、お父さんは顎に手をかけて斜め上を見つめ、考え始めた。まず、お父さんにとって当たり前のことが他者にとって当たり前でないことから認識しなければならない。これぐらいは知ってるだろう、とか、これぐらいできるだろう、という先入観を取っ払って貰わなければ、素人に教えるのは結構難しいんだぞ。特にこういうことは一般人にとって無縁なんだからさ。
戦闘民族のお父さんと一緒にして貰っては困るのだ。しかしながら、この父親に言葉での説明を求めても果たしてちゃんと返ってくるのか。んーでも氣って要するに形のない生体エネルギーみたいなものなんだよね?感覚的なものなら、確かに言葉で説明するのは難しいかもしれない。
「ま、いっか。見りゃ早いだろ」
「え?」
「、これが氣っちゅーもんだ」
考えこんでいたお父さんは、まるで考えることを放棄したかのようにあっけらかんとそう言うと、野原にその存在を主張するかのように鎮座している岩に向かって、片手を突き出した。私はただ言われるままに、そのお父さんのいっそ何気ないともいえる動作を眺めて、やがてびくりと肩を強張らせる。
ざわりと、大気中の空気が震えるような圧を感じて、目を見開くとお父さんの突き出した掌に、何か凄まじい力が急速に集まっていくのが感じられた。
それは、次第に視覚でも捉えることができるようになって、掌に集まった力は目で見える光の塊になり、ある程度の塊になったかと思ったら、凄まじいスピードで岩に向かってキュイン、と音をたてて放たれた。刹那。
ドガアァァン!!
耳に痛いほどの爆発音。爆風が草原の草花を揺らし、服をなびかせ、肌を叩く。一瞬の燃え上がるような熱が体全体を舐めると、眼球を襲う砂埃に思わずぎゅっと目を閉じた。熱も風も収まった頃に、恐る恐る目を開ければ、砂煙が晴れたそこには先ほどまであった大岩が無残な瓦礫となってそこらに飛び散り、見晴らしが先ほどよりも格段によくなっていた。向こう側の草原も見えるぐらいだ。わぁ、跡形もないや☆
「どうだー。わかったか?」
すっきりしたように晴れやかな笑みでこちらを振り向いたお父さんは、自分がどれだけのことをしたのかなんて、きっと一生わかりはしないのだろう。
そりゃそうだよね。これぐらいのことやらかす人達がこの人の周りには溢れかえるほどいるわけだし、世界というか惑星一個宇宙の塵にできるような人達ともこれから先闘っていくわけで。この程度の大岩粉砕したところで、別にそこらの小石一つ蹴っ飛ばした程度の認識しかないんだろうし。うん。
思わず無言になって遠い目をした私に、お父さんはあれ?わかんなかったか?と小首を傾げるので、なんかもう、色んな意味で超怖いこの人、と思いつつも、私は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。
「氣って、凶悪だね、お父さん・・・」
「うん?あぁ、悪い奴の氣はあんましよくねぇもんも感じるなぁ。けど善い奴の氣ってのは、そうでもねぇんだぞ」
「うん・・・うん。そういう意味じゃないけど、もうそれでいいよ・・・」
この私の中に渦巻く恐怖とも達観ともつかない複雑な心境を、この人が察することはきっとない。気の抜けた調子で私が意図したこととはてんで的外れなことをのたまうお父さんに薄笑いを浮かべて、私は仕切り直すようにお父さんに視線を合わせた。
無論、無残に木端微塵になった大岩は視界に入らないように角度を調整して、だ。気功弾なんて打つような人種にだけはなりたくないもんだ。そこまで行ったら自分、確実に今生の人生を盛大に踏み外す気がする。
お父さんは、私の言ったことがいまいちわからないのか、うん?と小首を傾げていたが、別にそこまで深くも考える気はなかったのだろう。まいっか、とあっけらかんと言い放つと、ぐっと胸を張った。
「この氣をコントロールして、空を飛ぶことができんだ。舞空術ってのは、特に氣のコントロールが大事っていうか、これができなきゃ飛べねぇ」
「氣のコントロール、かぁ。どうすればいいのかな・・・」
