蒼天の花



 乗ってしまったからにはしょうがない。遠ざかり、最早故郷の島も見えなくなった空の只中、小型艇の後部座席、いや座席もないような空間に座り込んで話に花を咲かせる兄や少女を見やり私は溜息混じりに艇に放り込んだ荷物を引っ張り出した。
 今更乗る気はなかったんで故郷にとんぼ返りしてくれ、などと言えるはずもなし。というかあのカタリナさんの様子をみるに、そんな芸当ができるのか?と首を傾げる。正直、今落ちずに安定して航空していることが俄かには信じがたいレベルの奇行だった、あれは。エンジンのかけ方一つ知らない人間が操縦する艇に乗っていて大丈夫なのかなぁ・・・。正直全く安心できない空の旅に一抹どころか終始不安を覚えながらも自分ができることなど何一つない現状、お任せするしかないので私の胃が人知れずキリキリしている。何故兄さんとルリアちゃんはあの出発の光景を見ながら呑気に談笑できるのだろう。その図太さ、いや楽観的思考?羨ましい、と思いつつとりあえず島に無事に着いたら今後の行動を考えよう、と私は諸々の不安やら懸念を飲み込み、旅鞄の口を開けて目的のものを取り出すと盛り上がる兄の顔面に向けててい、とそれを放り投げた。

「わぷっ」
「うわっ、いきなりなにするんだよ
「グラン、大丈夫ですか?」

 ばさ、と音をたてて顔面にあたったものに兄がもたもたと手を動かす中、ビィがぱたた、と羽を動かして傍まできたので、当たり前のように両脇に手を差し込んで膝の上に抱き込んだ。慣れた重さにほぼ無意識のレベルでビィの頭を撫でる。そしてそれをビィも抵抗もなく受け入れるので、いつものくつろぎスタイルの完成だ。そんな中ルリアちゃんが兄に声をかけると、ぷは、と息をするようにようやく兄が顔を出す。

「これは・・・」
「服、ですか?」
「ボロボロでしょ、今着てるの」
「なんだなんだ、随分用意がいいんだなぁ、!」

 膝の上のビィがぴくぴくと耳を動かしてさっすがだぜ!と声を弾ませる。ちょっと舌足らずのような溌剌としたビィにいやいやそれほどでも。とやっぱり頭を撫で続ける。毛皮があるわけでもない爬虫類独特のざらざらとした鱗のような冷たい手触りだが、なんかこれも癖になるんだよねぇ。兄は自分の恰好を見下ろして納得したのか、ひとまず胸当、手甲等を外して腹部が大きく破けて穴になっている青いパーカーを脱ぎ捨てると、私が放り投げたやはり同じ青いパーカーに首を通した。

「なぁなぁー。林檎はないのか?」
「あるよー。日持ちするような食材もいくつかはいれてるけど・・・ルリアちゃんも食べる?」
「ふえっ。い、いいんですか?」
「いいよー。色々あってお腹も空いてるでしょ?兄さんは?」
「食べる」

 ぶんぶん、と尻尾を振ったビィの問いかけに返事を返し、鞄を探りながら問いかければ、兄の間髪いれない返答にだよねーと鞄から真っ赤に熟れた林檎を取り出した。
 とりあえずビィにはこのまま丸ごと一個手渡し、テンションのあがる様を見届けてもう一個林檎と、それから干し肉と乾パン、水を取り出してそれぞれに手渡す。数は少ないがまあないよりマシと思ってくれ。林檎に関しては一緒に取り出したナイフを使って切り分ける。皮はねぇ、ゴミは減らしたいからそのまま食べてね。実は皮と実の間が一番栄養があるんだよ。嬉しそうに乾パンにかぶりつくルリアちゃんを微笑ましく見守ってからビィを膝から降ろし、立ち上がって私はずっと小型艇を操縦しているカタリナさんの後ろから切り分けた林檎を差し出した。

「カタリナさんもどうぞ。ずっと操縦していて疲れているでしょう?すみません、運転を代われたらいいんですけど・・・」
「あぁ、ありがとう。いや、そう気遣ってくれなくても大丈夫だ。小型とはいえ、騎空艇の操縦ができる人間の方が少ないぐらいだからな」

