蒼天の花



 なんか、リゾート地を飛行機から眺めているみたい。
 はしゃぐルリアちゃん達の声をBGMに、見えてきた新たな列島の姿に己の記憶と照らし合わせてそんな感想を抱く。まぁ私のリゾートの記憶など某アイドル学校での合宿程度で、しかも最終的に飛行機から落とされたからな。いくらなんでも鬼畜の所業すぎる、と嘆く暇もない恐ろしいスカイダイビング(強制)だった。運が悪かったとも言えるのだが、あれ本当に運の問題だったのかな?あの学園長が故意的にやらかしていたとしても疑わないが、もう終わった事なのでそっと記憶に蓋をして、改めてその島を見下ろした。
 コロッサスが・・・星晶獣が落とす空図という不思議な地図により示されたその島の名前は、アウギュステ列島。島の大半を青い水面が覆い尽くす、バルツ公国があったフレイメル島とは真逆の姿を見せる列島だ。フレイメル島が火山を内包する火の島だとするならば、こちらはさながら海を湛えた水の島、といったところか。
 遠くには白い滝のようなものも見えるのだが、この距離と高さからみてもそれなりにはっきりと視認できるということはあの滝、実はとんでもなくでかいな?エンジェルフォール、とまではいかずとも・・・恐ろしい迫力の瀑布であることは間違いないだろう。
 太陽の光りを反射し、時に白くキラキラと輝く空とは違う青い地上は、どことなく懐かしさを私に思い出させた。海みたい、と思うけれど、どっちかというと私の認識というか常識ではこれは湖だよなぁ、と・・・日本でいうなら琵琶湖的な?外国に行けばもっとどでかい海じゃないの!?みたいな湖もあるのでどっちかというとそちらの方が近いのだろうけれど、簡単に言えばアウギュステの印象はそんな感じだ。
 なにせ私の中では地球が基準である。地球は地続きで海も全てが繋がっていた。こんな隔絶された島で、範囲が決められた水たまりは海というよりは湖のよう、と思ってしまうのも仕方がないのではないだろうか?まぁ島の大半が水なので、島に降りてしまえば海も湖もさして変わりはないのだろうが。というかあれ塩水なのかなぁ?淡水とかじゃないのかなぁ?どうなんだろう、と思っていると、グランサイファーは見る見るうちに列島に、というよりも水面に近づき、ばしゃぁ、とある程度の水飛沫と振動を与えて、けれどきっとどんな艇よりも丁寧に、静かに着水をした。揺れたときにはさすがに全員近くの柱や欄干に掴まるなりして体を支え、スイーと艇が水面を走り揺れが安定してくると、そろそろと柱から体を離して、走って欄干まで近づいた。

「うわっすごい。全部水だよっ」
「騎空艇って、水にも浮くんですね!」
「ふわぁ、キラキラしてる・・・!きれい・・・」
「こんなでっかい水溜まり、オイラ初めて見たぜ!」

 揃って近づいた水面を覗き込むように欄干から身を乗り出し、太陽を反射してキラキラ輝く水面に負けないぐらい輝いた目で初めてみる光景に感動の声を零す。
 まぁビィの水溜まり発言は情緒というには欠けているが、私も水溜りと表現したのでお相子か。いやでも、空からみたら水溜りだよねぇ、これ。そういえば騎空艇って水陸、いや水空?両用だったのか。水に長時間浸けていても船底は大丈夫なのだろうか・・・ラカムさんに聞くべき?そう思いつつ、身を乗り出しすぎて両足を浮かせるイオちゃんとルリアちゃんの背後から近寄り、ぽん、とその頭に手を置いた。

「こーら。2人とも。そんなに身を乗り出したら落ちちゃうよ?また揺れるかもしれないから、ちょっと落ち着こうね」
「はぁい」
「わかりました!」
「あれ?僕には何も言ってくれないの?」
「うん?まぁ落ちてもなんとかなるでしょ、兄さんなら」
「えぇ・・・それ喜んでもいいの・・・?」

