蒼天の花
バルツ公国の大公捜索に当たり、私達に与えられた期限は僅か1週間、という短い期間だった。
正確に言うと、探し出せずともせめて何か手がかりだけでも成果をあげるべき期限が1週間、ということである。その期限を過ぎた場合は何かほかに手立てを、言うなれば他の騎空団に依頼するのも吝かではない、ということだ。
元々国をあげて捜索をして今までにかかった時間もあるので、むしろ1週間も時間を貰えたことは破格の対応といってもいいのかもしれない。一刻の猶予もない、早急に解決するべき事案に対して1週間という時間は決して短すぎる、というわけではないのだろう。
ただ、国の諜報機関を持ってしても手掛かりの1つすら見つけられない状況下で果たして私達のような人捜しのプロでもない人間が1週間で手がかりを見つけられるか、というところだが・・・受けたからにはやるしかないので、ぐだぐだと愚痴を零してもしょうがない。しかもどれだけ期待をかけられてるのか知らないが、滞在中の宿代は勿論、前金としていくらか頂いてしまった身。・・・死にもの狂いで何か結果を出さなくてはならない。絶対。なんとしても。
正直、宿代はともかくとして前金に関しては断りたいぐらいだった。こんなぺーぺー騎空団に成功報酬としてならまだしも、前金までくれるなんて逃がさないという意思表示なのかなんとしてでも結果を出せという脅しなのか・・・。それだけ必死、藁にも縋る気持ちなのだとしてもくっそ重たい。
本当に、失敗でもしたら目も当てられないし、そこまで私達に期待をされても困る、という内心だったのだが・・・ふと、このメンバーで何かない方が可笑しくないか?という私のメタ的思考が働いた結果、逆に貰っておいた方が安全なのでは?と思い至ったのだ。
カタリナさんやラカムさん、グラン兄さんの反対を押し切り、笑顔で受け取った私を奇妙な目で見てきた彼らの視線が忘れられない。だがしかし、考えても見ろ。星晶獣を従える少女とその少女と一心同体の若き騎空団の青年団長。そしてすでに島一つ救って見せた冒険譚持ちの団である―――絶対、今回も星晶獣絡みで死線を潜り抜けるはずである。
そうなると気になるのは装備品だ。星晶獣との戦闘込みで考えると、今の装備品ではどうにも心もとない。兄さんなんかザンクティンゼルで使ってた武器のままだよ?ポート・ブリーズで新調する前にあんなことになったからね。
武器の質もそうだが、防具に関して殊更に出し惜しみするべきではない。なにせ兄さんが傷つけばルリアちゃんが、ルリアちゃんが傷つけば兄さんが、というこちらとしては非常に不利でやりにくい状況にあるのだ。兄さんには是非ともフルアーマーでいて欲しいぐらいだが、それじゃ現状兄さんの持ち味である身軽さや素早さといったものが制限されまくるだけなので、とりあえず動きを阻害しない程度で防御は固めておきたい。そう考えると、宿代は浮いたとはいえ今の私達の経済状況ではとてもとても装備品を揃えられるような余裕はないのだ。
大丈夫、このメンバーなら放っておいても向こうからやってくる勢いで厄介ごとが舞い込んでくる!はず!!できれば止めて欲しいけどそうもいってられない状況だ、涙を呑んで私は苦難を受け入れよう!!・・・・できれば私は安全圏にいたいところだけども。さておき!
「はい、では今回の依頼についての会議を行います。動くのは明日の早朝からになるけど、ひとまず国で調べた情報の整理から行くよー」
「はい!」
「なんか慣れてない?」
「んんっ。・・・いや、常識的に考えて?情報の整理は最重要事項だよ?」
ばさっと特務官さんから渡された捜査資料をテーブルの上に広げ、テーブルを囲むようにして椅子に座る面々を眺めながら宣言すると、グラン兄さんからの訝しげな視線にぎくっと肩を揺らす。前世分の経験です、なんて言えるはずもない・・・えぇい、細かいことは気にするな!