 林檎を手渡しつつ言えばそう言われまぁ、元の世界でいうと飛行機なんかのパイロット並の専門職だもんな、と納得する。一般人がおいそれとできるものではない・・・帝国は一騎士にも騎空艇の操縦ができるような訓練でもしているのかなぁ?操縦桿から手を放し、林檎を一つ抓んだカタリナさんに水もありますんで言ってくださいね、と声をかけて再び顔を引っ込める。うん、まぁ、とりあえず運転は任せて大丈夫?かな?
 正直私がみてもよくわからないからなぁ・・・ただなぁ・・・今ちらっと見えたけどメーターが・・・なんかずっと振り切れていたような・・・・?いや、まぁ、大丈夫なんだろう。多分。きっと。うん。

「それにしても、なんでこんな荷物を?」
「んーなんとなく。兄さんは村に帰ってこない気がしたから念のためって思って。役に立ってるからいいじゃん?」
の周到さは相変わらずだな!」
、すごいです!」
「ありがとう」

 メタ的に考えて行動したとは言い辛い。いやまぁ結果的にマジで役に立ってるんだから文句を言われる筋合いもないわけだが。ただ純粋にすごいと思ってるルリアちゃんのキラキラした眼差しに何故だろう、胸がイタイ・・・。あは、と笑って誤魔化すように彼女の口の横についた乾パンの滓をとってぺろりと食べながら、干し肉を齧る兄に水を差し出す。兄が受け取った水に口をつけるところを見てから私も抓むように乾パンに手を伸ばし、そういえば、とがじ、と乾パンを齧った。

「私たち、どこに向かってるんですか?」

 操縦席のカタリナさんに聞こえるように少し声を大きくすると、カタリナさんはあぁ言ってなかったな、と一言前置いて続ける。

「行先はいくつかあったんだが、今向かっているのはポート・ブリーズ群島だな」
「ポート・ブリーズ群島・・・」
「穏やかな風の吹く交易の盛んな島だ。そこでなら大概のものは揃うから旅の道具を揃えるには最適だ。確か島にももうすぐ着くはず―――」

 そこまでいって、話の途中、ぼんっと何か爆発したような不吉な音が聞こえ、機体が横揺れる。その揺れにビィがすでに芯だけとなった林檎をおっとぉ!と言いながら手元から落とし、揺れた機体にバランスを崩したルリアちゃんを兄さんが受け止め、私は一瞬にしてサァ、と顔から血の気を引かせた。

「カ、カタリナさん・・・?」
「・・・」
「お、おい騎士の姉ちゃん。今なんか艇が揺れたぞぉ?」
「カタリナ?どうしたんだ?」
「カタリナ・・・?」

 後ろにいる私たちの呼びかけにも、何故か彼女は反応しない。嫌な予感をひしひしと感じながらも、それだけはやめてくれ、と思いつつ私は荷物をそっと片しながら兄たちが立ち上がって操縦席のカタリナさんを覗き込む背中を見守る。
 やがて、長い、いや、時間でいうとさほど長い沈黙ではないのだが、体感時間的に長い時間をかけて、ゆっくりとカタリナさんが口を開いた。
 その間、私は微妙に揺れ続ける艇が徐々にその揺れを大きくしているような不安定さを覚え、ひし、と荷物を背負い、騎空艇の壁に張り付いて体を固定させる。

「・・・舵が」
「え?」
「はい?」
「なんだよ?」

 酷く引き攣った乾いたカタリナさんの声が静かな艇内にいやに響く。その先を聞きたくない――そう願うも、非情にも彼女は、いや、きっと彼女こそそのことを口に出したくはないのだろうが、それでも彼女は残酷な現実を口にした。

「舵が・・・・利かないんだが・・・・」
『え゛っ』

 一瞬にして騎空艇内が凍りつく。誰か氷属性の魔法でも使った?と言わんばかりの固まりように、私はすでに諦めを色濃く映した眼差しで窓から見える空を眺めた。あぁ・・・空が青いなぁ・・・。
 その一言が切欠だったのか。それまで安定していた騎空艇の高度が、どんどん下がっていくような気がして・・・脳裏に過るのは走馬灯なのかなんのか。がくん、と一度大きく上下に揺れた騎空艇に咄嗟に座席にしがみついた兄さんは、こちらからは顔は見えないが恐らく顔面蒼白にして、叫び声をあげた。

