蒼天の花



 案の定というか予想通りというかそんな気はしていたというか、グランサイファーに仲間が1人増えた。いわずもがな、バルツ公国ザカ大公の一番弟子にして愛弟子の褐色ツインテ美少女のイオちゃんである。
 大方予想はしていたとはいえ、こんな年端もいかない少女をこんな危ないことこの上ない旅に同行させてもよいものか・・そんな杞憂はそもそも大公自身が行って来い!と太鼓判を押したことで喉奥に飲み込むことになった。いいんですかそんな簡単に決めちゃって・・・。
 いや彼女頑固そうだから、一度決めたら勝手に乗り込んできそうなぐらいのバイタリティはありそうですけども。
 本人自体は貴族でもなんでもない平民の身分ながら、後ろ盾が半端ねぇ子が仲間になったな、と思う。これでバルツ公国はこの騎空団をどこよりも贔屓してくれるだろうと思うと・・・こういってはなんだかすっごく太いパイプを手に入れたなとほくほくものである。そこに国のトップを救った実績も加われば、騎空団の出だしとしてこれ以上に順調な滑り出しはなかろう。報酬も破格、加えてグランサイファーの整備も実質無料でしてくれ、旅の物資も恵んでくれるとなれば・・・あの灼熱のとんでも大星晶獣バトルも苦労してこなした甲斐があるというものだ。主に頑張ったの兄さん達だけど。死にそうになってたの大体兄さんだったけど。
 まぁ私は、ほら。裏方だから。影でひっそりと作業をするだけなので。いやそれでも私の影の奉仕もそれなりに大切だったんだよ?と誰にともなく言い訳をする。あとほら、貴重な歴史資料も提供したじゃん?あれも重要じゃん?
 ・・・さておき、できることならば避けたい任務であったことは未だ私の認識から外れはしないが、それでもそれに見合った報酬というものも受け取れたとは思うのでこの件はとりあえず良しとする。バルツ公国、というよりも一国との繋がりが持てたことは本当に、本当にすごいことだと思うのだ。兄さん達自覚があんまりなさそうだけど、これマジですごいことだからね?
 出来れば今後はもうちょっと安全な、少なくともここまで規模のでかい任務がないことを祈りたいが・・・はて。そもそも騎空団の任務の基準がよくわからないからなんともいえないな。何でも屋というか傭兵集団というか、基本的になんでもするみたいだし。そして兄さんが比較的なんでも受けてきそうだ。・・・仕事の精査はしなくちゃいけないな、と思いながらケーキ型から抜いたミルフィーユ状の酢飯の上にサーモン、鯛、錦糸卵、さやえんどう、エビ等々を飾り付け、特性のジュレドレッシングをかけて一つ頷く。よっし。

「でっきたよー!」
「ふわぁぁぁ・・・!」
「すごい!きれい!可愛い!!」
「これはすごいな。初めてみたぞ、こんな料理」

 女性陣からの感嘆と賛辞の言葉を受けてにまにまと頬を緩めながら、食堂の中央に位置するテーブルにどん、と出来上がった寿司ケーキを置く。ミルフィーユ状の層はマグロの赤と大葉の混ぜご飯、それからノーマルの酢飯の三層からなり、側面に薄く削いだキュウリを巻きつけて透き通った爽やかさを演出。土台の上には錦糸卵の焦げ一つない鮮やかな黄色を敷き詰め、その上にサーモンと鯛の切り身でつくった薔薇の花を配置し、さやえんどうを薔薇の花の葉っぱに見立てて盛り立てる。開いた隙間にエビなどを適当に置いていけば、手がかかっているようで案外簡単な寿司ケーキの出来上がりである。生物はさすがに長持ちはあまりしないので、旅立ったばかりの今ぐらいしか作れない一品だ。
 他にテーブルには所謂パーティメニューと呼ばれるから揚げや串揚げ、フライドポテト等の揚げ物や生ハムのサラダ、ミネストローネやコーンスープといった複数種類の料理をおいて、完全にイオちゃん仲間入り歓迎パーティの様相を呈している。

「物資の補給もしたばっかりだからね。折角だから華やかにしないと」
「やるなぁ、
「はりきったなぁ!なぁなぁ、林檎はないのか?」
「デザートには林檎のシャーベットを準備してるよ。でもまぁビィにはこっちがいいでしょ」