「確かに、今ある情報を整理することは大事だな。情報は戦局を動かす重大事だ。疎かにしてはいけない」
「まぁ、金銭にもなるのが情報だからな。の言ってることは間違いじゃねぇぜ?」
「そうなんですね」
「でもよぉ、整理っていってもなにをどう整理するんだ?」
大人2人からの援護に納得したように頷く兄さんとルリアちゃんにほっと胸を撫で下ろし、ビィの疑問に答えるように捜査資料に視線を落とす。ざっと目を通した限りではあるが、内容に関しては確かにビィの言うとおり、整理するというほどの内容ではない節がある。それでも改めて読み込むことで見えてくるものもあるので、読み直しとは大切な作業なのだ。
「まぁ、確かに国の諜報機関が調べてきたにしては、資料が大公の足取りを追ったもののみってところは少なすぎるかな」
「しかも、この資料にある施設だとか場所にはもういって調べたってことだよね?」
兄さんがその調査結果が乗った資料を持ってぐっと眉間に皺を寄せる。細かい字の羅列を追うごとに眉間の皺が増えているが、まぁそういうのは重箱の隅を突くように目を通しておくことをオススメする。見落としや不自然な点があるかもしれないし。
「そうだな・・・裏を返せば、国の機関の目を欺くほどに周到な準備をしていた、とも考えられる」
「計画的な犯行ってことなの?カタリナ」
「大公が行方知れずなんだ。何かしらの陰謀が動いていたって可笑しくはねぇよ」
「他国が関わっているのか、それとも内部による犯行か・・・」
険しい顔で考え込むカタリナさんに、全員厳しい顔つきで資料を睨みつける。その中で、大公がよく足を運んでいた区域の資料に目を落としながら、私はふむ、と顎に手を添えた。
確かに、その線はある。他者が絡んでいる場合の事件性は避けては通れない可能性だろう。厄介なのは内部による反逆、反乱の上での犯行の場合だ。その場合、この手の資料にも改竄が加えられている可能性が否めない。正確性のない資料など無意味だし、その違和感に気づけるほど敏い人間がこのメンバーにいるのかと言われると・・・どうだろう?そこまでの知識も生憎と全員持ってないだろうしな・・・。
でもその線に関しては恐らくないと見てもいい気がする。事件が起きて一番に疑うべきは、その事件が起こったことでもっとも利益を得る人間の存在だ。
大公の不在によって誰が利益を得るか、疑いのある人間を調べない筈がない。その上で、その類の資料が一切ないのだ。恐らく、本当になにもなかったのだと思われる。いくらなんでもその手の資料が一切ないということは、仮にそういう疑いがあったとしたらあの特務官がそもそも大公誘拐に関わってるってことになる。資料を隠せるのは、あの場にいた彼しかできないことだからね。・・・あの様子を見る限りその可能性は低そうだし、そうだとしたらシェロさんがあの人に私達を紹介するというのも解せない。彼女、かなりやり手そうだし人を見る目も情報網も並大抵のものではないとみた。
そうなると私達が隠れ蓑で、犯人の目を向けるための囮という可能性も・・・いや、そこまで深く考えていくと頭がこんがらがる。可能性の1つとして置いておくとして、あと一つ、考えられる可能性があるとすれば・・・。
「・・・本人が、自分の意思で行方をくらませた、という可能性もありますよ」
「えっ?」
「まさか」
「ザカ大公は人格者であったと聞いている。国が混乱することがわかっていて、このようなことをする方には思えないが」
私の発言に、一瞬にして動揺が走る。有りえない、という顔でカタリナさんが首を横に振って否定してきたが、ラカムさんは興味深そうに目を細めた。
「なんでそう思うんだ?」
「・・・あまりにも、手がかりがなさすぎるって点ですかね」
「?それは、誘拐犯がものすごく周到だったってことじゃねぇのか?」
ふよふよと飛びながら腕を組んで首を傾げたビィに、私は首を横に振って数ある資料を並べていく。そのどれも手掛かりなし。大公がいなくなる前日までのことは詳しく書いてあっても、なくなった後に出てくる資料があまりに簡素なのだ。・・・第3者の関与が疑われる現状において、それはあまりにも不自然だ。
