蒼天の花



 なるほど。王道ファンタジーか!
 辺境といってもあながち間違いでもない片田舎の上空を、不似合な戦艦がその物々しい様子でゆっくりと飛ぶ姿を視界に収め、ざわつく村の中で私は一生に一度見るか見ないか・・・できれば見ないという選択肢を選べたら言うことはなかったのだろう物騒な光景にピン、と啓示を受けたかのように閃いた。いやそもそも世界感からしてファンタジー要素満載だったので今更、という気もするが田舎に住む一般人にとってファンタジーはファンタジーでも日常ほのぼのファンタジーの類だと信じて疑っていなかった。
 しかし、田舎の上空にあんな大きく物騒な戦艦・・・しかも帝国所有の、と聞くだけでもうなんか個人的NGワード満載のそれである。そもそもこの田舎にまで聞き及ぶ帝国の噂といったらいい話などあまり聞かない物騒なものばかりである。そんなものが何の前触れもなく田舎町にやってくる――フラグが勢いよく建てられたような幻覚を見たとしてもなんら可笑しいことはない。不安そうにざわつく村人は、おのずと村の出入り口付近に集まり、突然に現れた帝国の戦艦を注視する。高く空を飛んでいた戦艦は徐々にその高度を下げ、ゆっくりとした動作で無遠慮に村のそば近くに着艦させた。思ったよりも振動も音も少ない舐めらかな着陸に、機体が高性能なのか操舵士が有能なのかと少しばかり思考をずらす。まぁ帝国の機体で操舵士なのだからどこよりも高性能で有能なのは当然か。
 そんなある意味どうでもいいことを考えながら、固唾を呑んで見守る私たちを尻目に大きく口をあけた搭乗口からスロープが降ろされ、そこから武装した物々しい集団が一指乱れぬ隊列で降りてくる。うへぁ、と私が人知れず顔を顰めるのも致し方ないだろう。
 そこらの田舎に武装した集団がやってくるのだ。厄介ごと、物騒なこと・・・とにかくも良い報せであるはずもなくピリッと走った緊張に幼子を抱えた母親が慌てて家に戻っていくのが見える。村の男衆が盾になるように村の入口に佇み、女子供、老人などが奥に追いやられる。私もそっとその場から離れ、彼らの死角となるように物陰に身を潜めたところで、村の手前まできた帝国兵が物々しい雰囲気で、居丈高に宣誓した。

「これよりここは帝国の指揮下となる!抗うもの、口答えするものは帝国の名の元処罰する。大人しく我らに従うがいい!」
「なっ!」
「な、なんでこんな田舎にエルステ帝国が!?」

 突然の宣誓に気色ばむ村人を意に介さず、帝国兵はどやどやと村の中に押し入ってきた。男衆も押しとどめたいようだったが、相手は武装した兵士であり何よりあの帝国だ。先の宣誓のように、下手に抵抗してしまえば命そのものが危ぶまれる――大人しくやり過ごすほかにないな、と目を細めれば、村に押し入った兵士は家の中、畑、茂み、倉庫、と、村の中を何かを探すようにくまなく捜索し始めた。なんの説明のない暴挙に、時折パリンパリンと食器が割れるような高い乾いた音も聞こえつつ、村人は唇を噛み締めて蹂躙される村を見守るほかない。そんな中、さして大きくもない村だ。ほどなくして粗方の捜査が終わったのか、1人の兵士が走り戻り、村の入口でたむろする集団―――よくよく見れば1人えらく様相の違う人物―――明らかにあれが上官なんだろうなぁ、という人物の前までいくと、ぴしっと敬礼をして報告を始めた。

「ポンメルン大尉!村の中には件の少女の姿はありません!!」
「ふぅむ・・・困りましたネェ」

 ・・・中々独特な話口調の男性だ。くるんとしたカイゼル髭を親指と人差し指で挟み込みながら引っ張るように撫でつけ、ピンッと指を放してくるん、と巻き戻った髭に満足そうに鼻を鳴らして男性・・・帝国軍の大尉だという男はぎょろり、と目玉を動かして威圧的に村人を見渡した。

