蒼天の花



 晴れ渡る青い空、漂白されたように明るい白い雲、さらさらと木目細かい砂浜に、透明度の高いエメラルドグリーンに輝く海・・・正しく絵にかいたようなリゾートビーチの姿がそこにはあった。世界が世界ならばここに足を運ぶ航空会社を選ぶだけでも四苦八苦し、いい席を確保しようものなら金銭が飛び、更にホテル代だの飲食代だのショッピング代だの諸遊行費に万単位で貯金が飛んでいくのだろう・・・あれ?すっごいお得な旅してない??
 ふと今回かかるだろう費用を計算して地球での旅行費と比べてみると「あら嫌だ足代はともかく現地滞在費はすっごく安い」と思わず両手で口元を覆い隠す。だって騎空艇で来てるし?ホテル代かからないし?アウギュステの物価はわからないが目的は観光とはちょっと違うのでそこまで使わないだろうし?せいぜい物資補給だし?それだってオイゲンさんという伝手があれば予想よりも抑えられるかもしれないし?さながら気分は某広告のそれである。「やだ、この旅行安すぎ・・・?」って奴である。決して遊び目的の旅行ではないんだが、まぁ今から遊ぶので問題はない。思わず目をキラキラさせていると、恐らく私とは違う意味で純粋に目の前の光景に驚きと感動を覚えているのだろうルリアちゃんがほえー、と周囲を見渡して白い砂浜に飛び込んだ。

「すごいすごい!グラン、見てくださいすっごく広いお砂場ですよー!」
「わぁ、ルリアちょっと待って!あんまり走ったらこけちゃうよっ」

 両手を広げて、ビーチというものを初めて見たのだろうルリアちゃんがさくさくさくと足音をたてて砂浜を駆けまわる。柔らかな砂に彼女の足跡が残ると、その後を追いかけて兄さんが慌てて砂浜に飛び込んだ。2人分の足跡が綺麗に砂浜に形を残して、無邪気な笑い声が高い空に吸い込まれるように消えて行った。

「ルリアもグランもあんなにはしゃいじゃって。全く子供なんだから」
「お前さんが言えることかぁ?本当は一緒にはしゃぎまわりたいんだろ」

 やれやれ、とばかりに肩を竦めたイオちゃんにからかい混じりにラカムさんが頭を小突くと、そんなことないわよ!とぷくり、と褐色の頬が膨らんだ。
 その様子にやせ我慢とわかっているかのようにラカムさんの顔はにやにやと笑みを浮かべていて、イオちゃんがむきぃ、と眉を吊り上げる。レディを自負するイオちゃんとしては、事あるごとに子供扱いしてくるラカムさんが腹立たしいやら鬱陶しいやら、といったところか。かといって嫌い合ってるわけじゃなくてこれもまた1つのコミュニケーションなので、微笑ましい限りなのだが・・・まぁ、ここはひとまず。

「とりあえずイオちゃんも行ってみなよ。マジでルリアちゃんこけそうだし。怪我したら大変だからさー」

 存外砂場って足を取られるからこけやすいんだよね。走っていれば尚の事。砂自体は柔らかいからまぁ早々怪我はしないだろうけど、一応念のためにね。
 ああいった手前、飛び出すこともできずにちらちらと兄さん達を見ているイオちゃんにそう促すと、わかりやすく顔を明るくさせて、しょうがないわね、と口元を緩めた。

がそういうなら仕方ないから行ってあげる!」
「お願いねー」
「任せてっ」

 むふー、と鼻を膨らませて、イオちゃんが待ち焦がれたように浜辺に飛び出した。危ないでしょルリア―!という声が尾を引くのを聞きつつ、若い子達が3人で砂浜で駆け回っているのは実に微笑ましかった。健全な光景だなぁ、としみじみと頷いていると、その光景を同じく微笑ましく見守っていたカタリナさんが私の横に立った。

も行ってきていいんだぞ。このような機会は滅多とないのだからな」
「アウギュステのビーチを貸切なんざ有り得ないからなぁ。つーか、マジで人っ子一人いやしねぇな」
「これなら不審者がいてもすぐにわかりそうですよねー」

