地球人的野菜生活。
私が住んでいるパオズ山の生態系は、極めて謎のままである。
元より人が入るには困難を極める秘境の地であるが故、探索の手が入ることもなく放置されていたから尚の事明らかにされていないのだろう。人間の手が入ることもなくありのままの自然を残す姿は、この世界において貴重であるといっていいものなのか。案外そういう手つかずの大自然はこの地球に限っては手広く残されていそうなので、珍しいのかよくわからない。一応大都会といえる文明も発達しているのだが・・・まぁ、この世界の生態系は私の知っている地球とは大きくかけ離れているので今更である。恐竜やら絶滅動物やら妖怪変化に獣人等などが普通に生活している世界だ。本当に、今更である。楽しそうに森・・・山?の動物たちと戯れる悟飯を眺めて一つ溜息を零した。兎や狐、狸、リスや、ちょっと大きくなって鹿とかはいいけど、熊とか蛇とかちょっと待ておいやたら牙が長い猫科肉食獣、とか、え?そこに混ざってもええのん?とばかりの動物がいることはいいのだろうか。何普通に肉食動物が小動物と一緒に戯れてるんだよ大丈夫か小動物襲われないか。
まぁ悟飯が無事ならいいとしても、さすがに目の前でスプラッタな捕食光景はご遠慮願いたい。テレビで見るようなドキュメント系アニマル映像ならともかくさすがにリアルでは見たくないわーと思いつつ、伸ばした足の間で仰向けに寝転がる兎のもっふもふのお腹をもっふもふと弄り倒す。ぐでーんと伸びた胴体及び大きな後ろ脚が大層可愛いですくっそ癒される・・・!
「悟飯のおこぼれマジ最高」
「なぁに?」
「なんでもないよー」
あれだよね孫家の男は動物フェロモン的なものをきっと出してるんだね。ぼそっと呟いた声を耳ざとく聞きつけたのか、サーベルタイガーもどきに伸し掛かられて(傍から見たら襲われてるようにしか見えない)べろべろ顔を舐められて笑っている悟飯が、四星球が縫い付けられた帽子を地面に転がしながらきょとんとこちらを向いた。それにさらっと返事を返しながら、兎のお腹や足を触り倒す。
まるで悟飯を味見するかのように舐めまくっているが、捕食の意思はないよねサーベルタイガー?もしそうなったら私の氣弾が火を噴くぞー。・・・いや、舞空術教えて貰ったら必然的にそれもできるようになったというか、いやでも威力はそんなに強くないんだけど、まぁできなくもないというか。威嚇程度には使えるはずだ。そんなことはさせないでくれたまえ、と思いつつ無言でサーベルタイガーを見つめると、ぶるり、と体を震わせてサーベルタイガーがこちらを振り向いた。
うふふ、毛皮があるはずなのに冷や汗が浮かんでみえる気がするのはどういうことだろうか。まさかお前、本気で、なぁ?小首を傾げるとぶんぶんと首を横に振ったのでまぁ見逃してやろう。・・・て、ちょっと待てなに意思の疎通してんの普通に。あとそんなびびられるほどのことまだ何もしてない。
さてもとにかく、動物フェロモン保有の孫家の男、基悟飯にはよく動物が群がってくる。あれだよね、純粋無垢で筋斗雲にも乗れちゃう無邪気な性格だからなのかな。動物側もそういう人間には寄ってくるものなんだろうか。
そしてそのおこぼれに預かる私も動物に囲まれるパーラダーイス!ありがとう悟飯!今まさに構われている兎ばっかりずるい俺にも構えとばかりに熊が顔を押し付けてくるのはちょっと怖いけど、攻撃の意思がないなら可愛いもんだよね!
うんちょっとやめて熊さん君小熊じゃなくて普通にもう大きいからそんなぐいぐいこられると倒れるというか押し倒されるというかいやだからね?!
ぐいぐいと鼻面を押し付けられて抗いきれない体が斜めに傾く。このままでは兎諸とも倒れこんでしまう、と危険を覚えてお腹を出したまま寝ている兎をそっと地面に下した瞬間、押し倒されるように背中に伸し掛かられた。これも傍から見たら襲われているように見えるんだろうなぁ。はむはむと髪を食まれているのがなんとも言えない。やめて唾液塗れになる・・・!
