地球人的野菜生活。



 テーブルの上一杯に所狭しと並べられた山盛りのおかず。それを掌以上もある大きなどんぶりにやはり山盛りに盛られた白いご飯のお供にして、味わっているのか味わっていないのかわからない速度で口の中一杯にかっ込むお父さんが、まるでハムスターのように頬袋を作っている最中の一言が始まりである。

「はひたははめせんひんのしっはんのほころへひくぞ」
「悟空さ。口の中に物入れて喋るでねぇ。悟飯ちゃんとちゃんが真似したらどうすっだ!」

 口の中でミックスされた夕飯だったものをちらちらと垣間見せながら喋ったお父さんに、すかさずお母さんの叱咤が飛ぶ。子供か、というようなお説教だがまぁ、教育上あんまりよろしくないのは事実だ。礼儀に反する。ただお父さんにはどれだけ言っても無駄だと思う。これはもう身に付いた習慣というものだ。致し方なし。ただ心配せずともあんなはち切れんばかりに口の中に物入れることは早々ないよお母さん。お父さんはお母さんに怒られてもごもごと口を動かすと明らかに口の中、許容量以上のものを含んでいるはずなのに、ごっくん、とまるで蛇のように丸呑みした。いや、咀嚼はしているんだろうけど、量が量なだけに丸呑み状態に近いような・・・。ていうか食べ方がまんま蛇。どれだけ喉鍛えてるんだろうな、と思ったが別段お父さんの体に異常があるわけではないので、ひとまず気にしないでおく。
 ぱくり、とお母さん特製のから揚げを頬張ると、カリッとした皮の香ばしい香りと食感が伝わり、次に柔らかくしっとりしたお肉の熱くてジューシィな肉汁が口の中一杯に広がる。文句なく絶品のから揚げである。後から後から溢れてくるようなこの肉汁。醤油ベースの下味が何とも味わい深く、一つが大きいからボリュームもばっちりだ。あぁ、おいしひ・・・。うっとりと咀嚼していれば、隣で箸を持ったまま悟飯が小首を傾げた。

「どこにいくの?お父さん」

 よくあの発音で言いたいことがわかったな、悟飯。口の中にものを入れ過ぎて何を言っているのかほぼわからない状態だったというのに、おおまか伝えたいことを察している悟飯の勘の良さに感服する。もごもごと肉汁たっぷりのから揚げを咀嚼していると、お茶をごくごく、と飲み干したお父さんは口の中を空っぽにして、にか、と笑顔を浮かべた。

「亀仙人のじっちゃんのところだ。ブルマが明日皆で集まらないかって」
「かめせんにん?」
「武天老師様のところにだか。だども悟空さ、急でねぇか?」
「そっか?久しぶりにじっちゃんやクリリンにも会いてぇし。悟飯やのことも教えてやりてぇから、丁度いいと思うけどな」

 そういって、どんぶり片手に再びおかずを物色し始めたお父さんに、お母さんは難色を示す。悟飯としては初めて聞く名前に首を傾げて、でもとりあえずお父さんが会わせたい人がいるらしい、ということは察したのか、ふぅん?と少し語尾をあげた。
 私はから揚げをごくりと嚥下しながら、あぁ、あの亀のおじいさんか、と朧げな記憶を掘り返す。喋る海亀に乗ったファンキーなおじいさんではあるのだが、確かスケベじじいでもあったよなぁ。クリリンといえば地球人最強の男とも名高いお父さんの親友だ。光る頭とちっさい背丈の鼻のない地球人。どちらもドラゴンボールには欠かせない主要人物である。クリリンに至っては、ドラゴンボールでいなくちゃ可笑しいほどの主要人物であったはずだが・・・うへぇ、漫画の主要人物に会うことになるのか・・・楽しみなような会ったら会ったで何か起こりそうな複雑な気分。
 うん?そういえば、原作でそういう話があったような・・・?首を傾げて斜め上を見上げて古い記憶を呼び起こそうとすると、お母さんは眉間に皺を寄せながら、しょうがないだな、と箸を置いた。

「武天老師様はおら達もお世話になったお方だ。挨拶にいくのは当然だべ。だども、明日は悟飯ちゃんとちゃんには塾があるだ。夜までには絶対帰ってくるだぞ」
「おぉ、わかったわかった」
「約束だからな、悟空さ」

