蒼天の花



 チーン、というおリンの音が頭上で聞こえそうなほど打ちひしがれた私を困ったように見下ろしていた兄さんたちに、とりあえず、とばかりに引きずって連れてこられたのはグランサイファーの食堂と思しき場所だ。
 恐らくこの艇の内部でもっとも広い場所ともいえる空間に備え付けられた長椅子に腰掛け、一切のやる気をなくしてテーブルの上に突っ伏すと、頭上から苦笑とも同情ともつかない笑いが密やかに零れる。

「落ち込みすぎだぜー、
「まぁ、わからないでもないけどね。でもそんなに落ち込まなくてもいいのに」

 空の旅だって悪いものじゃないでしょ、とぽんぽん、と頭を撫でる兄にそういうこったない、と反論しようかとも思ったがこの私の複雑にすぎる心中を言語化するには難しく、結局私は溜息一つで返事とした。空の旅どうこうじゃなくて、私を降ろしてくれない運命論的な何かが嫌なのだ。いや、降りるけど。いずれ降りるけども!!!
 ティアマトに悪気があったわけではないのはわかっている。迂闊にも彼女に肩入れした結果、ちょっとばかし気に入られてしまっただけなのだ。え?なに?ちょっとじゃないだろうって?・・・ちょっとなんですー!ちょっとまた夜に飲み会しましょうねって誘われたけどちょっとなんですー!あの星晶獣、さりげなく味占めてやがるな、と思ったけどしょうがない気もするのでそれはさておき。ううう、と唸りながら半分自業自得故と思いながらも消化しきれないもやもやを擦り付けるようにぐりぐりとテーブルに額を押し付けると、頭上でラカムさんが苦笑を零した。

「ま、うだうだ言ってもしょうがないだろ。折角なんだ、あの小型艇では味わえなかった空の旅ってのを楽しんでみろよ。連絡船や貨物船じゃこんな騎空艇の使い方、滅多に体験できねぇぜ?」

 そういって両手を肩までもちあげ、ぐるりと艇内を見渡したラカムさんは「な?」とパチン、とウインクを飛ばした。さりげなくこの人も顔面上位に位置する人だったので、そんな仕草も様になる。テーブルに突っ伏しているせいで多分あまりよろしくない目つきで上目使いになっている私は、この顔面勝ち組めが、と内心で毒づいた。
 まぁ圧倒的美形というわけではないのでまだ許せるが・・・いやよく考えたら私の美形の判断基準馬鹿高かったな。うん?ということはラカムさんはもしかして一般的にみたらすごい美形なのか?うん?・・・まぁいいか、私の中で彼は中の上、上の下だ。きっといずれこの艇の中は致死量の美形で溢れかえることになりそうだが、その前には離脱したいところである。

「そうそう。こんな広い騎空艇に、今は僕達だけなんだからさ!」
「それに、ラカムがいるからもう落っこちることもねぇだろうしなぁ」

 ラカムさんに賛同するように、いや、これは私を励ますためだろう。明るく楽しまなきゃ勿体ないよ、と言ってくる兄さんと、ビィの何を思い出したのかにやにやとした笑いに、私は視線だけでぐるりと中を見渡して、やがて溜息を吐き出してむくりと起き上がった。