「・・・でもそろそろだと思うんだよねぇ」
もっしゃもっしゃと髪を食む熊にちょい退けーと言いながら上から退いてもらって、ぐわしぐわし、と耳の辺りを鷲掴むようにぐしゃぐしゃと堅い毛をかき混ぜれば、心地よさそうに熊の目が眇められる。膝から降ろされた兎は不満そうにこちらを見てから、座り込む私の背後に回って丸くなった。寝る気だな、と思ったがまぁいいか。・・・しかし前に熊、背後に兎とはどういう組み合わせなんだ。前門の虎後門の狼がものすごい可愛い感じになっちゃったぞ?
和むは和むのだが、しかし正面にいるのは私の頭ぐらいがぷっと一飲みできそうなぐらい大きな熊だ。微妙に和めない。そんなことを考えていると、今度は横から何かに突進されて、あやうく倒れる羽目になった。まぁそれ以上に脇腹にダメージ大でしたが。
「ぐふっ」
「あれ?どうしたの?」
脇腹!脇腹に頭突きとか・・・!倒れこそしなかったものの、突撃と同時に食い込んだ頭の衝撃で痛みに悶絶して蹲る私に、全く悪気ゼロの声が上から降ってくる。お前・・・!無自覚だから力の制御できてないんだよ・・・!
あと本能なのか知らないが、ピンポイントで痛いところ攻撃してくるのはなんなの?サイヤ人の血なの?急所狙ってるの?末恐ろしい子供だな全く!
脇腹を押さえて唸っている私に、ー?なんて全く何もわかってない様子で声をかけてくる悟飯に軽い殺意を覚えつつ、しばらくぷるぷると震えて、痛みが治まりを見せたところでようやくのろのろと倒していた上半身を起こす。
座り込んできょとーんとした顔をしている悟飯を軽い涙目で睨みつけると、ぴゃっとばかりに悟飯の肩が跳ねた。
「悟飯っ。あれだけ突進してくるなって言ったのに・・・!!」
「うぇ。ご、ごめんなさーい!」
「悟飯無自覚だけど、この不意打ちはお父さんでも悶絶必至だからね・・・!」
下手に突撃されると、油断している時ならあの父親でさえ地に伏せさせることも可能だと思う。いや割とマジで。なにせ父親を相手にするときは、私以上に力加減など考えてないからな、悟飯は。私やお母さん相手には散々私が口を酸っぱくして言い聞かせているので、これでもまだマシになった方なんだ・・・。未だ地味に痛みを訴える脇腹を撫でながら、落ち込んでいる悟飯の帽子が脱げた頭をぽんぽん、と撫でて、もういいよ、という合図を送る。そうすると、悟飯は上目使いにちろりとこちらを見上げて、ほっとしたように胸を撫で下ろしたが、すぐに悟飯は不安そうに顔を曇らせた。
「どしたの?」
「・・・お父さんとお母さん、怒ってないかな・・・」
その暗くなった顔に疑問を覚えて問いかければ、ちらりとこちらを見やってぽつりと心細げな声を零す。それに、今更ながらにあぁ、と気の抜けた声を出して上を見上げた。森は森だが、木々の途切れた広場のような場所に私たちはいるので、ぽっかりと切り取られたような空が視界に映る。その空は当初ここにきた時よりもその色を変えて、青から茜へと移り始めていた。
「さて。どうだろうね?」
「・・は平気なの?」
「うん?うーん・・・どうだろう?」
まぁ、おおよその反応は予想できているので、悟飯ほど不安に思うことはない。どっちかというと、苦労かけて申し訳ない、という気持ちがあるぐらいだ。
悟飯が今不安に思うことも、恐らく今頃慌てて探し回っているのだろう両親のことも、想像ができる。できるからこそ、わかっていて事を起こしている自分が嫌な人間のようにも思うのだ。こんな子供、本当に嫌だろうなぁ。軽く口角を持ち上げ、自嘲とわからない程度に淡い微笑みを零す。丁度悟飯はそんな私の顔を見ずに、空を見上げていたから悟られないままでほっと胸を撫で下ろした。
お父さんが迎えにきてくれることを望んでいるのだろうか。多分くるなら空からだものなぁ。まぁ、それも考えて上からも見つけられるような開けた場所に腰を落ち着けているわけですが。
「・・・迎えにきてくれるかなあ・・・」