 知らないけど、少なくとも全く泳いだこともなさそうな若い少女よりも村でいくらかそういう経験がある兄さんと比べるなら優先度は断然こちらに傾くというものだ。
 あぁでも島の川やら池とは違って深さも定かではないこんな場所に落ちたら兄さんもパニックになって溺れるかもしれないな・・・とりあえず皆には海、海・・・まぁ海としよう。海の話をして注意を促しておくべきか。田舎の島々にある湖とか池と同レベルで考えて行動されたら遭難者が出るかもしれない。とりあえず広さの規模が半端ないものねぇ。

「おっ。あの辺なら接岸できそうだな」

 接岸できる場所を求めて水面を進んでいく内に、ラカムさんがその場所を見つけたのか艇の舵を切る。ごうん、と振動と共に緩やかに船首を曲げていく艇に揺られながら、ごつごつとした岩場が見え始めた島の沿岸をぐるりと回っていく。岩場は高く切り立ったまるで崖のような場所から、徐々に背を低くしていっているようで、ラカムさんは目指しているのはその低い穏やかな波打ち際なのだろう。逆に崖のように切り立った場所は白く渦を巻いているような場所もあるから、恐らく見えない部分で複雑に岩礁が並び立っているのではないだろうか。大きな船では中々近づけない場所なんだろうなぁ。小舟でも危険かもしれないが、ふと打ち寄せる白波の間から、ぽっかりと口を開ける洞窟のようなものもちらりと見えたので、存外観光地として活用されてるかもな、と流れていく光景を目の端で追いかける。ああいうところを小舟で冒険しよう系のレジャーってあるよねぇ。
 そうしている内に岩場に接岸させたラカムさんが碇を海に沈める間に、全員に荷物を持って下船することを促し、アウギュステの海岸に降り立った。
 ごつごつとした岩礁の上は、乾いている部分もあるが濡れてぬるつく場所もあり、中々に歩きにくい。周りも歩き慣れない場所だから、いつもよりも慎重に足を運んでいるようだ。
 時折岩と岩が離れた場所もあり、そこは飛び越えるか、危なそうなら下に降りて足場をみつけながら、といった具合に進んでいる。私も歩きなれないながらも全くの未経験、というわけでもないのでひょいひょいと足を進め、岩と岩の間を飛び越えようとしているイオちゃんに手を差し伸ばして支えながら平面になっているだろう場所を目指した。ルリアちゃんはカタリナさんが上手いことフォローしているので、とりあえず大丈夫だろう。そうしていくらか進むと、岩礁の上ながらやや開けた場所に出て、改めて立ち止まって水平線を見つめる。見つめる水平線は僅かに弧を描くこともなく真っ直ぐで、なるほど島の上、と思わず1人で納得した。
 私が立ち止まると、何故か兄さん達も立ち止まって同じように水平線を眺めた。その瞬間、息を呑むような微かな吐息が聞こえ、振り返ればグラン兄さんがそのヘーゼルの瞳をきらりきらりと瞬かせて真っ直ぐに先を見つめていた。

「すごい、空と海しかない・・・」
「他の島の影も見えませんね」
「ねぇねぇあれなんで真っ直ぐなの?線みたいなのが見えるんだけど!!」
「ありゃ水平線だな」
「水平線?」