 時が時ならば、さぞかしこのビーチは人がごった返していたことだろうが、現在アウギュステは戦争中。悠長に遊んでいる人もいなければ遊びに来ている人もいないのだろう。
 帝国と交戦中ともあれば、早々やってくる人間もいないだろうが・・・そんな中来てる私達って・・・本当・・・危機管理能力・・・。あ、ちょっと自分にダメージ、と思いつつ私達以外に人がいない、というちょっと異様な光景に苦笑を浮かべた。まぁこれだけ見晴らしもよければ何かあっても早期発見できるだろう。少なくとも人ごみに紛れて迷子になるだとか、そういったトラブルは避けられそうだ。いや本当、これで戦争中でさえなければこれ以上ないバカンスなのに。まるでプライベートビーチのよう、と思いつつビーチで駆け回る3人を視界に入れながらゆっくりと周りを見渡して、おや?と眉を動かした。
 砂浜をルリアちゃん達の傍に行くために進むカタリナさん達から少し外れて立ち止まる。ビーチの周りは恐らく宿泊施設らしきロッジもあるのだが、それ以外にも恐らく海の家、と思われる店もある。稼働しているかはさておき、建物の近くには日除け用のパラソルや、その下にビーチチェアやテーブルが置かれているのだが・・・あれ、人じゃね?
 パラソルが立つ一角で、影に隠れて見えにくいがビーチチェアから人の足が見えて、ぐぐ、と眉間に皺を寄せた。まさか、こんな状況でバカンスに来る強者が?それとも私たちみたいに情報不足で来ちゃったとかか?でもそういう人がいるならオイゲンさんから何か一言ありそうなものだが・・・彼も把握してない旅行客?この人気のない海で?位置をずらしながら確認してみると、どうやら足の持ち主は2人。しかも女性のようだ。しかも2人とも若そうである・・・これはカタリナさん達に知らせておかねば、と顔を彼女らから外した瞬間、きゃあああ!!というイオちゃんの悲鳴が辺りに木霊した。

「っなにご、・・・ひぃ!?」

 びくぅ、と肩を跳ねさせて慌てて首を動かして振り向けば、思わず堪えきれない引き攣った声が零れ出た。おいおいおいおいちょっと待て?!顔を引き攣らせ、蜘蛛の子散らすようにこちらに駆けてくる兄さん達の背後を見つめて私の脳内は目まぐるしく駆け回る。
 そこに立っていたのは、今までこの見晴らしの良いビーチでどこにいたんだ、と思われる巨漢に黒いフルフェイスをした大男だった。頭部の左右から伸びる角のようなものまで覆う形のマスクは恐らく男をドラフ族だろうと思わせたが、このくそ暑いビーチでフルフェイスという恰好がまず頂けない。加えてマントを潮風に靡かせているのに上半身はほぼ裸といっていい軽装で、しかし手甲と太もも近くまである鉄製だろうブーツを履いて、クールビズなんだが重装備なんだかよくわからない恰好だ。その上両手には何故かカラフルなフルーツとハイビスカスを思わせる花を添えたトロピカルな飲み物を持っていて・・いや本当なんだこの人!?情報過多すぎる!!と私の周りに集まった兄さん達に誰あれ!?とばかりに視線を投げ飛ばすが、勢いよくぶんぶんと首を横に振られた。
 そうしている間に、兄さん達と男を隔てるようにカタリナさんとラカムさんが立ち塞がり、最早怪しいという言葉では言い尽くせない不審者感満載な男に警戒心をむき出しにして、剣を突き付けた。

「な、何者だ貴様!?」

 ちょっとカタリナさんの声が震えているとこを聞くに、彼女も場に合ってるんだか合ってないんだかよくわからない、本当によくわからない男に気後れしているのだろう。わかる、と深く頷くと、両手に持ったジュースを零さないように支えながら、剣を突き付けられた男はマスクでくぐもった声を発した。