「そうだね。まぁ、もうどうしようもないし・・・楽しむしかないよね」

 頭ではわかっていたのだが、感情の方が往生際悪く燻っていたのだ。こうなったらもう諦めて流れに身を任せる他ないとわかってるのだが・・・みっともない姿を見せたのは家族の前だからかもしれない。ようやく起き上がった私に、兄さんもほっとしながらの部屋も決めないとね!と声を弾ませた。乗る予定はなかったから、私の部屋という部屋はそういえば決まっていなかった。まぁどこでもいいんだが、順当にいけばルリアちゃんの横か、兄さんの部屋の横ぐらいだろう。ルリアちゃんの横の1つはすでにカタリナさんで埋まっているわけだし、女子同士で固まるのがこの場合無難かなぁ。
 そんなこと考えながら改めてぐるりと食堂内を見渡す。グランサイファーのキッチンは食堂と別れているわけではなく、オープンキッチン、という仕組みを取っていてその周りにカウンター席、それから広がる空間に長テーブルと長椅子が数組、それから丸テーブルが数組、といった中々広い空間を形成している。個人が持つ艇にしては大分・・・いやかなり立派な代物だな、と。乗組員が6名しかいない現状ではあまりに勿体ない有様だがいずれ仲間が増えればここも手狭になるのかもしれない。本当に、この姿の艇を味わえるのは今だけなのだろうと思えば、なるほど。貴重な体験といえるだろうな。
 普通の騎空艇ではもっと人で溢れかえっているそうだし、個人の部屋など望めるべきもない。生憎と乗ったのがこれとあの小型艇だけなので私の中で普通の基準がないから想像するしかないが、現代の乗り物に照らし合わせればおおよそ想像がつく。
 ちらりとみたオープンキッチンには今カタリナさんが立っていて、ルリアちゃんが空腹を訴えたということもあり、今はその彼女と一緒に少し早い夕飯を作っている最中だ。
 私の気持ちを盛り上げるためにも腕によりをかけて作ろう、とやる気満々でキッチンに向かったので、ちょっと楽しみである。そういえばルリアちゃんは多分今まで料理なんかしたことないんだろうけど・・・カタリナさんが教えるだろうし、食材を切るぐらいなら使い方を教えれば大丈夫だろう。次からは私も手伝おう、と思いつつも今回は彼女らの好意に甘えて滑らかな手触りのテーブルを撫でた。・・・それにしても、ポート・ブリーズの人達は本当に気前がいいというかなんというか。無垢の一枚板を使われたテーブルは重厚で、滑らかにカンナをかけられたテーブルはささくれ一つない。更に使う側のことも考えているのか角も取られて丸くなっている辺り、配慮も完璧である。辿るように指先でなぞりあげ、職人技にほう、と吐息を零した。
 これだけの代物を買うなりオーダーメイドするなりすると結構な金額になりそうなものだが、それが複数。奮発しすぎだろ、と思ったが長く使うことを考えれば初期投資も悪くはないか。・・・まぁ、それでも高い買い物な気もするが、気にしてない辺り好意で備え付けられた代物なんだろうなぁ・・・・。

「・・・予算、把握しないと」
「へ?」
「いや、ごめんこっちの話」

 当面はラカムさんとカタリナさんでやりくりするんだろうけど、兄さんが知らないわけにはいかないだろうから、早い内に現在の艇の資金とか把握させておかないと。
 なにせこのできたてほやほやの騎空団の団長は我が兄らしいので。・・・え?大丈夫?田舎の青年が下積み経験もなしに団長とかやっても大丈夫?と、本気で心配したけどまぁ、サポートしてくれる大人もいることだし、全員善性はあっても悪性はなさそうだからなんとかなるんだろう。きっと。まぁ兄さん真面目だし素直だしやる気もあって責任感もある。勉強が特別好きなわけではなくても嫌いなわけでもないから恙なくできると信じてる。
 教える側としてはグラン兄さん、多分この上なく好かれるタイプだと思うんだけどなぁ。素直に教えを乞うてくる真面目な子ってちょっとできなくても教師から好かれるよね。
 しばらく、と言っても次の目的地・・・あれどこだっけ?まぁそこに行くまでは迷惑にならない程度、戦えない分中でそれなりに仕事を見つけなければ、と考えていると、できましたよー!とルリアちゃんの可愛らしい声が聞こえて沈みかけていた意識をハッと浮上させる。

「お、待ってました!」
「カタリナのご飯かー。どんな料理だろ、う、ね・・・?」

 なんだかんだ午前中も物資の搬入という重労働をこなした結果、早い時間とはいえそれなりに皆空腹感を覚えている。ルリアちゃんの掛け声に俄かに明るくなった空気で運ばれてくる食事を見やり、どん、と置かれたお皿の上を好奇心と楽しみを籠めて見下ろした兄さんは、途中でその顔色をサッと変えた。いや、兄さんだけではない。ラカムさんも、ビィも、そして私も。目の前に置かれた白いお皿の中に物体に、盛り上がった内心に冷や水をかけられたかのごとく顔色を変えた。・・これ、は・・・。