 なにそれ!?とはしゃぐ声とは裏腹に、兄さんは魅入られたように水平線から視線を外さなかった。青と蒼。2つの同じでありながら異なる色が向かい合わせになっているその光景が、兄さんの心を鷲掴みにして放さないのだろうか。同じように、ルリアちゃんもじっと海を見つめていたが、そこは水平線を捉えるよりも、海そのものを見つめるようにきゅっと胸元を握りしめていた。
 似ているようで違う2人の様子に首を傾げつつ、私は少し離れて岩場の端により、寄せては返す波の動きに顎に手を添えた。ふむ・・・?波ができるには確か風の力がいるはずだが、海の場合はそこに自転やら公転やら他の惑星の引力やらが関係してどうのこうの、とかあったはず。だから潮の満ち引きってのがあるわけだがまぁ他の惑星の引力に関しては月も星も太陽もあるので解決するとして、自転に関しては浮島に関係あるの・・・?島だからこれ回転はしてないよね・・・?いやでも、こう、見えないけど地上というものがあって、地上は自転しているとしたら、この浮島も惑星の1つとして考えて同じように回転しているということ・・・?ということは地上から見ると実はこの空に浮かんでる島というのは星々と同じということなのか?いや宇宙から見れば確かに同じだな?うん?そうなると島から島への渡航は惑星間の移動ということ?

「あ、ダメだわけわかんなくなってきた」

 天文学難しい。そもそも基準の星をどこに置けばいいのかわからないんだよね・・。この下に地上があるのかも定かではないわけだし・・・。ていうかこれは天文学なのか?よくわからないけど自分の手には余る領域であることだけは察せられて、匙を投げるように思考を放棄した。ファンタジーだ、地球と同じ考えをすることは実にナンセンスである。

!この水しょっぺぇぞ!!」
「うん?あぁ、海水だからね。・・・そうか、海水なのか・・・」
「海水?」
「海の水は普通の池や湖と違って塩分濃度が高いからしょっぱいの。だから住んでる魚なんかも今までビィが見たこともないのが多いんじゃないかな?」
「へぇ、そうなのか。でもなんで海は塩水なんだよ?」
「さすがにそこまではわからないよ」

 というか海はなぜしょっぱいのかなんてちゃんと調べたことない・・・仮に調べてても雑学みたいなものだから記憶から消えてる可能性が高い。ていうかその知識がここでも通用するのか微妙なところなので、結論としてはわからないことは現地で調べましょうって感じだ。

「にしても日差しが強いね。夏って感じだわ」
「バルツ公国とはまた違った暑さだよなぁ、ここ」

 じりじりと肌を焼くような上から降り注ぐ太陽の日差しに汗をじんわりと掻きながら、引いては寄せてくる波に指先を浸してその冷たさを堪能する。うぅん・・・それにしてもこの海、なんか引っかかるというか、こう、全体的にぼやけてるというか・・・ポート・ブリーズに似ているような気が・・・。海を間近で感じる度に、肌の上を紙1枚分ほど隙間をあけてさわさわと撫でられてるような奇妙な感覚が全身を襲い、チリチリと産毛が逆立つ。特に、こうして海水に指をつけていると、そこからより強く感じ取れるような、かといって不快な感覚というわけでもなく、そう、本当に、ポート・ブリーズの風に感じたような感覚に似通っていて。つまりそういうことか、とぱしゃ、と水飛沫を立てて立ち上がった。

「ルリア?さっきからぼぅっとしているようだが、どうかしたのか?」
「そういえば、アウギュステに着いてからなんだか様子が変だね。どこか調子でも・・・」
「あ、大丈夫ですよ、グラン。ただ、その・・・えっとね」

 そんな話し声が聞こえて、足元で波と戯れるビィがうっかり波に足を取られてこけかけたのをひょいっと抱き抱えてから後ろを振り返る。視線の先で、ルリアちゃんは少し茫洋とした目線で、海の方を見つめてそっと胸元の宝石を指先で撫であげた。

