蒼天の花



 島を荒らした大嵐の名残は強く、いくら壊滅はしていないとはいえ被害は甚大だ。竜巻に巻き込まれた家屋は倒壊しているし、大雨で氾濫した水路による被害も出ている。
 建造物などだけでなく、店なら店の商品であったり、人には人への被害も決して楽観視していいほど軽いものではない。それを踏まえて復興は大変だろうが、島に再び守り神様が戻った街の人々の顔はひどく晴れやかで、偉業を成し遂げたラカムさん達を迎えた人々は、とにかく今の無事と平穏を祝うのに忙しそうだった。
 私達も、というか主に私のせいだが艇の上での出来事は過去とし、今は賑やかな祝いの席でご馳走に舌鼓を打っている。こうなることを見越して修羅場を展開したのだから、計画通りといったところか。でもあれは必要なことだと思うんだよね。なんていうか、兄さんもそしておそらくルリアちゃんも自己犠牲精神に溢れすぎてて心配だ。これが私が知っている漫画やアニメ、あるいはゲームの世界ならば「まぁ大丈夫だろう」といくらかの安心はあるのだが(かといって心配しないかといったらそんなこたぁない)生憎とそれっぽくても私の知らない世界である。不確定要素が多すぎて兄さん達を見ていたら心臓がいくつあっても足りないこと請け合いだ。ここでお別れするつもりとはいえ、今後も増えていくだろうお仲間の心労を減らすためにも、ガンガンいこうぜではなく命を大事にで進んでほしいものだ。
 そう考えつつ、軽くテーブルの上の料理を抓んでからお酒も入り陽気な空気が漂う中、私はやけにチャラいパリピ族なエルーンのお兄さんにこの島の名物とか料理とか美味しいワインを頂戴して、テーブルでご馳走を囲む兄さんたちからそっと離れた。

「あ、持ち帰り仕様ってできます?」
「モチのロンよ。持ち帰りあざーっす!」

 あのエルーンの人達、見た目と言動に反して実に真面目な仕事ぶりの人達だったな・・・ちなみに料理は文句のつけどころがないぐらい美味しい。この味付け、参考になる・・・。人は見た目で判断してはいけないの典型例だと思ったが、あんまり絡みたいとは思わないテンションだった。すまぬ・・パリピテンションはちょっと苦手なんだ・・・仕事ぶりは尊敬するのよ。ていうかこの空の世界にもああいう人達っているんだなぁ、と変な感心を覚えつつ、明るい店先からどんどん薄暗がりの街へと進んでいく。幸いにもお酒が入っているあの場所の誰にも気づかれることは無く、私は崩れた家屋の瓦礫やゴミが散乱した道を抜け、階段を登り、月明かりが照らす中、少々息を切らしながら目的の場所まで辿り着いた。荷物抱えて階段を登るのはやっぱ辛いな・・・。
 ふぅ、と一度大きく息を吐き、薄らと浮かんだ汗を拭うように手の甲で額を擦る。そして見上げた先は、街の中でも一際大きく歴史を刻んだ石造りの神殿と、月明かりに照らされた白亜の石像。青白い光が上の窓から差し込み、スポットライトのように石像を照らし出す。より一層白さを強調するように、滑らかな曲線と微笑みの陰影を浮かべる石像を見上げ、私は背負った荷物を降ろして祭壇の上に風呂敷を広げる。
 その上に、お店でタッパーに詰めて貰った料理の数々を並べて、最後にワイングラスに深い赤の葡萄酒を注ぎいれる。ついでに、もう一つ用意をしておいたグラスに自分用のアルコールの入っていない葡萄酒、という言い方は可笑しいか。100%葡萄果汁を注ぎいれて、ふふん、と笑いながらカチン、とワイングラスとぶつけあった。
 お祭り騒ぎの店ではなく、避難している人間もいなくなった神殿はひどく静かでともすれば物寂しくもあったが、それもきっと今日までのことだと思うとなんだかちょっと気持ちも弾む。

