地球人的野菜生活。
「ご、悟空のアニキだって・・・!?」
突然にしてもたらされた事実に、クリリンさんの驚愕の呟きがぽつりと落ちた。
ザザァン・・・と静まり返ったカメハウスに波の打ち寄せる音が周囲に響き、一度長閑な風景を浮かばせたが、周囲の空気は潮騒の音など意に介しもしない張りつめたものだ。痛ましいほどにピンと今にも引き千切れそうな糸の危うさの中で、悟飯が涙目でお父さんと、ラディッツ・・・血筋でいくなら一応伯父となる男を見やった。
「お父さんの・・・お兄さん・・・?」
「似てないけどね・・」
どっちかというとあの人、某王子様とかとの方が似ている気がする。生え際のせいか?いやでも顔立ちも、あんまり似てないよな・・・。母親似なのかな?あんな顔の母親はちょっと・・・。取り留めのない思考を巡らせているとわなわなと拳を震わせて、お父さんが突然に激昂した。
「で、デタラメを言うな!!おめぇがオラの兄ちゃんだって・・そんなわけねぇっ」
「そうだそうだ!悟空が宇宙人なら、なんで地球にいるんだよ!?」
認めたくないのか、信じられないだけなのか。当たり前のことながら、否定を口に出されたラディッツさんは、にやにやと笑いながら狼狽えるお父さんたちを眺めて意地悪く口角を釣り上げた。本当に、悪い顔がよく似合う・・・。
あれと一応親戚関係にあるんだよなぁ、となんとも言えない心地でむっつりと黙っていれば、くいくい、と服を引っ張られて、つい、と視線を横に向ける。
悟飯はチラチラと視線を前に流しながら、戸惑いがちに口を開いた。
「、どうしてお父さん、怒ってるの・・?あの人、伯父さんじゃないの・・・?」
「え?あ、うん・・・そう、だねぇ・・・」
あれ、この時の悟飯ってこんな冷静に思考してたっけ?ひたすら泣いていたような記憶しかないのだが・・・。私という存在による差異であろうか?ふとした疑問を覚えつつも、まぁ別に困ることでもないだろう、としかし答えに窮する問いかけに、私は困ったように眉を下げた。なんて答えればいいんだよ・・・これ・・・。
「その・・・まぁ、うん。きっと色々、複雑な家族のジジョウというものがあるんだよ・・・多分・・・」
「そうなの・・?お父さんと伯父さん、仲悪いの?」
「仲悪いというか思想の違いというか・・・」
「思想の違い?」
「いや、うん。・・・仲が悪いんじゃないかな?多分」
ごめん。匙投げた。だってどう説明すればいいのこれ・・・!いやだってサイヤ人の考えは自分以外皆殺し☆っていっても過言ではないし、お父さん的にはそれは受理できない事柄だしていうか人類皆同意できないですけどでもそれを現時点で私が説明するわけにもいかないしでも別にあの人達嫌い合ってるわけじゃないし(だって再会というか出会ってまだ一時間も経ってない)ぐるぐるとどう説明したものかと言葉を探すが、適切な表現など出てくるはずもなく、子供の純粋な何故なに攻撃に早々に根をあげて、私はとりあえず事の成り行きを見守ろう、としぃ、と人差し指を口元にたてて悟飯を促した。勿論素直で純真無垢な良い子である悟飯は疑問符を浮かべつつもお口にチャック、とばかりにぺたりと両手を押し当てて口を閉じたので、可愛いなぁ、と空気も読まずに和んだ。最早現実逃避である。さっきからお父さんの氣の漲りようとラディッツさんの氣の大きさに中てられて気持ち悪いぐらいなのだ。
いっそ気絶して目が覚めたら全部終わってました、っていう展開はダメだろうか。
「何故地球にいるか、か。簡単な話だ。カカロットはこの星の生物を殲滅するために送り込まれたのだ」
「なっ」
「なんと・・・!」
全然簡単な話じゃねぇよ。めっちゃ重たい話だよ。さらっと物凄いことを突き付けるラディッツさんに、お父さんたちが再び言葉を失くす中、彼はひどく楽しげに、時に恍惚としたものを浮かべながらニィ、と笑った。自分が滅ぼした星のことでも思い出したのであろうか・・・。
「我々サイヤ人の主な仕事は簡単に言うなら星の地上げ屋よ。環境の良い星を探し、そこに住む者を絶滅させ、適当な星を探している異星人に高く売りつける。俺たちは戦闘民族だからな。趣味と実益も兼ねた素晴らしい仕事だと思わんか?」
思わねぇよ。一般人にそんなキチガイな思想の同意を求めんな。それ一般的じゃねぇから、基本的に。サイヤ人及び極悪な宇宙人だけの考え方だからそれ。
「戦闘力の高いやつらがいる星には大人の戦士が直接乗り込むが、この星のようにレベルの低い星にはお前のような赤ん坊を送り込む。幸いなことにこの星にも月があるからな。お前一人でも数年かければ十分に邪魔ものを一掃できたはずだ。命令さえ忘れなければな・・・」
忌々しげに行ったラディッツさんを、なんとも言えない複雑な面持ちで見上げる。・・・・・なんというか、改めて説明されるとむちゃくちゃな教育を施している民族だな・・・。せめて生まれた直後じゃなくて数年ぐらい手元に置いて育ててから送ろうという選択肢はなかったものか・・・。いやまぁそれじゃぁ話が始まらなかったわけだが、それにしても育児放棄甚だしい環境である。だからこう、親子とか兄弟間の愛情が薄っぺらいんじゃね?自分の手元で育てる環境であれば、多少なりとも情ぐらい湧くだろうものを・・・。元々の民族性があまり愛情深いものではなかったにしろ、大半はサイヤ人の環境によるものじゃないだろうか。