「ずっと星晶獣の気配はするんだけど、それがなんだかぼんやりとしてはっきりしないんです」
「星晶獣?ってもこの辺にゃ何もみえねぇけど・・・」

 ルリアちゃんに言われてきょろきょろと周囲を見渡したビィに下から見上げられて、私はそうだねぇ、と首を傾げた。

「ポート・ブリーズと似たような星晶獣なのかもね」
「どういうこった?」
「何々?星晶獣が近くにいるの?」

 少し離れたところではしゃいでいたイオちゃんとラカムさんが寄ってきて首を傾げるので、正しいかは知らないが、と一言前置きをして口を開く。

「ティアマトもポート・ブリーズの守り神としてあの群島を守護していたでしょ。それと同じように、このアウギュステの星晶獣も列島全体を守っているのかもしれないよ」
「そうか!島全体に星晶獣の力が働いているなら、ルリアが正確に感じ取れないのもそのせいかもしれないね」
「確かに・・・ザカ大公から託された空図の欠片。これがこのアウギュステを指し示したのであれば、この地にも星晶獣がいると考えるのが妥当だな」

 そしてこの水源豊かな島ということは、属性的に水属性なんだろうなぁ、と口にはしないけどおおよそ予測を立てる。風、火、ときたら次は土か水だろうし。
 わかりやすぅい、と思いながらどうせそいつともバトるんでしょ、とぎゅっとビィを抱く手に力をこめた。相手が水属性ということはフィールドは海かなぁ。どうやって足場を確保したらいいかな・・・。できれば浜辺辺りに出没して欲しいところだが、海のど真ん中だと船を調達しなければならない。あ、でもそれはグランサイファーがあるから大丈夫なのか。いや、でももしかしたらどこぞの洞窟とか海底神殿とかいうギミック満載のダンジョンの先という可能性も・・・。
 私がこの先に起こり得るだろう事件への傾向と対策を考えていると、ちょっと待て!と鋭いラカムさんの注意の声が飛んできた。え?なに?反射的に考え込んで俯いていた顔をあげると、イオちゃんを背後に庇いつつ、ラカムさんが眉間に皺を寄せて厳しい目つきで上を睨みつけた。

「誰だ?!」

 厳しい誰何の声と共に、聳え立つ岩礁の上に、いつの間にか逆光を背負った影が複数現れた。

「ちっ。囲まれたか」
「ラ、ラカム・・・」

 舌打ちが聞こえ、強張った様子でイオちゃんがラカムさんの背中にそっと身を摺り寄せる。ラカムさんの言葉通り、逆光を背負っていささか確認し辛いが、どうやら武器を持ったお世辞にも友好的とは言い難い雰囲気の人達に、私達は取り囲まれてしまったらしい。艇から降りて早々過ぎるエンカウントに咄嗟に天を仰ぎたくなるものの、迂闊に動くと危なそうなのでぐっと堪えてビィを抱く手に力を籠める。威嚇するように武器をちらつかせる男達を伺うようにじっと見据えると、おや?と僅かに眉を動かした。
 こちらを見る男達の目は獲物を見つけた荒くれもの、というよりは、まるで縄張りに入ったよそ者を警戒するような剣呑な視線だ。ラカムさんの背中に庇われて顔を強張らせてるイオちゃんの更に後ろにさりげなく移動しつつ、状況的に海賊か何かだろうか、とじろじろと観察する。しかし、襲い掛かってくるでもなく、まるで誰かの指示を待つかのように私達の周囲を固め、こちらの動きを注意深くみてくるところは、ただの海賊とも荒くれ者とも言えない統率性を見せていた。こういう場合、セオリーだと向こうからべらべらと喋って適当に襲い掛かってきそうなものだが・・・金銭目的ではないのだろうか?

「ラカム、、イオ!」
「っ何者だ、貴様ら!」

 グラン兄さんとカタリナさんが駆け寄り、腰に履いた剣を抜き放ち突きつけると、より一層ピリッと空気が張りつめた。一触即発、とでもいうべきか。お互い睨み合って様子を伺う中、その緊迫した空気を壊すように、低い渋い声が頭上の男たちの後方から聞こえてきた。