「勿論、足がつかないようにものすっごく準備していた、ってこともあるだろうけど・・・単純に考えて、動く人間が多ければその分人の目に止まる確率もあがるはずです。全く何の証拠も、人の目にすらつかず事を為すのはかなり難しいはずですよ。日頃と違う行動って言うのは結構目につきやすいですし、そもそも誘拐するのはこの国のトップです。そこらの一般人の連れ去りならいくらでも人目を盗めるでしょうけど、大公の周囲に人の目がないことの方が稀ですよ」
「確かに・・・」
「逆に、人数が少なければ人目にもつきにくい。更に、仮にザカ大公本人が自らの意思で動いたとなれば・・・」
「人払いもできるだろうし、痕跡を消すのも容易いってことか。消すのは自分1人分だけでいいわけだしな」
「で、でも、そんなことをして何の意味が?国が大変なことになっちゃうんですよ?」
ルリアちゃん達にとってみれば寝耳に水。考えたこともないような話なのだろう。信じられない、とばかりに問いかけられて、私は椅子に座った状態でうーん、と首を傾げた。
「いや、流石に理由はわからないけど・・・人の内面なんて誰にも計り知れないよ。人格者と言われてる人が、裏ではとんでもない悪事を働いてたっていう事例がないわけじゃないし」
「だが、あくまでそれは仮定の話だ。もっとも有力なのは第3者による関与だろう」
「そうだね。でも、の言い分もわからないでもないよ。・・・どの道、この資料だけじゃ大公がいなくなった理由も見えてこない」
「明日、街の人間に聞きこみに行くしかねぇな」
結果的にそうなるのかー。話し合いの結果、というほどでもないが、資料で見えてくる内容が私達ではこれ以上汲み取れない以上、周りから新たな情報を得る他ない。
腕を組み、背もたれに体重をかけたラカムさんが足を組んでフゥ、と息を吐いたのに皆が納得する中、私はテーブルに広げた資料を頬杖をついて見る。
とりあえずいなくなる直前までの大公の足取りをおって、目撃情報なりを探るしかないのか・・・。諜報機関が見つけられなかった情報がそうそう出てくるとも思えないけど。
「まぁそういうなって。存外、俺達みたいな人間の方が街の人間も何かポロっと話すかもしれないしよ」
「情報は足で稼ぐほかない。地道な作業だが、これが大公の行方の足掛かりとなるはずだ。気を引き締めていこうじゃないか」
「よーし。じゃぁ明日っから本格的に活動開始だな!頑張ろうぜ、グラン、、ルリアっ」
「あぁ!」
「はいっ」
「そうだね」
まぁ、何をどうテーブルの上でコネ繰り返しても、動かないことにはどうにもならないんだから、やるしかないわけだ。片手を天井に突き上げ、発破をかけるビィに賛同しながらテーブルの上の資料を片付ける。・・・さて、明日は道具を揃えがてら、聞き取り調査かぁ・・・長い一日になりそうだ。
※
早朝。まずは朝市の方からこの街の食文化などを一緒に調べつつ、できるだけ低価格高品質のお店を探す。うん?聞き取り調査?してるしてる。でもほら、艇の食料も補充しなくちゃいけないし?こういうリサーチって必要じゃん?
何より商売人ほど国の情勢に敏感な人間はいない。いっそ国家以上に目ざとかったりするからね!世間話がてら聞き込みはちゃくちゃくと進めているのだ。
「というわけで聞きがてら朝食になるようなものも買ったのでどうぞ」
「ふわぁ、美味しそうです!」
「それバルツ特産の果物のソースで肉と野菜を絡めたパニーニだって。美味しそうだよねぇ」
「いっただきまーす!」
むしゃあ、被りつくビィや兄さんたちを見ながら、私も大口を開けてパニーニに被りつく。こういうのはちまちま小口で食べるようなものじゃないのだ。
む。甘みよりも酸味の強い果物だったのかもしれない。爽やかな風味が鼻を通り抜け、肉の塩気と野菜の苦みと甘みがいい具合で調和している。生地のカリッとした焼き加減も噛み応えがあっていいな、これ。美味しい。しばらくもぐもぐと無言で咀嚼しながら、この果物のソースどうやるんだろう、とぺろりと唇についたソースを舐めとり考え込む。揚げ物なんかに使ったらよりサッパリするかもしれない。うむ。この果物も買ってみよう。そう検討し、パニーニを頬張りながら今日の行動をざっと確認する。
「とりあえず聞き込みのターゲットだけど、中心は商人。何か情勢等に不穏な影がある場合、一番敏感なのは彼らだからね。こっちは兄さんとラカムさんでペアを組んで聞いて欲しい。ついでに2人は装備品も新調してきて。その方が話も聞きやすいだろうし」
「わかった」