「料理をしたのは久しぶりだったから少々不恰好になってしまったが、遠慮せずに食べてくれ」
「料理ってああやって作るんですね!勉強になりましたっ」

 テーブルに食事を乗せたカタリナさんはやりきった感を出して満足そうに爽やかな笑顔を浮かべ、ルリアちゃんはニコニコと笑って初めての体験にやや興奮した面持ちで席に着く。その悪びれない、いや悪びれないというよりも彼女の中ではこれが普通のことになっているのか。沈黙した私達とは、あまりに、あまりに2人の反応は対照的だった。そこだけ線を引かれたように断絶した空気を感じながら、私はカタリナさんってそっち属性だったんだーと思わず遠い目をする。

「カ、カタリナ。これは・・・?」
「うん?オムライスだが?」
「オ、オムライス・・・」

 これが?とでも言いたげにラカムさんの顔が引きつる。その顔は見る限り引き攣って顔色も悪いのに、卵を焦がしてしまってな、というカタリナさんは一切気が付いていないかのようにさらりと返す。グラン兄さんがいやこれ焦がすっていうか、とばかりに口元を動かしたが反論の声はでず、ぐっと押し黙って目の前に置かれたカタリナさん曰く、オムライスに再び視線を落とした。
 ―――オムライス、とは。形は昨今様々あれど、一様に言えるのは黄色い卵でチキンライス、あるいはバター、ガーリックなどのお米を包んだ老若男女に好かれる料理である。綺麗に卵でライスを包むことを簡単とは言わないが、見た目に拘らなければよほどがなければ味付けその他諸々にそう大きな失敗も起きないような料理である――とは個人的な持論だ。あくまで一般論。「普通」に料理を嗜む人間ならば、の話である。得意下手は関係なく、一般的感性と常識を持って料理ができる人間ならば、そう難しくもないはずの料理だ。
 とろふわタイプもオーソドックスなタイプもドレスタイプもスフレタイプもどれも好きだが、決して、そう決して―――こんな炭みたいな真っ黒な塊ではないはずである。
 え?何創作オムライスなのこれ?イカスミでもいれた??試しに、スプーンの先でちょちょい、とオムライス(らしきもの)を突いてみる。ごつ、と固い感触がした。あ、これ炭化してる。しかも大分硬い。
 その様子を横目でみていた兄さんが、益々顔を引き攣らせた。ラカムさんも、恐る恐る、卵(と思しき炭)をめくり・・めくり?ずらし?て、中を見る。瞬間、そっと炭を(あ、炭って言っちゃった)元に戻した。顔色が一層悪くなったのだが、果たしてこの中身とは・・・?

「皆食べないんですか?」
「えっ」

 固まってカタリナさん作オムライス(仮)を見つめている私達を不思議そうに見て、ルリアちゃんが首を傾げる。カタリナさんも遠慮しなくていいんだぞ、と言ってくれるが、これは遠慮という次元の問題ではない。いや、もしかして見た目はあれでも味はイケルとかいうミラクルが起こる可能性も・・・!?・・・いや、どうだろう・・・。
 こう、食事に執着のない人が、胃袋に入れば皆同じという表現をよくするが、こういうものを見るとそれは違う、と私は声を大にして言いたくなる。決して過度に見た目に拘る必要はなくとも、少なくとも「美味しそう」に見える見た目とは必要なもののはずだ。
 食欲が失せるし、食べるのもあまり楽しくない。目と鼻と口。五感で感じてこそ料理とは最大級に楽しめるはずのものである――愛情がスパイスでも乗り越えられないものはあるのだ。
 そんな葛藤をしている最中、ルリアちゃんは不思議そうにしながらも、いっただきまーす、と高らかに挨拶をした。ええ!?

「ちょ、ルリアちゃ・・!?」

 ヒュゴウ。文字に表すとしたらそんな感じだった。先ほどからこの料理になんの違和感も覚えていないようだったルリアちゃんの感性も疑わしい部分はあったが、それでもさすがにこの見た目炭のようなオムライス(仮)を食べさせるわけにはいかない。
 というか君。ポート・ブリーズで普通に美味しい料理食べてたよね?なんで一切躊躇いがないの?!と思って止めようと思ったのに、思ったのに、・・・吸い込まれるようにして一瞬にしてなくなったオムライス(仮)の姿に、私は口をパカンと開けて絶句した。
 ついで、ばり、ごり、にゅるん、と、おおよそオムライスに必要のない咀嚼音が聞こえたことにビィの声にならない悲鳴が横で聞こえた気がする。ていうかにゅるんって。にゅるんって何!?