「おうおう威勢の良いこったな。だが、悪ぃな。今この島は物騒でなぁ、侵入者は見過ごせねぇんだ・・・って、ん?」

 そういって、男達を掻き分けて1人の壮年の男性が姿を現した。その瞬間、ラカムさんの空気が変わった。くわっと目を見開き、口が薄く半開きになる。その姿は意外なものを見た、とでもいうように驚いた様子で、同時に、恐らくはこの男共のリーダー的存在であろう男もまた、岩場から身を乗り出して私達を見下ろした瞬間、ポカンと目を丸くした。

「おいおい、冗談だろ。こんなところで何やってんだ、お前」
「そいつぁこっちの台詞だぜ。あんたこそなにやってんだよ、オイゲンのおっさんよぉ!」

 ・・・・・・・お知り合いですか?出会い頭、予想だにしない気安い応酬に膨らんだ風船からぷしゅう、と空気が抜けるような気の抜けた感覚を味わいつつ、ぎょっと目を丸くしてラカムさんから離れたイオちゃんをさりげなく兄さん達の方に押しやった。
 無論、その肩すかしを喰らったような感覚は向こうも同じだったのだろう。最初に私達を囲んでいた男たちも、自分達の仲間が見知らぬ男相手に和気藹々と話しはじめるので、戸惑うように武器を降ろして視線を泳がせていた。

「た、隊長。こいつらは・・?」
「あぁ。古い知り合いだ。悪いなお前ら。ここはもういいぞ」

 そういって、隊長・・・やっぱりリーダー格か、と思いつつ隊長と呼ばれた男性が身軽に岩場を飛び降りて目の前に降り立った。逆光から解放され、影ではなくはっきりと見えた姿は一言で言えば筋骨隆々としたちょい悪親父。年の頃は40~50程度だろうか。豊かな茶髪と口元の髭に、お洒落なのか実際に左目に問題があるのかわからないが黒い眼帯がどことなく威圧感を感じさせる。年から考えると随分、いやむしろ兄さんやラカムさん以上に鍛えられた体格は、惚れ惚れするほど素晴らしい代物だ。首筋は太く、担ぎあげた銃を支える肩から二の腕にかけて盛り上がる隆々とした筋肉は見ればわかる。必要に応じてつけられた筋肉そのものだ。上半身にぴったりと密着する衣服の上から、薄らと割れた腹筋の見事な形もわかるほどで、これはあれかな?俺の筋肉見てくれよ的なあれかな?見るけども!!うむ。素晴らしく筋肉質な体である。あの年代でこれほどの肉体を維持するとは、この男性、今なお現役といえるのではないだろうか。
 そう1人男性の体、・・・いや決して体が目的とかじゃなくて、人となりの観察にはね?見た目もね?必要じゃない?男性の観察をしている間に、ラカムさんと男性・・・オイゲンさん、とやらは向き合って談笑を始めていた。

「ポート・ブリーズ以来じゃねぇか・・・ラカムよ。グランサイファーはどうなったんだ?ちゃんと飛んだのか?」

 にぃ、と口角を持ち上げ、ラカムさんを見るオイゲンさんの眼差しは旧知の友を見る、というよりは大きくなった子供を改めて見るような慈愛含みの悪戯な眼差しだった。その柔らかな視線にいささかの気恥ずかしさを覚えたのか、僅かに目尻を染めて視線を逸らしたラカムさんは照れ隠しのように鼻の下を擦ると、ちらり、と私達を見る。
 知り合いらしい2人の会話に割って入ることもできず、ともかく話が一段落するまで様子見、とばかりに突っ立っていたグラン兄さんが、その視線を受けてぱちり、と瞬きをする。ラカムさんはそんな兄さんと、兄さんに寄り添うルリアちゃん達を見てくすり、と笑みを零して、晴れやかに顔をあげた。

「あぁ。良い風を見つけたからな」
「――そうか。そいつぁよかったな」

 ひどく自慢気に胸を張ったラカムさんに、オイゲンさんが僅かに目を見張り、すぐに笑みを浮かべる。穏やかな笑顔は子供の成長を喜ぶようにも見えて、2人はいい関係を築いていたんだろうなぁ、と思いつつも、いい加減こちらに紹介はして貰えないものか、と頬を掻いた。