「待て・・・怪しい者ではない。見ての通り丸腰だ」
「見ての通り丸腰過ぎて怪しさしかねぇんだが?!」

 きゃー!ラカムさん素敵なツッコミ!!おろおろと狼狽えた様子で男が言い訳?のように反論するが、すかさずラカムさんの切れ味鋭いツッコミの前にしゅん、と気落ちする様子が見て取れた。反応が可愛らしい気もするが、それで気を許すにはちょっと男の恰好というか出で立ちというか雰囲気が色々ヤバい。確かに、男が言うように両手は塞がりおまけに武器らしきものを持っている様子はないのだが、なんかもう、見るからに不審者です、と言っていて説得力の欠片もないのだ。せめて顔だけでも見えればまだマシなんだろうが・・というかフルフェイスが全てを台無しにしてるんだよなぁ。

「不審者っていうか、変質者っぽい・・・」
「へ、変質・・・!?」
「わかる。なんかもう、全体的に危ない男よね」

 ぼそっと呟くと、男がガーン!と更にショックを受けたように背後にベタフラッシュを背負った。顔がわからないから雰囲気的にそう見えたというだけだが、イオちゃんが追従するように同意するものだから、余計に男の巨体の背中が丸くなり、少しだけ小さくなる。
 その落ち込みようにルリアちゃんがあわあわと私達と男を見比べたが、兄さんがしっかりと手を握っているので不用意に男に近づくことはないだろう。とりあえず、オイゲンさんに連絡かな?と男から一定の距離を取りつつじりじりと挙動を見守っていると、その緊張感(一方的)を追い払うように、ビーチに女性の苛々した声が木霊した。

「バザラガぁ!!おそーい!」

 はっと、その声に光明を見出した!とばかりに男の俯いた顔があがる。私達も、男を警戒しつつも声がした方向を見ると、私が確認していた女性2人が、ビーチチェアの上で水着姿で如何にもバカンス中です、とばかりに寛いでいた。・・・え、あの2人この不審者と知り合いなの?
 ポカン、と緊張感に満ちていた場に合わない実に呑気な様子に一瞬警戒も忘れて口を開けて呆けていると、向こうもこちらに気が付いたのか、ビーチチェアに寝そべっている女性の横に立っていた女性が、うん?と小首を傾げて瞬いた。

「なんだ?そいつら」
「それはこっちの台詞よ・・・あんた達こそ、こんなところでなにやってるのよ・・・」

 存外このパーティってツッコミ属性が多いよね。イオちゃんのどことなく毒気を抜かれたような、あまりに女性が自然体すぎて警戒することも忘れたような力無い問いかけに、女性は何を言われたのかわからない、とばかりにきょとんとした顔で首を傾げた。

「見てわからないか?」

 ・・・・・見た限りだと、実に優雅なバカンスを満喫してる様子ですね。思わず真顔で沈黙すると、その間にそそくさと包囲網を突破した男が女性2人にトロピカルジュースを手渡していたので、あぁ、パシ、げふん。お使いに行ってたのかぁ、と薄笑いを浮かべた。

「どうしよう兄さん。最早どう構えればいいのかわからない」
「奇遇だね。僕もよくわからないよ」

 遠い目になった兄さんに、私も半目になりつつ、こちらの様子など知った事かとばかりにジュース片手にきゃあきゃあいっている女性と、恐らく振り回されてるっぽいなぁと思われる男性のやり取りに溜息を零した。

「この物騒な時期にバカンスかよ・・・何考えてんだ」

 ラカムさんの呆れた声に、柔らかな金髪をツインテールにしたリボンの編み上げサンダルを履いた女性がちゅうぅぅ、とストローでジュースを飲みつつ、あはは、と軽い調子で笑い声をあげた。