「る、ルリア・・・お前平気なのかよ・・・?」
「ふえ?はにがれすか?」
「い、いや。なんでもねぇ・・・」

 ばりごり、ごりごり、にゅる、ぶちゅう!
 口の中で奇妙な合唱を響かせるルリアちゃんに、ビィが恐る恐る問いかけるも彼女の顔色にはなんの変わりもない。それこそポート・ブリーズの絶品料理を食べたときと同じような笑顔で、カタリナさんのオムライス(仮)を食べている。・・・あ、味は普通なのかな・・・?
 とてもとても見た目と咀嚼音からはそうは見えないのだが、それでも普通にルリアちゃんは食べているし、案外食べられるものなのかも・・・?と思いながら未知の領域に片足を突っ込んだ料理を目の前に私は震える手でスプーンを手に取った。
 ルリアちゃん、ポート・ブリーズの料理も普通に美味しいっていってたし、味覚が変なわけではないと思うし、ちょっと天然なだけで、これも食べられるもの、なのかなぁ・・・・・?いやでもすごい勇気がいるな・・・未知の物へのチャレンジってすごく怖い。兄さんも、ルリアちゃんが食べれるなら食べれるのかも・・?みたいな顔でスプーンを手に取る。とりあえず一口掬おうをしてみたようだが、がつっと当たったスプーンの先に、すでに挫けそうになっていた。わかる。なんかもうすでに出だしで食べ物じゃないんだよね。スプーンで掬えないオムライス(仮)ってなんなんだろう。

「おいしいか?ルリア」
「んーちょっと変わった味がするけど、食べられるよ、カタリナ!」
「そうか!食べられるか。ならよかった」

 ちょい待て。待て待て。なんか「美味しいか?」「美味しいよ!」って会話みたいになってるけどそうじゃないよね?2人の会話に一生懸命オムライスの一角を崩そうと奮闘していた兄さんの手がぴたっと止まった。それから茫然とした顔で正面のルリアちゃんとカタリナさんをみて、それからギギギ、とさび付いたブリキのような動きで私とラカムさんをみる。・・・言いたいことはわかる。

「か、カタリナさんよぉ・・・ちょいと聞くが、今まで料理をした経験は?」
「うん?あるに決まっているだろう。戦場では野戦料理などもあるからな。まぁ、経験が豊富とは言えないが、まったくしてこなかったわけではないぞ」
「そうなんだ・・・」

 それでこれなんだ・・・。とは最後まで言わず、私はそっとスプーンを置いた。駄目だ、これ、多分食べたらダメなヤツだ。私の動きをみて、兄さんもそっと炭の山を崩すのを諦めてスプーンを置いた。うん。これ、食べたらアカン奴や。

「まぁ、あまりしてこなかったのは、私が料理をしようとすると周りが自分が代わりにするからと止められることが多くてな。きっと私のことを気遣ってくれていたんだろう」
「そっか。カタリナ、慕われてたんだね」

 そういって、懐かしいことを思い出すかのように微笑むカタリナさんに、ルリアちゃんも嬉しそうに瞳を細める。うん・・・うん。雰囲気的にはいい話のように聞こえるのに、何故だろう。副音声で悲痛な周囲の声が聞こえてきた気がした。そしてそれは私の空耳などではなく、ラカムさんもグラン兄さんもビィも、過去の彼女の周囲の奮闘が目に浮かんだのか、目頭を押さえて俯いていた。いやあれは頭痛を堪えているのかもしれない。

「お、オイラは林檎の丸かじりが一番好きだからよ!これだけでいいぜぇ!」
「ちょ、ビィずるい!!」
「卑怯だぞテメェ!!」

 そんななんともいえない空気の中、一足早くビィがこの地獄から抜け出そうとテーブルの横に置いてあった林檎を抱え、ふよふよふよ、と空を飛んだ。食べて堪るか、という彼の強い意志を感じた。それに慌てたように兄さんとラカムさんがビィを捕まえようと腕を伸ばすも、するっとすり抜けたビィは天井近くを飛んで、がしゅっと林檎を齧る。
 あぁ、普通に林檎美味しそうだなぁ・・・。弾ける芳醇な林檎の芳香に、そういえばこのオムライス(仮)臭いもしてないな、と気が付いた。無臭の料理ってェ・・・。