 そういって丸ごと一個の真っ赤な林檎を取り出し手渡すと、やっほーい!と声をあげてビィがぶんぶかと尻尾を振り回した。折角こんだけ料理作ってるのに結局林檎丸侭がいいとか微妙に切ない気もするが、まぁ好きなものを好きなように食べるのが一番だ。
 ルリアちゃんとイオちゃんが寿司ケーキを食い入るように顔を寄せて見つめている姿を微笑ましく眺めつつ、グラスに飲み物を注いで準備は万端。
 兄さんに視線を向けると心得たように頷き、こほん、とわざとらしく咳払いをする。全員の視線を集めて、兄さんはジュースの入ったグラスを掲げるとにんまりと笑顔を浮かべた。

「えーでは、改めて。イオが僕達の団の仲間になったことを祝して!」
『カンパーイ!!』

 ラカムさんはビールジョッキを掲げ、カタリナさんもカクテルグラスを揺らし、イオちゃんとルリアちゃんと一緒にジュースの注がれたグラスをカチンカチンと合わせて、皆でぐびぐびっと喉を潤す。

「カーッ!!やっぱキンキンに冷えたビールは美味いぜ!」
「このから揚げもすっごいジューシィ!!柔らかいのに外カッリカリ~~!」
「これは随分ともちもちしてるな?おもち?中にチーズが入っているのか!」
「あ、それじゃがいもとチーズの芋餅ですよ。お酒にも合うと思うんでー」
「美味しいです!全部美味しいです~~~!!」
「うわルリア、勢い良すぎだよ!?」

 ヒュゴウ!!と凄まじい勢いで料理を食べ、いや飲んで?いるルリアちゃんに兄さんがぎょっとしつつ慌てて自分の分の確保に走る。うん、ルリアちゃんの勢いはすごいからね・・・。大食漢というか、あの小さくて細い体のどこに入るのか・・大食いの人って消化が早いのと胃袋が異常に大きいんだっけ?なんか種類があるとか聞いたことがあるなぁ。
 そう思いつつ、私も密やかに自分の分を確保して、寿司ケーキを切り分けてお皿に分けておく。イオちゃんの分はちょっと豪華めにして、と・・・。
 賑やかに会話をしながら料理に舌鼓を打つ皆を眺めつつ、私もほっこりとポテトを抓んだ。ポテト用にマヨネーズとかケチャップとかバジルソースとかアンチョビソースとかディップソースは準備してるんだけど、個人的にはやっぱりシンプルイズベストで塩一択なんだよな・・・。自分の皿に取り分けたフライドポテトの上に塩を適当に振りかけながら、もそもそと抓んでチョップドサラダを盛る。ゴロゴロとした歯ごたえうまー。から揚げ?レモンはかけない派ー。取り分けてくれたカタリナさんにありがとう、と声をかけから揚げを頬張る。我が事ながらいい出来だ。パサつかずしっとりとジューシィに揚がったから揚げは兄さんの好物でもあるからね!
 塩と醤油と二種類作ったけど皆の好みどっちなのかな、と減るペースを見ながら脳内メモに書きとっていく。人数が増えるとさすがにそれぞれの好みに合わせて~なんてことはできないけど、まぁこの程度の人数なら合わせられるし。
 好き嫌いも把握しとかないとな・・・無理に食べろとは言わないけど、なんでも食べられるに越した事はないしなぁ。そういえばアレルギーとかはないのだろうか。今の所自己申告はないからひとまず大丈夫なのかな?こういうのも書き残していずれ来るだろう料理番の人に渡せるようにしとかないとなぁ。つらつらと考えながら、やんややんやと盛り上がる兄さん達に、にっこりと笑みを浮かべた。





 さて。イオちゃん歓迎パーティも当の本人が眠気に負けてあえなく退場となり程よい所でお開きとなった深夜の時間帯。思えばグランサイファーの乗組員は成人済みの大人に対して未成年の人数の方が多いという現状。ラカムさんやカタリナさんにしてみれば物足りないぐらいのものではあっただろうが、そこはそれとして眠気マックスなルリアちゃんとイオちゃんを連れて部屋に引き上げたカタリナさんにあわせて、ラカムさんも次の島への針路の最終確認ということでほろ酔い気分で部屋に戻り、兄さんもすっかり寝ちゃったビィを連れて引き上げる。
 さきほどまでの賑やかさはどうしたと思うほど静かになった食堂にぽつんと残された私はというと、残されたパーティ後の片づけを済ませている真っ最中だ。
 勿論ラカムさんも兄さんも手伝おうか?と言ってはくれたがまぁこれぐらいなら問題ないし、それにちょっとやることもあるので手伝いは遠慮しておいた。
 皆が食べ散らかしたものを片付け、テーブルを拭いて床掃除を簡単に済ませる。流し台にこんもりと盛られた皿やコップ、残飯を仕分けて洗い、片づけて、・・・実は取り分けておいたパーティ料理を温め直してお皿に綺麗に盛り付け直す。それをテーブルに並べ、ワインセラーから取り出したポート・ブリーズのワインと、冷蔵庫でキンキンに冷やしたバルツの地ビールを取り出してどん、とテーブルに置いた。
 見渡せばちょっと規模の小さいパーティ開催前、といった感じで、別に作っておいたミニ寿司ケーキが本物のケーキのように燦然をランプの明かりを跳ね返していた。
 ちなみにこれは切り分け用ではなくココット皿を使った1人分の寿司ケーキである。なんかちょっとしたティーパーティのようだが、食事のお供はお茶ではなくお酒。私はお茶だけどね!と、そこまで準備を整えたところで、ふぅ、と窓も開けていないのに風が通り過ぎた。グランサイファーは空を飛んでいるので、停泊でもしていない限り早々窓をあけることはない。開けた瞬間中が悲惨なことになるからだ。さておき、その頬を撫でた風に顔をあげれば、にっこにこ笑顔ですでに席に着くティアマトお姉さまと・・・・テーブルの端にちょっこり両足を投げ出して座るなんかちっさいコロコロしたものがいた。テディベアのようなフォルムながら、ギラギラとランプの明かりを跳ね返す黒光りがなんともいえない。