「約束したからねー。ティアマト様はどれが好物かわかんないから色々持ってきたけど、どれも美味しいから問題ないよねー」

 故郷とはまた違った味付けの料理の数々は舌にも楽しい。ジュースを飲みながら、つまみ食いをするようにお皿の上の料理にフォークを伸ばす。ぷすっと刺した牛肉の塊からじゅわっと肉汁が溢れ出たので、うっわやっばい、と感動しながら嬉々として口に運ぶ。
 口に入れた瞬間、それはもう至福に一時だった。肉が形を保てる限界まで煮込んだのではないかと思われるほど柔らかく、歯ではなく最早唇だけで押し潰してしまえそうなほどにほろほろと崩れていく肉質。ぷるん、としながらも蕩けるような脂身に染み込んだ甘辛い味付けが先に味来に刺激を与えると、じゅわぁ、と一気に口の中に溢れてくる唾液。
 一噛み二噛み。飲み込んでしまえそうなほど蕩けるそれを味わうように咀嚼すれば、舌の上に広がる肉汁とソース、そして肉の旨みと合わさり得も言われぬ多幸感に目尻が下がるのが止められない。それはもう、堪らない極上の味だ。やっばい。これやっばい。
 思わず感動に声にならない声で打ち震えているとふわり、と頬を温かな風が撫でた。うん?と顔をあげれば、上から見下ろすように、青白い月明かりに照らされた石像がこちらを見て・・・じゃない。

「・・・あれ、出てこれるんだ?」

 石像などではない。しっかりとした肉感を持った女性が、ふんわりとした微笑みを浮かべて私を見下ろしていた。その大きさは空の上でみたサイズではなく、丁度成人女性程度の常識の範囲内のサイズで、薄らと半透明に透けているので完全なる顕現というわけではないらしい。まるで女神様のように神秘的な光景だ。夜の神殿で、月明かりに照らされて、美しい女性が姿を見せる。――綺麗だなぁ、と見惚れていると、腰につけた薄布をひらひらと風に泳がせ、宙に浮いたまま顔を寄せてきたティアマトは興味深そうに私のフォークの先を見ている。・・・透けてるけど食べれるのかな。
 なんとなく、好奇心でもう一度あの牛肉をフォークに突き刺し、はいあーん、とティアマトの口元に持っていく。それにきょとん、と目を瞬いたティアマトは、しかし嬉しそうに目を細めると口を開けて、フォークの先に突き刺さった牛肉を頬張った。・・・なるほど、半透明だけど質量は伴っているということか。それとも星晶獣の不思議か?
 そう考察していると、どうやらエルーンのお兄さん作の料理は大層口にあったらしい。いやでもこれは絶品だからな。わかる。頬をぷっくりと膨らませ、もごもごと口を動かしたティアマトの頬がほんのり染まり、きらきらと光り輝いた目が感動に潤んでいた。だよね、だよね。これ超美味しいよね!!両手で頬を覆って、噛みしめるように肉を頬張る姿は美麗な容姿に反してとても可愛らしい。もっと見ていたくなって、今度は別の料理をティアマトの前に差し出した。

「明日からはもっと人も美味しいものもくるだろうけどさ、今日は2人だけでお祝いしよ?」

 街の人達だけがどんちゃん騒ぎしてるのも、ちょっと寂しいじゃない?折角ラカムさんにプロポーズされたわけだしさ。言いながら差し出した料理を、ティアマトはパクリと頬張りながら、にこにこと笑ってワイングラスを手に取った。それから、それを私の前に持ってきてふるふると小さく横に振る。たぷん、と揺れるワインを見つめて、ふむ、と一つ頷く。グラスを手に取り、

「ポート・ブリーズの繁栄と、あなたの幸せを願って。カンパーイ!」

 カチン、とワイングラスとグラスのぶつかる高い音が、静かな神殿に小さく木霊した。いやそれにしても、あの店の料理マジで美味しくない?あ、ワインもっと欲しいって?いいよいいよ飲んでけドロボー!





「にしても、は一緒に行かないなんてな」

 グランサイファーの倉庫と定められた部屋で、物資を詰め込みながらリスト片手に搬入物のチェックをしていたラカムさんがぼそりと意外そうに言うので、木箱に詰められた荷物の中身を確認していた顔をあげた。

