蒼天の花
「なるほどなぁ。お前らも随分と大変だったみたいだな」
収拾がつくのだろうかと思われた騒動から一転して、オイゲンさんに案内された大きな天幕でラカムさんの近況報告に、オイゲンさんのしみじみとした頷きが返された。
大変、大変か・・・そうだね。一言で言えば大変だった、としか言いようがないのだが、当事者からしてみるとそんな一言で片づけていいのかと思うような事件ばかりだったと思わないでもない。オイゲンさんの好意で淹れて貰ったお茶の入った銅製のマグを両手で持ちながら、雑談に興じる彼らを尻目にぐるりと天幕の中を見渡した。
天幕といっても、普通のキャンプ地に備えるようなテントとは一線を隔し、支柱も床板も備えた半分家屋といっても差支えのない小屋である。というか、小屋と天幕を半々にしたような家、といったところか。寝るところなどは壁や屋根がしっかりしたところで、それ以外の・・恐らく簡易的に集まるところやバーベキューなど、そういった活動をするには天幕部分を活用する、といったところか。
古の記憶からグランピング、という言葉を引っ張り出しつつ、壁にかかった銃や足元に一見乱雑に置かれた貨物に目を細める。ここがオイゲンさんの家だと仮定して、しかし中の備えがいささか不穏じゃないか?木箱の中から見える恐らく銃弾の予備や手榴弾といった物騒な武器がちらほら見える中、アウギュステってそんなに物騒な土地柄なの?と思わず疑問符を浮かべる。・・・通りがかりの浜辺を見た限りでは、普通のリゾートっぽかったんだけど。ロッジとかあったし。まぁ、人気はなかったけど・・・。
「なんだ?嬢ちゃん。中が気になるのか?」
「えっ・・・あー・・いやー」
まぁどうせ星晶獣と戦う羽目になるんだろうから、多少物騒でも問題は・・・いやあるよ。せめて道中だけでも安全地帯にいたい、と思いつつむっつりと黙り込んでいると、どうやら私が話に集中していないことは見抜かれていたらしい。
オイゲンさんのからかい混じりの問いかけにぎくり、と肩を揺らして、気まり悪げに言葉を濁した。
「どうかしたのかよ?」
「んー・・・」
ビィがパタパタと羽を動かして近づいてくるので、マグに口をつけながら視線を泳がせる。いや、別に、そんな注目されるほどのことではないんだが。
「・・・傭兵稼業をされているとは聞きましたが、それにしても、随分と備えが多いな、と思いまして」
職業が職業なので多少の武器もその予備もあるのはわかるのだが、それにしても置き方が雑だし何より量が多い。ここは家というよりも保管庫か?という有様なので、まるで前線基地のようだ、と思わざるを得ない。
言われて、そういえば、と兄さんが中を見渡して眉を潜めた。兄も、家というよりもまるで基地のようだと思ったのかもしれない。イオちゃんがすぐ近くにある手榴弾の入った木箱にうへ、と顔を顰めたのを視界に収めつつ、オイゲンさんを見るとほー、と感心したようにお酒の入ったボトルからカップに中身を移していた。
「中々目の付け所がいいな、嬢ちゃん」
「おい、どういうことだよオイゲンのおっさん」
「簡単な話だ。今このアウギュステは戦争中なんだよ――彼の大帝国、エルステとな」
その名前が出た瞬間、誰もが息を詰めた。ひゅっと器官が狭まる音が聞こえ、ルリアちゃんの目が大きく見開かれる。カタリナさんが僅かに動揺したように椅子から腰を浮かしたが、すぐに思い直したように腰を下ろして、険しい顔つきで口元に指を添えた。
「なるほど、だからあの時私達に対してあれほど警戒していたのか・・・」
「今じゃアウギュステのアチコチで帝国といざこざが繰り返されてる。おかげで騎空艇の修理から魔物の討伐と大忙しだ」
「でもよぉおっさん。ここらは随分と平和そうに見えるぜ?」
「確かにそうよね。帝国の影も魔物の気配もないわ」
穏やかな波と静かな砂浜があるばかりで、確かに戦争中と言われてもピンとはこないかもしれない。ここに来るまでの様子を思い返すようにイオちゃんが呟くので、同意するように頷くとオイゲンさんはそりゃそうだ、とカカと笑った。
「こんなオレみてぇな老いぼれが前線に居るわきゃねぇだろうが。オレ達みたいなのは主力部隊に代わって沿岸を魔物やらなんやかやと守ることよ」
「老いぼれ・・・?」
いや十分現役で通じそうな風体ですが?気楽なもんだぜ、と笑い飛ばすオイゲンさんに小さな疑問符を飛ばすものの、この呟きは拾われなかったらしい。グラン兄さんのなるほど、という頷きにいや絶対この人強いよ、と思いながらそれらを飲み込むようにお茶を口に含んだ。ぐびり、と飲み干すと、カタリナさんが難しい顔で溜息を零す。