 軽い返事だな。聞いているのかいないのか。再びご飯を口に詰め込み始めたお父さんに、お母さんは溜息を零しつつ再びお箸を持って食事を再開した。
 そんな両親の様子を箸先を咥えながら、悟飯はこっそりと私の方に顔を寄せて囁いた。

「結局、かめせんにんさんって、誰なんだろう?」
「亀の甲羅を背負ったおじいちゃんとかじゃない?」

 あるいは、亀の背中に乗ったおじいちゃんとか。そんな人いるの?という悟飯に、そんな人もいるんだよ、と私はすでになくなった夕飯の空っぽのお皿を眺めて、お箸を置いた。正直、見ているだけでマジお腹いっぱい。





 青く煌めく水平線。ほんのり曲線を描く輝くような一文字の線は、嫌でも地球が丸いことを証明している。どこまでも広がる青い海原は目に痛いほど輝いていて、360度、見渡す限りあるのはただひたすらに青い海と青い空と白い雲と太陽だけ。はて。この空飛ぶ謎の雲に乗って早数時間。眩暈がするほどの高度と顔に叩きつける風という名の暴力に晒されて、すでに私のHPは真っ赤な状態だ。
 いやまぁ慣れたけど。嫌でも慣れざるを得ないけど。絶叫マシンも乗り続ければ慣れるものだ。大丈夫、私にはいざという時の保証は身に着けている!うん。・・・・・お母さんの運転するエアカーがよかったなぁ、とは思うのだけれど、それで動くとなると大分遅い時間に目的地につくことになるので、やはり諦める他ないのだろう。最新のジェットフライヤーでもあればいいのだろうが、我が家にそんな高度な文明の利器を操れる人間などいない。文明の利器の理解が及ばない謎の雲を扱える人間なら大体揃ってるのにな。
 そんなことを考えながら、さすがにこうも景色に変化がないと飽きがくる、とばかりの大海原の上空を、お父さんの膝の上で悟飯と一緒に抱えられながら移動することしばらく。うとうとと眠気すら感じ始めた頃に(高速道路などの長距離の移動では大概寝てたので)、なんの変わり映えのなかった景色に、ぽつりと黒い点が浮かび上がってきた。そういえば無人島もちらほらあったなぁ、と思っていれば、どんどんと近づく島の影にくしり、と落ちてきそうだった目を手の甲で擦った。

、島だよ。おうちもあるっ」
「ん~~」

 はしゃぐ悟飯の声に生返事を返して、言われるがままに島に目を向けると、小さな島の上にヤシの木と赤い屋根が目立つ家が一軒、ぽつりと建っているのが見えた。白い砂浜に押し寄せる波が白い泡を描き、浜辺にはビーチパラソルと白いベンチと、それから小さな島にはちょっと不似合な最新型の大きなジェットフライヤー。その横の家の壁にでかでかと赤いペンキで「KAMEHOUSE」と書かれていて・・・・・・・・うわ、カメハウスだ。その瞬間、ばちっと音がなる勢いで覚醒すると、お父さんが「ほら、あれが武天老師さまの家だぞ」と言って、更に筋斗雲のスピードをあげた。
 漫画やアニメでみたそのままの光景がその場にある。本物だ、と唇だけで小さく呟くと、キキッと軽い音をたてて止まった筋斗雲から、お父さんは私と悟飯を抱き上げるとぴょん、と飛び降りた。
 悟飯を右腕、私を左腕に乗せて、お父さんはカメハウスに向かって声を張り上げる。

「おーい、じっちゃん、クリリン、ブルマ―」

 とうとうご対面か。思えばこの世界に生まれて早四年。いずれ会うのだろうと思っていた彼らに、こうして面と向かうことになろうとは。遅い出会いなのか、早い出会いなのか、予定調和なのか。多分三番目。そう思いながら、ちらりと横をみれば、物凄く強張った顔をしている悟飯がいた。・・・そういえばこの子、割と人見知りする子だったっけ?というかまず環境があまりにも限定されているから慣れていないだけなのだろう。会う人間が塾の講師と家族だけってどんだけ狭いコミュニティなんだ。私には前世分の経験値があるから除外するとしても、やっぱり幼稚園とかには通わせた方がいいんじゃないかなぁ。通信教育だけじゃダメだと思うよお母さん。社会に出るにはコミュニケーションは必要不可欠だよ。断じて肉体言語的なコミュニケーションではなくて。
 そんなことを考えていると、ばたばたと家の中の気配が慌ただしくなり、バタンと開いたドアから、紫がかった青い髪の綺麗なお姉さんと、背がちっちゃくて頭がきらりと光る、お父さんと同じ道着を来たお兄さんが顔を出した。更にその後ろからサングラスをかけて杖と長いひげを蓄えたおじいさんも出てきて、ほわぁ、と口を開けてしまったのは見逃してほしい。