「大丈夫大丈夫。あたしらその辺の連中より全然強いし」
「うむ。心配無用だぞ」
「はぁ・・・そうですか・・・」

 自信過剰なのか実力に裏付けされた自信なのかはわからないが、少なくともあの男の出で立ちだけで大概の難癖は回避できそうではある。栗色のふんわりとエアリー感のある髪をポニーテールにし、薄い透け感のあるパレオを腰に巻いた女性が豊かな胸元を逸らして胸を張る。たゆん、とトップのビキニで抑えきれない揺れ感に自然とラカムさんの目線が動いたのがわかった。しかしわかる。この女性2人とも、顔の造作も文句のつけようのないものながら、そのスタイルが抜群にいいのだ。出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。しっかりと胸の形が保たれているということは胸筋もしっかり鍛えているのだろうし、無駄な贅肉を感じない引き締まった腹部は薄らと腹筋が浮かび上がっている。
 ビキニという水着のチョイスになんら恥じるところのない引き締まった体はちょっと憧れるな。ビキニ姿で豊満な肢体を晒す女性2人から、一見しては一騎当千の面影は見えないけれど、まじまじと見てみればその体が鍛え抜かれた戦士のそれであることは明白だ。
 がっつり筋肉女子、というわけではないだろうが、二の腕や脚についたそれは誤魔化せない。そう思いつつ、ここはあえて突っ込むことでもないだろう、と武器を降ろして毒気を抜かれたカタリナさん達に合わせて、私も諸々の疑問は飲み込むことにした。少なくともすぐに敵意を見せてこない辺り、当面私達に対して何かをしてやろう、という気はないものと見る。かといって信用するにはあまりに不審なので、あまり関わり合いになろうとは思わないが。あと本当、美女の横にフルフェイスの大男の違和感強すぎて「なんかもう大丈夫じゃね?」と思ってしまう。
 怪しすぎて逆に安全なのでは?と思い込みたくなるが、世の中どんなどんでん返しがあるかわからないので、ひとまずここは保留としておこう。迂闊に気を許すと何が起こるかわからない。特に何をしたわけでもないのにどっと疲労感を覚えて頬を伝う汗をぐい、と拭うと、うぷぷ、と小さな笑い声が耳に届いた。

「グランさぁ~ん。あまり水着の女性を凝視するものじゃありませんよ~~?」
「シェロさん!?」

 聞き覚えのある間延びした声に、ぎょっと声のした方向を見れば、そこには毎度おなじみ万屋のハーヴィン族が!!・・・え、毎度思うけどこの人何故ここに?
 鍔の広い麦わら帽子に、カボチャパンツにレースのタンクトップ。背中にはいつも背負っている大きな鞄と相棒の鸚鵡を従えて、アウギュステ仕様のシェロさんが口元に手をあててうぷぷぷ、と笑みを零していた。

「どうしてここに?」
「それは勿論商売ですよ~」

 知り合いに会えたからか、ルリアちゃんの顔が明るくなってぱたぱたと駆け寄る。ザザァン、と寄せる波打ち際で、シェロさんは足元を波に撫でられながらパチン、とウインクを飛ばした。

「アウギュステにまできて商売とは・・・全くシェロカルテ殿には恐れ入る」
「こんな人気のない海じゃ商売上がったりだろうに、なんでまたこんな所で」
「うふふ~私は自分の商人としての嗅覚を信じていますから~」

 感心しているのか、呆れているのか。気が抜けたように肩から力を抜いたカタリナさんとラカムさんに、シェロさんは余裕の笑顔を浮かべるとそれはそれとして~とパチン、と小さな手を合わせた。

「皆さんこそ、折角アウギュステのビーチに来たのですから~もっと相応しい恰好をしては如何ですか~?」
「・・と、いうと?」

 首を傾げ、先を促すとキラン、とシェロさんの目が光る。あ、商売人の目だ、と思った刹那、ばっと片手をあげて彼女は堂々と胸を張った。

「水着からバーベキュー、浮き輪やボートまでなんでも揃った海の家シェロちゃんはすぐそこなんですよ~!皆さんに似合う水着も各種取り揃えておりますので、ぜひぜひお立ち寄りくださぁ~い」

 そういって、あちらです、と指示された方向を見れば、確かに、様々な商品が陳列された屋台のような店舗がででん、と構えられており、思わずイオちゃんやルリアちゃんがおぉ~と拍手をした。何時の間にあんな立派な店舗を構えたんだ、と思ったが通常ならアウギュステは立派な観光地。元々持っていた店かもしれないと、1人納得して兄を振り返った。

「どうする?兄さん」

 答えはまぁ、言わずもがなといったところか。





 せーっの!