「まずは氣を感じるとこからはじめっか。氣は誰にでもあるもんだからな、落ち着いて、自分の体ん中を探るんだ。うーん・・・座った方がやりやすいか?」
そういって、よっと、と声を出しながら地面に腰を下ろしたお父さんが胡坐をかいてゆったりとした状態を作ると、立ったままの私を見てニパ、と笑っておねぇも座れ、と促した。言われるまま、私もお父さんの正面に腰を下ろすと、いいか、とお父さんは一言前置きをして話し始める。
「自分んの中の氣を感じるってのは、力んでちゃできねぇ。心を落ち着かせて、体中の余分な力を抜くんだ。自然体になるっちゅーことが大事だ」
「自然体・・・」
「おう。父ちゃんも、神様んとこで瞑想したりだとか色々したんだぞ。どうにもじっとするのが苦手でてぇへんだったけどよ」
「神様。・・・私も、いつか神様に会う日がくるのかなぁ」
普通会えないのに、多分普通に会う日がくるんだろうなぁ。そうならない方が多分平和なんだろうけどなぁ。そう思っていると、お父さんはほら、集中!といって手をパン、と叩いた。空気の乾いた破裂音に一瞬肩を跳ねさせて、慌ててぎゅっと目を閉じる。いや、視覚を失くした方が集中できると思って。
んん。でも自然体ってどういう状態なんだろう。余分な力?・・とりあえず肩の力を抜こうか。
「余計なことを考えず、集中して。まだ余計な力が入ってんぞ」
「・・・難しいよ、お父さん」
「深く考えんな、。ただ、何も考えず、意識を自分の中に向ける。氣が自分の中のどこにあるか、感じるんだ」
「・・・・」
無茶を言う。何も考えず意識するって、どういう状態なんだ。さらっとわけのわからないことをのたまう父親に、目を閉じたままピクリと眉を動かしたが、実際その通りのことなのだろう、と思い直して深呼吸をする。
氣、氣か・・・わかることといえばお父さんから感じた産毛が逆立つような圧倒的な「力」。大気を震わせ、熱を帯びた、多分純粋な「力」の塊。人の体の中にあるという、生体エネルギー。
――あぁ、そういえば、似たような力を、私は知っているな、とふと思い至った。体の内に眠る目には見えない力。父はそれを集め、高めることで体外に目に見える形で放出することができるけれど、通常その力は目に見えないもののはずだ。
そしてそれは、私も扱ったことがあるものだ。それは、決して欲しくて手にしたものではなかったけれど。予想外にも、与えられてしまったものではあったけれど。知っている。それは神様の力だ。自然がくれた、五行の力。
私の体の中に満ちていたもの。その力を解き放ち、私は穢れた存在を祓ってきた。厳かで、清廉たる、真白の氣。神気。あの時はどうしていただろうか。使うのに、言霊が必要だった。でももしかしたら、本当は必要などなかったのかもしれない。ただ引き出すのに、きっかけが必要なだけだったのかもしれない。言葉にさえも、魂が宿る国だったから。声という道標。言葉という器。そこに収まる力という水。そうだな、体中をまるで血のように巡っていたように思う。力を使えばよりわかりやすく。自分の体中を巡っていた。八葉と共鳴させた時、その力は確かに外に出て、彼らと繋がった気さえした。
頭の先から、爪先まで。私の中を満たす、その穏やかで冷たく、清らかなもの。その先を、辿る。どこからくる力だったのか。まるで川の流れのように緩やかで、時に激しく荒れ狂う。水のように形はなく。けれど溢れかえるほど多量に。その支流の先。原点。
辿ればそこに、真白き龍がいた。
「・・・!」
ふと、目を開ける。満ちた気配がする。頭の先から、爪先まで。全てに漲る気配に、あぁそうか、これがそういうものなのかと、漠然と理解した。やっぱり一度経験してると、慣れるのも早いものだな。・・・・いや、なんていうか、理解できた自分も感じ取れた事実もなんだか遣る瀬無い気もするんだが、今は目を瞑ろう。一般人、早々簡単に理解できない。けど、似たようなこと経験しちゃってるからなんとなくわかるんだよ・・・!