「そりゃあまぁ、元々田舎で兄さんを待つ予定だったのが不慮の事故でこうなったわけですし」
「不慮の事故、なぁ・・・まぁ聞く限り確かに不慮の事故だなありゃ」

 私がここに来るまでの経緯を思い出したのか、それに踏まえてあの墜落事件である。さもありなん、とばかりに頷いたラカムさんは苦笑を浮かべて、でもいいのか?とリストから顔をあげて私をみた。
 私は木箱から物資を取り出すと、所定の位置、と決めた場所にそれを仕舞い込んでいく。こういうのは最初が肝心だよねぇ。最初にしっかりと定位置を決めて片付けていき、その形を崩さなければ今後も倉庫の中は比較的整えられるはずである。
 まだ人数が少ない分今はまだ物資もそこまで大量に必要、というわけでもないので、整理するのも簡単のはずだと思いながらラカムさんの視線に肩を竦めた。

「元々空の旅にも星の島にも興味はありませんし。私は田舎でのんびりしてる方が性に合ってるんですよ」
「グランが心配じゃねぇのか?親父さんのこととかよ。言っちゃなんだが、あの手合いは無茶ばっかりするぞ」

 暗にストッパーにならないのか?と言われているのだろうか、これは。あの甲板のやり取りがあったから気にしてくれているんだよなぁと思いつつ、だからこそ、とにっこりと笑った。

「近くにいたら心臓がいくつあっても足りないじゃないですか!どうせ言ったところで聞きゃしませんし。それにルリアちゃんと一心同体だっていうならさすがに捨て身の行動は・・・ちょっとは控えると思いますし」
「信用ねぇなぁ、グランのやつ」
「じゃぁ聞きますけど、ラカムさんは兄さんが無茶しないって断言できます?」
「無理だろうな」

 すぱっと気持ちいいぐらい断言されて、出会って数日の人にも言われてるぞ兄さん、と内心で多少呆れた。まぁ・・・躊躇いなく艇から飛び降りるような現場を見ちゃ、そういう感想を持たざるを得ないとは思うが。あれは、本当に、心臓に悪かった。ルリアちゃんが死んだら自分も死ぬわけだし、星晶獣のことを考えれば仕方ないとはいえ、あれは、もう、本当に・・・。思わず遠い目をすると、私が何を思い出したのかわかったのかラカムさんが肩を竦め、私の思考を切り離すように問いかけてくる。

「じゃぁこれからどうするんだ?」
「とりあえずは島の復興の手助けがてら、故郷に寄ってくれそうな艇探しですかねぇ。お金も溜めないといけませんし、シェロさんに仕事先の斡旋をお願いしようかと」
「ほぉん。まぁ、島の復興を助けてくれるってならこっちもありがたいけどよ。・・・グランとルリアは寂しがるだろうな」
「別れとは必然なものですよ。旅をするなら余計にね」

 そしてガチでこれ以上一緒にいたら私の命がいくつあっても足りない気がする。あの星晶獣大バトルをみたか?死ぬぞ、マジで。というか抜け出せなくなるような気がして怖いんだよ・・・離脱できるときにしておきたい。そもそも非戦闘員が仮にも騎空団に属していいのかわからんし。私は戦う気は一切ないぞ。戦力扱いされても困るしね。
 そんな考えで、とにかくこれ以上一緒に行動する気はない、とはっきりと告げて荷物の整理に精を出す。とりあえず一通り片付けたら、箱にメモ張り付けて傍目からもわかるようにしておかないとな・・それから一応兄さんと、ラカムさん・・・まぁ全員に仕舞った場所を教えれば私の仕事はおしまいかなぁ、と考えていると、コンコン、と軽いノック音がして、会話を中断させると揃って扉の方を向く。
 ガチャ、と扉の開く音がして、外の光りが入ってくるとひょこ、と顔を出したのは兄さんと、その頭に乗っているビィだった。

「ラカム、。お疲れ様」
「おう。どうした?グラン」
「兄さんもお疲れ。何かあった?」
「また街の人がね、物資を持ってきてくれたんだけど、ラカムにも確認して欲しくて」
「あぁ、わかった。、は・・・」
「まだこの中片付いてないから。私はこっちに残りますね」

 こちらを振り返りながらどうするかを問われ、まだ放置されたままの木箱やらを見渡して、片付いたら適当に出てくよ、と声をかけてひらりと手を振った。

「そうか。わかった。じゃぁこれリストな」
「うん。じゃぁそっちも頑張って」
も無理すんなよな!」
「わかってるよ」

 ラカムから手渡されたリストを抱え、ビィの激励に返事をしながら倉庫から出ていく3人・・・2人と一匹?を見送って扉がパタンを閉まると同時に、足元の未開封の木箱を見下ろして、さって、と肩を落とした。