「海だぁ~~~!!」

 バシャーン、と掛け声と共に高く飛び込んだ波打ち際から水飛沫があがり、飛び散った飛沫から顔を庇うように腕を交差させる。ぴしゃぴしゃと冷たい水にうわ、と声を上げれば、あはははっと軽やかな笑い声が空気を震わせた。

もこっちにきなさいよー!」
「そうですよ!とっても気持ち良いですよーっ」

 そういって、波打ち際からやや沖に入って、太腿ぐらいまで海に浸かった美少女2人が輝かんばかりの笑顔で私を手招く。海面が太陽を跳ね返す反射と、あまりに美少女の滅多と見られない水着姿が眩しすぎて私は足元の砂を攫って行く波打ち際に立って目を細めた。
 やだ・・・真夏の水着美少女に手招かれるとかこれなんてイベント・・・?私はギャルゲーの主人公だった・・・?うっかりそんな幻視をしそうになるが、それも仕方ないことだと思う。なにせイオちゃんもルリアちゃんも文句の付けどころの無い美少女なのだ。いささかロリ要素が強いが、攻略ヒロインだと言われても納得の顔面偏差値である。
 イオちゃんの今の姿は褐色の肌が映えるように白いフレアビキニで、トップは三段フリルになって胸元にボリュームを、更になだらか腰のラインを細く見せ、アンダーも同じくスカートのようにフレアの裾がひらひらと靡いて、まだ肉付きの乏しい太腿の際どいところを見せたり隠したりと大忙しだ。ビキニタイプということで一見セクシーにも見えそうだが、フリルの多さと彼女の健康的な様子からも、逆に愛らしさを引き立てるような実に可愛らしい水着である。
 ルリアちゃんは・・・正直止めようか否か迷ったのだが、本人が気にいってしまった上に私のこの何とも言えない心境を理解してくれる人が誰もいなかったが故にそのまま採用となってしまった個人的に「どうなのかなー!?」と言いたい水着である。いや、似合ってるし別に変な意味があるわけでもないのだが・・・何故それがここに?と首を傾げてしまう水着というか・・・一言で言うなら、彼女が来ている水着は俗にいうスクール水着なのである。
 紺色のワンピースにバックは肩甲骨が見えるUバック型で、私の常識からいうとさながらスクール水着のような水着なわけで・・・。別にスク水で海に来ちゃいけないわけじゃないしプールにだって行っていいし可笑しいことではないのだが、何故ファンタジー世界で地球でいうスクール水着に相当するデザインのものがあるのか疑問でしかない。似合ってるけど。中学生感あって微笑ましくて可愛いけど、最早何か狙ってるんじゃないか、と思わなくもない。
 そう思ってしまうのは私が地球の常識を持っているからなのか、スク水がちょっとマニア感あるなぁと偏った認識を持ってしまっているせいなのか。あ、でもルリアちゃんの年齢としては問題ないのか。この世界であの水着が一部でちょっとあれな人気を醸し出しているなどということはないだろうから、多分普通のことなんだろうなぁと思う。そもそも形としてはどこにでもあるワンピースタイプで、色だって別に珍しくもなんともない紺色なだけだ。ただその形が広く一般的に地球では学生のものとされているだけで。
 ・・・・・・・・彼女の日に焼けるということを知らなかったような白い肌と海や空と同じ青い髪に、濃い紺色の水着はよく似合ってると思う。うん。可愛いは正義だから問題なし!

