冬木の危険が危ない
飛行機が目的地に着き、その地に足をつけた瞬間、目の前が真っ暗になった。
ぶつん、とテレビの電源を切った時のように意識が途切れて、気が付けばどこぞの病院のベッドの上。
ぼんやりと白い天井を見上げていれば、主!と聞きなれたグリリバヴォイスが病院であることを考慮してか、いささか抑え目の声量で耳に届いた。これ耳元で囁かれたら羞恥で死ねるわ。そう思いつつ、未だぐわんぐわんと揺れる頭で、眉間に皺を寄せつつ視線を向ければ、現界しているサーヴァント・・・ランサーがその眩しいほどのイケメンフェイスをほっと安堵に緩ませた。張りつめていた顔がゆるむだけなのに、なんだかきらきらのエフェクトが舞ったような幻覚が見えた。どこの乙女ゲー。
「主、お目覚めになられましたか・・!」
「ランサー・・・?これは・・一体・・・」
私が横たわるベッドの横で膝をついているのか、近い目線でぎゅっと外に出ている右手を握り込むランサーに、大きい手だなぁ、と思いつつ虚ろな目で問いかける。いまいち、現状が理解できないというか・・・まだ気持ちが悪くてちょっと頭働かせたくないというか・・・。そんな私にランサーはきりっと表情を引き締めて(しかし手は握ったままだ)経緯を話し始めた。
「はい。主。しかしながら、俺にもよくわからないのです。主がこの地に足を踏み入れた瞬間、お倒れになり・・・。まさかすでに他マスターからの攻撃があったのかと思いましたが、そのような気配もなく、ひとまず近くの病院にお連れさせていただきました。医師曰く、ただの貧血だろうとのことですが・・・」
そういい、けれど医師の言葉を鵜呑みになどできなかったのだろう。他に何か原因が?と痛ましげに柳眉を潜めて憂い顔を作るランサーにやんわりと握られた手を解きながら、私は説明された内容を咀嚼するように少しばかり目を瞑る。
「主?」
「ごめんランサー。水を持ってきてくれる?」
「!申し訳ありません、すぐに!」
ランサーの説明を咀嚼し、その倒れたときに感じたものに意識を向けながら、同時に体内に燻るものに眉を寄せる。あー・・・うん・・・。体内で淀むものに吐き気を覚えつつ、あわてて出て行ったランサーが、しばらくしてやっぱり慌てて室内に入ってくる。ちょっと落ち着けお前。気きかない従者ですみませんとかどうでもいいから水をくれ。
とりあえず、心配してただけなんだよね、とやんわりと慰めつつ、ランサーが持ってきた水を受け取る。・・・本来ならお酒とかのほうが効果的なんだろうが、真昼間から酒を飲むのはやっぱりちょっと抵抗がある。そんなに強くもないことだし、と、やけに見つめてくるランサーの視線をいなしながら、ぐいっと水を煽った。澄み通るような清涼感が、胸の内を駆け巡る。まるで清流が、その穢れを押し流していくように。ようやく吐き気も収まったのが実感できてほっと息を吐くと、傍らのサイドボードにコップをおいて、ふぅ、と大きく息を吐いた。
「主・・・」
「あぁ。大丈夫だよランサー。とりあえず収まったから」
「収まった、とは・・・。もしや、何者かからの魔術干渉が・・・!?」
「違う違う。とりあえず落ち着いて」
今にも槍ひっつかんで出ていくようなものすごい顔しないで、ちょっと落ち着いてそこの椅子に座れ。直情型のランサーを沈めて、大人しくさせながらも、私は眉間をぐりぐりと指で押しながら頭の痛い問題だな、と深くため息を吐いた。
「一体、何があったというのですか。主」
「何がっていうか、どうしてこうなったというか・・・ランサー、この戦争、確実にやばいことになってる。というか、戦争なんて規模でもないかも」
魔術師同志の骨肉の争いなんかしてる場合じゃないよこれは。とりあえず周囲に簡易結界を張り巡らしながら、ほんとありえない、と頭をふった。
「この土地の龍脈が穢れてる。このままじゃ、聖杯どころかこの冬木という土地そのものが使い物にならなくなるよ」
龍脈の汚染半端ない。その淀みの余波をなんの準備もなしに受けたもんだから、ぶっ倒れたんだなこれが。そして、余波ですら人をぶったおすほどの穢れ。この室内に小規模の結界をはったから緩和されてはいるが、外を見るのも恐ろしいぐらいだ。あぁ、動きたくない・・・!
突然のカミングアウトにな、と一言つぶやいたっきり絶句しているランサーに、どういうことなんだろうね、とぼやいた。
「龍脈が穢れてるとか・・・よくまぁこの冬木の人間は無事でいられるもんだね・・・」
私みたいにダイレクトに被害がくることはないだろうが、魔術を扱うにも人為的にも、無論土地的にも百害あって一利なしだろうし・・・。このままじゃ遅かれ早かれ、この土地が死滅するのは時間の問題だ。
よくわからないが、聖杯戦争してる暇があるんなら龍脈の穢れを除くことに尽力を尽くした方がいいんじゃないか?これ。これで京の世界だったら、確実に神子が召喚されるレベルだよ。あ、だから私がいるんですか?なんてな。もう神子じゃないってーの。日本人ですらないし。・・・さて。それはともかくとして。
「・・・・とりあえず令呪返して帰国してもいいかな・・・」
「あ、主ぃ!?」
慌てて縋り付いてきたイケメンを鬱陶しく思いつつ、でもそうは問屋が卸さないのかなぁ、と徐々に強くなる気配に、ぐったりと肩を落とした。