「誰か、匿ってるのかもしれませんネェ」
「なっ・・・だ、誰を探してるっていうんだ、あんたたちは・・・」
「ふふっ。えぇ、実は、ですネェ。青い髪の少女を、探していましてネェ・・・この近くにいることは間違いないんですが、とてもとても、我々にとってたぁいせつな少女でしてネェ。見たことはありませんか、ネェ?」

 ねっとりと、わざと恐怖を煽るようにゆっくりと問いかける男に、顔から血の気を引かせながら、村人はそんな少女は知らない、と震える声で答えた。男はその返答にすぅ、と目を細め、確かめるように他の村人を見渡すが、皆一様に首を横に振ったり、応えた男に同意するように頷くばかりで男の望むような反応は得られなかったらしい。不機嫌そうにふん、と鼻息を零す男性にびくり、と村人の体が震える。
 私はその様子をそこまで観察して、そっと帝国兵に気づかれないようにその場を後にした。少し外れにある自宅に向かいがてら、危険な帝国という存在、そして帝国が探しているという少女、というフレーズに思いっきり顔を顰める。

「完全冒険ファンタジーの導入シーンじゃん・・・!」

 これがまさしく王道の展開に則るのならば、この村に主人公たる少年がいて少女と一緒に旅立ちます!てフラグだが・・・そんなにうまく事が運ぶか?と現実的な面を顧みて私は家の中に飛び込んだ。
 多少荒らされた家の中の様子にここも調べられたんだろうな、と思いつつばたばたと慌ただしく物置から大き目の旅鞄を取り出し、その中に次々と旅に必要になるであろう物品を詰め込んでいく。
 現実的に考えるのならば、いくら王道ファンタジーっぽくてもそんなに都合よく世界は回っていない。帝国が探す青い髪の少女、とやらがきっとなんかすごいキーマンなのだろうが、まぁそんなことはぶっちゃけどうでもいい話として、要するに現実的に考えれば都合よく少女を助けるヒーローなんて出現しないし、仮に助けてやるよ!って人物がいたとしてもこんな田舎で生活してるような人間如きが鍛えてる兵士相手に無事でいられる確率などどれほどのものか。運が良ければ生き残れるかもしれないが、冷静に考えれば殺される運命が待っていることだろう。そしてすごい確率で偶々ものすっごい強い傭兵なり騎士なり、例えば帝国と敵対しているなんか王国だとか公国の人間がいて助けてくれる、なんていう展開も無きにしも非ずだが生憎村にそんな不審な旅人はきていないので多分その可能性はないはずだ。少女は犠牲を出すか出さないかの差はあれど、このまま帝国に再度捕まる運命だろう――世の中そんなに都合よくできていないのだし。私の冷静、いや現実的、むしろメタ?的な思考はぐるぐるとそんなことを考えつつも手は止まらずに衣類、薬、食糧や水、それから旅費などといった最低限の旅の荷物を整えていく。あまり多くても動くには支障が出るだろうから、本当に最低限、ではあるが。どうせ旅先でまた揃えることもあるだろうし、などと考えつつ、荷物を詰め込んだ鞄を背負い私はばたん、と家の玄関を出ると一路、今度は森に向かって駆け出した。
 何故森に行くかって?帝国の戦艦が村の上空に現れた時点で、別の機体が戦艦から飛び出していくのが見えたからだ。降りたのか落ちたのかはわからないが、その小型艇が向かった先が、村を囲むようにして広がる森の方角だった。この森は田舎の村にありがちな神聖なる土地、という位置付にあたるような場所だが、さりとてそこまで厳密に立ち入りを禁ずるような厳かな場所でもない。とある場所から立ち入りが制限されているが、この森で狩りや林業を営む人間もいるぐらいだ。子供たちの遊び場でもあるし。ただ、危険な生物・・・野生動物もそうだが、所謂魔物、と呼ばれるような生き物も普通にいるので、危険な森であることには違いないが。さておき、その森に帝国の戦艦から飛び出した小型艇が向かった――どう考えてもそれに帝国の探し人かそれに準ずる誰かが乗っていたことは想像に難くないだろう。では何故わざわざそんなところに向かうのか?厄介ごと面倒事極めて危険な事態。わざわざリスクを冒してまで近寄るものでもないそれに、おおよそ予想を付けておきながら近づく理由――それもまぁ、完全なる私情というかあくまで想像、勘、妄想・・・予感、というものか。