「なぁおいラカムよぉ。このおっさんと知り合いなのかぁ?」
「ちょっと、ビィ」

 しかし、人が空気を読んで沈黙しているところに偶に空気を度外視するビィの遠慮のない切り口がズバッと2人の間に入り、慌ててビィの口を掌で覆うものの間に合わず2人の視線がこちらに向いた。
 きょとん、としたオイゲンさんの視線がちょっと居た堪れない。片目だけの視線に思わず愛想笑いを浮かべると、ラカムさんがそうだったそうだった、とカラリと笑った。

「オイゲン、こいつらが今の俺の仲間だ。グラン、このおっさんはオイゲンつって・・まぁ、昔世話になったことがあるんだよ」
「そうなんだ。初めまして、オイゲンさん。僕はグランといいます。それでこっちが」
「妹のです」
「ルリアです」
「イオよ」
「カタリナです。ラカムの知り合いとこのような所で出会うとは・・・思いがけないこともあるものだな」

 順番に自己紹介をする中、最後にカタリナさんが名乗った瞬間、オイゲンさんの目がきらり、と光った。値踏みするようにじろじろとカタリナさんを見渡して、顎髭を撫でるように指を滑らせると、にやり、と口角が歪む。

「ほぉ。こいつぁ美人な姉ちゃんもいるじゃねぇか。なんだ、ついに嫁さんを貰ったのか?」
「嫁ぇ?」
「なぁっ?!ち、違う!!断じて違うぞっ」

 にやにやといやらしく笑うオイゲンさんに、ラカムさんは呆れたように目を半眼にしたものの、カタリナさんは顔を真っ赤にして泡を食ったように声を荒げた。
 その焦り方がまた妙な勘ぐりをされる一因だと思うのだが、カタリナさんの場合初心というかこういう類の絡みに慣れてなさそうだからこその反応っぽいんだよねぇ。そこはさらっと流しておけばいいのに、と思いつつ違う違う、と必死に否定するカタリナさんの横でイオちゃんがハッと鼻で笑い飛ばした。

「カタリナがラカムのお嫁さんだなんて、勿体なさすぎるわよ。ねぇ?
「そうだねぇ。というかラカムさんには故郷にいい感じの人置いてきてるから、カタリナさんとはどうこうなることはないと思うけどねぇ」
「なに?その話詳しく聞かせろ、嬢ちゃん!」
?!何言ってんだお前!!」
「なにそれっ?ラカムの癖にそんな人がいるの!?」
「癖にってなんだよ、ガキンチョ!」
「なぁ!ガキンチョとは何よぉっ」
「はわわ、皆さん落ち着いてください~~っ」

 一気に騒々しく、というよりも収拾がつかなくなってきた中で、ルリアちゃんがあわあわと口喧嘩を始めたイオちゃんとラカムさんの間を取り持とうと必死に右往左往している。兄さんも一緒になって落ち着かせようとしている中で、私とラカムは決してそんな仲では、と未だもごもごしているカタリナさんは1つ別の世界に飛んでいた。
 私はそんな正しくカオス、と呼ぶに相応しい状況を、自分で招いておきながら意図も容易く部外者枠に落ち着いてふふ、と笑みを零す。

「これ何時頃落ち着くと思う?ビィ」
「オイラには解らねェけど、平然と他人事にしてるが偶にすげぇって思うぜ」

 ふふ。ありがとう。多分褒めてないって言われるだろうけど、とりあえず褒め言葉として受け取っておくよ。そもそもあっちが勝手に火種を別の所に飛ばして炎上させてるだけだから、私あんまり関係ない気もするし。あぁ・・・アウギュステの海が眩しいなぁ。


 ちなみに、騒動が鎮火したのはそれから約30分は経ってからのことだった。皆、元気だよねぇ。