「・・・?・・・!?」

 思わず2度見してしまったが、ティアマトと一緒にワイングラスとビールジョッキを構えたその姿にえぇ・・・?と私は困惑したままとりあえずビールとワインを注ぐ。
 嬉しそうにビールジョッキをイエーイ!とばかりに掲げ、ティアマトも嬉しそうに注がれたワインをグラス越しに見つめてうっとりと口元を緩めている。そのワインお気に入りだもんねぇ、ティアマト・・・じゃなくて。

「・・・コロッサス?」
ガション

 小さく名前を呼ぶと、なんだ?とばかりに顔がこちらを向く。ドラフ族を模したのか鋭利な角のついた兜と肩の角の先が凶悪さにきらりと反射して光るが、スケールが大分小さくなっているせいでぬいぐるみ感が半端ない。あの地下でみたおどろおどろしささえ感じたメタリックボディが、デフォルメされたぬいぐるみのような手足で、自分の胴体と同じぐらいはありそうなジョッキを片手で持つ姿は非常にシュールである。そこはジョッキじゃなくて紅茶のカップとかの方が良いのでは・・・?いやいや、これは予想外だぞ?

「随分かわい、・・・小さい姿を選んだね?」

 ポカンとしつつ椅子を引いて自分も座り、恐る恐るコロッサスの頭部に手を伸ばしつんつん、と突くように角の先に触れる。硬い。完全に金属だ。ブリキの人形か何かかこれは。問いかけに、コロッサスは首を傾げ、ガション、と再びロボットめいた音をたててティアマトを見上げる。ティアマトは唇に人差し指を添え、そりゃあ、とばかりに口を開いた。曰く、このナリだと仮に人型サイズでも圧迫感が凄いでしょう?と。なるほど納得。
 確かに、コロッサスの体格を考えると仮に人型サイズを基準にしても大分、そう大分部屋と視界を圧迫することになるだろう。威圧感増し増しのロボットと対面している自分を想像し、そりゃちょっと寛ぎにくいなぁ、と頷いた。
 しかしそんなことを2人で相談したのかなぁと思うと存外仲良くやっていけそうなんだな、とちょっと胸を撫で下ろした。彼らが普段どこにどう意識を落としこんでいるかは詳しくは知らないが、ルリアちゃんの中、あるいはあの宝石の中を拠点としているのなら存外星晶獣同士でコミュニケーションを取っているのかもしれない。その場合合わない相手がいたら大変だな、と思うが・・・個人のプライベートスペースはあるのかな?まぁ属性で言うと風と火だし、相性は悪くないもんなぁ、この2人。