ぽつり。聞こえた声は、まさに悟飯の不安そのもの。嫌われたかもしれない、と思う悟飯は、このまま見捨てられるんじゃないかと思っている。そんなはずはない、と否定する気持ちもあるだろう。けれども、子供の幼い精神では、絶対といえるほどの強さも持てない。もうちょっと大きくなって、物事がわかるようになってくれば見方も変わってくるのだろうが、いかんせん片手の指で余る年齢の悟飯に察しろというのは無理な話である。だから、行動でわかりやすく示してやる必要があるのだ。そのための前振りとして、二人で親にも内緒で逃亡ごっこ、とやらを決行したのである。帰ろうと思えば帰れるんだけどね。それにしても、それを画策している私って、本当、孫家に似合わないよなぁ・・・。こんな打算的な子供リアルにいたら本当嫌だよねぇ。救いなのは、父母そして双子の兄ともに一般常識からいささか外れているせいか、私の異常性に欠片とも気が付いていないことである。・・・天然だし、あの人達。そんなことを考えていたら、もぞもぞと場所を移動した悟飯が、ぴっとりと横にくっついてきた。寒いわけでもないだろうに、隙間をなくすかのように肩を寄せてくる悟飯をちらりと横目で見やる。悟飯は僅かに俯き加減で、膝を抱えるようにして小さくなっていた。
周囲を見れば、まるで空気を読んだかのごとく動物たちがちょっと遠巻きにしている。いっそ我が家の家族よりよっぽど察しがいいぞこいつら。その空気読みのスキルにひっそりと戦きつつ、俯く悟飯の頬に滑らせるように尻尾で触れた。
「来てくれるよ。お父さんとお母さんだもの」
「・・」
擽るように頬を尻尾で撫であげて、にっこりと笑みを作る。悟飯はくすぐる尻尾に僅かに曇っていた顔を崩し、くすぐったそうに首を竦めてから、うん、と小さく頷いた。隣から伝わる体温が心地よい。陽が暮れはじめた森の中は少しばかりひんやりと冷えていて、けれどぴとりと寄り添えばさほど寒さも気にならない。
まぁでも、風邪を引いてもなんなので、というかリアルに私が体調を崩す可能性が高いので、遠巻きにしている動物(主にでかい毛皮系)を呼び寄せて、背もたれ替わりに暖を取ることにした。え?慣れてるって?慣れざるを得なかった私の環境を察しておくれ・・・。
もふもふとして脂肪というか筋肉というか、とりあえず力をこめていなければ柔らかいお腹の部分に悟飯と一緒に体重を預けて、くふふ、と含み笑いを零す。
埋もれるようにして包まれていれば、呼吸と同時に上下する腹部にふわふわと体が揺れた。しばらくそのまま、ごしょごしょと会話をしていると、やがて悟飯の返答がひどくたどたどしいものになってきた。返すスピードも遅く、要領を得ない。
覗き込めば、とろんとした半分まで瞼を落とした悟飯の大層眠そうな顔が見えて、しょうがないなぁ、と苦笑した。
「眠い?」
「んー・・・」
「いいよ、寝てて。何かあったら起こしてあげる」
「うん・・・」
柔らかく、少し落としたトーンで促してやれば、悟飯は抵抗することも忘れたかのようにゆっくりとその薄い瞼を落としていく。こてり、と体全身から力が抜けたのを見ると、すぅすぅと穏やかな寝息も聞こえてきて、ごろりと熊の腹の上で仰向けに体勢を変えた。
茜色からとっぷりと暮れはじめた空は藍色に染まり始めている。星がきらきらと目立ち始めて、月はまだ登り切っていないからか、ここからじゃその姿を見ること叶わない。・・・まぁ、満月に関してはこの尻尾がある限り拝めることはないのだろうけれど。我が家では基本的に夜更かしという単語がないので、あんまり外を見ることなく寝てしまうことが多いけど、何かの拍子に見ちゃったらやっぱり大猿になっちゃうのかなぁ。くぅくぅと悟飯の寝息を聞きながら、夜に変わっていく空を見上げて吐息を零す。腕を伸ばして、空に散る星に向かって掌を広げた。小さな、小さな手だった。その小ささを否定するように、ぎゅっと握りしめる。その握り拳さえも、あまりに小さすぎて、背けるように目を閉じると不意に空気が変わった気がした。
「見つけたぞ、悟飯。」
「・・・お父さん」
聞こえた声に、目を開ける。少しばかり視線を動かすと、ほっとしたような笑みを浮かべる父が立っていて、私はほっとしたような、顔も見たくなかったような、複雑に絡み合ったそれを持て余すように、へらりと表情を歪めた。