「外れれば御の字、当たってもまぁそれはそれで」

 どっちに転んでも、ぶっちゃけ私自身が巻き込まれなければ多少のことには目を瞑る。田舎育ち故、あとは日々の鍛練の賜物か。決して道がいいわけでもない森の中を、恐らく艇が下りただろう場所まで直走る。完全に私服なので膝下のスカートは多少走り辛かったが、田舎っ子には関係なかった。背負った荷物の重さを感じながら、私の脳裏に浮かぶのは今生の家族の姿だ。家族、といっても明確に浮かぶのは兄の姿ぐらいなものだが・・・多分、この兄が曲者なのだ。いや、本人はいたって普通の好青年だ。ちょっとお人好しの、という注釈がつくが、彼自体はただの青年であることには違いない。
 ただ、彼の相棒になんかよくわからない喋るトカゲ、基、龍?みたいな小さな生き物がいて、青年は父親に憧れていて、それで大きな夢を持っている。空の果て――星の島に行く、という世間一般では「お伽噺」と言われるような実在するかも曖昧な果てしない夢を持ち、日々剣の鍛練を怠らない真面目で素直な好青年―――なんのフラグか、と思うだろう?しかもその目指す父親というのはこれまたなんか謎多き凄腕の騎空士とかいう設定、おっと違った素性持ちなもので、これはもうあれだ。なんかもうあれだ。・・・田舎町に住む、大きな夢を持ったなんかすごい父親持ちのお人好しの好青年なんて、そりゃもう特大花丸満点のフラグを背負ってばっさばっさと風に膨らませてる様子しか思い浮かばない。
 常々思っていたのだ。うちの兄、まるでどこぞの漫画かゲームか小説の王道ヒーローみたいな雰囲気ある、って。古き良きRPG主人公的な。まぁでもそれはあくまで「そういう雰囲気」なだけで実際そんな夢物語のような話転がってるはずもないし、いつか村を出ていくことがあってもそこまで波乱万丈なことにはならないだろうって・・・思ってたんだけどなあ。