「次に主婦層だけど、子供からの情報も侮れないから、この辺りは年齢性別問わずじっくりと聞いて欲しい。どちらかというとこっちは警戒心を持たせないように、カタリナさんやルリアちゃん、私で聞いて回ろうと思う」
「了解した」
「、オイラはどっちについていけばいいんだ?」
「ビィは兄さんについてまわって」
「おう!」
人数がいる場合、手分けをして聞きこむことは定石である。ざっと役割分担を済ませ、注意事項として今回の任務について漏らさないこと、些細などうでもよさそうな話でも聞き洩らしのないこと、など簡単にあげて朝食を食べ終えると同時にパン、と手を打った。
「はい、散開!」
掛け声と共に、一斉に街の方々に動き出す。とりあえずこちらも最初はルリアちゃんの防具を見がてら、買い物客に狙いをつけて情報収集だ。そして私の部屋の家具類も見てみたい。え?私情入りまくりじゃないかって?どうせ巡るんならついでに用事を済ませても問題ないじゃん!結果は同じだよ!・・・さておき、店を回りつつ道行く人に尋ねつつ、話を聞きがてらわかったことといえば、だ。
「ザカ大公って、大公の癖にすごい出歩く人だったんですねー」
「それだけ市民のことを家族のように考えていたのだろう」
「はい。今まで聞いた中でも、大公さんが皆さんに好かれてることがよくわかりました」
視察、といえばいいのかそれとも単純に息抜きの散歩なのか・・・聞く限り護衛を連れてないことも多々あったそうなので、そりゃ誘拐も起こるかもしれない、となんとはなしに思う。危機管理って重要ね。
話を聞いた子供連れのドラフの奥様を見送り、腕を組んでいるよね、こういうやけに民と距離の近い王族みたいな人、と1人頷く。これだけ大きな国で早々できることではないだろう。それが人気取りのためのパフォーマンスでないことを信じたいが、こればっかりはなぁ。外面がとんでもなくいい人間ってのは一定数、悲しいことながらいるわけだし。
いや外面がいいことが悪いけじゃないんだよ。取り繕うってのは大事だし本音と建て前というものは生きていく上で必要なことだ。ただその本音と建て前があまりに乖離しすぎると問題だってだけで・・・。
「だが、気にかかるのは極秘のはずが大公の不在に気づいている民も多いというところだな・・・」
「不在期間の長さ故か、それとも故意的に話をばらまいている人間がいるのか、ってことですね」
「・・・話の中に、帝国の名前もありましたね。もしかして、今回の件も何か帝国が関係しているんでしょうか」
薄々国の慌ただしさを感じている民はいるだろうが、それがイコールで大公の不在という情報までつなげることは難しいはずだ。上の人間もこれほどのトップシークレットを外部に漏らすようなことはすまい。・・そうなると、ちらほら話に出てきた帝国、というキーワードが気になるところである。
影を落とした表情で、ルリアちゃんが深刻そうに呟く。カタリナさんも険しい顔で虚空を睨みつけ、私は今まで聞き取った情報を整理するようにメモに書き連ねていく。ふぅむ。
「・・・帝国の関与の噂に関して、できるだけ発生源を探して見ましょうか。元ネタがわかれば、そこから芋づる式に掴めるかもしれません」
「気が遠くなるような作業だが、今の所それがもっとも高い可能性か」
「噂の出所を探るってことですか?」
「そういうこと」
まぁ、街に広がってる噂の中からそれをばらまいている人間を探し当てるとかとんでもない仕事量だけど、やるしかない。今まで聞いた中で一番気にかかる、いや、大公の行方不明に関係ありそうな内容といえば帝国関連ぐらいのものだ。
なんでこう、色んなところに手を伸ばしちゃってるのかな帝国は。いやわかるよ。大きな国の考えることなんて領土拡大とかそういうことに目が行っちゃうのは仕方のないことだからね。でも本当、もっと穏便な活動はできないものか・・・そう思いながら、歩き出した2人の後に続いて歩こうとした瞬間、視界の端にちらっと横切る淡い金の影を見つけて、ふと足を止めた。・・・どうしようかな。少し逡巡し、カタリナさんの背中を見つめる。視線に気づいた彼女が足を止め、私が背後に注意を払うように小さく視線を動かすと、彼女はわかりにくく首を横に振った。・・・なるほど、泳がせておけというわけですね。無言の内のやり取りを一瞬ですませ、足を止めた2人に待ってくださいよぉ、と声をかけながら駆け足で続く。後ろの気配も動くのを感じながら、これが吉と出るか凶と出るか、とルリアちゃんの横に並んで溜息を零した。