「そうか、残念だな。・・・皆も、早く食べないと冷めてしまうぞ?」
「そうですよグラン。早く食べないともっと硬くなっちゃいますよ?」
「オムライスは、そうそう硬くならないんだよ、ルリア・・・」

 もっと硬くなるってなんだ。すでに大分硬いだろうこれ。悪気のないルリアちゃんの台詞に力のない返事を返して、兄さんはどうしよう、と情けない顔で私の顔をみた。
 いや、見られても・・・と私も打破のしようが難しい現状に虚ろに視線を泳がせながら、1人安全地帯に逃げたビィを恨めしく見上げる。ビィは素知らぬ顔で美味しそうに林檎を齧っており、いっそ仮病でも使うか?と考えたところで、くそっと口汚く舌打ちをしたラカムさんが、むんず、とスプーンを握りしめた。

「ラカムさん!?」
「ラカム!?」
「グラン、。見てろよ。これが、男の生き様よ・・・!」

 そんな、まさか!この微妙な、逃げようにも逃げるには難しい空気で、ラカムさんが死地に行く顔つきで私達を見据える。その死を覚悟した顔に、私と兄さんの顔色が変わった。悲鳴のように彼を呼び止めるも、彼はこちらの制止を振り払い、真上からスプーンを振りおろし、がつっと崩した炭の一欠けらと・・・やだ、なにあの紫色の物体。ぬちゃっとした紫色の何かを一緒に、口の中に放り込んだ。

 ゴリ、ゴリゴリ、ぬちゃ、・・・・にゅるーん・・・・ゴク。

 ラカムさんの口の中で、形容しがたい咀嚼音を響かせ、彼の喉が上下する。俯いた彼の顔からではその表情が伺えず、握り拳でスプーンを掴む手をテーブルの上にどんと置いたまま、じっと動かない様子に私と兄さんは手に手を取り合って固唾を呑んでラカムさんを見つめた。
 その私達の様子を不可解なものでもみるような目でカタリナさん達が見てくるが、むしろそちらの方が不可解だった。なんでだ。なぜこの神風特攻隊のごとき雄姿がわからないんだ・・・!

「ら、ラカム・・・?」

 むしろ私こそがカタリナさん達をエイリアンでも見るかのごとく目線で見ていると、微動だにしないラカムさんに兄さんがそろそろと声をかけた。
 身を乗り出して、そっとその肩に手を触れようとして、指先が届く直前、ふらり、とその体が大きく傾く。ひっ。

 ドターン!!!

「ラカム!?」
「ラカムゥゥ!?」
「なっ、どうしたんだ、ラカム!」
「大丈夫ですか!?」

 泡を吹いて椅子から崩れ落ちるようにして倒れたラカムさんに、血相を変えてカタリナさんが駆け寄る。椅子から仰向けに倒れたラカムさんは大の字に床に転がり、恐らく二次被害で後頭部にたんこぶでもできたのではないかと思われる。その顔色は蒼白を超えて紫色。おおよそ人間ができる顔色ではない有様に、兄さんもまた半ば涙目で急いで医務室に!と声を張り上げた。毒消しってあったっけな・・・いや胃薬か?思わず医務室に設置した治療道具、及び薬や薬草類を思い描いて首を傾げる。多分準備してたと思うんだけど・・・。
 そんな突然、いや個人的には想定内の緊急事態に、あわあわと狼狽するルリアちゃんとビィを横目に、私はさりげなく兄さんと私とラカムさんの分のお皿を引っ繰り返しておいた。あたかもこの騒動で止む無く引っ繰り返した感を演出しつつ、急いで医務室に運ばれていくラカムさんに両手を合わせる。ありがとう、ラカムさん・・・あなたの犠牲は忘れない・・・!
 そして引っ繰り返したオムライス(劇物)の、ライスだろう部分が紫色のどろどろしたナニカであることにはそっと目を逸らす。いや、あれは・・・ないだろ・・・。
 そう思いながら、慌ただしく終わりを告げた食事の中、私は無言でテーブルの上を片付け始めた。とりあえず、ラカムさんに関しては兄さんとカタリナさんに任せる。元凶彼女だけど。