「それが、まさかの、この展開!」

 呟きながら、がさがさっと茂みを掻き分けて飛び出せば少し開けた場所に木々の枝をクッションに着地・・・いやこれは不時着か?まぁいいか、とりあえず安置されている小型艇を見つけて、ビンゴ、と肩で息をしながらふうぅぅ、と大きく深呼吸をした。
 なんか森を走ってる中ですごい振動とか閃光とか咆哮とか聞こえてきてめっちゃ怖い。え?一体何が起こってるの?って困惑したいところだったが、十中八九帝国兵と誰かが戦闘行為を繰り広げているのだろう・・・できれば兄でないことを願うが、私の第六感がビシバシと訴えかけている・・・多分兄巻き込まれてるわ。あーなんだかなー!なーんだーかーなー!!すっごい複雑、と思いつつもまぁ多分大丈夫だろう多分、と自分に言い聞かせて小型艇まで近づくと、空きっぱなしの出入り口に背負った荷物を放り込む。
 小型艇とはいっても3~4人は乗れる程度の大きさなので、これ結構良い騎空艇ではないだろうか?多分最新式というか、私そういうことには疎いからよくはわからないが、帝国の戦艦から飛び出してきてた奴だから、元は帝国の小型艇だと考えると・・・金額を考えたくない程度には高級な乗り物な気がする。そこまで考えて、私はそっと上を見上げた。
 頭上に広がるはずの枝葉たちが、そこだけぽっかりと穴をあけたように光を差し込ませている。折れたいくつかの枝を見つめ、今度は下を見る。傷ついた機体の下や周囲に無残に折れて落ちた木の枝が散乱している光景に木々に同情すればいいのか小型艇に同情すればいいのかわからず苦く口角を歪めた。随分と乱暴な着地だったんだなぁ。
 瑕のついた機体の表面を撫でながら、さて、ここからどうしようか、と溜息を一つ。半ば勢いでここまで行動したものだが、実際に兄が巻き込まれているかどうかはわからないのだ。わざわざ確かめるために戦闘区域にまで顔を出したくないし、かといって仮に、もしも、本当に、兄が帝国兵とのいざこざに巻き込まれている場合、恐らく兄は帝国兵を敵に回してこの村を出奔する、と思われる。きっとその横には帝国が探している青い髪の少女もいるだろう。あくまで予想、勘であり確証などなにもないが、なんかそんな気がしてる。そうなると、兄の行動は二通り。無事に帝国兵を退けたとして、一旦村に戻って少女の事情を聞いて旅立つか、切羽詰った状況故に村人に仔細を知らせず・・・村人というか家族である私に、であるが即座にここから離れるか。取る行動とすればこの二つぐらいだろう。大穴帝国に兄と少女諸とも捕まってしまう、というルートもあるかもしれないがその可能性は低い。そもそも帝国が兄を生かしておく必要がない。あるとしたらよっぽどなんか特殊な事情が加味された場合だろう・・・兄にもなんか変な力があったとかなんかそんな。・・・あの喋る子龍が気になるところだ。ペットというか家族というか友達というか弟というか、まぁ私たちにとっては当たり前の存在ではあったが、世間一般からみたら多分あれ普通じゃないんだよね。そんなのが横にいるのだ。兄になにか特殊能力があっても私は驚かない。・・・妹である私にももしかしたらあるかもしれないけれど、まぁそこはあえて目を瞑る。やべぇ。特殊な能力系は断固遠慮したいな。巻き込まれたくない。・・さておき、今後のあるかもしれないなーという兄の行動を考えてもしルート2「誰にも何も知らせずに逃避行」を選ばれたら色々困るだろうからこうして先回りして荷物を準備しておいたのだが、見送りはするべきか否か。
 今生の別れ・・・にはならないと思いたいが、もし家に戻ってくるなら挨拶ぐらいはできるだろうしなぁ。うーん・・まぁしばらくこの辺で待っておけばおおよそわかるだろう、と結論付けて小型艇の影に隠れるようにして座り込む。なんにせよ、兄が無事であればそれでいい―――そう思った刹那、突如閃光が空一帯を覆いつくし、咆哮が森を震え上がらせた。ビリビリと轟く咆哮に驚いて空を見上げれば、渦巻く気流の真ん中で、見たこともない巨大な黒銀の龍が悠然と飛んでいた。実に凶悪な、ともすれば討伐対象にもなりそうなほどに恐ろしい風貌の、並々ならぬ力に満ちた巨大な龍が、再び大気を震わせる地鳴りのような咆哮をあげる。その大きく裂けた口元に、光が・・・いや、力が集まっていくのが見えた。大気そのものを唸らせるように集まる力、その迫力にひっと息を呑んで、私は全身を総毛立たせ、本能的な恐怖に眼をこれ以上ないほどに見開いた。
 カッと、閃光が目を焼く。咄嗟に目を閉じ、耳を塞ぐように両手を押し当てるとその瞬間に一瞬無音のような、空白の時間を感じた。しかしそれも瞬きの間に終わるような一瞬で、次の瞬間には轟音が辺りを支配した。揺れる地面に耐え切れずに機体に寄りかかりながら、はくはくと口を動かして空に浮かぶ龍を見上げる。一仕事終えたのか、閃光を吐き出した龍は悠然と空に浮かんだまま、やがて淡い光を伴いながらすぅ、と消えていき、残ったのはいつも通りの澄んだ静かな蒼い空ばかりで、私は呆気に取られたようにポカンと口を開けて呆けた状態で、ずるずると機体に沿って地面に座り込んだ。な、なんという・・・!