「嘘だろぉぉぉぉ!!???」
「きゃあああああ!!!」
「お、おち、落ち着け皆!まだ落ちると決まったわけでは・・・!」
「これ完全に落ちてるだろ騎士の姉ちゃんんんんんん!!!!」

 渾身のビィの突っ込みに、だよねーと同意をしながら私はふっと儚く笑みを浮かべる。短い、人生だったな・・・いや総トータルは長い人生なんだけど。ゴゴゴゴゴ、と不穏な振動と音を伴い、どんどんと下降していく騎空艇は・・・まさに、墜落という他なかった。





 奇跡だ。
 見上げた空の青さに、込み上げてくる言葉にならない感情が胸中を占領する。
 両足で立つ地面。遠ざかった青空に、吹き抜ける風。
 草原を駆けるほんのり冷たい風が頬を撫でた瞬間、まるでもう大丈夫だよ、と慰めてくれているかのような優しさと温かさを覚えてつんと鼻の奥が痛くなった。ぐす、と人知れず鼻をすすると鼻孔を脂臭いような焦げ臭いような、おおよそ緑たなびく壮大な風景には似合わない臭いが鼻をついて私の涙腺を情け容赦なく刺激した。・・・泣かないけども!いくら刺激されても零れない涙の頑丈っぷりに鼻水だけずる、と啜り、生還した歓びに打ち震えるのもそこそこに、後ろを振り返る。目にした光景は、見るも無残な姿になった騎空艇と、その前に立ちつくすグラン兄さんたちの背中だ。私たちが乗ってきた騎空艇のその翼はひしゃげ、尾の部分から黒煙を立ち上らせ胴体はべこべこと凹み飛び立つ当初のあの勇壮な姿からはかけ離れた可哀想な姿となっている。あまりに短い人生だったのは彼の方かもしれない、と思いつつこんな無残な姿になったというのに、乗っていた人間が誰一人怪我もなく地面に立っている時点であの騎空艇の頑丈さが際立つばかりだ。さすが帝国の騎空艇・・・耐久性が半端ない。多分普通の騎空艇ならば機体は愚か中に乗っていた人間まで悲惨な状態になっていたはずだ。帝国の騎空艇だからこそ、乗組員をカバーできるほどの耐久性であった、ということだろう・・・これ、修理費どれだけかかるのかな・・・。

「終わった・・・」
「面目ない、まさか騎空艇の操縦がこれほど難しいものだったとは・・」
「「えっ」」

 空を飛ぶ術を失くした。それはこれからの旅にとってある意味致命的なことだ。大破した騎空艇を前に立ちつくす常の兄なら考えられない弱弱しい声に、カタリナさんがひどく気まずそうに、居た堪れなく視線を逸らしながらぼそり、と呟く。その内容に勢い、振り返った兄さんとビィの顔が青ざめながら引き攣った。そして私も引き攣った。おい、まさか。

「き、騎士の姉ちゃんよぉ・・・まさか、艇の操縦は初めてとかいうんじゃ・・・」
「うぐっ。・・・い、いや、だが、帝国の戦艦からはちゃんと飛べていたしだな・・・」

 ビィの胡乱な視線に怯んだようにカタリナさんが体を小さくさせて顔を逸らす。ぼそぼそと今まで見てきた彼女の態度からは想像もできないようなはっきりしない言い方に、私を含め彼女以外の人間が一層顔から血の気を引かせた。え・・・無謀過ぎじゃないそれ・・・?いや薄々はなんかそんな気がしなくもないとは思っていたが、まさかそんな本気で言ってるのかこの人。え・・・よく生きてたな私ら・・・。絶句し、なんともいえない空気が漂う中、カタリナさんが耐え切れないように口を開こうとして不意に横から割り込んできた声に再び口を閉ざした。

「おいおい、ひでぇなこりゃ・・・。動力部が爆発したのか?」
 
 低い男性のどこか気だるげな声に一斉に振り返れば咥え煙草に紫煙を燻らせ、見知らぬ男性が頭部を掻き毟って姿を現す。一瞬にして警戒し、緊張する私たちなど構いもせずに男性は真ん中を突っ切って騎空艇に近づいた。思わず彼に道をあけるように体を下げながら、突然現れた男性の様子を沈黙でもって観察する。ちらり、と兄さんやカタリナさんに目をやれば、あちらも見知らぬ男に警戒するように腰の剣に手を添えていた。
 そんな私たちの様子を知ってか知らずか、男性はしげしげと墜落した船の様子を観察し、覗き込むように腰を曲げて船体の底を覗き見た。その瞬間、苦いものを噛んだように男の眉が顰められる。