「ったくおめぇたち、こんなとこで何してたんだ。チチが心配してっぞ」
「うん。ごめんなさい、お父さん。・・・悟飯、起きて。お父さんがきたよ」
「あぁ、いい、いい。そのまんま連れてくっから」
そういって肩を揺さぶって悟飯を起こそうとしていた私を止めると、お父さんは悟飯をそっと抱き抱えて、ん、と私に手を差し伸べた。
「帰ぇっぞ、。オラもう腹減っちまって死にそうだ」
「食べないで探してたの?」
「あったりめぇだろ。チチなんか、心配しすぎて目ぇ真っ赤にしちまってたぞ」
「そっかぁ」
一瞬、差し伸べられた父の手を取ることに躊躇いを覚える。けれど、それはほんの一瞬で、すぐに父の手を取ると、彼はなんの気負いもなく私を引き上げて、立ち上がらせた。立ち上がりついでに、服についた草や毛を払い落としていると、お父さんが動物たちに向かっておめぇ達も悪かったな、なんて、父親らしく謝っていたりなんかする。・・あれか、この動物たちは私たちの子守をするために集まったとでもいうのかね。しかし、父の一声でのそのそと解散の空気を見せる様子に、あれマジで子守のつもりだったの?と複雑な心境でいれば、父は悟飯を抱いたまま、私の背中をそっと押した。
「さ、帰ぇるぞ。チチにも無事なとこ早く見せねぇとなぁ」
「・・・うん」
筋斗雲に乗せられて、お父さんの背中にくっついて空を飛ぶ。今、お父さんの膝の上は悟飯に占領されているので、背中に張り付くほかないのである。横でもいいかもしれないが、こっちの方が安定感がある気がする。とりあえずべっとりとくっついていると、にしても、とお父さんが口を開いた。
「おめぇたち、なんでまた家抜け出したんだ?帰ぇったらチチが血相変えてっから、オラびっくりしちまったぞ」
「えーと・・・ないしょ!」
「ないしょ~~?なしてだ?父ちゃんにも言えねぇんか?」
そういって、首を巡らして後ろを見てくるお父さんの目から逃げるように、山吹色の道着の背中にこれでもか!と密着して、その広く大きな背中に頬を摺り寄せた。
「言えないの!とりあえず、お父さんは悟飯を迎えに来て、お母さんは悟飯をぎゅって抱きしめたらいいの」
「うーん?よくわかんねぇけど、それでいいんか?」
「それでいいんですー」
「そっかぁ」
・・・・こんな適当なはぐらかしで納得するお父さんの今後が心配です。いや、今の所大変ありがたいですけどね。素直というか、単純馬鹿というか・・・。
わが父親のことながら微妙な心境でいると、でもよ、とお父さんが呟いた。
「オラ、のことも迎えに来たんだぞ?チチだって、のことずぅっと心配してたんだからなー。おめぇ体弱ぇんだから、あんまし無理すんじゃねぇぞ?まーた熱出しちまったらどうすんだ」
ばたばたと衣服がはためく音を聞きながら、お父さんの背中に張り付いてた私は、微細な筋肉の動きを感じ取りつつ、密やかに息を呑んだ。・・・・・お父さんって。
「時々、人の心理抉ってくるからびっくりするよ・・・」
「んん?」
「なんでもない。・・・なんでも、ないよ」
別に、今回の件について、思うことがあったわけじゃないんだけど。大方予想できてたし、精々困らせて悪かったなぁ、とか、お説教はどれぐらいされるかなぁとか、その程度のことで、別に彼らの愛情を疑うことなんて微塵にもなかったわけだけど。
それでも、なんだ。・・・悟飯と同じように心配してるんだと言われて、嬉しく思わないわけでもないわけで。照れたようにぐりぐりと額をお父さんの背中に押し付けると、お父さんはくすぐってぇよ、と笑い含みに抗議をしてきた。
うむ。・・・・孫悟空って、父親なんだなぁ、と、しみじみと感じたよ、私。
無論、途中で起きた悟飯と共に帰宅した私たちは、お母さんに泣きはらした顔で力強く抱きしめられ、お説教と共にその愛を噛みしめることになった。
お母さんに抱きしめられながら、私と悟飯は目を合わせる。それから、目だけで会話をするのだ。
ほらね?お母さんは、悟飯が大好きなんだよ、ってね!