そういえば実家って、貴族でした



 実家が、冬木での滞在場所決めておいたから☆と(こんなテンションではなかったが)言われて、まぁ準備してくれてたんならいっかなぁ、と軽く考えていた自分を殴りたい。どこにしようか、どれぐらいの滞在になるか、家を借りた方がいいかなぁとか、面倒くさい処理が色々あったので、正直助かったとも思っていた。だけど、これは、ない!

「・・・貴族ってないわー」

 滞在先の住所と電話番号が書かれたメモ片手にランサーを霊体化させて病院からタクシーに乗り込み、辿りついた先で思わずつぶやいた私は悪くないはずだ。目の前に高く聳える建物。一見しただけでもそこらのビジネスホテルとは一線を隔しているのはわかる。あ、なにここ結構いいホテルなんじゃね?という不安を出しつつ、おのぼりさん丸出しで意を決してホテルに足を踏み入れてフロントから部屋へと案内される。しかしもうその案内の時点で私は眩暈がしそうだった。スイートって。スイートって!最上階?!貸切!?一フロアまるごと!?え?ちょ、何を言ってるのかわかりませんね。
 そうして絶句している私を尻目にボーイが荷物をもってあれよあれよいう間に案内されて(そのボーイがちょっと挙動不審だった気がしないでもないが)まるで人気のないフロアの、さらに奥の一部屋に通されて、私はぐったりと近くの椅子に座り込む、肘置きに顔を埋めて嘆いた。

「ありえん・・・」
「主?いかがなされましたか!?」
「うぅ・・・ランサー・・・金持ちの思考回路ってわけわかんないよぉ・・・」
「あ、主。お気を確かに」

 部屋についた途端ぐったりと座り込んだ私に、空港での一幕を思い出したのか瞬時に霊体化を解いて慌てて寄ってきたランサーに愚痴を零すと、彼は突然の嘆きの意味が掴めなかったのか、おろおろとしながらも慰めるように片膝をついて顔を覗き込んできた。輝くような貌が、憂いと心配を混ぜてその柳眉をきゅっと潜めている様はなぜか知らないが色気がある。琥珀色の瞳を間近で見返して、私は小さくため息を零した。

「実家に任せきりだった私も悪いけど、ホテルのスイートってないよねー」
「そうでしょうか?サービスの方は行き届いているようですし、ホテルマンも素晴らしい教育がされているように見受けられましたが・・・」
「いや、うん。サービス面での不満じゃないんだよ。むしろ行き届きすぎてるから庶民には肩身が狭いというか、こういうのはセレブが行うことであって私にはちょっと身の丈に合わないというか」
「そんなことはございません!主のような才能豊かで心優しく麗しい方にこそ相応しい場でございます!」
「・・・まぁ家柄はいいからね」

 麗しいってなんぞ。彼の人の持ち上げ具合は、正直ナルシストでもない限り受け付けがたいものがあるなぁ、と思いながら(性質の悪いことに本心っぽいから余計に頭が痛い)、一応英国貴族で通っている実家なので、ある程度予想して然るべきだった、とむくりと肘置きに預けていた顔を起こして自分の迂闊さに叱咤をする。
 あのプライドが馬鹿高くて自分は庶民とは違うのよ!と言わんばかりの家だ。これぐらいのことは予想するべきだったのだろう。かといってワンフロア貸切はないと思うけど。
 ここで礼装広げて砦作れってか?いやだここで何かあった場合の損害とかどれぐらいになると思ってるのさ。ていうかお金が。魔術って結構お金かかるのよ?用意するものだって馬鹿高いものとかいろいろあるし、本当に、お金ないとやってらんないよね!って部分も結構あるのよ?あぁこの金銭感覚信じられない!これが庶民とブルジョワの差か!差なのか!!
 伊達に赤い悪魔と一緒に借金塗れになりながら夜逃げしまくってたわけじゃないんだぞこんちくしょう。これが先生なら似合うよ!?マリアン先生ならそりゃもう似合うし、マリアン先生のおまけとしているならまだいい。どうせ私小間使い扱いだしそんな長いこと滞在もしないだろうからちょっとした旅行気分で終われるし。どうせその分の料金はマリアン先生のパトロンか教団にでも請求がいくわけだろうから、こっちの懐は痛まないわけだし。
 でもこれは状況が違う!私メインで!しかもワンフロア借り切って!滞在時間の目途も立ってなくて!!怖い!どれだけお金がかかってるのか考えるだけでも怖い!それでいてもしここで何かあったときの被害総額とか考えるとさらに怖い!加えていうなら私ホテルのベッドって苦手なんだよー!