「ふふ。あんなにはしゃぐルリアは久しぶりだな」
「さすがアウギュステだな。海の浜辺も太陽も一級品だぜ。今のうちに遊んどくのが正解か」

 ぱしゃぱしゃと水を掛け合い遊ぶ2人を眺めて、同じくシェロさんの海の家で購入した水着に着替えたカタリナさんとラカムさんが楽しげに口元を綻ばせる。
 その姿はさながら子供たちを見守る若い夫婦のよう・・・と、さすがに年齢的にイオちゃん達ほどの子供は無理があるか。これ言ったらラカムさんはともかくカタリナさんがショックを受けるだろうから、ひっそりと胸に留めておく。年の離れた溺愛する妹を見守るお姉さん枠が最善だろう。いやしかし、それにしてもだ。
 波打ち際で佇む2人を眺めて、私はつい、と目を細める。・・・オイゲンさんじゃないけども、こうして並ぶと年の頃もいい具合につり合いが取れてるし、カップルに見えなくもないんだよなぁ、2人とも。ラカムさんは・・・まぁ、美形、というにはいささか物足りない顔ではあるがイケメン枠に十分入る造作だし、カタリナさんに至っては涼やかなクールビューティ系美女で間違いのない顔立ちだ。しかも、しかもだ。いつもは武骨なフルメイルの鎧を着こんで肌の露出など皆無に等しくちっともその体を見せてやくれないカタリナさんが、今はその鎧に包まれていた神秘の肢体を存分に曝け出しているのだ!!!
 つまり、鎧でサッパリわからなかった体のライン、肉付き、その全てが今!白日の下に晒されている!!これぞまさしくギャップ!普段武骨な鎧に身を包んだ女騎士は夏のリゾート地で今まで秘めていた魅惑の肉体を見せつけぐっと女性らしさと色気を醸し出すというアバンチュール技法!!白いビキニのトップに包まれた柔らかそうなおっぱいとか!滑らか且つ引き締まったくびれの腰とか!!痩せすぎず垂れもしていないきゅっと丸いお尻とか!そこから伸びる長い脚とか!!イオちゃん達にはないセクシーな大人の女の水着姿に思わずフゥー!と歓声をあげたんだけど、なんでラカムさんと兄さんが興奮しないのか意味が解らない。
 装いを変えた女性は!まず!褒めるのが男の手腕の見せ所だろうがぁ!!しかも水着だぞ!?滅多とない露出だぞ!?長いこと平安だとか室町だとか中世ヨーロッパとか古代中国系の世界感にいた私としては破廉恥!と言わざるを得ない過剰な露出なのに・・・ぶっちゃけ下着みたいなものだよねぇ、と思ってるぐらい感性が毒された私が興奮してるのに男共は平常運転なのが解せない。・・・まぁカタリナさんは露出は一気に増えたんだけど、なんでか腕は肘まで覆う武具を身に付けたままという遊ぶにも暑さ的にもあまりお勧めしない恰好なんだが・・・。この熱波だと鉄とかすげぇ熱くなって触りたくもないと思うし塩水につけるのもよくないと思うんだけど、まあ、それがカタリナさんのポリシーなら何も言わないよ、うん。
 腰には抜かりなく剣を吊るしているので、遊びはするものの警戒は怠らない精神故なのだろう。すごい平和に海遊びしてるけど、実際ここは戦争中だし、何より見知らぬ人間もいるのだから警戒するに越したことは無い。あと魔物もいつ出てくるかわからないし・・・。
 ちなみにラカムさんはアロハシャツのような大柄な花柄模様のベースがオレンジ色をしたハーフパンツ型の水着である。あと兄さんはサンバイザーに白ベースに青いラインが入ったハーフパンツに、青いシャツを羽織った恰好で、その兄さんは今海遊び用にボールと浮き輪を膨らませるためにシェロさんに道具を借りてシュコシュコと足踏みしているところだ。その横でビィが応援しているが、手伝わない辺り頑張れ兄さんと言うしかない。
 浮き輪といえばもっと大きなイルカ型のとか、バナナボートみたいなやつとかあるんだけど、まぁそれを借りるにも料金がかかるから今回は普通の浮き輪とビーチボールだけで我慢させる。お金が溜まって余裕ができたらそういうのでも遊びたいね!でもまだ駆け出し騎空団では散財しようにもできないので、ある程度の我慢は必要なんだよ!
 え?男と女でテンションに差があるって?しょうがない。だって言っちゃなんだが私の周り男が多すぎて女体に飢えてたんだよ・・・水着美女も美少女も少なかったんだ・・・アイドルのグラビアが男ばっかりでね・・・それに、正直ラカムさんと兄さんの体って、こう、物足りないというか。体は勿論鍛えられてるからしっかり引き締まって腹筋も胸筋も上腕二頭筋も背筋もヒラメ筋も素晴らしいのだが、いかんせんその前にみた不審者感満載のフルフェイスの男・・・バザラガさん、だったか。あの人の肉体が芸術的に筋肉が分厚すぎて、見劣りするんだよね・・・。しかもあの人多分ドラフ族だから体格も相まってラカムさんと兄さんが貧相に見えると言う。いや、2人ともしっかり鍛えてるんだけどね?ラカムさんはそもそも武器が銃の類だからまたちょっと筋肉の付け方が違うし、兄さんの方は成長途中ともあって迂闊に筋肉をつけすぎると成長の阻害になるからと控えさせてたから、こう、どうしても成人したドラフの巨体と肉体に比べると・・・細いなぁと言わざるを得ないといいますか・・・。まぁそんな体談義は置いといて。