「規模でかいんですけど・・・!」

 ちょ、マジか。初っ端からスケールでかいな?!恐らく龍が吐き出した閃光は森の一部を抉りものすごいクレーターか何かを形成していることだろう、と思いつつもあんなものぶっ放すような事態だったのだろうか?と私はあまりの事態に戦慄を覚えた。え?マジで兄大丈夫??どうしよう、全力で兄以外が巻き込まれてることを願いたい。
 カタカタと握りしめた拳を震わせて、生でみた超常的な怪物による砲撃の映像の強烈さに一向に落ち着かない心地でぴっとりと小型艇にくっつく。いや、見たことがないわけじゃないんだよ、ああいう化け物的な相手って。遙かとかDグレとか、化け物一杯いたし。なんなら戦ったこともあるし。ただサイズと規模がね?大きいなって。遙かはねぇ、いやまぁなんだかんだもうちょっと規模は小さめだった気がするんだよ・・・。白龍は巨大だったが、あの子が私に何か害を与えることはまずないので論外だし。しいていうならDグレなのだが、私ほぼ無関係だったし。いや戦闘シーンにはいたこともあるが概ね先生とかアレンとかまぁエクソシストの皆様方が戦っていて私は安全圏にいて・・・いないこともあったがマリアン先生がいればどうにかなってたし・・・。AKUMAは醜悪で邪悪で穢れの塊で相性最悪の代物のまさに恐怖対象だったが、あれだ。頼れる相手がいるいないとじゃ見え方違うよね。
 あんなの相手に戦ってられませんわー。人間が戦える範囲を逸脱してる気がする・・え?してない?マジで??まぁ私がバトルするわけじゃないんだからいいんですけど!ぐるぐると取り留めのないことを考えながらぞわぞわと落ち着かない森と共に時間が過ぎることを待つことしばし・・・兄は家に戻ったのかな?それとも巻き込まれてなかったのかな?とそんなことを考え始めた頃、ガチャカチャ、と金属がぶつかるような音が聞こえ、はっと顔をあげて小型艇に身を隠しながら音がする方向を見やった。
 いや、一応危ない人間じゃないか確認はね?必要かなって。そう言い訳を内心でしつつ、近づく金属音と足音に息を潜めれば同時に話し声も聞こえてきた。これは・・・。

「あれが私が乗ってきた小型艇だ」
「こんなところに・・・!」

 少し低めの凛々しい女性の声と共に、聴きなれた声も聞こえてあぁやっぱり、と何とも言えない複雑な心境でがっくりと肩を落とした。そろり、と顔を出せば、案の定見慣れた青いフード付きパーカーに軽い胸当と手甲を嵌めた兄と、その顔近くを飛ぶ赤い子龍、こちらは知らない鎧を着こんだ騎士みたいな栗色の髪の美人なお姉さん、それから、青い髪の白いワンピースを来た少女が息を切らして小型艇に近づくところだった。うぅん・・・ここまで自分の予想がドンピシャなのも嫌だわ・・・。想像通りの展開に、喜べばいいのか嘆けばいいのか戸惑いつつ、これに乗ってここを出よう、と話す騎士のお姉さんに影から、すぅっと息を吸い込んで、ばっと小型艇の影から飛び出した。

「グラン兄さん!」
!?」

 兄の名を呼びながら仁王立ちするように彼らの前に立つと、突然現れた私を警戒するように騎士のお姉さんは咄嗟に青い髪の少女を庇うように前に立ち、腰の剣に手を伸ばした。鋭い眼光にあのお姉さんは結構な経験者だなと思いつつ、私は私の姿を認めて心底驚いたように大きく目を見開く兄を見やり、その腹部が大きく裂けた服に眉を潜めた。・・・怪我は癒えているようだが、これはかなりの大怪我をしたのか?