「・・・かといってすぐに別の場所が見つかるわけでもないしね・・・。とりあえず結界は張っておこう」

 しかし、実家には悪いが早々に別の場所を探してここは引き払おう。そうしないと私の精神的負担が半端ない。慣れればいいんだろうが、そんなに慣れるほどいたくもないし・・。ちょっとした思い出程度で終わらせておきたいものだ、こういうのは。

「大体ここで何かあっても逃げるのに大変なだけだっての。最上階とか・・景色はいいけども」

 結界を張るために盛り塩なんかを準備しながら、大きな窓から見下ろす町並みに感嘆の吐息を零す。景色はいいんだ。部屋だって流石スイートってぐらいで素晴らしいものがあるし、これが自分へのご褒美とか気楽な旅行とかならもっと純粋に楽しめた気はする。しかし、状況を考えればそんな呑気なこと、言えるわけもなくて。
 一応、聖杯戦争って戦争なんでしょ?なんか周りが魔術師の崇高な戦いとか見ているけれど、正直魔術師同士の戦いって・・・いや、どういうのなんだろう?騎士みたいな一対一でやるの?でも戦争でしょ?しかも魔術師って自分でいうのもなんだけど正面切ってやりあうような肉体言語を扱うことほぼないじゃん?むしろ卑怯上等相手の裏をかいて呪い殺してやるわ!ってぐらい陰険かつ陰湿というか、小細工上等!みたいなタイプじゃん?
 自分からうって出るタイプじゃないし、ましてやサーヴァントがいるのだから表舞台になぞ早々でないだろうし。
 ホテルに何かあっても自分じゃ対処しきれませんので、ほんともうちょっとのんびりできる滞在地を探そう。

「さて。ランサー。お茶飲むー?」
「主!私がしますのでどうかお座りになってください!」

 簡易結界を敷いて、穢れ対策をしながら、ポット片手にランサーに声をかけると、荷ほどきしていたランサーが物凄く慌てた様子で駆け寄ってきた。いや、でも正直ランサーにさせるより私がいれた方が美味しいと思う。
 あと、なんかいつも通りのことをやって落ち着きたいし。私からポットを奪おうとするランサーをやんわりと跳ね除けて、しょぼーんと情けない顔をしているイケメンを尻目に、喜々として実家から持ち込んだ紅茶の缶で、お茶の準備を開始する。・・・どうせ日本でにきたんだから日本茶もほしいよなー。あと和食。お米。味噌汁。食べたいな。うん。食材も買おう。あ、あとやっぱり漫画もほしい!日本の漫画文化はやっぱり素晴らしいよね!本屋巡りもしなくっちゃ!
 ・・・あーでも龍脈の異常も調べなきゃだし、そうなるとここの管理者にも会いにいかないといけないのか。教会には顔見せに行くべきかな。監督役だし、見せた方がいいよなー。
 まぁ、それらも龍脈の異常性がどこまでかある程度調べがついてからになるよね。ランサーには悪いけど、戦争なんぞしてる場合じゃないし。ここの神様から直々になんとかしたって!って頼まれたから断れないし・・・。気持ち的には断りたかったんだけど、あんな衰弱した姿見せられて懇願されたら無理だし。
 まぁおかげでランサーもこの土地の異常性を理解してくれたらすんなり聖杯戦争どうでもいいよ!ってことに納得してくれたけど。まぁ彼の場合、聖杯が目的なわけじゃないもんなー。・・・・あ。

「そうだそうだ。ランサー、ソラウに手紙書いておきなよ?」
「・・・ソラウ様に、ですか」
「そ。出る前に絶対書くからって約束したでしょ?」

 ソラウの名前を出した途端、微妙な顔になったランサーに苦笑しつつ、沸かしたお茶をポットに注ぎいれる。
 まぁ、彼自体はソラウにそこまでの好意を持っているわけじゃないからなぁ。もともと、女性関係にはいい思い出がないのか、消極的な人だし。あからさまな恋情・・しかも恋に恋してる状態に近いソラウには、いささかの苦手意識を持っていることはわかっている。それは不憫だとも思うし、彼の逸話諸々を知ればしょうがないとも思うが、これは仕方のないことなのだ。彼女をこの戦いに巻き込まないためには、ランサーには多少の我慢、というとソラウが可愛そうだが・・・まぁ、方便ぐらいはこなしてもらわなければ。ひいては私の身の安全にもつながるし。女の嫉妬超怖い。
 ティーカップに注いだ琥珀色の水面に自分の顔を映しながら、今後の予定をカタカタと頭の中で組み立てていく。とりあえず、滞在地の変更と並行して、龍脈の調査だな。あぁ、面倒くさい。