先生と王様



 温めたとっくりをお盆において、いそいそと広間に向かう。ぱたぱたとスリッパの音をたてながら廊下を歩き、中に入ると、散乱する酒瓶と空になったお皿が重なり、全く酷い有様だった。これ片づけるの私だよね、と思いつつも、その散乱した中心で上機嫌で杯を傾ける巨漢の大男にそっと近寄りその横にお盆をおいた。

「おぉ、ランサーのマスター。新しい酒か?」
「はい。日本酒を熱燗で」

 そろそろ締めに入らないかなーと思いつつ、にこやかな顔で杯を差し出すライダーに慣れた手つきで酒を注ぐ。透明色の液体が並々と注がれると、嬉しそうに顔を寄せてぐいっと煽る。沿った太い喉がごくごくと美味しそうに上下する動きを下から見上げて、その間に空になった酒瓶を持ってきたお盆の上のとっくりと入れ替えるようにして片づけた。
 彼のマスターであるウェイバー君は早々にぶっ倒れてご就寝中だ。ちなみにランサーもぶっ倒れている。うん。騎士は王様のペースに耐えられなかった。お酒、弱くはなさそうだが、この人のペースなど顧みないライダーに合わせて、いや合わせられて半ば無理やり飲まされていたようなものなので、致し方ないというものだろう。幸いなのは、英霊なので多分二日酔いなんてかっこ悪いことにはならないだろう、ってことぐらいか。・・・ならないよね?というか英霊って酔えるんだーという新たな発見、これはこれで貴重な情報だよな、と胸に留めつつ、料理担当兼お酌係として酔い潰されることを回避した私は、明日買い物にまたいかないとなぁ、と思いながら、再び差し出された杯にお酒を注いだ。
 それをまたぐいっと煽って、ライダーはぷはぁ、と酒臭い息を吐く。

「うむ。この国の酒も中々美味だな!」
「お褒めに預かり光栄です」

 魂の故郷のものを褒められるのはやっぱり嬉しいものだね。にこり、と笑みを浮かべれば、ライダーは目を細めて口元を笑みの形に歪める。

「それにしても、お前さんの飯は美味いなぁ。どうだ?やはり余の配下とならんか?」
「身に余るお言葉ですね。ですが、私には荒事が向きませんので、お気持ちだけ頂きます」
「この腕前、実に惜しいのだがな・・・。それに荒事に向かないという割は、今日のあれは中々の腕前ではなかったか」
「多少経験があるだけですよ。それにしたって、ランサーとライダーがいなければ正直死んでいた可能性の方が高いですし」

 飯炊き係っすかライダーさん。・・・世界征服に手を貸すのはちょっと。苦笑を浮かべながら、もう一杯、とわざとらしくとっくりを掲げると、ライダーは豪快に笑いながら杯を目の前にもってくる。こうやって乗ってきてくれるのがこの人のいいところだよなぁ。今度は一気に煽るのではなく、ゆっくりと口につけながらライダーは今日のことを思い返すようにふと真面目な顔で呟いた。

「怨霊だったか。なんとも厄介なものだな」
「あれも、龍脈の汚染が原因でしょうね。・・これから、ああいうのが増えてくることでしょう」
「ふぅむ。あまりこちらの力も効かないようだったしな。しいていえばランサーの・・・破邪の赤薔薇だったか。あれが有効なぐらいか」
「全く効果がない、というよりはましですよ。正直、あなたに戦力外通知を出すかもしれませんでしたし」
「宝具を使えばあるいは、といったところだが、さすがに坊主の魔力がなぁ」
「あんまり使うものじゃないですしねぇ」

 それに、まだこちらに手の内の見せるわけにはいかないだろうし。まぁ、同盟は結べたし、龍脈の汚染の調査も協力してくれるっていうし(なにせあれだけ汚れてたらねぇ)、こっちとしては万々歳なわけだが。さすがに、あれを見たら聖杯にも問題があるかもしれない、ってことでひとまず聖杯戦争よりもこちら優先、ということでまとまってよかった。そりゃ大事な願いを叶えてくれる(だろう)ものなら最善の状態で使いたいだろうし。問題をなんとかする方が先だよね!

「ウェイバー君が手伝ってくれるなら、龍脈の調査ももっと進みそうですし。問題が解決したら、ライダーさんの願いが叶うように頑張らないとですねぇ」
「お主は坊主を随分と評価しているのだな」
「そりゃ、可愛い生徒ですし。実際ウェイバー君は出来がいいですよ?まぁ、実技はまだまだですけど」
「ははは!なるほど、正当な評価だ!さすが、坊主を聖杯戦争に参加させるだけの教師よの」
「それは・・・正直、そこまでしてもらえるような人間だとは、自分では思わないんですけどね」
「それが人というものだ。いつの時代とて、自分で自分を評価することの方が難しいものよ」

 そういって、世の中を広くみてきた、深い眼差しでこちらを見下ろすライダーに、困ったように眉を下げて微笑んだ。確かに、身の丈を知ることがどれほど難しいことか。自己PRとか苦手なタイプの人間です。え?違う?まぁいいとして。
 しかし、本当に、どうして、何がそこまで、と思わざるを得ない。私普通に接してただけなんですけど。え?あれぐらい普通の教師ならだれでもするでしょ?ってぐらいのことしかしてないんですけど。・・・いくらクロックタワーが特殊な学び舎とはいえ、そんな目立つようなものではないと思うのだが・・・。それに、だ。

「・・・たとえどうであれ、こんなことに関わってほしくはありませんでした」
「まぁ、穏やかではないからな」
「本当に。・・・ただ、平和で、平穏で、あってくれればよかった。私のことで、こんな危険に、飛び込まないでほしかった。本人が気にしてないのだから、過敏になることもなかったのに」

 ぽつりと、愚痴のように呟く。理由を聞いたとき、どういえばいいのか正直わからなかった。そこまで思ってくれたことは嬉しい。幸せなことだと思った。誰かにこんなに思われて、嬉しくないはずがない。けれども、同時に、そんなことで、とも思った。呆れて、悲しくて、苛立ちがあって。戦争の意味を理解していない、なんて浅慮な行動。自分が死ぬかもしれないなんて考えてない。人を殺すかもしれないことを、人に殺されるかもしれないことを理解していない浅はかさ。
 相反する感情を持て余して、苦笑いを浮かべてしまったのはすぐの記憶だ。
 それでも、きっと何を言っても無駄なのだろうとわかってしまったから。今更、返してこいともいえないだろうし。彼の思いを、のっけから否定することなんて、できないまま。受け入れてしまったのは、私の弱さだろうか。
 一度目を閉じて、再びあけるとライダーを見上げる。歴史に名をはせる英雄。豪快で豪胆で、深い懐を持った人。まっすぐで、だけど強かな、ただただ、心の強い人。

「・・・あなたが、ウェイバー君のサーヴァントでよかった」
「うん?」
「きっと、貴方でなければ勤まらなかったことでしょう。・・・これからも、彼をよろしくお願いいたします」

 姿勢を正して、床に手をつき頭を下げる。彼に、もう親はいない。ならばこれは、私の役目なのだろう。そんな私の上に、「応」という、彼の声は、ひどく優しく、明るく、芯がこもって、あぁ、彼は幸せものだな、と小さく、微笑んだ。