「うわっ。竜骨も割れてやがるな・・・羽もこんなにボキボキにしやがって。こりゃどう修理したってこいつはもう二度と空には出られねぇぜ」

 独り言のように呟きながら、そっと壊れた機体に触れる手は優しげだ。労わるように、慰めるように、慈しむように。触れる手の優しさに僅かに目を見開くと、こちらを見た視線の責めるようなそれに気まずさが増した。怪しい、とは言い難いがそれでも見知らぬ人間なのに、咎めるような視線がなんだか居た堪れない。彼に敵意も作意も感じられないからだろうが、眇められた目が私たち1人1人を見止めて、眉をぴくん、と動かす。それから咥えた煙草を口から放し、ふぅぅ、と吐き出した煙がふわりと風に浚われていく様子を観察して男性が口を開いた。

「人数を見る限り駆け出しの騎空団ってところか?飛ばす艇はもっと大事に扱いやがれ」
「いや、僕達は・・・」
「騎空団!それいいじゃねぇか!グランの親父さんも団を率いてたんだよな」

 苦言を呈す男性に否定するように口を開きかけた兄さんを遮る形で、ビィが身を乗り出した。目を輝かせて兄さんに詰め寄るビィに、兄さんがそういえば、とばかりにぱちくり、と瞬きを繰り返す。それから満更でもなさそうに顎に手を添えたところで、いやいやそういう話じゃなくね?と慌てて割って入った。

「ちょ、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
「でも。空を飛びまわるなら騎空団を立ち上げるのもいいと思うんだ、父さんだって、確か僕の年で団を立ち上げたっていうし・・・」
「そうだぜ!折角空に出たんだ。親父さんみたいな騎空団をやるってのもいいじゃねぇか」
「うわぁ、なんだか楽しそうです!」
「ふむ。騎空団か・・・確かに悪くない案かもしれないな」

 うっそだろ私以外ノリ気、だと・・・!?まさかの味方ゼロ状態に驚愕に目を見開くと、私を尻目に俄かに盛り上がる兄さんたちに水を差すように、機体を見ていた男性がはっと鼻を鳴らした。

「やめとけやめとけ。騎空艇を飛ばすには特別な技術が必要なんだぞ?艇を墜落させちまうようじゃ話にならん」
「ですよね!!」

 そうですよねそもそも拠点になる艇がすでにない状態なのに騎空団とか言ってる場合じゃないよね!!思わぬところからの援護射撃、いや本人にその意図はないのだろうが、私にとっては天の助けにも等しい助言に力強く同意する。

「大体カタリナさん、こういっちゃなんですけど騎空艇の運転したことなかったんじゃないですか?」
「うっ・・・それは、確かに、そうだが・・・」
「おいおいおいおい、マジかよ・・・とんでもねぇな・・・」

 だ・よ・ね!!とんでもないよね!なんでそれで飛ぼうと思ったのか不思議というかまぁそうするしかなかったのはわかるけどそれにしても無謀だったよね!!
 今更、というわけでもないが一歩間違えれば確実に人生が終わっていたかもしれない状況に、信じられないものをみたとばかりにカタリナさんを見る男性にうんうん、と深く頷く。きっと流れとかノリとか勢いとか色々あったんだろうけど、あとこう、騎空艇の操縦に関して楽観視していた節は否めないな。カタリナさん、思慮深そうに見えて案外勢い任せな部分があるんだな、とそっと心のノートに留め置いた。というか多分こう、常識人にみせてどっか抜けてる堅物系天然お姉さん属性っぽい。
 やめてくれこの旅で頼れるのカタリナさんだけなのにちょっと心配になる属性は。ただでさえ世間知らずっぽいルリアちゃんにど田舎のお人好し系好青年だぞ。手綱を握る人間は厳しいほどに厳しく引き締めて貰わないと困るんだが。頼れる部分はあるんだが、こう、どこか不安感を払拭できないのは何故だ・・・いやこの騎空艇のせいですねどちくしょう。
 カタリナさんが居た堪れなさそうに唇をつんと尖らせたところで、男性ははぁぁ、と溜息を吐き出した。

