奇跡をあげる



「お守り、かな。一回だけしか多分効果ないだろうけど」

 そういった彼女の微笑が、なぜか脳裏に焼き付いて忘れられなかった。
 あの妙に馴れ馴れしい少女が、私と遠坂凛との戦いに割って入り、遠坂凛を助けたあと、予選で知り合い、それからも交流を続けている少女が私に手渡したものがある。少女が作り出した礼装らしい。少女曰くただのお守りと言っていたが、その「お守り」からは枯渇したはずの魔力(マナ)を感じた。いや、実際は魔力などというものを感じた覚えはないから、それが正しく魔力であるのかはわからない。
 けれども、今は廃れたはずの魔術に近い何かを感じるそれは、ウィザードとして大変興味深くも不可思議だった。解明したい欲求と、けれど少女が作り、くれたものという一点において鬩ぎ合う何かが、胸中ではじけて消えていく。
 これはなんだろう。知らない感情。知らない思い。とくりと胸打った鼓動の意味を理解できず。けれど彼女曰く「お守り」を身につければ、どことなく嬉しそうに彼女が笑うから、やはり作り物の心臓がとくりと動く。だからこれは、このままにしておこうと思った。
 作りを、中に込められた魔力なのか、もっと別にエネルギーの集合体なのか。それらを解明せずに、取っておこうと思った。
 その、過ぎるほどの彼女の優しさの意味を知っていれば、この身に余りあるその思いを、返すことだってできたのに。





 ちりり、とすずらんの花を模した石が擦れあう。動く度に微かに揺れ続けるそれが、最後に互いの体をぶつけあって、砕け散った。きらきらと、石が崩れて、ただのデータに。0と1に溶けて消えて、跡形もなく。まるで、闘いに負け、電子の海に消えた、彼女のように。きらきら。きらきらと。粒子になって消えていく。
 手を伸ばしても、指の間をすり抜けて、掴み切れなかった想い(祈り)が、電子の上に還っていく。

「・・・どうして」

 私は負けた。あの少女に負けた。私と遠坂凛との戦いに割って入った、奇妙な少女とそのサーヴァントと闘い、負けたはずだ。負けたものには死を。敗北者はこの世界からの強制排除が待っているはず。なのにどうして。どうして。どうして?砕けた石の行方を追いかける。驚愕している対戦相手も視界に入らない。喚くような声も聞こえない。ただ、欠片となり、消えようとする石の行方を。髪飾りの行方を。お守りの意味を。
 理解した刹那、胸中を過ったのはなんだったのか、私にはわからない。
 わからない、はずなのに。

「・・・・ぁ、」

 瞼の裏に彼女の微笑みが蘇る。少しだけ口角を持ち上げて。細めた瞳に好意を浮かべて。


【お守り、かな】


 触れた指先、祈るように私の手を包んだ華奢な手が決して強くはない力で握りこむ。


【一回だけしか多分効果ないだろうけど】


 離れていく手指。下がる足元。一歩遠のいて。正面に立つ姿。両の手を体の後ろで組んで、彼女が黒髪を揺らして小首を傾げる。


【でもきっと、ラニを守ってくれるよ】


 残した言の葉。それは彼女の祈りだったのか、願いだったのか。
 隣ではなく正面に立った彼女は、何を見て、何を悟って、何を為すつもりだったのか。
 ただ、彼女の少し高く柔らかな声音が、私の名前を呼んで弾む声が。



 耳の奥に、こびりついて離れない。