シロツメクサの花冠



 見つけたのは偶然だった。此度の聖杯戦争、マスターとなった人間との相性が、格別に悪いわけでもないがどうにも合わず、気晴らし程度に出歩いた先で見つけた小さな花。
 小さな多年草が生い茂る中に座り込み、もくもくと手先を動かすひっそりとした行動が目についた。たった、それだけのことだった。
 声をかければ驚いた様子ながらも微笑を浮かべる。隣に座るかと問われて、ためらいもなく座ったのは少女があまりに無防備だったからだろう。この戦争の最中においてそれでいいのかと問いはすれども、少女は笑って濁すだけ。
 その様子に、わかっていながら受け入れているのだと容易に知れた。それは随分と性質の悪いマスターだ。よほど自分の実力に自信があるのか、はたまたどうにでもなれと投げやりになっているのか。サーヴァントの気苦労が伺い知れると思いながらも、少女の隣は存外に居心地がいい。
 あのマスターの、夢心地のように浮ついたそれとは違う、穏やかでひっそりとそこにある気配。彼女の小さな手で編み出されていく白い花のついた花冠は、余の趣向とはかけ離れていたが、少女にはよく似合っているので問題はないように見えた。あぁ、この少女に、華美なものは似合わないだろうと、そう思う。余は、派手なものが好きではあるが、本人に似合わないものを強要するようなナンセンスなことはせぬのだ。
 他愛もない会話を続ける。穏やかに返される確かな返答は心地よい。あの上滑りの言葉の羅列よりもよほど染み入るように鼓膜を震わせて、思わず綻ぶ口元を見せれば、少女もガラス一枚向こうの瞳を細め、小さな微笑を浮かべた。
 けれど、穏やかな時間はすぐに終わりを知らせる。終わってほしくないものほど、すぐに終わりはくるものだ。頭の中に響くセイバー!というマスターの声。無粋すぎる金切り声に溜息が出そうになり、僅かに眉を寄せた。
 まるで夢心地のように戦争を生きるマスター。きゃぁきゃぁと、アトラクションのように、アリーナを駆け回る。他者のサーヴァントを見つけては、女豹のように爛々と目を輝かせ、媚びるように笑みをばらまくその様は、女の性として否定はせぬが、闘いに身を置くものとしては頭が痛い。・・・何より、余を見ようとはせぬ。まるで余ではない何か別のものを見ているようで、気持ちが悪い。全てを見透かすようで、その実知ったかぶったように向けられるそれらは一体彼女の中で何がどう処理されているのか見当がつかず、気味が悪いとすら思う。確かに歴史に名を残す偉大なる皇帝たる余なれども、その歴史の人間を見る目でもない、全く別のそれで。
 悪いものではないのだろう。それは分かる。理解している。・・・月の聖杯は相性で組ませるというが、あまり相性がいいようには思えぬのだが。あぁ、頭が痛い。昔から持っているそれに、眉間に皺を寄せて俯く。セイバー、どこ!?と、金きり声のようにはやし立てるマスターの声が、煩わしい。心配しているわけではない。ただ、何故傍にいないのだと憤慨している声。その声に応えようと、言葉を形成し始めたところで、そっと何かが頭に触れた。
 目を丸くすれば、いささかの躊躇いと戸惑いと心配。それらを混ぜて、ただ案じるように潜められた声が耳朶を叩く。
 ゆっくりと上下する手の暖かさに、思わずすり寄るように俯けば、少女は止めることもなく、手を動かし続けた。
 とつとつとかけられる声に返答を返し、うるさいマスターの声をぴしゃりと遮って、その暖かさを甘受する。あぁ、頭を撫でられるなど、一体、いつぶりであったであろうか。
 しかし、それもやがて終わることが、堪らなく寂しい。触れていた手が離れ、サーヴァントが呼んでいる、とそういった少女に別れを告げられる。あぁ、離れたくない。少女の傍は居心地がいい。その手でもっとずっと撫でていてほしい。少女に、あの穏やかな声で「セイバー」と呼ばれれば、余は一も二もなく返事を返すのに。
 彼女の横にいられるだろうサーヴァントが、ただ、無性に羨ましい。何故、余のマスターは、この少女ではないのだ。羨ましさと妬ましさ、共に生き抜くことのできぬ寂しさに唇をきゅっと引き結ぶと、立ち上がった少女が、見上げる余の頭にふと作っていた花冠を落とした。可愛い、と一言いって、二言三言、会話を続けて少女は去っていく。その背中を見送って、頭上の冠に手を触れて、ぼんやりと思った。
 また、ここにくれば、少女はいるだろうか。
 これは戦争だ。次の保障などどこにもない。けれども、もしも次があるのならば。あぁ、そうだな。今度は、余が花を贈ろう。少女に相応しい花を。彼女が綻ぶような作品を。


 ただ、また会いたかった。たった、それだけのことだった。