※
「さて。では今まで集めた情報の交換です」
ぱん、と軽く手を合わせて注意を引きつつ、大きな噴水が目立つ広場に集まった面々をぐるりと見渡してまずは兄さんに視線を向けた。ザアアア、と水が落ちる音がほどよく辺りの声も紛らわしてくれて、夕方の時間帯も相まって丁度良い静けさの中、兄さんはラカムさんと目配せをして一つ頷いた。
「お店の人達に聞いてみたら、一番多かったのは帝国関連の話だよ。ここ最近帝国が大公と接触していたって話がよく出たね」
「一番気にかかったのは、大公が帝国と手を組んで何かを作ってる話だな」
「何か?」
「詳しいことはなにも。ただ、兵器だとか世界を脅かすものだとか・・・曖昧だけど物騒な話が多かったかな」
「こちらも似たようなものだ。」
「大公さんが帝国にさらわれた、とか、帝国の陰謀に巻き込まれた、とか・・・」
「気になるのは極秘の話がこうも市民に知れ渡ってるって点だから、一応噂の発生源がどこか探っては見たんだけど・・・」
まぁ、一日で突き止められるわけないよね。肩を竦めて首を横に振るとだよね、とばかりに兄さんが溜息を吐く。一日中足が棒になるまで歩き回って集めたものだが、結局のところ解決の糸口となるべき決定打があったかと言われると微妙な線である。
まぁ取り掛かってすぐに劇的に進行するとはさすがに思ってはいなかったが、こんなことが1週間続くと思うと到底解決できる気がしない。
「噂話程度ならわんさかあったんだけどなぁ。どれも曖昧で決め手になる情報がねぇな」
ビィも腕を組んで疲れたように溜息を吐く。はふぅ、と漏れた息に全員思わず溜息を吐きそうになったが、そこはぐっと堪えてだけど、と口を開いた。
「全く何もなかった、ってわけでもないよね」
「帝国のこと、だよね。」
私が少しトーンを抑え気味に言うと、同じように噴水の縁に座っている兄さんが、太腿の上に肘をついて口元の前で指を交差させて隠しながら確認のように言った。
真っ直ぐに見つめてくる視線にこくん、と頷いて書き留めたメモを取り出してパラパラと捲る。
「基本的には大公の人柄だとか、よく街にお忍びでくること、その行動とかの情報が多かったんだけど、次に出るのは帝国関連の話。ここまでくると、疑うなって方が難しいんじゃないかな」
「確かに、ここまで帝国関連で話が出回っているとなると、今回の件に帝国が絡んでいる可能性は大きいな」
やらかしていることがことだけに、帝国なら有り得るって思っちゃうのも要因だよね。奴らならやりかねない、みたいな。カタリナさんが深く頷き、頬にかかった髪を避けるように耳にかける。そこで、しゅぼっと煙草に火をつけたラカムさんが、水場の冷えた空気に煙草の煙を乗せて白く吐き出しながら、虚空を睨みつけた。
「あながち、噂だけじゃないかもな」
「どういうことですか?」
「大公が帝国と一緒になって世界を滅ぼすものを作ったってやつだよ。元々バルツの技術力は他の島を見てもトップクラスだ。目をつけられて利用されたとしても可笑しくは――」
「そんなわけないじゃない!!」
煙草の煙を吐き出しつつ、おどけたように言ったラカムさんを遮るように甲高い声が広場の空気を震わせた。その声に、びくっと全員の肩が跳ね素早い動きでカタリナさんがルリアちゃんを庇うように前に立ち、兄さんが立ち上がり腰の剣に手を伸ばす。
そうして全員の視線が、声を出した人物に集中すると――ポカンと呆気に取られた気の抜けた空気が漂った。そこにいたのは、夕陽にあたって淡くオレンジにみえる金髪のツインテールを揺らし、涙目でこちらを厳しく睨みつける1人の幼い少女。予想するには、あまりに拍子抜けする人物だった。
「・・・・・・誰?」
予想外の少女の出現に、思わず兄さんからそんな間の抜けた声が零れる。が、わからなくはないので、私は仁王立ちでこちらを睨みつける少女を上から下まで眺め、ふーむ?と首を傾げた。
「・・・思った以上に、幼かったな・・・」
まさか、後をつけてきていた人影が、こんな少女だったとは。恐らく自分よりも年下であろう女の子を見つめて、さぁてこれはどんなフラグだろう、と思考を明後日の方向に飛ばした。
ほら、やっぱり