「悟空!」
「孫くん!」
「久しぶりじゃなぁ、悟空よ」
「あぁ。久しぶり、皆」

 再会を喜ぶお父さんたちに、悟飯が身を固くして齧りつくようにお父さんに抱きついている。私はその様子を横目でちらちらと見ながら、それでも目の前にいる人物たちから目が離せずにいた。それが記憶にあるキャラクターであるという事実もそうだし、やはり平面とは違う人間として存在する立体的且つ、絵でみる姿形とは異なる様子に、似ているけれど別人だな、と唇を引き結んだ。
 絵で、人間にしたらこうなる、というよりも、やはり生きた人間である、という面が強い。お父さんもそうだけれど、特徴が似通っているだけであって、決して漫画と全く同じに見えるわけではないのだ。限りなく似ていて、あぁ彼らだな、とはわかるけれど、平面が立体になっただけの形とは、やはり異なる。
 不思議な感覚だ、と思っていれば、再会を喜んでいた美女・・・ブルマさんが、ふと気が付いたように私と悟飯を目に止めた。目が合うと、まん丸く目を見開いて、疑問符を浮かべるように首を傾げる。

「あら?孫君、その子たちは・・・」
「お前子守のバイトでも始めたのか?」

 クリリンも・・いや一応目上だし、クリリンさんと言っておこう。クリリンさんも、すごく不思議そうに、いやこれは珍妙なものを見たと言わんばかりの目線で、私と悟飯とお父さんを見比べている。って、子守のバイトって・・・お父さんが働けばお母さんも苦労しないよ・・・。まぁ、それほどまでにお父さんと子供という組み合わせが彼らの中であまりないことなのだろうか。
 しかし、注目を浴びた悟飯はそれどころではない。尻尾の毛を逆立てて、お父さんの服を握りしめていると、お父さんは至極あっけらかんと告げた。

「あぁ。オラの子だ」

 一瞬、場の空気が凍ったのをまざまざと実感した。いや、時が止まったというべきか・・・。にこやかなお父さんとは裏腹に、与えられた情報に脳みその方がついていけてないのか、ポカンと呆けている三人を尻目にお父さんは私と悟飯を砂浜に下した。悟飯がすぐさまお父さんの後ろに隠れるようにして足にくっついたが、私は白い砂浜の感触と照りつける太陽に暑いな、なんてのんびりとした感想を持つ。いやだって、中身すでにあれですから。さて、それにしても長いフリーズだな。そんなに驚かなくてもいいんじゃないかと思うが、思えば私はお父さんである孫悟空しか知らない。勿論平面的な意味で彼の幼少期も数々の冒険も知ってはいるが(大体忘れてるけど)、それでも生身で感じていたのは父親である孫悟空だけだ。それでは確かに、子を持っていない孫悟空を知っている彼らの驚きを推し量れるはずもない、と思って立ち尽くしたままのブルマさんたちを見上げれば、ぱくぱくと口を動かして、彼らはムンクの叫びのように両手を頬にあてて、絶叫した。

「「「悟空の子ーーーーー!!!???」」」
「そうだよ、そんなに変か?そら、あいさつ」

 うわぁ、大音量。咄嗟に耳を塞ぐこともできず、大音量の絶叫に目をぱちくりとさせていれば、お父さんは大して気にした風でもなく、後ろに回った悟飯を前に戻して、背中をとんと押した。
 悟飯は突然大声を出した彼らに驚いて目をまん丸くしていたので、とりあえず私が先に挨拶をしておくことにする。