「ぼちぼち頑張りますかねー」

 まぁさほど時間もかからないはずだし、今日中には出航できるかなぁ、と思いながらリストを片手に、荷物の整理に手を伸ばした。なにせ3日ほど前からぼちぼち進めてるからな・・・。ただ詰め込むだけならいいけど、真っ新なところに荷物いれてるわけだから、初動が大変なんだよね。そう思いつつ、パカリ、と木箱の蓋を開けた。





 それからどれぐらい時間が経っただろうか。時計のない部屋で黙々と作業をこなし、外界と遮断された倉庫で1人、最後の荷物を仕舞い込み、リストにチェックをいれたところでそんな考えが頭を過ぎった。ぐるり、と周囲を見渡せば空になった木箱の山が重なり、部屋の中に通路ができるような形で備え付けられた棚の中に納まる荷物に思わずほっと息を吐く。棚の全てが埋まっているわけではないが、きっと時間が経てばこの倉庫もたくさんのもので溢れかえるのだろう、と思うと・・・掃除と片付けは細めにするように言い含めておかねばなるまい。
 倉庫って放置しがちというか在庫置き場というかそういうところって必然的に物で溢れかえるから定期的に整理と管理をしてないととんでもないことになるんだよね・・・。
 埃まみれになるのもよくないし、兄さんにはよく言っておかないとな、と思いながら足元に放置したままの木箱をすでに積んである木箱の上に重ねて隅に置いておく。
 この木箱も整理用に活用したものもあるが、いらないものもあるので後で捨てておかねば。なんにせよ、無事に片付いた倉庫の様子にやり遂げたな、と薄らと額に浮いた汗を拭い満足そうに一つ頷いてバキバキと強張った筋肉を解すように肩をぐるりと回した。
 肩甲骨が固まってるな・・・あとしゃがんだり立ったりをして腰も痛いや。軽く室内でストレッチをしていくらかすっきりとした気持ちで、さて、と扉に手をかける。
 兄さん達に声をかけて、倉庫の中の配置を伝えて、それから掃除と整理の重要性を説いて、あとは見送りだけかなぁ、なんて考えながらドアノブを引いて、・・・引いて、・・・・・・・・・・・・・引いて?

「え?あれ?」

 ガチャ、ガチャガチャ!何回もドアノブごと扉を引くが、急に立て付けでも悪くなったのか、一向に動かない扉になんで!?と1人倉庫で悲鳴をあげた。

「ちょ、嘘、なんで?」

 開かないとなれば、人間とは不思議なもので妙な不安感が胸中に過ぎり、焦ったようにガチャガチャとドアノブをひねくり回し、動かない扉に焦燥感が煽られる。え?あれ、これ内開きじゃなくて外開きだったっけ?!ハッと思い至り、今度は引かずに押してみるが、やっぱり扉は一切微動だにしなかった。ちょ、ちょ、マジか。え、閉じ込められたの?なんで?!兄さん来たとき普通に開いたよね?
 軽いパニックを起こしながら、必死にガチャガチャとノブを動かして扉を押したり引いたり力任せに動かし、終いには足まで使って蹴りつけながらドアを開けようと奮闘するのに、まるで鍵でもかけられたかのごとくちっとも動きやしない。いや、動かない、というよりもひどく重たい、というような。こう、少しでも開けばなんとかなりそうなのに、それがすごい難しいというか・・・いやとりあえずなんで急にこんなことに!?
 突然に閉じ込められることになり、一旦扉への奮闘をやめて茫然とすると聳え立つドアを見て、大きく溜息を吐き出した。・・・まぁ、その内兄さんなり誰かが倉庫にまた来るだろうし、それまで待っておけばいいか。
 開かないとなれば向こうでなんとかしてくれるはず。声も届かないわけでもないだろうし、一旦落ち着こう。・・・それにしても急に開かなくなるなんて・・・グランサイファーの他の部屋のドアも立て付け確認した方がいいかもしれないな。急に閉じ込められるとか怖すぎる。不安は残るが、解決策がないわけでもなし、と自分を宥めて扉を背にずるずると座り込んだ。あー・・・そういえば昼過ぎには出航するとか言ってたと思うけど、今何時なんだろうなぁ。時計がないのが悔やまれる、と思いながらごつん、と後頭部を扉に押し付けぼんやりと天井を見上げて・・・うとうとと瞼が落ちてくる。
 そういえば今日が出航だから荷物整理の仕上げを早く終わらせようと思って、早起きしたんだった・・・。ていうかここ3日ほど朝早かったんだ・・・。慣れない作業もして多少の疲れが残る中、思いも寄らない空白の時間にやることもなくて、睡魔が忍び足で近寄ってくる。トロン、としてくる瞼に、ちょっとぐらい寝てもいいかな、と欠伸を一つ零した。こう、なんで睡魔って突然ぐわっと襲い掛かってくるんだろうねぇ。そう思いながら床板で寝たらきっと体痛いだろうな、と確信しつつもずるずると壁伝いに体を横にし、もう一度欠伸を零して目を閉じる。ちょっとだけ、寝てもいいよね・・・どうせドア開かないんだし。その内きっと兄さん達が開けてくれる、とそう思いながら私はとろとろと微睡に意識を溶かし込んでいき、ふわりと頬を撫でる風に、一切気が付かなかった。