「お前、なんでここにいるんだよぅ!」
「ビィ。村に帝国兵がきてね。兄さんとビィは森にいってるし、もしかしたらと思ってきたけど、本当に巻き込まれてるなんて・・・」

 予想通り過ぎて溜息も出ないとはこのことだ。驚いたように兄さんの傍から私の傍まで飛んできた子龍・・・ビィに複雑な心境を表すように故意に顔を顰めて、目を白黒させている兄さんにややきつめの視線をなげる。その責めるような視線に気まずくなったのか目線を逸らした兄に、戸惑うように横から声がかけられた。

「グラン・・・?この少女は?」
「あっ。ルリア、カタリナ。こいつは。僕の妹なんだ」
「グランの妹さん!初めまして。私、ルリアっていいます!」

 未だ剣の柄に手をかけたまま問いかけた騎士のお姉さんに、兄さんは少しほっとしたように肩の力を抜いて私を紹介する。その紹介に、無邪気に青い髪の少女は笑顔で私に手を差し出した。明るい人見知りをしない子なのだろう。その毒気を抜かれるような明るい笑顔に、私は多少目を丸くしてあ、どうも、と差し出された手を取った。
 ・・・さっきまで君を巡って争いがあったはずなのだが、この警戒心のなさとは・・・?それともそれだけ兄が少女の信頼を勝ち取ったということなのだろうか。

「カタリナだ。君のお兄さん・・・グラン君には、世話になった」
「そうですか・・・兄がお役にたてたのならよかったです」

 柄から手を放しピンと伸びた背筋で少しばかり相好を崩したお姉さんに私はなんともいえない心境で肩を落とす。どうせ帝国兵とドンパチしたんだろう、と思いつつそわそわと落ち着きのない兄に再び視線をやった。

「それで?兄さん。これからどうするつもりなの?あとその服は?ボロボロになってるけど、どんだけ無茶したの?」
「うっ・・いや、その、これは・・・」

 まぁこんなところに来た時点で彼の選んだ選択肢はわかっているが、こうして面と向かっているわけだし相応に説明は欲しい所だ。いや、深くは聞きませんけどね?下手に事情を知っちゃうとヤバい気もするし。問い詰めるように一歩踏み出せば、咄嗟に裂けた服を隠すように手をあてた兄に眉をピクリを跳ね上げる。
 そんな私たちの険悪、とも言い難いがまぁ少し不穏な空気に、青い髪の少女・・・ルリアが、慌てた様子で間に割って入った。

「グランは悪くないんです!これは、私を庇ったせいで・・・!」
「ルリア」

 そういって、泣きそうになりながらきゅっとスカートの裾を握りしめて俯いたルリアに、私はふぅん、と鼻を鳴らした。

「・・・まぁ、別に無事ならいいんだけど。兄さん結構無茶するでしょう?今までもよくあったから、ちょっとね。まぁ、可愛い女の子と美人なお姉さんを守るためなら名誉の勲章でしょう」
「び、美人・・・」

 少し頬を赤らめて照れたように呟くカタリナさんに、おや?こういう賛辞には慣れてないのかな?と思いつつ、きょとん、とした顔のルリアににっこりと笑った。

「兄さんはお人好しで困ってる人を放っておけなくてその癖自分の力量以上のことをしようとする無茶の塊のどうしようもない人だけど、まぁ皆無事みたいだし、そこをどうこういうつもりはないよ」
「容赦ねぇなぁ、
「妹だからね。身内に遠慮してもしょうがないじゃない?」

 どことなく感心したように呟くビィに、今更じゃん?と思いつつルリアの頭にポン、と手を置いた。さらさらとした柔らかな髪の手触りを堪能しつつ、むしろ兄さんが心配かけたんじゃないかな?と謝った。

「いえ、いえ・・・!そんな。むしろ私のせいでグランは・・・っ」
「ルリア。・・、多分、もうわかってるんじゃないかと思うんだけど・・・」
「村を出るんでしょう?せめて皆に顔出しぐらいはして欲しい所だけど・・・帝国のことを考えたらしょうがないのかな?」
「すまない。少し、込み入った事情があってな・・・グラン君には私たちに着いてきて貰わなくてはならないんだ」

 ・・・ん?着いてきて貰わなくては「ならない」?引っかかる物言いに眉を寄せたところで、ビィがオイラもグランについていくぜぇ!と声をあげた。うん、知ってた。

「兄さんがいつか村を出ることも、出たいと思ってたことも知ってる。兄さんの夢はお父さんがいる星の島にいくことだからね。別に今更行かないでなんて言わないよ。・・まぁ、ちょっと、想定外なことが起こってるけど」
「ごめん、。・・・ありがとう」