氣と神気が同じものかは定かではないが、目に見えない不可思議なものと考えれば、まぁそう違いはないのだろうし。自分のお腹よりやや下、鳩尾の部分にそっと手を添え、そこに感じる暖かな気配に吐息を零した。光り輝く真白の龍。大河のような流れの中で、溢れんばかりの力を惜しみなく私に注いだ存在。
それを恨めばいいのか、慈しめばいいのか、正直、今でもわからない。けど、きっと嫌いにはなれないのだ、と苦笑と共に目を開くと、目の前でお父さんがびっくりしたように目を丸くさせていた。
「・・・お父さん?」
「、おめぇ・・・」
「うん?」
「あー・・くそっ。勿体ねぇ。ぜってぇ強くなっのによぉ・・。チチにお願ぇしても無理かなーやっぱ」
「お父さん?」
「うー。闘ったら楽しそうなのになぁ・・・あー勿体ねぇ・・・」
「お父さん!」
なに不吉なこと言ってんの!?ぶつぶつと私にとって恐ろしいことこの上ないことを呟くお父さんに慌てて声をかければ、それにを意に介した様子もなく、お父さんは私にねだるような目を向けてきた。
「なぁ。オラと一緒に修行・・・」
「しません!もう、お父さん。それよりも舞空術!」
なんということを言いだすのだ!ねだるように円らな目を向けられたとしても中身は決してねだるような内容じゃない。何故か弱い幼女()がこの戦闘馬鹿な父親と修行しなくてはならないのだ!ていうかバレたら舞空術以上にお母さんに怒られること間違いなしである。うん。それは望ましくないのでここは断固として拒否する心づもりだ。そもそも闘う気はさらさらないしな。私は眉をキリっと吊り上げお父さんを軽く睨みつけると、お父さんは物凄く残念そうに眉を下げた。・・・いやまぁいくらそんな顔されても人外であるあなたについていけるはずもないしね?微塵にも心揺り動かされないわー。内容が内容なだけに。
「はぁ。ホントに勿体ねぇのになぁ・・・」
「・・・私よりも、悟飯の方がすごいと思うよ。あの子は、本当に、強いから」
まぁ、性格的に強さを求める子じゃないので、やっぱりお父さんが望むようにはならないんだろうけど。苦笑交じりに言えば、お父さんは目をパチパチと瞬かせて、ニィ、と歯を見せた。
「そうだな、悟飯もすげぇ力もってっからな!」
「うんうん。本当にね。さ、それよりも早く飛び方教えてよ」
「おう。えーと、氣の存在はわかったな?あとはそれをコントロールできるようになれば、舞空術はできたも同然だ」
「言うのは簡単だけど・・・」
「ならすーぐできるさ。自分の中にあった氣を、ゆっくりと動かしてみろ。足元に向かって、噴出すような形でな」
「動かす・・・」
術を使う時の力の移動をもっと故意的にしろということか?あれは結構勝手に動いてたから、そう言われてもいまいちわからないんだけど・・・。
お父さんが立ち上がったので、私も立ち上がりながら、少し考えるように俯き加減に顎に指を添える。さて、まずどこからとっかかりを見つけるべきか・・。まずは動きの流れを思い出すことから始めようか。氣の流れはまるで川のようだった。もっとわかりやすくするなら体中に張り巡らされた血管のような管をイメージして、それに流す感じがベストだろう。鳩尾の部分に手をあてて、ここが源流、とぽつりと呟く。
ほわり、と暖かな氣が流れてきたような気がして、ふっと息を吐いた。ここから、下に向かって、氣を流す。じっと、無言でこちらを見つめる父親の思いのほか真面目な顔を一瞥してから、下を向いて足元を見つめた。
ゆっくりと、下に向かって、流し込む。管を通って足先に。そこから外に。少しずつ、量を増やして。じっと見つめる足先は、最初の内はなんの変化もなかった。ただ踏みつけられた草が倒れてそこにあるだけで、ぴくりともしない。それが、ゆっくりと、揺れ始める。私の周りの草が、円形に、だ。ただ風が吹くなら一定方向であるだろうそれが、丸い形で煽られ始める。衣服が、強い風も吹いていないのにぱたぱたとはためき始め。足先、が。
「あ」
「、集中を切らすな」
「・・・っ」
僅かに、地面の感触が遠ざかった。そのことに気を取られた瞬間、鋭い声が注意を促して、慌ててきゅっと唇を噛みしめる。うおぉ、お父さんのあんな真面目な声初めて聞いたかも・・・!あ、でも、今、私、う、浮いてる・・・?