「もう、ラカムも少しは手伝ってよ」
「お、わりぃわりぃ。もう準備はできたのか?グラン」

 少しむくれたように唇を尖らせた兄さんが空気を入れ終えた浮き輪とビーチボールを抱えて波打ち際に来ると、そういってねめつけるように半目になった。1人で必死に空気をいれてたんだからそりゃ文句も言いたくなるだろうな。ラカムさんは悪びれてないけど。兄さんはその様子に全く、と肩を落として軽くラカムさんの肩を拳で小突いてから、浅瀬で遊ぶ2人に声をかけた。

「ルリア―!イオ―!ビーチボール膨らませたからこっちでビーチバレーしようよー!」
「やるやるー!」

 海に顔を浸けたり、軽く泳いでいたイオちゃんがばしゃっと水飛沫をあげて顔をあげて元気よく手をあげると、足元に魚でもいたのか楽しげにくるくると廻っていたルリアちゃんの手を取って勢いよくこちらに向かって駆け出してくる。
 はしゃいでるなーと駆け寄ってくる姿を見ていると、ねぇねぇ、と後ろから声がかけられ、くるりと振り向く。同じように声をかけられた兄さんが振り返ると、そこにはあの女性2人が佇み、にこ、と人好きのする笑みを浮かべた。

「あんた達って、もしかして騎空団なの?」
「え?あ、はい、そうです。まだ立ち上げたばかりなんですけど」
「よくわかりましたね?」
「あは。こんな時期のアウギュステにただの観光客が来るはずないからね。来るとしたら自前の艇を持ってる騎空団ぐらいじゃない?」

 ・・・なるほど。それもそうか。私達のパーティの年齢層と人数からみて、あまり騎空団だとは初見では考えにくいと思ったが、状況と合わせてみればむしろそう考えた方が自然なのか。戦争中のところに一般の観光客が早々来るわけないんだし。王侯貴族こそ遠慮するだろうしなぁ。まぁ私達がそんな高貴な身分の人間に見えるとは思わないけど。

「じゃぁ、お姉さんたちもどこかの騎空団の所属ですか?」
「ん?んーまぁ、そんなところかな」

 しかし、その考察は逆を言えばこの女性2人も同じような立場だと言っているに他ならない。「普通」の観光客が、このアウギュステに来るはずがないのだから。軽く探りをいれるつもりで質問を返せば、金髪のお姉さんは笑顔でさらりと答えをはぐらかした。
 私の質問にカタリナさんとラカムさんも彼女らをつい、と目を細めて見やったのだが、こちらの探りがわかったのか警戒が見て取れたのか・・・それでも余裕の態度を崩さないのだからこの人も、大概場馴れしている人間なのだろう。しかし、そう簡単に素性は漏らさないか・・・いや、はっきりと騎空団だと肯定しない時点で、この人達がのっぴきならない事情持ちだということは知れたか。少なくとも、気軽に話せるような所属の人間じゃないということだ。今考えられるとしたら帝国所属であることが濃厚だが、それならこんなバカンスなどしないでさっさと手を出してきそうな気もする。今までの好戦的な面子からみても、帝国兵の可能性はむしろ低いような気もするが・・・どっちにしろあんまり関わるべきじゃないかな、と目を細める。

「それよりさ、ビーチバレーするんでしょ。あたし達も混ぜてよ」
「えっ」
「人数が少なくてあんまり遊べなかったのよねー。あ、あたしはゼタ。それでこっちの抜けてそうなのが」
「ベアトリクスだ・・・・って、抜けてるってなんだよ!?」
「これも何かの縁だし、一緒に遊びましょ?」