 そういって、どこか安心したように笑う兄に私も笑い返す。色々、そう、色々兄が背負うにはとんでもないことを巻き込まれてる気がヒシヒシとしているが、そこはもう諦めるしかないだろう。少年が少女と旅にでるなんて、夢そのものじゃないか。

「ちゃんとルリアちゃんを守って、あと自分の命も大事に、お父さんを見つけてきてね。便りはなくても構わないけど、まぁ偶にはくれると安心するかな」
「あぁ。・・・行ってくる」
「うん。行ってらっしゃい。カタリナさん、ルリアちゃん。兄さん、本当に無茶と無理を繰り返すどうしようもない人間なので、しっかり見ていて貰えると助かります」

 いや本当、ちょっと猪突猛進なところがあるから、手綱を握ってもらえると助かります。人助けはいいんだけど、首突っ込み過ぎてピンチにもなりそうだから。守る相手がいるんだから、ちょっと自重してくれるといいんだけど。そういうと、カタリナさんは心当たりがあるような顔つきで、約束する、と頷いてくれた。カタリナさんはしっかりしてそうだから、ちょっとは兄さんの抑止力になってくれるかなぁ。

「私も、グランのこと助けますね!」
「あはは。お願いね、ルリアちゃん。・・・・さ、長話もここまでにしようか。村には私から話しておくから、心置きなく行っておいで」

 なんだかんだ引き止めてしまったが、事は一刻を争うはずだ。そのせいで村に顔も出せないというのなら、早々に飛び立つべきだろう。そういって小型艇の前を開けるように身を引くと、兄さんは神妙な顔で頷いた。

。必ず、僕は星の島を見つけるよ」
「うん。楽しみにしてる」

 そういって、艇に乗り込む3人と一匹を見送るために、やや離れた場所まで下がると艇の中からルリアとビィが大きく手を振った。兄さんは決意をこめた柔らかな表情でこちらを見下ろしており、カタリナさんも微笑ましげな顔で操縦席に座っている。きっとこれから大変な、それはそれは大変な旅になるのだろうなぁ、とその先を案じつつ私も手を振りかえすと、カタリナさんが小型艇を離陸させようとして・・・・して・・・・・・・して・・・・?

「・・・・えっと?」
「いや、あれ。おかしいな。降りてくるときは確かこうやって・・・」
「カタリナ・・?」
「おいおい騎士の姉ちゃん、大丈夫かぁ?」

 一向に飛び立たない小型艇に、艇の中もざわつく中、見送る私も気まずい空気になる。んん。完全に雰囲気に呑まれていい感じに別れるはずだったのに、まさかのもたつきよう。え?どうするのこれ?思わず艇に近づき、コンコン、とノックした。

「えっと、大丈夫ですか?」
「いや、なに、大丈夫だ。大丈夫のはず・・・あれ、これはどうやって・・・」
「・・・ちょっといいです?」

 え、すごい不安なんですけど。この人騎空艇操縦できるんだよね・・・?焦ったようにもたつくカタリナさんに、戸惑う兄さんやルリアちゃんを尻目に入口を開けて貰い、私も乗り込むようにして操縦席を見る。えぇと、私も決して詳しくはないんだけど、これが舵でしょ、それでこれが高度計、速度計に、アクセルはフッドペダルでしょ・・・?となると離陸用のエンジンを起動させるスイッチはこの辺かな?カタリナさんの後ろからなんとなく部位の見当をつけつつ、ちょこちょこと触りながら指示を出す。

「えぇと、多分まず羽を広げる必要があると思うので、ここ引っ張ってください」
「ここ、か?」
「えぇ多分。あ、広がりましたね。ふんふん・・・じゃあ次はエンジンを起動させなくちゃだから、ここ・・・?あ、違うのか。じゃあこっち?違う?うんと・・じゃぁこれは?」
「動いた!」

