僕が、決意した理由



「全く、アーチボルトの神童も落ちたものだな」

 黙れ。

「こんな歴史の浅い下賤な家の生まれの者を重用するなど、高貴なる家の者がすることではないというのに。まぁ、元々随分と可笑しな頭の持ち主ではあったが・・・いやはや。これではアーチボルトの家も先が思いやられるというものだ」

 黙れ。

「それにこの論文のことだが、全く見るに堪えないよ。あの頭の可笑しい天才殿はお褒めになったようだが、私から言わせてもらえばてんでなってないよ、ベルベット君。読む価値すらない駄作だ」

 黙れ、黙れ。

「こんな論文のどこに褒める点があるのやら・・・彼の天才殿はどうも我々とは着眼点が違いすぎて、話にならないな」

 黙れ、うるさい、口を開くな。

「如何なアーチボルトの家の者とはいえ、こうも見る目がないと困ったものだな。フォローに回る我々の身にもなってほしいものだ。なぁ?ベルベット君」

 貴様に、あの人の何がわかる!!
 カッと頭に血が上る。目の前が真っ赤になって、拳を握る手に感覚など最早ない。反射的に右腕の筋肉が張りつめたが、それを抑えるように左腕を動かし、ぐっと爪をたてて腕を掴む。その痛みに、僅かに冷静さを取り戻すと、にやにやと嫌味たらしく口元を歪め、底意地の悪さが顔立ちにも現れたような醜い顔で、豚のように肥えた体を揺らしてばさばさと論文をゴミのように辺りに散らした教師に、奥歯を噛みしめた。

「まぁ、頭の可笑しい天才と、頭の可哀想な落ちこぼれ。お似合いかもしれないがね。ベルベット君。そこのゴミは早急に片づけておいてくれたまえよ」

 嘲るように口角を吊り上げ、機敏とは言い難い動作で踵を返す論文だった紙をまき散らした教師の背中を射殺さんばかりに睨みつけながら、握りしめていた拳をゆるゆると解いていく。開いた手のひらには、食い込んだ爪痕がくっきりと残っており、僅かに皮膚を突き破ったのかうっすらと血が滲んでいた。

「馬鹿にしやがって・・・っ」

 馬鹿にしやがって、馬鹿にしやがって・・・!ふざけるな。僕の論文が駄作?読む価値もない?この論文が、先生が認めてくださった論文が!?

「頭が可哀想なのはアンタだろ、あんの豚樽教師・・・!」

 いや、論文が馬鹿にされるのはまだいい。これはまだ未熟なものだし、矛盾点もあれば論理も破綻しているところがある。煮詰め切れてない部分もあって、先生からも改良の余地ありと言われたものだから、甘んじてその罵倒は受けてやってもいい。けれど、けれど!!

先生のことまで、馬鹿にしやがって!」

 あの人の頭が可笑しい!?アーチボルトも地に落ちたぁ!?ふっざけんな!そりゃ先生は名門の出とは思えないぐらい気さくだし、優しいし、歴史が浅い魔術の家系であっても分け隔てなく接してなんていうかどこか庶民的だし、機械やら科学にも好意的だし、生粋の魔術師としてみるなら変わり者ではあるけれど、それでもあの人の知識はすごいし魔力の質も量も並外れている。彼女の魔術師としての力は、そこらの魔術師など目ではないのだ。そう、まさにお前なんかよりも遙かに魔術師として成功している、天才、神童と呼ばれるに相応しい、最高の先生だっていうのに。それなのに、それなのに。

「・・・っくしょう・・・っ」

 どうして、あの人まで馬鹿にされないといけない?どうして、あの人があんな風に貶されないといけない?僕が血筋的に劣るから?魔術師として未熟だから?僕のせいで、どうして先生までもが、あんな豚野郎に馬鹿にされないといけないのだ。あぁ、あぁ。許せない。許せない。許さない。絶対に!

「絶対、認めさせてやる・・・もう二度と、先生を馬鹿になんてさせるものか・・・!」

 先生、先生。先生。この世界で、唯一人僕を認めてくれた人。微笑んで、すごいと言ってくれた人。
 きっと、必ず。認めさせてやる。僕があの人の一番弟子であること。あの人が本当に素晴らしい人であるのだということ。必ず、必ず認めさせてやる。だから―――。


「―――先生、すみません」


 この戦争に勝てば、きっと僕を認めさせられる。あの人が誇れる弟子になれる。もう、あの優しい人を貶させたりなどさせない。魔術師として成功すれば、この戦争に勝てば、ここで、実力を見せつければ。


 あなたを守れるだけの、自分になれる。


 だから、先生。


「貴女は、笑っていて」


 それは僕が、聖杯戦争への参加を決める、ほんの少し前のことだった。