地球人的野菜生活。
朝。まだ雀も鳴きだすには早い時間に、ほぼ体に仕込まれた体内時計により目を覚ます。首を動かせば、横ですやすやと気持ちよさそうに眠る悟飯の愛らしい寝顔がすぐ近くにあり、次に枕元の目覚まし時計を見やると秒針が大体朝の五時ぐらいをさしていた。
十分二度寝が可能な時間帯ではあるのだが、私にはするべきことがあるので、隣で寝ている悟飯を起こさないように起きだすのが毎朝の日課である。
のそり、とあまり布団の中に空気が入らないように注意しながら、くぅくぅと寝ている悟飯を伺いつつベッドから降りる。それでも多少、冷たい空気が体に触れたのか悟飯の眉が小さく寄ったが、ごろりと寝返りを打つだけで起きる気配はない。それにほっとしながら、健やかな寝顔に頬を緩めた。
この家は決して広い家ではなく、部屋数も最低限のものしかない。家族団らんの場であるリビングと、父母の寝室、それから私と悟飯の子供部屋。あともう一つが、お客様用・・・主に牛魔王おじいちゃんしか使用しない部屋があるが、これが孫家の大体の間取りである。せめてお風呂場を屋内に作ってほしかったなぁ、というのはどんな時でもドラム缶風呂な我が家のお風呂事情に複雑な心境を隠せない乙女心というものだ。
さておき、子供部屋は無論私と悟飯が一緒に使っているので一部屋しかない。私が体調を崩している時以外は、大抵私と悟飯は同じ部屋で同じベッドで寝ているのがデフォルトだ。ちなみに、どちらかが体調を崩した場合は客間を臨時の寝室として使っている。まぁ双子だし、まだ小さいので一緒に寝ることも同じ部屋であることも別段抵抗もないのは、まぁ、当たり前の話である。成長すればおのずとそこらのことはまた考えてくれるだろう。同性ではなく、異性であるのだから余計に。それに、冬場になると悟飯の子供体温はかなり重宝するんだ。天然湯たんぽって奴である。うんまぁ、そんなベッド事情はさておいて、朝のまだ暗い時間帯に起きだした私は、ぺたぺたと廊下を歩いて、薄明かりが零れるリビングにひょこりと顔を出した。
「お母さん、おはよう」
「おはよう、ちゃん。今日も早起きさんだべなぁ」
「お母さんの方が早起きさんだよ。顔洗ってくるね」
「まだ暗いから、気をつけるだよ」
「はぁい」
リビングを覗けば、すでに身支度も終えたお母さんが、フライパンを片手に朝食作りに勤しんでいる。一体何時ごろからこの母親は起きているのだろうか、と常々疑問に思うが、これ以上の早起きは幼児の体にはまだきついものがあるので、もうちょっと成長したらお母さんに合わせよう、と密やかに決意をする。
何分我が家のエンゲル係数は人数の割にとんでもないので(しかもそれがほぼ一人の腹に収まるという)、作る料理の量が半端ない。それらを全て彼らが起きだす前に一通り用意してしまおうと思ったら、母の寝起きの時間は早くなるというものだ。
それでも、起きて顔を出せば常と変りなく、なんの苦労も負っていないような笑顔を浮かべておはよう、と言ってくれる母は、ぶっちゃけお父さんには勿体ないぐらいの良妻だと常々思う。いやまぁ、ベストカップルでもあるとは思っているが、それでもまぁ、なんというか・・・お父さんはお母さんに心の底から土下座する勢いで感謝するべきだと思うんだ、うん。そりゃ口うるさいし教育ママだし欠点がないとは言わないけど、でもそれらひっくるめてもお母さんは「良妻」であり「賢母」だと思う。
大体、基本的にお父さんが悪いし。うん。お母さん悪くない。むしろ別れないのが不思議なぐらいだが、これも惚れた弱みという奴なのだろう。
毎朝のことながらそうしみじみと思いつつ、キッチンで朝食を作っている母に背中を向けてリビングを突っ切り、ガチャリと玄関を開けた。
お風呂がないのだから、洗面所なんてものも室内に作ってあるはずもなく、我が家のそういったものはすべて外の井戸周りに存在している。・・・まぁ、こんな辺境の山奥に電気が通っているだけ信じられない奇跡なので、我儘は言うまい。慣れたし。でも不満は少なからずある。夏場はいいけど冬場がきっついんだよねぇ。