「んん。じゃぁとりあえず、私とティアマトだけで申し訳ないけど、コロッサスも無事この団の一員になったということで・・・カンパーイ」

 つまり、そういうことである。仲間になったのは何もイオちゃんだけではない。コロッサスとて本体はああなりはしたが、その中身、力、というものか。それはルリアちゃんの中に吸収され、共に来る運びとなったのだ。コロッサスは変わらずに生きている。今度は、憎しみや悲しみといった情動に苛まれることなく、ただ一つ、イオちゃんと同じように誰かの笑顔のために力を振るうことが出来るだろう。まぁ振るわないに越したことは無いが、意にそぐわぬ使い方をされるよりはマシだと思いたい。
 基本的にルリアちゃんの意思なく星晶獣が外に出てくることはあまりないようだが、出てこれないわけでもないらしく、かといって大っぴらに姿を現す気もサラサラないようで、結局イオちゃんと一緒に歓迎会、とはできずにこうしてひっそりこっそりと歓迎会を開くことになったわけだ。
 夜も更けているし少し声は控えめに、けれど歓迎の意を籠めてグラスを合わせる。カチン、と軽やかな音が聞こえると、コロッサスは見た目にそぐわぬ、いやある意味見た目通り、しかし今はマスコット感が、まぁとりあえずミニマムサイズのコロッサスはその姿でぐびっぐびっとビールを煽り一気に空にする。ぷはぁ!とばかりにどん、とジョッキをテーブルに置く姿は可愛らしい外見に反し実に雄々しく男らしかった。まるで一仕事終えた職人が晩酌に心の安息を得たかのようなおっさんらしさが垣間見える。見た目ミニマムころころコロッサスの癖に。
 そのコロッサスの口元には・・・口・・・口元・・・?・・・ていうか飲み食いができるのか・・・いや今更・・・?星晶獣のミステリー・・・とりあえず、口元にビール泡の髭ができているのをティアマトがくすくすと笑い、自分は優雅にワインを傾けて芋餅に手を伸ばした。から揚げじゃなくてそっちかーい、と思いつつもちもちのそれを口にぱくっと含んで頬をぽっこりと膨らませる。片手で膨らんだ頬を抑え、目尻を仄かに赤くして幸せそうに頬張られると何も言えないな・・・。ワインとチーズは合うよね・・・。
 そしてコロッサスも俺は肉を食う!とばかりにから揚げとオートミールにがっつき始め、小さな体にみるみる内に吸い込まれている料理の数々にそっと野菜を差し出した。
 肉ばっかりじゃなくて野菜も食え!口の中サッパリして次の味も楽しめるから!!
 料理をばくばくと食べ始めるコロッサスと、お酒を飲んで気分がいいのかパカパカとワインを煽るティアマトを眺めつつ、私もお腹にもたれない程度に抓んで時々開いたジョッキとグラスにワインを注いだ。
 楽しそうにビール瓶を開け、食事に舌鼓を打つ姿はあの荒々しい姿とはかけ離れて和やかだ。ティアマトと時折言葉を交わすように見つめ合い、ころころとした笑い声が鈴の音のように響き渡る。ふぅわりとそよぐ風がほどよく火照る肌を冷まし、かと思えば興奮したかのような熱気は冷えた肌を撫でる。風と火の大星晶獣は仲良しだ。
 その姿を眺め、目を細め、くすり、と笑みの形に目元を動かす。三日月にしなった唇で、温かいお茶を一口啜った。

「よかったねぇ、コロッサス」

 ぽつりと呟いた声は、僅かにカップの中身を揺らす程度の声量であったはずなのに、ぐりん、とコロッサスがこちらを振り向いてぎくりと肩を揺らした。
 軽く目を見張ると、手に持っていたジョッキを降ろし、コロッサスがガシャコン、ガシャコン、と音をたててテーブルの上を縦断する。目の前まで来た彼を見下ろすと、コロッサスは両手をばたばたと動かし・・・カップを包む片手を取って、とぎゅっと握りしめてきた。うん?

「なぁに?」

 問いかけると、手を握ったままコロッサスはじっとしていて、私を食い入るように見上げてくる。それから、掲げ持つように手の甲に額を寄せて、ぴたりと添えた。触れあった場所から、ほんのりと熱が伝わってくる。・・・あぁ。

「そっか。そっかぁ・・・じゃぁこれからは、色んな空を見られるね」

 狭く暗い、怨讐の地底ではなく。広く開けた、自由の空へ。
 握られていた手をそっと外し、指の背でコロッサスのメタリックな外装を撫でるように動かして、にっこりと笑った。
 囚われた想いは解放されて、繋がれた鎖は跡形もない。長い間太陽の光を見ることもなくいたのなら、今度はうんざりするぐらいその光を浴びていればいい。
 それが嬉しいと、それが次の夢なのだと、そう言うのならば、きっと夢は叶うだろう。兄さん達が旅を続ける限り、あの心根が真っ直ぐに、変わらずにいる限り。

「兄さん達をよろしくね、コロッサス」
ガシャコン

 任されよ、とばかりにどん、と胸を叩いた勇ましい姿に、ただしかしぬいぐるみ感は否めないので、頼もしいというより微笑ましいとしか見えないのだが・・・まぁ、実物はあれだしな、と巨大ロボットの姿を思い出して、そっと胸に仕舞い込んだ。
 こうやって、私のひっそりとした夜会は過ぎ去っていくのである。・・・ていうかこの調子で星晶獣が増えたとして、私の夜の負担でかくない?と思ったが、そこまでハイペースで仲間にはならないと思いたい。うん。大丈夫、だよね・・・?