「話にならねぇな・・。アンタら一歩間違えれば雲の下だぜ」
「そんなことは・・・」
「実際墜落して艇を失ってるじゃねぇか。みてみろ、この騎空艇を。こんないいモンをこんなにぶっ壊しちまいやがって。酷えもんだ」
「うぅ・・・」

 ばし、と叩いた機体の壁に、カタリナさんがぐうの音も出ない。まぁかくいう私たちも言えることではないので視線を逸らすしかないのだが。いや・・・一緒に乗ってた時点で同罪な気もするし・・・。いやでも私の場合不可抗力だな?うん?あれ?私巻き込まれすぎ??

「飛べなくなりゃあただのゴミだ。艇が可哀想だな」

 そういって艇を見る目は悲しそうで、ふとこの人よっぽど艇が好きなんだな、と唐突に思い至った。そういえばなんでこの人こんなところにいるんだ?

「仮にも騎空団を名乗るってんならな、操舵士の1人でも仲間にしてから名乗るこった」

 名残惜しいように艇を撫で、男性が最後にそう言い残して背中を向ける。・・・何のためにきたのかな、あの人・・・?いい人そうではあるんだが、いまいち意図がわからない。首を捻り、胡乱な眼差しで男の背中を眺める。しかしなんだ。旅立ち直後に遭遇したやたら艇に詳しそうな男・・・フラグの予感をひしひしと感じるのはあれか。私のゲーム脳、基二次元知識のせいか。二次元に何回も飛ばされてるからしょうがなくない?いやこれを二次元といっていいのかはわからないが、流れが・・・すごく・・・RPGです・・・・。遠ざかっていく背中を言葉もなく見送っていると、ビィが憤慨したように肩を怒らせた。

「なんだぁあいつ!言うだけ言ってどっか行きやがって!!」
「いや、だが言ってることは最もだ。操舵士か・・・確かに空の旅を続けるには不可欠な人員だな」

 口元に手を添え、考え込むようにカタリナさんが呟く。その様子にもやもやと胸中に陰る予感を振り払うように、彼らの会話に耳をすませた。そもそも艇がないのにどうするんだろう?と思いつつも一旦騎空団については熱が収まったようなので、ほっと胸を撫で下ろした。いや、勢いだけでやっていいことじゃないというかそもそも私を頭数に入れられると困るというか今後どうするかとか考えることは山ほどあるというかとりあえず今日の宿を決めるところから進めるべきかな!!
 なんなのだろう・・・この行き当たりばったり感・・・そりゃノリと勢いと思い切りが必要なこともあるとは思うんだけど、とりあえず今は腰据えて今後を考えるべきじゃない?あと私どうやってザンクティンゼルに帰るか考えたいんだけど。後半は私情も交えつつ、あの人が向かった先が街かなぁ、と草原の先を見やると、じっと男性が去って行った方向を見つめているルリアちゃんに気付いた。うん?首を傾げると、兄さんもそんな彼女に気が付いたのかどうしたの?と声をかけた。

「あの人、壊れたお艇をみて悲しそうな顔をしてました。ひょっとして私たちを心配して見に来てくれたんじゃ―――」

ぐうぅぅぅぅ

 男性が去った方向を見つめながら、ルリアちゃんが胸に手をあててぽつぽつと口を開き――鳴り響く大きな腹の虫にカァ、と顔を赤くした。可愛いな、おい。はわわ、と慌てて腹部に手をあてて顔を真っ赤にするルリアちゃんに、ぷっと兄さんが小さく噴き出す。

「ふふ、もう遅くなってきたからね。ねぇカタリナ、とりあえず街にいってご飯でも食べようよ」
「あぁ、そうだな。そこなら旅の支度も整えられるはずだしな」

 一気に和やかになった空気に、ルリアちゃんさすがだわぁ、と感心しつつ歩き出した彼らの一番後ろで、私は墜落した艇を振り返る。薄暗くなってきた空の下、沈黙する艇の物寂しいこと。ふとあの男性の、艇に向ける眼差しを思い出して考えるように目を細めた。

「・・・操舵士、か」

 さわり。吹き抜けた風が遊ぶように髪に絡みつき、乱れる髪を押さえつけて私は人知れず溜息を零した。