「しかし・・・やはりファータ・グランデ空域ではどこに行こうとも帝国の影があるか・・・」
「やっぱりあの黒騎士が何かしようとしてるってことかな」
考え込むカタリナさんに、イオちゃんが不安気に漏らす。まぁ、帝国が星晶のどうのこうのと言っている限り、この空域、果ては別の空域に行こうとも追いかけられる可能性は高いわけだが・・・ルリアちゃんのストレスが心配だ。そう思ってちらり、とルリアちゃんに目を向ける刹那、不意にオイゲンさんの顔が先ほどまでの朗らかさとは離れた暗い顔をしているのが目に入り、思わず視線をピタリと止める。しかし、すぐに彼はその表情を消すと、それはそれとして、と今度はこちらに疑問を投げかけた。
「お前らはなんでアウギュステに来たんだ?さっきも言った通り、今ここは帝国と戦争中だ。バカンスに来るにはちぃと時期が悪ぃな」
つまり普通に航海していればおのずと入ってくるだろう情報を得ずにわざわざなんでこんなところにきたのか、ということか。そういえば話している間はラカムさんのことが中心で、あまり詳しくは語ってなかったか。問いかけに兄さんと顔を見合わせると、こくりと頷いて兄さんは懐からころりと2つのガラス細工のような結晶を取り出してテーブルに置いた。その結晶を見て、オイゲンさんの目が丸く見開かれる。
「これは・・・」
「星晶獣が落としていった空図の欠片です。これはポート・ブリーズの星晶獣が、こっちはバルツ公国の星晶獣が落としたもので・・・僕達は、今この空図の欠片を集めているんです。この空域を越えるためには、どうしてもこれが必要だから」
説明する兄さんに、空図の欠片を手に取ったオイゲンさんが光に透かし見るようにしげしげと眺めて目を細めるとなるほどな、と顎髭を撫で擦った。
「つまり、この空図の欠片が指し示した場所がこのアウギュステだったってわけか」
「オイラ達は星の島を目指してるんだ。なぁおっさん。なんか心当たりはねぇか?」
空図の欠片を興味深そうに弄りながら、オイゲンさんがさもありなん、と頷く。寄り道を最小限に、ほぼ真っ直ぐここを目指したとあれば情報が乏しかったのもしょうがないが・・・つくづく、情報収集を怠るものではないな、と痛感する。
バルツでは出発間際に行く先が決定したものだし、そもそもバルツ自体が他国に対して関わっていられるほど余裕のある状況ではなかった。なにせ大公があんなことになってたわけだし、多少情報が後手に回っていても仕方ない。ここの現状が私達の耳に入るはずもないが物資の補給に寄った島だとて、特別情報収集に勤しんでいたわけではない。カタリナさん達からある程度こういう島だ、という情報があったせいで、殊更に島について聞きまわることをしなかったのもあるが・・・これからは補給に立ち寄る島で次に行く島の状況を聞いておくべきだな、と心にとめる。まさか帝国と戦争中とは思ってなかった。
結論としてはどうせ何があろうとも空図が示している限り行先に変わりはなかろうとも、心構えと備え、対処の仕方というものがある。事前準備大事、本当。
準備を怠って後手に回った挙句全滅とかになったら目も当てられないし。あー失敗したなぁ、と密やかに反省していると、ビィの問いかけにオイゲンさんはきょとんと瞬きをした。
「星の島?星の島っていうと、あの星の島か?」
「他にどの星の島があるんだよ」
馬鹿にしてんのか、とむっとしたようにビィが腕を組んで眦をキリリと吊り上げると、オイゲンさんは空図の欠片を片手に、くくく、と喉奥を震わせた。
「おいおっさん!グランとオイラ達は本気で星の島に行こうとだなぁ!」
笑われたことにビィはムキィ!と肩を怒らせて空中で地団駄を踏んで拳を振り上げた。今にも殴りかかりそうだったので、慌てて兄さんがビィを押し留めるように抱き抱えたが、その眉毛はほんのりと下がっている。その顔は仕方ないよな、と言わんばかりの表情で、如何に今まで星の島が夢物語だと言われ続けていたか、兄妹だけに知っている分、なんとも言えない苦い気持ちになる。・・・故郷に居た頃ならともかく、現状で私に星の島の存在を疑う気持ちなど微塵もないが、それが他の人間に適応されるかといったら別の話だ。
夢を否定される気持ちとはどんなものだろう、と兄の胸中を思うと、そんな少し落ち込んだ空気を払うように、オイゲンさんはくつくつと笑いと押し込めてぬっと手を伸ばすとグラン兄さんの頭をわしっと掴んだ。そのまま振り回すように髪をわしわしとかき混ぜて、兄の頭を振り回す。いささか力が強いのか、兄さんの体ががくんがくんと動いてなんだか目を回しそうだなぁと思った。