足の裏に感じていた地面の感触が、どんどん遠くなっていくのがわかる。浮いているのだ。今、確かに、私は、重力から逃げて、空に。目線が上がる。お父さんの腰にも満たなかったそれが、徐々に徐々に、上に上がって、足元の心許なさはあるけれど、それ以上に、浮いているという事実が、心臓をどくりと大きく動かした。
「う、あ・・・」
「おっと。でぇじょうぶか?」
目線が、父と同じぐらいになったところで、ふっつりと何かが切れたように体中から力が抜けた。その瞬間、そこにあったはずの浮遊感も途絶えて、重力から切り離されていたそれも忘れたかのように地面に向かって、まるで引っ張られるように落ちてく。ただ、地面に強かにお尻を打ち付ける前に、お父さんが受け止めてはくれたんだけど。そのままお父さんの腕の中で息を乱しながら、体中を襲う倦怠感と共に、どくどくと跳ねる心臓をぎゅっと服の上から握りしめた。掌に、ひどく煩い心臓の音を感じる。興奮が体全体を包み込み、はくはくと口を動かして、ぎゅう、と父の袖を握りしめた。
「お、お父さん、今、私・・・!」
「こんなすぐに浮けるなんて、すげぇぞ。これなら今日中に空も飛べるかもしんねぇな!」
「空、・・・」
そういって、笑う父の顔を、父の腕の中から見つめる。きらきらと輝く、太陽みらいに馬鹿明るい笑顔。あぁ、この顔を、青空を背景に見上げたらさぞかし美しく見えるのだろう、と不意にそんなことが脳裏を過ぎった。
青空。どこまでも続くような、遠い世界。この父が空を飛ぶ姿は、着ているものが山吹色をした道着というのもあって、非常に映えるのだ。実に気持ち良く。実に雄大に。実に自由に。顔中に笑顔を張り付けて、青空の中に飛び込んで、山吹色を青の中に落として、どこまでも目を引いて。人が、人である限り、恐らく一生に一度は思うのだろう、空を飛びたい、という願望を、この人は、鮮烈な、ともいえるその存在で見せつけてくれるのだ。
そこまで考えて、はたと気が付く。瞬きをして、父の顔を見つめて。
「・・・うーわぁー・・・」
「どした?」
「いや・・・いや。うん、うん・・・うわぁぁぁ・・・」
頭にクエスチョンマークを飛ばす父を無視して、その首元に顔を埋めるようにしてぎゅっと首に腕を回して抱きついた。ほんのり薫るお日様と地面と、しょっぱい汗の臭い。それを一杯に吸い込んで、なんたる盲点、と複雑な笑みを浮かべた。
空を飛ぶことは人間誰しも一度は考える夢だった。鳥のように自由自在に空を飛べたら、さぞかし気持ちがいいのだろうと。きっとすごく速く目的地にだってつけるんじゃないかって思って、空を飛べれば便利なのにって考えて。
まぁ私の場合、身の安全のためにも舞空術を学ぼうと思ったわけなんですけど。うん。そのはず、だったんだけどなぁ・・・。
「・・・お父さんがそんな目立つ色の服着てるからいけないんだ!」
「うえ!?いきなりなんだ?!」
なんで怒ってんだ!?と目を白黒させる父親の追及から逃げるように顔を隠して首に齧りつきながら、あぁ全く、苦虫を噛み潰した気持ちで眉を潜めた。
死にたくないから、危ない目に遭いたくないから、安全を求めたはずだった。そのはずだ。それは間違ってない。それが私の第一目標、達成目的。それに揺るぎはないけれど。けれど、けれどだ。気付いてしまった、まさかまさかの深層心理。
お父さんが、空にいるから、そこに行きたかった、なんて。
子供返りも甚だしい!恥ずかし!いい年して何言ってんの私!あぁもう、絶対絶対、誰にも言えない、こんなこと。どんだけ好きなんだ父親のこと。そりゃちっちゃい頃のヒーローでしたけどね!ドラゴンボールは永遠の漫画です!
それにしたってこれはない。ないったらない。あぁくっそぉ。
ぶすぅ、と思わずむくれれば、父は私に呼びかけながら途方に暮れたような声を出していて。私はその声を聞きながら、無造作に父の肩を突き飛ばして、抱き上げている腕から体を外に投げ出す。あ、と目を丸くした父の前で、ふわり。足先は地面につくことはなく、宙に留まったまま。
「ねぇお父さん。行きたい方向に行くにはどうしたらいいのかな?」
「えっ?えぇと・・・氣の出す方向を変えたりしてだなぁ・・・」
「そっか。もうちょっと練習してみるね」
平然と、話題転換をした私に、お父さんは呆気に取られたようなポカンとした間の抜けた顔をして、しどろもどろに返事を返す。それにこくこくと頷いて、下に向けている氣の方向を変えるように意識していると、お父さんは首を捻り捻り、女っちゅーんはわっかんねぇなぁ・・とぼやいていた。
あはは、すまんな、父よ。これも可愛い娘心と思っておくれ。
くすりと笑って、空を見上げる。抜けるような青空が、視界目一杯に、ただただ青く、広がっていた。