食欲の秋
あ、秋刀魚食べたい。
グランサイファーの甲板の上で、いわし雲を見上げて唐突にそう思った。
鰯をみて秋刀魚とはこれ如何に、と思われそうだが魚というジャンルで一括りだ。それはともかく。秋刀魚。秋刀魚だ。秋刀魚が食べたい。あの細くも肉厚のフォルム。銀蒼に光る鱗と脂の乗ったふっくらと塩気のある身。綺麗に骨だけになった姿は爽快感すら覚える秋の味覚。秋といえば栗芋秋刀魚茸梨柿・・・食べ物がおいしい季節だ。
思い出したらじゅるり、と口内が唾液で溢れて口の中はすっかり秋刀魚の味を思い出してそれ以外を受け付けない勢いだ。どうしよう、無性に秋刀魚が食べたい。
ただ焼いただけなのになんであんなに途方もなく美味しいんだろうなぁ。味噌汁と白米と大根おろしを添えたシンプルな献立だけで最早至福といっても過言ではないあの美味しさ正に神様級。思い至った瞬間、踵を返して部屋に戻ると、地図と書物と方位磁石を引っ張り出しつつ近隣の島と針路を照らし合わせ、特産物を確認し、ばたん!と本を閉じると地図を引っ掴んで部屋を飛び出した。
グランサイファーの廊下を駆け抜けると、丁度通りがかったカタリナさんがぎょっとしていたが声をかけられる前にその前を通り過ぎて、目的の場所・・・第一操舵室にノックもそこそこに飛び込むと、丁度兄さんとビィとラカムさんが艇の行先を相談していたのか、テーブルの上に地図を広げて見下ろしているところだった。ナイスタイミング!!
「あれ、どうしたの?」
「なんだ?なにかあったのか?」
常になく勢いよく飛び込んできた私に、目を丸くした兄さんが首を傾げ、ラカムさんが怪訝そうに眉を潜める。どちらも心配そうというか、何事かあったのかというような顔だが、大丈夫艇の中は至って平和です。って、それよりも!
「兄さん、ラカムさん!次の島はここがいいですっ」
「え?」
「は?って、おい」
叫ぶなり兄さん達が広げている地図の上にばん!と勢いよく持っていた地図を広げて鼻息荒く希望を叫ぶと、呆気に取られた様子でぽかん、と兄さんの口が半開きになる。
ラカムさんも勢いに気圧されるようにやや仰け反りながら、私がここ!ここ!!と指し示す島の位置を覗き込んでふぅん、と顎先を擦った。
「あーまぁ、ここなら針路上だし、寄るのに問題はねぇが・・・」
なんでここに?と言いたげなラカムさんが最後まで言う前に、背後でギィ、と蝶番の音が聞こえたと思ったらカタリナさんがルリアちゃんとイオちゃんを伴って入ってきた。3人とも、何があったのかとちょっと気を揉んだような顔をしていて、地図を覗き込んでいる私達に不安そうに眉を下げる。
「さっきが駆け込んだようだが・・・何かあったのか?」
「なにか問題でも起きたの?」
「どうかしたんですか?」
気遣わしげな視線と共に口々に問いかけられ、兄さんとラカムさんが顔を見合わせて私を見る。その顔が、やや呆れたような半目になっていて、思わず視線を逸らすように斜め上に走らせた。いやー・・・ははは。いやそんなちょっと走ったぐらいでまさかそんなに心配されるとは思ってなかったというか・・・いやはいすみませんちょっとテンションあげすぎました・・・。
「よぉ。どんだけ急いで走ってきたんだよ」
「あー・・・いやー思い立ったら次の上陸先決められる前に希望言わないとって思って思わず」
ビィが代表して窘めるように言ってくるので、罰が悪く思いながら首を竦めて苦笑いを零す。それからカタリナさん達を振り返って、なんでもないんですよーとへらり、と笑った。
「次の島の希望を言いに来ただけなんです。別に何も問題は起こってないので、心配しないでください」
「次の島?」
「補給先ってこと?」
ルリアちゃんとイオちゃんが首を傾げてとことこと歩いてテーブルを囲む。こうなったらカタリナさんも勿論地図を覗き込みにくるわけで、まぁなんというか、結果的に全員が地図を囲んで私が指し示す島に揃って首を傾げることになった。
「なんでこの島?」
「特に何かあるようには見えないが・・・」
「海、があるみたいですね。アウギュステのような島ですか?」
「いや、その、そんな、大したことじゃないんですけどね・・・」
個人的にはすごい大したことなんだけど、そこまで注目されるほどのことかと言われるとそうでもないというか・・・少し前の自分、もっとテンション下げて行動しろ、と言いたい。注目の的となった瞬間、居た堪れなさに顔が引き攣ったが、今更自分の行動に取り返しなどつかない。何か重大事でもあるのか、と言わんばかりの視線が痛い、と思いつつ、えーっと、と言葉を濁しながら、指先を合わせてうりうりと弄った。
「こ、この島、特産物があってね」
「特産物?」
「そんなもんあったか?」
グラン兄さんが首を傾げ、ラカムさんが近隣の島について乗っている本を漁り始める。あーあーあー!!そんな!そんな大袈裟なことではなくてね!!