「悪ぃ悪ぃ。そんな顔をするんじゃねぇよ、坊主。星の島、いいじゃねぇか!」
「えっ・・・え?」
「騎空士なら誰もが憧れる夢の島だ。最高じゃねぇか。それぐらい目指さないで騎空士なんか名乗れるかよ。最近の若いのはやれ金だの地位だの名誉だのと俗物過ぎていけねぇ」
全く嘆かわしい、とやや芝居じみて肩を竦めたオイゲンさんは、乱暴に撫でまわしたグラン兄さんの頭から手を放すと、鳥の巣状態の頭で呆気に取られている兄さんの顔を真正面にして、にっと大きく笑った。
「俺は好きだぜ、星の島を目指す旅――空を飛ぶのに、これ以上の理由があるかよ」
「――はいっ」
一瞬ポカンと口を開けて呆けた兄は、じわじわとオイゲンさんの言葉が脳内に染みわたったのか、頬を赤らめて満面の笑みを浮かべた。嬉しそうにニコニコと笑う兄は、この旅に出て心の底から楽しそうだとつくづく思う。・・・村に居た頃は、誰もが兄の言うことを信じてはいなかった。父からの手紙も、帰りを待つ子供にあてた慰め程度のお伽噺という位置付けで、兄さんの言葉は子供にありがちな夢物語と微笑ましさすら交えて聞き流される始末。まぁかくいう私だって、あの頃星の島が本当にあるだなんて、心から思っていたわけじゃない。否定することもなかったし、無いとは言わないけどあるとも言わなかったから、兄と温度差があったことは否めなかった。
空に浮く島の時点でファンタジーだから、あると言われたらそんなものもあるんだろうな、ぐらいの認識である。そもそも村から出る気などなかったのだから、星の島に行くんだという兄と温度差があるのは当然といえば当然である。
けれどこの旅で、兄の夢を肯定してくれる人は増え、尚且つその道筋を後押しするように星晶獣だの空図だのと出会いがあるのだから、兄は今きっと心から楽しんでいるに違いない――村はいいところではあったけれど、長くいればあそこは兄を温く、真綿で締めるように殺しただろうな、と今の生き生きとした様子を見ていると痛感した。
いや、現実問題でいうと物理的即死案件が転がっている上に兄さん一度物理的に死んでるわけだけど、心の死と肉体の死がどっちが重いとも言いきれないので、この問題は棚上げだな。
「そういえば、情報ってほどでもねぇが・・・空図の欠片の伝説は知ってるか?」
「伝説?」
「なんですか?それ」
兄さんとルリアちゃんがシンクロするように首を同じ方向に倒し、オイゲンさんをきょとんと見つめる。そんな2人を微笑ましく見て、くるくると空図を手の中で転がしてオイゲンさんは語り始めた。
「空図の欠片は、各島を守護する大星晶獣が守ってるっていう、言ってみればお伽噺のような話なんだが・・・実際、この2つの欠片はその星晶獣が持っていた。それに加え、このアウギュステにも、星晶獣がいる」
「えっ」
「それは本当か、オイゲン殿」
思わず身を乗り出した周囲に、オイゲンさんはこくりと頷くとテーブルの上に欠片を置いて、今は幕を下ろしている壁を見やった。
「リヴァイアサン――アウギュステの海の守り神よ。リヴァイアサンのおかげでこのアウギュステの海は特別な力・・・人も自然も癒す力を持ってんだ」
「人も自然も癒す・・・?」
「いってみれば奇跡みたいなもんだな。リヴァイアサン自体は、海と同化しちまってその姿を見たものはいやしねぇが・・・アウギュステの人間なら、誰もが守り神の力を感じている。疑う奴なんざいねぇよ」
ほほう。・・・ポート・ブリーズとは真逆だな。あそこは同化しすぎてほぼないもの同然だったけど。へえ、と感心の声を零してこくこくと頷き、兄を振り返る。
「これは俄然信憑性が増したよ、兄さん」
「へ?」
「そうだな。ティアマト、コロッサス、と星晶獣が落とす空図の欠片・・・その欠片が指し示したアウギュステにはリヴァイアサンがいるってーなら、おっさんの言う伝説ってのは、伝説じゃなくて事実の可能性が高い」
「リヴァイアサンが、空図の欠片を持ってるってこと?」
「可能性の話だが、ここまでの流れを汲むと期待してもいいだろう」
空図の欠片は、次の空図の欠片の在り処を示しているってわけだ。それで全部集めると何か起こるってことか?しかしまぁ、それを星晶獣が守護してるとか、最早戦うことが義務づけられていて個人的にガッデム!と地団駄踏みたいところだが・・・そうか・・・星晶獣との戦いは避けられないのか・・・いや。可能性としては、戦わずに得ることも有りか?!