 手さぐりで指示を出せば、カタリナさんも真面目な顔で私の言うように部位を触り、ブルンブルルン、と音をたてて振動し始めた機体に、グラン兄さんの歓声があがる。
 よかった。これがエンジンをかけるスイッチね。じゃぁあとはアクセルをいれれば飛ぶはず。ほっと息を吐いて、じゃぁあとはアクセルを踏みましょうか、と声をかけるとカタリナさんは顔を明るくさせてあぁ!と頷いた。

「こうだな!」
「そうですね・・・って、ちょっとまっ!」

 制止も間に合わず、ぐいぃ、と様子見をすることなく思いっきりカタリナさんが足元のペダルを踏み込む。その瞬間ボ、ボボッと音をたてて、小型艇のお尻にあるターボ部分が火を噴いた。そしてそのまま、ぐん!!と急な速度で小型艇は動き、身構えてなかった私や兄さん、ルリアちゃんが反動でべしゃ、と座り込む。いやいやなんで初っ端から最大出力で動かしてんの!!??急な速度アップに舵が追い付かないのか、慌てるカタリナさんがそのまま林に突っ込みそうだったのを慌てて立ち上がった私は、後ろから身を乗り出してカタリナさんの手の上から一緒に握るようにして舵をとってぐぃぃぃ、と力いっぱい引いた。ガクン、と今度はほぼ直角に近い角度で機体が急上昇する。いや極端だな!?再びかかる圧と突然の急角度に、再び兄さんとルリアちゃんが転がるように機体の後ろにへばりついた。あわわわわ、と動揺するカタリナさんを尻目に、私は彼女の後ろからぐるぐると頭を回転させて、どうしよう!?と舵を握ったまま真っ直ぐに上に登っていく機体にひぃ、と喉を引き攣らせた。
 こちらの慌てっぷりなど知らぬように、操縦されるがままの騎空艇はばふん!と、空に浮かぶ白い雲の中に突っ込む。ああああ視界が見えないしぃ!?不明瞭になった視界に、ビィが悲鳴のように「どうするんだよぉぉ!」叫んだ。私も叫びたいですけど?!?
 泣きたくなりながら、懸命に頭を動かしてそうだ、そうだ、上昇させ続けても意味ないんだから進路を戻さねば!と天啓のように思いついた。いや当然の話なんだけどね?
 さておき、えぇとだからこの舵で方向を取るわけで、とりあえず全開のアクセルは止めて貰って、いや完全に止めたら止まるからね!?落ちるからね!?ゆっくり、そうゆっくり調節して!!パニックになっているカタリナさんに言い聞かせるように指示を与えながら、私も深呼吸を繰り返して機体を今度は平行にするために、思いっきり引いていた舵をゆっくりと元に戻していった、が。これでいいの!?ねぇこれでいいのかな!?どうなの!!??私飛行機もヘリコプターも運転したことないんですけどこれでいいのかなぁ!!???
 内心操作があっているのかもわからないが、徐々に傾きを直していく小型艇が、なんとか、そうなんとか、奇跡的に、軌道に乗り、突っ込んだ白い靄・・・雲を突き抜けた。その瞬間、艦内全員がはっと息を呑む。

「空だ・・・」
「すごい、きれいです・・・」

 茫然としたように、思わず零れた声が感動に震えている。
 だが、そうなるのも仕方がない。いくら空に浮かぶ島に住んでいるとはいえ、大地に根を下ろす私たちはいつだって空を見上げてばかりで、その中を飛ぶことなど早々できない。憧れるばかりの遠い世界。特に兄にとっては、焦がれてやまない世界であったのだから。―――小型艇のフロントガラス、その前には、人が羨んで仕方のない、一面の蒼穹が広がっていた。
 私も、今までにないひどく近い空の青さに目を奪われるように細め―――うん?と首を傾げる。え、あれ?

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え、これ私も巻き込まれた?」

 振り返れば遠のく故郷。どんどん空の中を進む騎空艇に、感動する兄さんたちを尻目に私は自分の顔面の筋肉が引きつるのを自覚した。・・・・・うっそだぁ。
 軽い絶望感と共に、ありがとう、助かった!と朗らかに笑うカタリナさんに、私は乾いた笑いを返すしかできなかった。こんな巻き込まれ方、想定外です。