「こんにちは。初めまして。孫です。・・・ほら、悟飯も」
「こ、こんにちは。孫悟飯です」
「は、はい・・・。こんにちは・・・」

 そういって、並んで頭を下げた私と悟飯に、ブルマさん達はまだ驚いた様子ながらも、挨拶を返してくれたのでひとまずミッションはクリアである。しかし、直後に悟飯が恥ずかしがって私の背中に隠れてきたので、とりあえず尻尾で悟飯の頬を撫でておく。悟飯も答えるように尻尾を絡めてきたので、まぁ、慣れればその内元気も出てくるだろう。

「孫悟飯!?そうか、死んだじいさんの名前をつけたのか」
「ああ!」
「し、しかしこいつはたまげたわい。ま・・まさか悟空が子供を連れてくるとはの・・・」

 汗をかきつつ、そういって心底驚いたように、けれどしみじみと成長に感じ入るように呟く武天老師さま・・亀仙人様とどっちで呼ぼうかなぁ、と考えながら見上げていると、ブルマさんが目線を合わせるようにしゃがみこんだ。

「二人とも、いくつかな?」
「四歳です」
「ぼ、ぼくも、四さいです」
「もしかして、双子?」
「あぁ。悟飯のほうがちびっとだけ早く生まれたから兄ちゃんなんだけどな。の方がしっかりしてんだ」
「女の子は早熟だって言うしなぁ」

 いや。早熟っていうか・・・。思わず視線を逸らして、内心でぼやく。これが早熟というのなら、私、あと数年もすれば大人越えて老人になれるわ。仕方ないんだけど、と遠い目をしていれば、悟飯が不思議そうな目で見つめてきたので笑って誤魔化した。うん、しょうがないよ、こればっかりは。

「それにしても、孫くんの子供とは思えないほど礼儀正しいわね」
「チチのやつがうるせぇんだ」
「へぇ、チチさんがねぇ・・・って、あ、あら・・・?」

 悟飯の頭を撫でていたブルマさんが、そういって、絡めあっている私と悟飯の尻尾を見て、ぎょっと目を見開いた。

「し、しっぽ・・?!」
「あぁ、はは。昔のオラみたいだろ?」

 そういってちょいちょい、と尻尾に触るお父さんに、ちょっと眉を潜めて尻尾を動かして回避する。鍛えてないんだから、尻尾触られるのちょっと嫌なんですけど?!いや、悟飯とじゃれる分には問題ないんですけどね。

「ね、ねぇ孫くん。この子たち、みょ、妙なこととか、あったりしない?」
「妙なこと?」
「た、例えば満月の夜とかに、何か変化が起きたりとか・・・」
「満月の夜?さぁなぁ。オラんち早く寝ちまうから・・・なんで?」
「い、いや!なんでもない!!それなら別にええんじゃ!」

 ・・・・・あぁ、大猿。しどろもどろに探りをいれてくる彼らに、私は何を気にしているのかすぐに思い当たり生温い目線を送った。まぁそりゃ、気になるわな。あんな化け物になられちゃ命がいくつあっても足りやしないし。私もなりたくはないしねぇ。なれるのかよくわからないけど。幸い、私や悟飯はまだまだ幼児なので、夜更かしなんてこともせずにさっさと寝るので今のところ満月の被害にはあっていない。もしそういうことになっても、それとなく回避するように努めていたので、まぁ概ね大丈夫だろう。なったときは・・・色々諦めるしかないが。そう思いながら、慌てた様子で必死に話題転換を狙って、悟飯の頭上で輝くドラゴンボールに話題が移ったとき、ふと私は空を見上げた。
 ・・・・なんだろう。今、なんか、すごい氣を感じた気がする。ぞわぞわと背筋を這い上がるような不気味な、お父さんたちとは全く正反対の淀んだ氣。それも、今まで感じた何よりも大きな。お父さんよりも大きい、何か。思わず、私は悟飯の腕を引き寄せて、ぴたりとくっついた。

?」
「どうしたんだ?」

 悟飯が不思議そうな顔で覗き込んでくる。クリリンさんが首を傾げて、周りが心配そうに声をかけてきて。私は、私は、悟飯を抱きしめながら、そうだ、と掠れた声で呟いた。



 運命は巡る。巡ってしまう。ここから、また。始まるのだ、きっと、何より恐れていた事態が。



 争いの火種は、すぐそこまで迫っていた。