「やりましたね、グラン!」
「そうだぜグラン。伝説が事実なら、星の島への情報だってあるかもしれねぇぜ!」
「あぁ!ありがとうございます、オイゲンさん!」
「いや、オレは何もしちゃいねぇぜ」
ぱちん、と手を叩いて乾いた音を立てつつ、はしゃぐルリアちゃん達につられてか興奮したようにオイゲンさんに詰め寄る兄さんに、オイゲンさんはちょっとばかり苦笑を浮かべた。
「この海にリヴァイアサンがいることたぁ間違いねぇが、どうやって会うかまではわからねぇしな」
「・・・あ」
「そっか、確かリヴァイアサンはこの海と同化?してるってさっき言ってたもんね・・・」
「でもよぉ、見たことがないのになんでリヴァイアサンがいるってわかるんだよ?」
「うん?そりゃ、オレもリヴァイアサンに助けられたことがあるからな」
「え?オイゲンさんがですか?」
なに?海に落ちて遭難しそうになったけど助かったとかそんな感じ?意外な出所に驚いて聞けば、オイゲンさんは椅子の背もたれに背中を預けて、懐かしいことを思い出すかのように目を細めた。
「正確に言えば、オレの娘が、だな」
「む、娘ぇ!?おっさん、娘なんかいたのかよ?」
「言ってなかったか?昔、な・・・リヴァイアサンに、この海に娘の命は救われたんだ。だからオレはこの海に、リヴァイアサンに恩がある――この海の平穏の為に尽くす。それが、オレ達にできる唯一の恩返しだと思ってる」
そう力強く拳を握ったオイゲンさんにおー、と周りが感嘆符を飛ばす中、結局のところ、肝心の星晶獣との接触の仕方はわからないってことだよな?と思ったが空気を読んで口を噤んだ。
前回、前々回といいこう、済し崩しでエンカウントしてきたからそういえば本来星晶獣ってどうやって遭遇するものなんだろうな?と首を捻った。事件が向こうからやってくることが多いとはいえ、事によってはこっちからアクションを起こさねばならない場合もあるということで・・・。
「なんか儀式的なこととかあるのかもなぁ」
「何がだ?」
「んーリヴァイアサンがアウギュステの守り神なら、必然的にそれに関わる祭事が何かしらあるものじゃないかなとか。それがリヴァイアサン召喚?的な?あれそれに関わってるとか・・・いやまぁ憶測ですけど、とりあえず文献を漁るところから始めないとなぁって」
「・・・ふむ。確かに、星晶獣との接触方法がわからないことには、空図の欠片も手に入れようがないことだしな・・・」
「ルリアも、リヴァイアサンの居場所がわかるわけじゃねぇみたいだしな」
「うぅ・・・すみません・・・」
「謝ることは無いわよ。とりあえず、町に行って調べるところから始めるってことでしょ?」
「そうだねー。ちなみにオイゲンさんは、そういうお祭り的な、神事的なこととか何か知ってます?」
向こうから勝手にやってくることもあるだろうけど、今回はもしかしたらこちらからアクションをかけて「お前の力を試そう・・・」みたいな展開になるのかもしれないし。いや星晶獣がそういうポジションなのか知らないけど・・・。というか今までは明らかに暴走した奴を力づくで鎮めてきた系で、全然試練です!みたいな感じじゃなかったな・・・。いやある意味ですごい試練なんだけど。個人的にはすごい試練ばっかりだったんだけど!!まぁでも調べて損があるわけでもないし、やるだけやらないとね。
とりあえずこれからの行動の指針を決めて手っ取り早く情報を持っていそうなオイゲンさんに尋ねるが、オイゲンさんは顎髭を触りながら、うーん、と唸り声をあげた。
「いや、祭りはあるにはあるが、ありゃ単純に豊漁や観光用の祭りだからな。特別リヴァイアサンが関係してるもんじゃねぇし・・・そういった話は聞いたことがねぇな」
「そうですか・・・」
やっぱり地道に町で文献漁るしかないか・・・。あとは小さな漁村とかかな。そういったところの方が古くからの風習とか仕来りとかでヒントがあるかもしれないし。オイゲンさんから空図の欠片以上の情報は貰えなかったが、私達が大局を見て動くための助言が貰えたから良しとしよう。わけもわからず流されて動くよりかは、こういう目的でこう動いてるって方がやる気度合も変わってくるわけだし。