 おぉ、華麗なるノリツッコミ。そして金髪の人・・・ゼタさんは華麗にスルー。なるほど、ベアトリクスさんとやらはちょっとこう、頭が若干足りない系のお人なのかな?脳筋族なのかもしれない、と思いながらゼタぁ、と縋るベアトリクスさんをはいはいと軽くあしらうゼタさんはパチンとウインクをグラン兄さんに飛ばした。
 ふぅん・・・私としてはあんまり関わるのはオススメしないんだけど・・・。ちらり、と兄さんを見ると、困ったような顔をしながらも口元が緩んでいるのが見て取れて、思わず半目になって肩を竦めた。・・・兄さんも男だったんだな、って感じだ。
 まぁ健全な青少年が水着のお姉さんに誘いをかけられてドキドキしない方が問題か。多分カタリナさんとかはグラン兄さんの中で仲間、家族認定されてそういう対象から外されているんだろうな。そこにきて完全に見知らぬ美人なお姉さまがナンパのごとく声をかけてきたら、そりゃちょっとデレデレしても無理はない。・・・まぁ、とりあえず今の所害はなさそうだし、ある意味一番警戒したい巨漢の男の方はビーチチェアで寝そべってこっちには我関せずのようだし、遊ぶ程度ならいいか。というかこの押しに兄さんが抗える気がしない。

「そ、そうですね。折角ですから」
「やった!じゃあじゃんけんでチーム分けね。そっちのお嬢ちゃん達も含めてやりましょ」
「は、はい」
「まぁいいけど・・・」

 おっと、いつの間にかルリアちゃん達合流してたんだな。まぁそんな離れてなかったんだからすぐ合流できるか。そう思って彼女らを見れば、なんとなく釈然としないようなどことなく不服そうな、なんとも言えない顔でじと目で兄さんを見ていた。おや?と目を丸くして、兄さんとルリアちゃんと交互に見る。おや、おやおや?

「意外だ・・・」

 案外人見知りしそうなイオちゃんならともかく、ルリアちゃんなら快くゼタさん達を迎え入れるものだと思ったら、これは予想外の反応だぞ。少しばかりむくれた様子のルリアちゃんに気付かず、チーム分けしましょ、と言われてじゃんけんをしている兄さんの背中をみて、手をあててにやける口元を隠した。

「何が意外なんだぁ?
「うん?んーん。なぁんでも。・・・あ、私はバレーはパスね!その辺で浮いてるから。ビィも行こ」
「お、おう?」

 声をかけてきたビィを捕まえ、兄から浮き輪を奪い取って浅瀬の方に行きつつ、そうかそうか、と1人頷いた。いやぁ、全然そんな素振りはなかったというか、兄さんもルリアちゃんも無邪気すぎてそういう雰囲気は欠片とも感じ取れなかったんだけど、存外そうでもないのかもしれない。いやまぁお互い境遇が特殊すぎて色々飛び越えた何かのような気もしてたんだけど、少年少女だからね!しかもこんな状況だからね!そういうこともあるよね!!兄さん達から離れることになるが、カタリナさん達が近くにいるから大丈夫だろう。私もそこまで離れるつもりはないから、ちょっと足がつくかつかないか程度の沖でぷかぷかするだけのつもりである。ビィもいるからいざとなればビィに引っ張ってもらって沖に戻ろう。あと魔物が出ないことを祈る。・・・まぁ、この海随分と穏やかだし、気配も強く感じるから早々滅多なことにはならなさそうだけど。

「あーこれだから夏は甘酸っぱいなぁ!」
「だからなんなんだよぉ、~」

 思わぬトキメキに悶えつつ、冷たい海水に浸って青空を眺める。ビィがわけがわからずに泣きついてくるが、これは言ってしまうわけにはいかないので(どうせまだ芽生えた程度でしょ)もうさっさとくっつけよ!!って段階になるまでは黙って見守るのが身内の仕事という奴だ。
 何故かビィの顔をしたボールがぽんぽんとビーチで跳ねるのを遠目で眺めながら、束の間の休息に笑みを零した。
 ・・・まさかマジで束の間の休息になるとは、全く思ってなかったわけだが。