「ひでぇ・・・もしそれが本当のことだとしたら、とんでもねぇよ・・・。ピッコロ大魔王が可愛くみえらぁ・・」
クリリンさんの青ざめた発言に、はて?とばかり小首を傾げた。そうか?ピッコロ大魔王もやってることは大して変わらなかったような・・いやでもあれで結構部下思いというか子供思いな面というかピッコロさんは悟飯ラブだからなぁ・・あれこれ未来だっけ?うん?過去と未来がごっちゃになったところで、不意にお父さんが引っかかるところがあったのかゆっくりと口を開いた。
「おい。月があるからって、なんで幸いなんだ?」
「はん?・・・突然なんだ、カカロット。月が真円を描くときこそ、我々サイヤ人が本領を発揮できる時ではないか!」
何を馬鹿なこと言っている、とばかりに鼻で笑い飛ばしたラディッツさんに対して、お父さんは難しそうに眉間に皺を寄せて首を傾げている。
そんなお父さんを尻目に、彼らの会話を聞いていた周りは何かに思い当たったように「あっ」と揃って声をあげた。・・・あぁ、うん。恐らく、彼らの頭の中には恐怖と共に強く焼き付いているだろうあの姿が思い浮かんでいるに違いない。
私は未だこの目で見たことも自身がなったこともないけれど、サイヤ人が本領を発揮するとき・・・まぁ時間が経つにつれそんな設定ありましたっけ?とばかりに薄れていったがさておき、この当時であれば脅威でしかなかったあの変身。
満月の晩に現れる化け物。一晩で星を壊滅させることも可能と謳われる存在。
大猿の化け物。
ある意味で、サイヤ人の本性とも言える、あの原初の姿。
そのことについて言っているのだろう、と私は悟飯をちらりと見下ろした。・・・この子もあれになっちゃうんだよねぇ・・・。こんな人畜無害な顔をしておきながら、あんな化け物へと変身してしまうとは・・・。私も多分なれるのだろうけれど、基本的に月を見なければいいわけだし、予定としては戦場には近づかない予定なので、恐らくほぼ一生無縁じゃないかと思っていたりする。とっとと尻尾取れればいんだけどな。しゅるり、としっぽくねらせると、ようやくお父さんがいまいち発言内容について理解が及んでいないことに気がついたのか、ラディッツさんは怪訝に片眉を動かして、それからちろり、と視線を動かして・・・驚愕に目を見開いた。
「なっ。お前!尻尾は・・・尻尾はどうした?!」
「尻尾?ずっと前に切れてなくなった」
「な、なんということを・・・!」
さっくりとなんの未練もなく答えたお父さんに、ラディッツさんは愕然とした顔で口をパクパクと開閉させ、それから苦々しい顔つきでギリィ、と拳を握りしめた。
「まさか頭を打った上に、尻尾までなくしてしまうとはな・・どうりでお前がこの星の連中と仲良くしているわけだ・・」
まぁ、なんというか、ほぼサイヤ人の絶対条件を失くしているわけですからね、お父さんって。悲壮、とは言わないがそれなりにショックを隠し切れない様子で顔を顰めているラディッツさんに、しみじみと私はそう思った。しかし根本的な戦い好きという血が消えているわけではないので、やっぱり戦闘民族なんだなぁ、とは思うけど。血は争えないとはこういうことをいうのだ。
「そんなことはどうでもいい!オラがよその星からきたなんとかってヤツだろうがおめぇが兄ちゃんだろうが関係ねぇ!クリリンの言うとおりだっ。そこに生きてる者全部殺して売っちまうような奴ら最低だっ」
なんとかってあんた・・・サイヤ人程度の短い単語ぐらい覚えてやれよ・・・。折角お兄さん色々説明してくれたのに・・・内容は大概酷いもんだったけど。
「オラは地球で育った孫悟空だ。とっとと帰れっ」
ふっと口元に笑みすら浮かべ、親指を自身に向けて「自分」という存在を突き付けるお父さんの背中は、何故かその時だけ妙に堂々として見えた。逆光になっているわけでもないのに、思わず眩しげに目を細めると私はその山吹色の道着に包まれた背中をじっと見つめた。
「・・・?」
「――なぁに?悟飯」
物も言わず。表情も変えず。無言で父の背を見つめる私を、不思議に思ったのだろうか。悟飯の、おずおずとした呼びかけに、微笑みを浮かべて小首を傾げる。
いっそそれは、今この場に張りつめる空気とは真逆の、穏やかにすぎるそれであったのかもしれない。自分の顔など見えないので、実際どんな顔をしていたのかはわからなかったが、悟飯はそんな私を見つめて、物言いたげに唇を戦慄かせると――掻き抱くように、首に両腕を回して抱きついてきた。ぶつかるようなその勢いに、僅かに背を仰け反らせながらその腕の、幼子に見合わぬ力強さに。ふわりと香る、お日様の匂いに。私は伏せるように瞼を下して、弱弱しく、その背中の服を握りしめた。
それは、相対するサイヤ人という存在に対する畏怖という名の影に隠れて。前しかみない、大人の背に隠れて。あまりにひっそりと、あまりにささやかに行われた、とても場違いな―――存在確認。