庭先の草を踏みつけながら、井戸まで近づいて桶の中を覗き込む。そこにはすでに水が汲まれていて、それが母の気遣いであることは明白だった。
まだ三歳児に井戸の水をくみ上げるなどという芸当ができるはずもないので、母はいつも起きだしてくる私の為に、こうしてあらかじめ水を汲んでおいてくれるのだ。私が起きだしてから一度も、母が水を汲み忘れたことはない。
その心遣いに深く感謝しながら、私は井戸の冷水で顔を洗い、髪を軽く整えてから(私の髪は母譲りの黒髪さらつやストレートである)家に戻って、自室に戻る。
それからやはり悟飯を起こさないように音を立てずにクローゼットを開けて服を取り出し、着替えてからリビングに戻った。
すでにリビングのテーブルにはいくつかの料理が並んでおり、覗き込めばグリーンサラダとヨーグルト、それからフルーツ各種盛り合わせといった、冷めていても問題のないレパートリーだった。・・・この、家族にはできたての温かいものを、という時間配分も母の母たる所以である。なにこの気遣いほんとすごい。
「お母さん、テーブルにお皿並べておくよ?」
「ありがとなぁ、ちゃん。いつもいつも助かるだよ」
いやまぁ、今はマジでこれぐらいしかできないんで・・・。嬉しそうに微笑みながら、首だけこちらに振り向けて巨大な中華鍋を片手で操る母に、そう思いながら笑みを返す。この身長ではキッチンを使うにも台がいるし、何よりこの小さな手では満足に包丁を振るうことはできないだろう。何より母がそれを許してくれない。当たり前だ、私はまだ三歳である。火も刃物もまだまだ危険なお年頃というやつだ。・・・早くこの母の負担を軽くしてあげたいものだな・・・。
いやだって、毎日毎日大量の食事に買い出し、そしてお父さんの修行によりダメになった道着の数々と毎日の洗濯物。数え上げればキリがないほどに母の仕事は毎日目まぐるしく溢れており、その上子供の世話に加えてお父さんの世話と・・・うん。
「早く大きくなって、お母さんを楽にさせてあげるからね・・!」
「う、うん?いきなりどうしただ?ちゃん」
食器棚から出したお皿の縁を両手で握りしめて、私は思わず万感の思いを込めて熱く宣言してしまった。それに面食らったように目を瞬かせ、お母さんはフライパンを持ったまま固まっている。その様子に、しまった、唐突すぎた、と思ったが、しかい抱く思いに変わりはない。いやもう本当に、この家の家事の一手を担うのが母一人とかそれどんな苦行・・・!原作ではそれが当たり前だったにしても、あんまりだ。これはもう孫家の娘として生まれたからには、母を手伝うことは宿命なのだ・・・!
ぐっと顎を引いて決意すると、お母さんはしばらく目を瞬かせて、それからこてん、と首を傾げてから、コンロの火を止めた。
「よくわかんねぇけんど、ちゃんが手伝ってくれるようになったらそりゃぁ楽になるだなぁ」
「まだまだ時間はかかるけど・・はい、お母さん。お皿」
「そういってる間にあっちゅー間に大きくなっちまうだ。悟飯もも、もうこんなに大きくなっちまっただからなぁ」
目を細めて、昔を懐かしむようにしみじみと頷いた母に、わからないでもない、と内心で同意する。私もねぇ、中身がこれなものだから、悟飯の成長が物凄く速く感じるんだよねぇ。自分の成長は逆に遅く感じるぐらいだけど。
なにせ昔に比べてできることが限られている。できていたことが上手くできないのは時々苛つきもするけれど、仕方のないことなのだと諦めもつく。
まぁ、母が言うように、あっという間の時間を信じてみようか。大皿を差し出して火を止めたフライパンからお皿に出来上がったものを盛りつけていくお母さんを見上げてそんなことを考えながら、大きなお皿を両手で持って、ずっしりと腕にかかる重みによたつかないように足を踏ん張る。
「こんな母親思いの娘っ子さ貰って、おら本当に幸せものだ」
「私もこんなに家族思いのお母さんで、しあわせだよ」
「ふふ、おら達、世界でいっちばんの、幸せ家族だなぁ」
そういって、薄らと頬を染めてはにかみながら、頭を撫でてくるお母さんに、私もほっこりと口元を綻ばせた。