 ガチャ、ゴン!


「いっ!?」
「うわっ」

 突然、背中から後頭部に衝撃が襲い掛かり、思わず痛みに呻きながらごろん、と床を転がって起き上がる。痛い、今結構な勢いでぶつかった!強かに打った頭を押さえ、反射的にじんわりと涙を浮かべながら前を見れば、開いたドアの隙間からポカンとした顔の兄さんが顔を覗かせており、・・・開いたドア?

「・・・開いた―!!」
「うわぁっ?!」

 がばっと立ち上がり、半分開いたドアに飛びつくように駆け寄ると、兄さんがぎょっとしたように後ろに下がった。閉まりかけたドアに体をすべり込ませ、ようやく私は狭くはないが密室だった倉庫からむしろこっちの方が狭いかもしれない廊下へと躍り出た。あぁ、解放感・・・!涙目で(痛みのせい)急に飛び出してきた私に、何故か兄さんだけでなくルリアちゃんやラカムさん、カタリナさんまで倉庫前にいたのかポカンとした顔をしている。
 わかる。お前なにやってたんだってことですよね。私も何やってたんだろうなって思うけど不可抗力。ドアが開かなかったのが悪い!

、お前なんでまだ倉庫にいるんだよ・・・?」
「なんでって、いきなり倉庫のドアが開かなくなるから閉じ込められたの。立て付けが悪いのか知らないけどさ、ビックリするよね」

 いや、マジであの一瞬は焦るよ。閉じ込められるってなんであんなに人を不安に陥れるのか・・・。冷静に考えれば打開策ぐらいありそうなものを、どうもあの焦りが冷静な判断を狂わせにかかってくる。鍵が閉まってるぐらいならピッキングでなんとかなるんだけどな。え?元忍者スキルですけど??ビィがおずおずと問いかけてくるので他の部屋も立て付け見た方がいいかもよ?と言えば、ビィがなんともいえない変な顔をして腕を組んだ。

「えっと、・・・どれぐらいここに閉じ込められてたんですか?」
「どれぐらいって言われてもなぁ。時計もなかったからちょっとわからないな。途中で寝てたし・・・あ、そうそう。倉庫の片づけは一通り終わったからさ、一応どこに何があるかは教えておくね」
「あ、あぁ。それは、助かる、が・・・」

 そんなに長いこと閉じ込められていたとは思わないが、短くもないかもしれないな。何分寝ていた間は意識も吹っ飛んでるわけだから時間経過など益々わかるはずもない。窓もないので太陽の位置で時間を図ることも難しいし。
 カタリナさんの歯切れの悪い返事に首を傾げつつ、でもまた閉じ込められても嫌なのでドアは開けたままにして入ろうか、と兄さんに聞くと兄さんはすごく難しい顔で眉間に皺を寄せていた。うん?

「兄さん?」
、すごく、言い難いんだけど」
「うん?」

 何を?また何かやらかしたの?というか、兄さんに限らず周囲の顔が険しい。険しいというかあっちゃーとばかりの顔なのだが、え?私何かしでかした?と思わずへにょん、と眉を下げた。なんだよ、閉じ込められて倉庫で爆睡してたことがそんなに悪かった?だから不可抗力なんだってば!