気になると言えば帝国との戦争中ってところで町に行っても大丈夫なのかなぁ、という気はしているのだが、まぁ、うん。大丈夫だろう、多分。いっそ帝国が何かしてくれた方が展開は進むかもな、と思いつつ兄さんがすくっと立ち上がった。
「よし、じゃぁリヴァイアサンのことを調べるために、町に行こう!」
「おっしゃあ!やってやるぜぇ!」
「はい、頑張りましょうっ」
ぐっと拳を握り兄さんに、同じように立ち上がったルリアが両拳を握って気合を入れ、ビィが飛びあがって腕を突き上げる。イスタルシアへの可能性が高くなったと思ったら俄然やる気が出たな、と思いつつ、微笑ましくその様子を見ていると、オイゲンさんが立ち上がった2人を宥めるようにまぁ待て待てと声をかけた。
「そんなにすぐに動く必要もねぇだろ。お前ら、ここに着いたばかりだろ?ちょっとばかり休憩していったらどうだ?」
「え、でも・・・」
「急がば回れってな。町には明日オレが案内してやるから、折角だ。ビーチでゆっくりしていけよ」
初めて海に来たんだろ?と言われて、兄さんとルリアちゃんは顔を見合わせたが、オイゲンさんの提案に目を輝かせたのはイオちゃんだった。
「それいいじゃない。折角海に来たんだもの、ちょっとぐらい遊んでもいいんじゃない?」
「そうだなぁ。オイラもグランもも海は初めてだもんな!」
・・・・言えない。目を輝かせて「な!」と私とグラン兄さんに同意を求めるビィに、初めてじゃないとは言えない。兄さんはそうだね、と同意していたが、私は咄嗟に視線を逸らした。いや間違いじゃないんだけど、今生では確かに初海なわけなんだけど、経験値としては体験したことある・・・。まぁでもそんなこと言えるはずもないので、微妙に視線を逸らしながら、そうだねーと適当に濁しておいた。
そして年少組が海に対して好奇心を覗かせ始めたところで、保護者組がどうしたものか、と視線を交わし合う。その様子をみて、オイゲンさんはカタリナさん達に追い打ちをかけるように畳みかけてきた。
「今ならビーチも貸切状態だ。こんなチャンス滅多にねぇぞー」
「いやそれって帝国との戦争のせいじゃ・・・」
「ついでに怪しい奴がいたらしょっ引いてきてくれや」
「って、それが目的か!!」
決していい意味で貸切じゃないよねそれ、とツッコミをいれたが、それよりも勢いよくラカムさんが次のオイゲンさんの発言にツッコミをいれたせいで立ち消えになる。
つまり、あれか。体よく見回り役に使おうってことだな?呆れた様子で目を半眼にすれば、カカと笑いながらオイゲンさんはパチン、とウインクを飛ばした。
「ま、よろしく頼むわ。こんな状況とはいえ、アウギュステの海が最高なのは間違いねぇからよ。存分に堪能していってくれや」
「・・・そこまでいうのなら、折角だ。確かにこんな機会は早々ないのだし、海に行くのも悪くはないと思うぞ、ルリア、グラン」
最終的に、カタリナさんまでもそういってくるので、兄さんは少し考えるように斜め上の方向を見上げて、うん、と頷いた。
「そうだね。折角海に来たんだし。少しだけ行ってみよう」
団長からのお許しを貰い、やったーとはしゃぐイオちゃんやなんだかんだと海に興味を惹かれていたらしいルリアちゃんが飛びあがって喜ぶ中、私は1人腕を組んで首を傾げた。
「・・・戦争中だってのに、そんな呑気でいいのかね?」
ていうか、危なくはないんだろうか?そう思うものの、今更私1人の意見でどうこうなるはずもないので、オイゲンさんに見送られて私達はアウギュステのビーチに向かうことになった。何事もなければいいと思うが、何かが起こらないといけないような気もするわけで・・・私、どういうモチベーションでいればいいんだろうか。
視界に広がる蒼海に、複雑な思いを込めて、密やかに溜息を吐いた。