「秋刀魚!秋刀魚が食べたいだけなんですぅぅぅっ」
「さんま?」
「さんま、って何だ?」
カタリナさんの平仮名発言可愛い、じゃなくて。体ごと首を捻るビィにそっかまだ食べたことないんだ、と思いながらラカムさんから本を取り上げ、ばららら、とページを捲ってびしっと記載部分を指差した。
「ダツ目ダツ上科サンマ科サンマ属に分類される海棲硬骨魚。平たく言えば食用に適した魚なわけなんだけど、これの一大産地がこの島で、おまけに丁度今の時期がこの秋刀魚の旬なわけ」
「旬」
「すっごく美味しい時期って意味」
「美味しいんですか!」
旬ってなに、とばかりの勢いのルリアちゃんに物凄く簡潔に説明すればきらきらきらきら、と目を輝かせた。・・・食いついた!いや食べ物系でルリアちゃんが食いつかないはずがないと思ったけど。そして他のメンバーはピンと来てない!!くっそお前ら秋刀魚の美味しさ知らないな?
「つまり、はそのサンマが食べたいからこの島に行きたい、と?」
「まぁ簡単に言えば」
「でも魚でしょ?そんなに美味しいの?」
そういって懐疑的なイオちゃんに、私はふっと影を帯びて笑いながら本をぱたん、と閉じる。食べたことがないものに対して、そりゃそんな鬼気迫るほど?と思うことは解る。好き嫌いもあるし、食べたからと言って同じ感動を共有できるとは限らない――だがしかし!!
「秋に!秋刀魚を食わずして!秋とは呼べない!!」
「ひぇっ」
「欲を言うならさつま芋が美味しいところにも行きたいし栗だって食べたいし梨だって食べたいしキノコ狩りだってしたい!ちなみにキノコに関しては素人だけで収穫するのは大変危険極まりないので必ず専門家監視の元収穫するべし!ジークフリートさんは専門家じゃないのでカウントしません!」
「え?そうなの?でもジークさん詳しいよ?」
「あの人の頑丈さと一般人の頑丈さを一緒にしたら死者が出るから」
あの人の食べれる基準は毒があっても死なない程度とかいう大変ストライクゾーンが広いので、あの人基準で万が一一般人が食した場合最悪死者が出ます。ちなみにこれパーシヴァルさん情報なので、ほぼ真実だと思う。あいつの食べられるを信じるな、と真顔で告げられた時はどうしたものかと思ったよ。いやさすがにジークさんも死なないにしても体に害のあるものを差し出しはしないと思うんだけど、多分味覚への配慮が欠けてる節がある。
安易に「毒はない」だけを信じた結果とんでもないもの食べさせられそうだよね。あの人胃に入って消化できればまぁいいかぐらいのアバウトさを持ってそう。味覚に拘っている暇がなかった弊害なのか、そもそも食に興味がなかったのか。粗食に耐えられるのは騎士とか兵士にとってとても必要な能力だとは思うけど、平時はもっと拘っていいと思うんだよね・・・。さてもとにかく、私のさらりとした忠告にそうなのかなぁ?と首を傾げる兄さんは多分彼らに大事にされてるんだろうな、と思いながら目を丸くしているラカムさんに向かって堂々と宣言する。
「なので私は!この島への上陸を強く希望します!!」
「お、おう」
「がそこまで推すとは、そんなにサンマとは美味しいものなのか・・・」
ややラカムさんに引かれている自覚はあるものの、今の私は秋刀魚が食べたい一心でそれらをスルーすることに決めたのだ。日本人の食の執着を侮る勿れ。美味しいのための手間暇だけは欠かさない民族だからね!カタリナさんが私がそこまで推すのだからよほど美味なのだろう、とばかりにほう、と感心したように頷いているが、まぁ究極的に言うと人によるので一概には言えませんよっと。ただまぁ普通に魚を食べられるんなら美味しいと思うけど。
「まぁ、特に次の島を明確に決めてたわけじゃねぇしな・・・グラン、いいか?」
「うん。がそこまでいうなら、僕も興味あるし。次の島はその島にしよう」
「サンマ、楽しみですねビィさん」
「おう!がここまで熱烈に希望することなんてほぼねぇからなぁ。どんな魚か気になるよなっ」
「まぁ、そこまでいうなら確かに気になるけどー」
イオちゃん的にはあんまり興味はそそられないらしい。うーん、残念だがあの美味しさを知るまでは確かに「たかが」魚なのである。しかし、旬の時期に食べる旬の食べ物の美味しさは、プロの料理人が手掛けるそれとはまた一線を隔すのだ。
「ていうか、がそんなに食べ物に関して熱心だとは思わなかったわ」
「そう?案外食べ物に関しては五月蠅いよ?」
まぁそんなに我を通すほどかと言われるとそうでもないかもしれないが、やっぱり食べれるかもしれないとなったら俄然食べたいと思う程度には執着はあるつもりだ。
結果、時期になったら必ずこの島に立ち寄る程度には皆様の味覚にクリーンヒットしたようなので、私としては大変満足でございます。あぁ、秋刀魚ウマー。