「もう、ポート・ブリーズを出航しちゃったんだ」
「・・・は?」

 もう一度言おう。・・・は?

「え?なん、え?」
「いや、お前が顔見せないのは可笑しいなとは思ってたんだがな?」
「ただ、まぁ、顔を合わせて別れるのが実は辛かったのかもしれないな、と思って・・・」
「それならこのまま出航した方がいいかもしれないって話になって・・・」
「出航しちまったんだよなぁ・・・」

 見事な連携での説明ありがとう。流れるように説明さて、パチパチと瞬きをして思わず首を傾げる。えーっと、私、出航時間まで寝ていたってことかな?というかそれまで閉じ込められていたということなんだろうが。いやだがしかし、言わせてくれ。

「私がそんな感傷的なこと考えると思ってたの兄さん!?ビィ!!」
「いやだって!僕もちょっとがそんなこと考えるかなって思ったけど、こういう状況だし!らしくない感傷に浸ることもあるかもって!」
「もしかしたら今生の別れかもしれねぇしよ!ちょっとそういう風に思っちまったっていうか、なぁグラン?」
「そ、そうそう!」
「いやいやよく考えてよ!ないでしょ普通!ていうか出航!?出航したの!??え!?今空の上?!」

 マジか!私が頭を抱えて絶叫すると、非常に気まずそうな居た堪れない顔で、皆がこくんと頷いた。う・そ・だ・ろ!パカン、と口を開けてぱくぱくと声も出せずにいると、兄さんはあ、あー!とわざとらしく声をあげた。

「そ、それにしてもなんで倉庫のドアが開かなかったんだろうね!?」
「そ、そうだな!確かに、やたら重かったしな!」
「そういえば!ドアを開けた時にプシュウ、って、空気もやけに動きましたね!」
「う、うむ。ラカムとグラン2人がかりで開けたぐらいだからな!1人では開かなかったのも無理はない」

 私のショックを隠し切れない様子に慌てて話題転換するかのように大声で話しはじめた4人に、ふら・・と廊下の壁に寄りかかりながら、なんでこう・・・!と打ち震えた。
 誰が悪いわけでもないといいたいが、せめて出航前に探しにきてよ・・・!倉庫の片づけまだなのかな?とか思ってよ・・・なんでそこ見過ごしたのさ・・・。注意力!あとそれ感傷に浸ってたの絶対兄さんだろう、と思いながら横でわちゃわちゃと慰めにもならない雑談をわざとらしくしている兄さん達をじとりと見やって、不意にふわっと空気が動いた気配にその気配を追いかけるように視線を流した。

「・・・!?」

 そして見咎めた姿に、くわっと大きく目を見開く。
 ルリアちゃんの後ろ。私の様子にあわあわしているその背後で、薄らとした人影がふわふわと宙に浮いてにこにこと笑っている。誰もその様子に気が付いていないあたり巧妙に気配を消しているのか・・・わからないが、私だけが彼らの正面にいるものだから、その姿をばっちり捉えていて思わずガン見していると、にこにこ笑顔のティアマトが、うふふ、と口元に人差し指を持ってきてぱちん、とウインクを飛ばしてきた。・・・あ、理解。
 瞬間、体中を脱力感が襲い、へなへなと足から力が抜けて廊下に座り込み、がっくりと手をついて項垂れた。?!と突然座り込み、四つん這いになって項垂れた私におろおろと声をかけてくる兄さん達に反応する気力もない。まさか、そんな・・・。

「ティアマト・・・!」

 お前のせいか!とはさすがに叫べなかったけれど、低く唸るようにして呟いたそれに、ひっそり声にならない風の囁きが耳に届いた。


 だって、まだ一緒にいたかったんですもの。


 くすくすくす、という笑い声に、益々私の脱力感が増していく。元気出して!次の島で降りれるからよ!などなど、必死の励ましにその囁き声が掻き消えそうではあったがしっかりと私の耳には届いており、はぁぁああぁ、という溜息は我慢できそうになかった。
 あぁ、そうだ。神様に同情すると、稀に迷惑を被ることになるんだって、忘れてた。いくら優しくてもそこは星晶獣。人の感覚とはズレてるんだって、もっと自覚しておけばよかった、なんて。今更過ぎて、自業自得すぎた、なんて、誰に言えるはずもなかった。