、ラカムは大丈夫でしょうか・・・」
「死にはしないと思うけど、まぁ、安静にはしておいた方がいいと思うよ」
「ラカム・・・無茶しやがって・・・」

 ぐすっと鼻を鳴らすビィに、あれが子供を守る大人ってやつなんだよ、と諭しつつゴミ袋を持ってきて引っ繰り返したオムライス(劇物)をぽいぽいと破棄していく。

「あれ?オムライス捨てちゃうんですか?」
「引っ繰り返しちゃったからね!ラカムさんもあんな状態だし、新しいの作るついでに胃に優しいものでも作ってくるよ!」

 ここぞとばかりに正当性を訴えつつ、ゴミ袋の中身がよくわからない異空間を形成し始めた残骸を見ないフリをして、お皿を重ねてキッチンに持っていく。
 そしてきつくゴミ袋を縛って密閉状態にしてからゴミ箱に劇物を叩き捨て、私は洗い物が残った状態の流し台に手をつくと、俯いた状態でこの先のことを考えてギリィ、と奥歯を噛みしめた。


 アカン。このまま放置してたらこの団即座に全滅する。


 まさか、カタリナさんがポイズンクッキングのスキル持ちだったとは。盲点すぎる事態に、まだ復活しきらない顔色で深く深く溜息を吐く。
 兄さんも、料理はできる。村では私と兄さんとビィという3人で暮らしていたのだ。近所の人の手助けはあるとはいえ、基本的にできることは3人で全て済ませてきた。その甲斐もあって、ある程度の家事スキルは兄さんも身につけている。ラカムさんも、まぁ人並程度にはできるだろう。少なくともああはならないはずだ。だがしかし、兄さんはこの団の団長という立場でやることも覚えることもたくさんあり、ラカムさんには騎空艇の操縦という重要な仕事がある。毎日毎食を作るために割ける時間はそう多くないはずだ。
 カタリナさんにはもう二度と包丁を握らせてはいけないし、ルリアちゃんはまだちょっと未知数である。味覚はちょっと、まぁ、怪しいところがあるが、少なくとも美味しいものを美味しいと思えるだけの味覚はある。カタリナさんの食事を美味しいとは言わなかったので、これから仕込んでいけば第2のポイズンシェフは回避できる可能性は高い。
 かといって、その時間を兄さん達が持てるはずもない――食事関係をおろそかにしてはこの騎空団の先行きは早くも暗礁に乗り上げるだろう。船旅において、いや生きるということにおいて食事の管理というのは非常に重要な役目を持つ。食べなきゃ人間は生きていけない。健康に生きていくのにも、人生を豊かにするにも、きちんとした食事というのは必要不可欠だ。そして食料の配分、栄養面の考慮に関しては普通に生活する以上に旅の上では無視できない重要な代物だ。なにせいつでも食料が補給できるわけではないし、戦うことも仕事の内の騎空団で満足な食事ができないことは致命的であるといえよう。
 ていうか満足に、そして安心してご飯が食べれないって、基本艇で生活することになるのにただの地獄じゃねぇか。
 少なからず旅をしてきた経験上、それがどれだけ全体の士気、あるいは生活に直結しているかある程度理解はしているつもりだ。衣食住、満たされないことには人間幸福な暮らしというのは難しいわけで。つまり。


「今後、まともな料理人が確保できるまでは私がこの艇の料理番をやりますので、以後よろしくお願いします」


 さすがに身内の善意で全滅とか洒落にならないので、私は泣く泣く苦渋の決断をするのだった。
 作り直した食事を終え、そう宣言した私に兄さんと復活したラカムさんとビィから盛大な、それこそ魂の籠った歓迎の拍手を貰ったわけだが、これでまた一歩、艇から降りるという目標が遠のいたな、と、とほほ、と私は肩を落とした。
 カタリナさんはいいのか?と私を心配してくれたが主にあなたのせいですよ、とも言えず。ルリアちゃんは純粋に一緒に旅ができることに喜んでくれたが、加入理由があまりにあまりすぎて、私はただひたすら曖昧な笑みを浮かべる他なかった。
 この騎空団、先行き不安すぎるでしょ・・・。